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カゲビト  作者: 永眠布団
第三章 新たな任務

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第28話 『大谷、襲撃』



 隙を見て、アジトのいたる所に“睡眠ガス弾(睡眠玉)”を投げていく。

 それは真城達が二階へと上がった後も変わらない。



 その原理を真城達は知らないが睡眠ガスはかなりの即効性を持つようで、ものの数分で不良達を夢の世界へ連れていく。

 これで一般人は無力化出来たと言っても良いだろう。

 あと残すところは影人だけだ。


 と言うのも、この“睡眠ガス弾(睡眠玉)”は影人や真城達には効果が無い。


 このアイテムは邪魔な一般人を早急に眠らせる為に作られた。

 故に、“影狩り”の者まで巻き込まれて眠らぬようにと、影でマスクの様に口と鼻を覆ってしまえばガスが貫通せず、吸い込まなくなる設計であるらしい。


 それに対して、影人に効かない理由はシンプルだ。

影人とは、影が人格を宿した事によって誕生した存在というだけで“影”という事実は変わらない。

 それは例え“フェイズ3”のような肉体を乗っ取った状態であっても同様だ。

 肉体を借りて行動しているというだけで、極端に言ってしまえばその乗っ取った肉体は死体であっても問題ない。

 あくまでも影人は、“影”が本体なのだから。

 そう言った事情からか、人間に効く薬の作用というものは影人には効かない事が多いのだ。



 この“睡眠ガス弾(睡眠玉)”が出すガスは無味無臭。

 ガスがばら撒かれている事にさえ気づかれなければ、まず間違いなく人間を眠らせる事が出来る代物だ。

 使うタイミングは限定的だが今回の様な場面など、“影人を早く倒さなければいけない状況であるにも関わらず一般人の目が邪魔な時”に使用する。


 用途がニッチすぎる。……とも思うかもしれないが、日本社会で一般人に溶け込んで生活・活動している影人は少なくない。

 今回のように表立っての活動を“波嵐卍進(はらんばんじょう)”という一般人に任せて裏で操るタイプの影人であっても、その隠れ家に一般人が一度も出入りしないという事はまずまず以って無いだろう。

 社会の中で生きていくという事は、人と人との繋がりは不可欠だ。

 どこかで必ず一般人との関わりが発生する。


 それにだ。

 影人側からすると、“影狩り”からの襲撃は一番警戒して然る事。

 その“影狩り”が一般人に手を出せず、一般人がいる場所では本領を発揮出来ないというのなら尚の事、一般人を手元に確保しておきたい。といった思考になる訳だ。


 そうした理由もあり、この“睡眠ガス弾(睡眠玉)”の使用頻度は思いの外多いらしい。

 この“睡眠ガス弾(睡眠玉)”は室内などの空間で使用するアイテムであるのだが、咄嗟に個人を寝かせたい場合にその人物の顔に吹きかける、スプレータイプもあるそうな。

 真城は見つけられなかったが普通に『アイテム置き場』にあるそうなので、あの時に確認したのとは違う棚に置かれていたのだろう。



 まぁ兎に角。

 これで一般の不良を気にしなくても済むわけだ。


 これが正面突破を選んだ理由。

 ガスは影人には意味が無い。

 そして人間にしか効かないガスを散布する為に、影人のいる“影世界”から挑むのは些か効率が悪かった。

 戦闘をしつつ“影世界”から“睡眠ガス弾(睡眠玉)”を投げ入れるというのもリスキーだ。

 “睡眠ガス弾(睡眠玉)”だって無限にあるわけではないのだから。


 故にこうして、正面から突っ切って、アジト内部に入った瞬間に集まった一般人を一網打尽にするのが一番簡単だろうという答えに落ち着いた。


「それにしても“睡眠ガス弾(睡眠玉)”の大盤振る舞いだなぁ、こりゃ」


「このペースだと、任務前に『アイテム置き場』で貰って来た分を全て使い切る勢いなんじゃないですか?」


 時間をかけても良いのなら、一つの階層に対して三つも投げれば十分であっただろう。

 しかし壁などに阻まれてガスの回りが遅い事。

 それと数いる不良達をなるべく早く制圧したい事とが合わさって、一階と二階で合わせて現状十つも投げていた。


「病室で念の為、立花の分も持って来といて良かったぜ」


 元々、切矢と立花は“睡眠ガス弾(睡眠玉)”をあまり多く持ち込んではいなかった。

 それは単純に他アイテムも一緒に持ち込んでいる為に、それぞれの量を増やしてしまうとそれだけ嵩張ってしまうという理由からだった。


 普段は二人で半々に分けて持ち歩いているのだが、今回の状況を見て取って『一般人が多く“睡眠ガス弾(睡眠玉)”が必要になる』と判断した切矢が戦闘不能になった立花のリュックから、“睡眠ガス弾(睡眠玉)”を全て持って来たのである。(代わりに絶対使わないアイテムを立花のリュックに入れてきた)

