第19話 『助ける覚悟』
「…………、」
その言葉に、真城は頷かなかった。
頷けなかった。
しかしそれでも、切矢達の事情は理解している。
真城は一人しかいない。
真城の“能力”も一つしかない。
助けられる人間の数も限られる。
神崎の用意してくれた“影牢”。
それを使えば『“フェイズ3”の影人で、且つ“影操作”以外の能力に覚醒していない者』という条件下ではあるものの、“フェイズ3”を捕獲しておく事が可能である。
仮に真城が近くにいなくとも、とりあえず捕獲をしておいて、真城の手が空き次第に“能力”を使っていく……という方法も無いわけではない。
しかし現在、真城達が持ち合わせている“影牢”は十個のみ。
それ以上の人数の影人を捕獲する事は不可能だ。
それに何より、“影牢”で捕獲出来ない“フェイズ3”。
相手が“フェイズ3”であるのなら、真城の“能力”で被害者を助ける事は可能だが、切矢と立花には不可能だ。
真城がいない、“影牢”も使えないという状況下では、切矢と立花には斃す以外の道がないのだ。
そこでトドメを躊躇って「真城を待とう」などと考えた結果、影人を逃しては元も子もないのである。
影人は斃せるのなら斃さねば、被害が大きくなる一方だ。
……そういった点では、現状まだ“フェイズ4”の方は話が簡単かもしれない。
可能性という話なら“フェイズ4”となってしまった被害者も、真城の“能力”で助ける事が出来るだろう。
しかし今の所その成功例はゼロである。
加えて“影牢”での捕獲も不可能なのだから、例え真城が戦っても、切矢立花が戦っても関係無い。
被害者を助けたいという気持ちの有無に関係無く、結果として誰がやっても助けられない状態なのだから。
それを踏まえての話。
真城に理解出来ない訳がない。
分かっているのだ。……痛い程に。
しかしそれでも、真城はあえて頷かない。
「分かった」「いいよ」などの肯定の意は示さない。
“真城晴輝”として、その肯定の言葉を発して態度で示す訳にはいかないのだ。
これは一種のプライド。
頭では理解していても、心がそれを拒んでいるからだ。
「………、」
真城の態度を見て、切矢は目を瞑る。
悪いな、と小さく呟き完結する。
真城は、影人を斃す行為を肯定しない。
しかしそれを声で、態度で、否定しない。
ただただの沈黙。
それが答えと受け取ったのだろう。
或いはそれが“暗黙の了解”や“黙認”の類だと納得したのかもしれない。
二人は何も言葉を交わさずに、非言語のコミュニケーションを終了させると、切矢は話題を「それじゃあ」と次へシフトさせる。
……そもそもの話だ。
真城の“能力”についての扱い。
影人を斃す行為については、“影狩り”本部より既に声明が出されている。
その内容は簡単に言えば『“影狩り”の活動内容は今まで通り変わらずに』。
それはつまり、真城の有無などに関係無く影人を今まで通り斃していい。という事だ。
今回、神崎が作り真城達が任務に持ち込んだ試作品……“影牢”。
これがもし今回などの使用データを利用して完全に完成した場合、神崎は『もしも影人を捕獲出来る状況になった時、“斃すことを望まないのであれば”その装置を使って捕獲して、本部へと送ってくれ』といった旨の通達をするらしい。
しかし、それでも活動内容は変わらない。
それは、真城自身の“能力”が量産でも出来ない限り、変わることも無いだろう。
或いは、“フェイズ4”でさえ確実に被害者を救える様になればまた変わるかもしれない。が、どの道すぐには変わらない。
それはつまりは、真城に許可を貰う必要なんて無い。
結局の所、真城がいようがいまいが――“影狩り”個々の判断で影人は斃していいのである。
それでも尚、あえて真城に面と向かってハッキリと断っておく精神、……律儀なのかどうなのか。
……まぁ、いざという時に真城と言い合いになる事を避ける目的もあるのだろうが、それでも真面目なことには違いない。
「情報交換はこれで終了だ。この高校の大まかな事は察せた気がするが、警戒は怠らずに現状を維持。とりあえず俺らはこのまま別れて部活終了時間の20時まで、引き続きの情報収集と“幽霊騒動”を含めた影人らの監視を続けてくれ。何か問題があれば解決し、一人でダメそうなら端末で連絡を入れてくれ」
「了解」
「ん」
切矢がテキパキと指示を出し、真城と立花が返事する。
今頃、丁度どのクラスも終礼を終えた頃。
そろそろ生徒達は部活組と帰宅組に分かれて行動を開始する。
それに合わせて真城達も動けばいい。
……そんな感じで、生徒の次の動きを待っていた時だった。
「おい!! 早くこっち来いよ、オメェよぉ!!」
真城達の耳へ微かに、怒気をはらんだ男の声が届いた。
視線を向けるとそこは校舎裏。人気のない倉庫の更に陰だった。
男子生徒が四人。
内一人が一番ガタイの良い生徒に胸元を掴まれながら引きずられ、それを追う追う形で他二名が歩いていく。
「オラァ!!」
という掛け声と共に、ガタイの良い生徒が掴んでいた生徒をコンクリートのブロック塀へと勢いを付けて放り捨てると、掴まれていた生徒はその勢いのままブロック塀に右半身を打