 それを今度は真城と切矢で分けて持って突入した。


「残りはいくつありますか? 俺は後二つだけなんですが……」


「俺も二つ……って事は計四つか。ならこのビルが三階建てな事を踏まえても、これだけあれば三階もいけそうだな」


「そうですね。向こうも一般人が戦力にならないのを分かっているのか、二階は一階と比べても圧倒的に一般人の数が少なかったですからね。なんだったら三階にはいないって事も」


 会話をしつつ、三階へと続く階段へ向かう途中。


「――ッ、おわっと!?」


「来ましたね!!」


 一度に大量の(一般人)を失った事で、ようやく焦った影人達が動き出す。


 外で集まった不良達の中にも影人は混じっていた。

 それは一階でも同様だった。

 しかしガスの影響で周りの一般人がいきなりバッタバッタと不自然に倒れた事を警戒し、毒の類を疑ったのか真城達を追うよりも“影世界”や外へと一度退避するという行動を取っていたのだ。

 が、それもここまで。

 次第に真城達が散布したガスが影人には効かないのだと分かるや否や、すぐさま真城達への攻撃を開始した。


 “影世界”から伸ばされた影の触手がまるでスパイアクション映画に登場する様な、“赤いレーザーポインターのラインが張り巡らされた部屋”さながらに真城達の行く手を埋め尽くす。

 更に加えて、影の鞭や槍まで降りそそぐ。


「ここは俺が!!」

 

 そう言って今度は真城が前に出るとその右手を光らせる。

 そして“力”を右手の平に集束させると、白く発光する右手を作り出す。

 一気に踏み込んで、視線の先を覆う影の触手の群れに向かって右手を押し当てる。


 瞬間だった。

 それは触れた感触さえ無い程に、容易く触手の群れを無に還す。

 真城が触れた箇所を起点とし、導火線を伝う火の様に無数の触手が霧散する。


「凄いなそれ!!」


 初めて見る光景に、切矢も思わず感嘆の声を漏らす。

 そうしながらも向かってくる無数の鞭と槍を、竹刀でガシガシ払い落して進んで行く。


 真城と切矢の進撃。

 それを遠距離からの攻撃では止められない。と影人達はそう判断をしたのだろう。

 影の触手。そして鞭や槍の雨が止むと同時、“影世界”から何体もの影人が現れる。


 ……しかし、その中に例の二体の姿は無い。

 だが、油断も出来ない。

 彼ら以外にも面倒な影人がいないとは限らない。


 警戒をしながらも真城と切矢は影人の群れへと駆けていく。

 敵が危険なのは承知の上。

 それでも戦わないといった選択肢などあり得ない。

 影人と戦う事。それが“影狩り”の仕事なのだから。



 向かってくる影人を切矢が竹刀でなぎ倒す。

 影人が作る影の剣さえへし折って、圧倒的な戦闘力を見せつける。

 その戦い方は剣道のそれとは程遠く、竹刀を片手で振るうスタイルだ。

 荒々しく攻撃的。しかしそれでいてどこか流麗さを思わせる戦闘に、決して戦いに対して素人では無いはずの不良達が一方的にのされていく。


 真城も負けてはいなかった。

 向こうから来る攻撃を完全に受け流し、その勢いを利用したカウンターを叩きこむ。

 それは敵の一挙一動を予測して放つ無駄のない攻防一体の戦闘法。

 それに加えて時に相手の視線さえも誘導し、あえて打ち込んで欲しい所へと相手の攻撃を誘い込む。

 時に相手の盲点や視界の外側へと一瞬で移動してから叩きこむ意識外・防御不能の超打撃。

 相手の脳が追いつくより先に様々なスタイルを矢継ぎ早に切り替えてこちらの動きを予測させない戦術で翻弄する。


 真城の“力”の情報が影人全員にもバレているのだろう。

 影人は意地でも真城の右手に触れたがらないが、それだけが真城の力じゃない。

 “力”を集束させた右手の効力は“フェイズ3”であるならばほぼ一撃必殺にも等しいが、しかしそれだけに頼らずとも今の真城なら戦える。

 一ノ瀬との訓練でそうした技術を中心に鍛えたのだから。

 故に、今の真城はその右手の“力”さえも囮にし、敵の急所を狙い撃つ。



 結果は圧勝だった。

 真城と切矢の二人だけにも関わらず、現れた影人の集団は十分と経たずに壊滅する。


「余裕だったな」


「そうですね」


 影人が“影操作”以外、使ってこなかったのが幸いした。

 もしも何らかの能力持ちがいたのなら、或いはもう少しの苦戦もあったかもしれないが、ありがたい事に警戒は杞憂のまま終了する。


 この場に現れた影人は全員が“フェイズ3”だった。

 であるのなら、“力”で助ける事も可能だろう。


 元々真城は影人化してしまった被害者を助ける目的で戦っていたので、誤って影人を殺しきってしまわないように“ある種の手加減”をして戦っていた。

 初めの内は“力”を使ってすぐにでも影人から解放していこう、とも考えたが……流石にここで人に戻すのもどうかと考えて、思いとどまった。

 真城はまだ、影人から解放された被害者がどれほどの時間を置いて目覚めるのかを知らない。

 故に下手なタイミングで助けても、その後の処理が面倒だ。

 その後すぐに任務が終了し、『収拾部隊』などに後を任せられるというのならそれでも問題無かったが、現状では今後の展開が分からない以上、今やるのもマズイだろう。

 まだ真城達が戦っている最中にでも目を覚まし、変に動き回られてしまうとそれこそ『収拾部隊』に怒られる。


(……しかし、)


 チラリと切矢の方を見る。

 切矢の足元にも、影人達が倒れているのが見て取れた。

 だが、その倒れた影人は誰一人として斃されてはいなかった。

 真城と同様に手加減をしたのだろう。

 助ける覚悟云々と言っていたのに、中々に優しい奴である。


「なんだよ?」


 真城が見ている事に気が付いたのだろう。

 切矢が少し照れくさそうな顔をして目を逸らす。


「……まだ別に非常時って訳じゃねぇだろ。急いではいるが全然余裕がないって訳でもねぇ。後それに“影牢(かげろう)”の性能も試さないといけないしな」


「確かにそうですね」


 ここは話を合わせよう。

 別に突っかかって何か言いたい訳でもない。


 切矢がリュックから“影牢”を取り出すのを見て、真城も同様にリュックに手を伸ばす。

 そして、既に倒れて動かない影人達へと近づいた……その時だった。

 室内の影が水面の波紋のように一斉に揺らめいた。


「――ッ、!?」


 真城達を囲う様に、更に十体近い影人が現れる。

 しかも、それだけでは無かった。


「オォラよ!!!!」


 視界を埋める様に飛び出した影人の隙間から、黒いロングコートを着た影人までもが襲い来る。

 振り下ろされた金属バットを咄嗟に切矢が竹刀でもって受け止めた。が、


「……あん!?」


 直後だった。

 切矢の竹刀を覆う影の刃がビキビキと音を立ててひび割れる。

 そして更に切矢が膝を付く。


「なんつぅ重さだッ、こんにゃろう……ッッ!!」


 大谷の攻撃を受け止めて、その直後に竹刀を両手で抑えたがそれでも威力を殺しきるには至れなかったようだった。

 大谷の“能力”と思わしき力については聞いていた。

 しかしそれを知っていてなお押し負けた事実に、流石の切矢も顔を歪めた。

 すかさず竹刀を斜めに構えて大谷のバットを横に逸らすと一度切矢は距離を取る。


 いててて、と切矢は手を振って竹刀を握り直すと切矢は真城に向かって何かを投げた。

 真城は咄嗟にそれを受け取ると、それが何か確かめる。

 それは小さな小袋であった。

 その中を真城は無言で確認する。

 するとそこには、先程話していた“睡眠ガス弾(睡眠玉)”が二つ入っていた。


「切矢、これは……!?」


「どうやらコイツは俺の事が目当てらしい」


「え、……!?」


 気が付けば、影人の群れは真城と切矢を分断するような位置取りとなっていた。

 そして切矢の言う様に、大谷は切矢から視線を外さない。

 切矢が少しでも隙を見せれば、一気に仕掛けていきそうな雰囲気だ。


「先に行け!! コイツらを片付けてから俺も行く」


「……だが、」


「無いとは思うが、お相手だっていつまでもこのアジトに留まっているとも限らないだろ? 上の階にいる影人の気が変わらん内に真城だけでも先に上がった方が良い。最低限……せめて人質の解放を優先するべきだ」


「…………、」


 切矢の意見はもっともだった。

 今優先するべきは男子生徒の救出だ。

 理由は分からないが、その男子生徒は“黒点(こくてん)”へと献上をされるらしい。


 “黒点”とは、“影狩り”が最も危険視する影人集団。

 『“黒点”一派』と呼ばれる一派のリーダーだ。

 何でも、かの“黒鉄(くろがね)”もここに所属するという。


 あの“黒鉄”が下に付く程の存在だ。

 そんな存在が、もしかすると……ここに来るかもしれない。

 あり得ないかもしれないが、あり得ないと言って捨てる程に可能性も低くない。

 否定出来る程の材料が何もない。

 故にもしも来るのなら、それよりも早く救出しなければならない。


 “黒点”とは戦うな。

 出会ったまず逃げろ。

 そんな事を一ノ瀬が訓練中に教えてくれた事を思い出す。

 一ノ瀬でも一対一はキツイと言う。

 であるのなら、今の真城と切矢では無理だろう。


 出会ったら最期。

 ならば出会う前、来る前に男子生徒を救出し、且つここにいる影人との戦いを終える必要があるだろう。

 

 であるならば。

 であるのなら、ここは切矢に任せて行くのが最善だ。


「分かった、気を付けろよ!!」


 一言だけ言い残し、真城は三階へと続く階段へ向かってひた走る。

 行く手を塞ぐ影人さえもシカトして、一目散に階段へと突き進む。



 真城が行った事を確認し、切矢は大谷へと向き直る。

 黒いロングコートを着た男性。影人、大谷。

 そしてその周りには十数体の影人達。


 それら全てを警戒し、尚も切矢は笑っていた。



「あ~あ、俺としてはひなたの敵討ちをしたかったんだがなぁ……」


「俺もだよ。俺も今度こそ“真城晴輝”を仕留めたかった」


「……じゃあ何でこっちに来たんだよ!!」


「ジャンケンで負けたんだ」


「…………、さいですか」



 その刹那、二つの影が衝突する。



…… ……



 真城は階段を駆け上がり、三階へ到着する。

 が、到着と同時に不良達が襲い来る。


「うおっと、まだいたのか」


 真城は一般人の存在に驚きつつ攻撃をいなして距離を取る。

 すかさず持っていた“睡眠ガス弾(睡眠玉)”を指で弾いて部屋に飛ばすと室内の様子を確認する。


 三階には、かなり大きめの部屋が一つと小部屋が三つ。

 どこも壁によって仕切られているのだが、その内の三つの小部屋だけは外からでも内部を確認する事が出来た。(例によって窓ガラスが割れている)

 しかしこの三階の三分の一を占める程の大部屋を外から確認するのは無理だった。

 何せその大部屋を仕切る壁には窓が無く、部屋へ入る為の両開きの扉が付いているだけだったからである。


 広い壁にはその昔、何やら大きな額縁がいくつか掛けられていたような跡があり、また両開きの扉の上にはかすれた文字で『社長室』と書かれたプレートが付いていた。



 真城は襲ってくる不良達を何度もいなしつつ、ガスの効果が効いてくるまで待機する。

 少しして、不良達は抗えぬ眠気に顔を顰めて膝を付くと、そのままバッタリと倒れて寝息を立て始めた。

 これで邪魔する者はいなくなった。


 真城は中を確認出来ない社長室の扉へと恐る恐る近づくと、意を決して扉を開け放つ。


「……ッ!!」


 真城の目に最初に飛び込んだのは横幅が2mはあると思える社長の机。

 そしてその机、デスクの上に腰掛ける……見知らぬ男性の姿であった。


「……誰だ、お前?」


 金髪ウェーブの女性じゃない。

 といった困惑の言葉が、思わず口をついて出た。


 そこにいたのは、平凡そうな見た目の男性。

 髪型を気にしていない自然体の黒髪に、薄水色のチャック柄をした半袖Yシャツとベージュのクロップドパンツといった風貌の、不良とはおよそ似つかわしくない人物だった。


「俺は鴨平(かもはら)……と名乗った所で、まぁ誰だって話だよな」


 男は口を開く。

 そして自身の名を名乗る。

 が、それでは意味が無いと思ったのか鴨平と名乗った男性は更に続けてこう言った。



「“真城晴輝”君に分かりやすく自己紹介をするのなら、――この街を“こう”した張本人。『黒幕』、とでも言った方が良いのかな?」



「――ッ!?」



…… ……



 切矢と大谷が激突する。

 切矢は竹刀を、大谷は金属バットを、それぞれ振り回す。

 力任せに振るわれる大谷の金属バットとは違い、先程攻撃をまともに受けてしまった結果を思い出し、“受ける”ではなく“受け流す”事に心血を注いて一撃一撃を捌いていく切矢。


 大谷だけは、手加減などとは言っていられない。

 それどころか一瞬でも気を抜けば、その綻びを挽回出来ずにボロボロとなし崩し的に敗北する気さえある。

 それに加えて、未だ周囲を取り囲む大谷以外の影人達。

 その影人達が大谷の連撃を邪魔しないように攻撃を浴びせてくる。


「えぇい、鬱陶しい!!」


 切矢は竹刀に纏った影を大きく爆発的に膨らませると、身体の二倍はあるかと思える程の大剣を作り出して横に振る。

 それはブワンッとうちわを扇いだような軽い風の流れを生みながら、複数の影人を横殴りにして吹き飛ばす。

 それで一瞬、切矢と影人達との間に距離が開く。


 無論その一撃は大谷には当たらなかった。

 竹刀の影が膨れ上がったその直後には、何かを察して大きくその場から飛び退いていたからだ。

 だが、それもまた想定の範囲内。

 寧ろその攻撃を受けて止められていた方が切矢としては問題だった。


 大剣を振るい、大谷を一瞬退かせ、幾人かの影人を吹き飛ばす。

 その工程を終えた直後に風船でも破裂させたかのような勢いで影の大剣が弾け飛び、元の竹刀に薄く影を纏わせた状態へと切り替えると、身を屈めるなりして大剣を躱した残りの影人達へ向かって接敵する。


 瞬時に「大剣の攻撃を避け切った」と、油断している影人達へ向けて切矢は竹刀で一撃二撃と切りつけていく。


「がッ!??」


「……ぐえっ!?」


「ッッ!?」


 それは達人技と言っても差し支えない程の、竹刀……もとい刀捌きであった。

 切矢はこのチャンスを活かして、一体につきたった数秒、数撃で的確にその意識を刈り取って走り回る。


 大谷を含めた影人達が状況を理解するまでの一分弱。

 たったそれだけの時間で切矢は、影人の約半数を削り切る。


「これで残り半分か」


 影人を斃さずに、適度に叩いて刻んで気絶させる。

 その行為は、確かに“手加減”ではあるのだろう。

 しかし的確に影人の意識を刈り取れる技術を持った切矢にとっては、“斃さなくていい”というのはある意味“楽”な方法でもあった。


 影人を斃すなら、更に何撃か加える必要が出ただろう。

 しかしその分の攻撃を“気絶さえさせれば”しなくていい。省略させてよいのなら、寧ろその余った時間で他へ攻撃しに行ける訳である。


 本来“影狩り”の仕事は影人を斃す事。

 故にこれまでなら決してしなかった、する意味の無い行為だが、真城の“力”という選択肢が出たならば時間効率からしてこういった選択もアリだろう。

 まぁ、“真城が近くにいる”という条件付きではあるのだが。


 切矢は竹刀を水平に構えて残りの影人。先程影の大剣で吹き飛ばした方の影人達へと駆けていく。

 影人達も既に起き上がり体勢を立て直しているが問題ない。


 相手“がフェイズ3”。

 特に能力を持っていない“影操作”のみの影人であるのなら、まず一撃を受ける事もない。


 ここまででようやく一分といったところだろう。

 影人へと素早く接敵し、その一太刀を浴びせようとした……その時だった。

 切矢の視界に陰が差す。


「ちっ……!!」


 ズガンッッ!! ビキビキビキ……ッ!!

 と響く衝撃音。そしてその直後に聞こえた破砕音。

 それは切矢の頭上から降って来た大谷が、金属バットを縦に振るったものだった。


 切矢は事前に身を捻っていた為に直撃する事は無かったが、一直線に切矢のいた場所を突き抜けていった金属バットはビルの床を大きく凹ませて、直径1m程のクレーターを生み出した。


「残念!!」


「ったく、もうちょいどっか行ってろよ!!」


 切矢は再度、竹刀の影を膨らませ大剣を作り出す。

 それをもう一度水平に払うが、しかし今度は大谷がバットで受けて大剣の動きを塞き止める。


「同じ手を食らうかよォ!!」


「まぁ、そうだろうな。だから……ッ!!」


「何!?」


 直後、切矢の振るった大剣の一部分が形を失って流動的な動きへと切り替わる。

 そしてその流動的な影の流れは、まるで流れる川が進路の先にあった岩を避けて流れる様にして、大谷の身体の表面を通過する。

 岩にぶつかった川の流れが岩の表面を沿って左右へとわかれた後、岩を抜けた先で再度合流するかのような動きでもって大谷の身体を躱しながら、何事も無かったかのように大剣が振り抜かれる。

 もちろん大谷の身体を抜けて以降は、一部切り替えてた影の箇所も再び大剣の形へと成っていく。


「ギャ……ッ!?」


「ぐえッッ!??」


「……ゴ、フッ!?」


 意表を突けたからだろう。

 大谷以外、切矢を取り囲もうと集まって来ていた影人達が、一斉に大剣の横殴りを受けて吹っ飛んでいく。


「たく、使えねぇな!! どいつもこいつも!! 勝ってるのは数だけかい!!」


 無能な手下へと怒鳴りつけ、大谷は切矢に向かってバットを振るう。

 が、切矢はそれを意に介さずに跳躍して回避すると、空中で身を翻して天井へと着地する。


「てめぇは後回しだ」


 そう言って、切矢は竹刀の先端から影を伸ばして刀身を長くする。


 切矢は一瞬まばたきをして視界を整えると、大きく静かに息を吸う。

 そして上下逆さで天井に張り付いたままの体勢で、床へと狙いを定める様に左手を前に伸ばすと、その手の右横に竹刀の刀身を添えつつ持った右手を後ろへと強く引く。

 それは言うなれば、見えない弓を左手で構えて、竹刀は矢、右手は矢を持ちつつ弦を引いているかの様な見てくれだ。


 そしてその構えが整った瞬間に、切矢の低く通る声が木霊した。


「剣技・二の型――“刺突白雨(しとつはくう)”」


 その、瞬間だった。

 天井で構えた切矢から影人達へと向けた刺突の雨が降り注ぐ。

 難しい事は考えない。

 ただ刀身を伸ばした竹刀を真下に向かって突いては引き戻し、突いては引き戻しという工程を一秒間に二度三度という速さで繰り返しているだけである。

 下にいる影人へとランダムに、無心に竹刀を打ち付ける。


 ズガガガガガガガガガガガガガガガガガガッッッッ!!!!!!


 おおよそ人間業とは思えない刺突の雨が影人達のみならず、その下の床さえも抉り削っていく。

 そしてその連撃は、


「いい加減面倒くせぇ!!」


 といって飛び出した大谷が、切矢へ向かって影の触手を振るうまでの一分強もの間、続けられた。


 振るわれた影の触手は流動し、刺突の雨を受け流しながら一直線に切矢へ向かうと、その切矢のいた天井部分をズガンッと音を立てて凹ませた。

 切矢は触手が自身に触れる寸瞬で攻撃を中断すると、跳躍して床に着地する。



 “波嵐卍進(はらんばんじょう)”、アジト二階。

 その土煙舞うフロアで、未だ立っている者は二人だけ。

 残りは全て意識を失い、倒れ伏して動かない。


 これでようやく邪魔するものがいなくなった、と。

 切矢が大谷を睨みつけて言う。


「待たせたな。ようやっと、お前の番だ」


「はぁ~あ、結局こうなるのか。雑魚ばっか増やしても意味無かったな」



 竹刀を構えて笑う切矢。

 頭をポリポリと掻いて溜息を吐く大谷。

 二人は向かい合い、互いの殺気をぶつけ合う。



 さぁて、本番はここからだ。



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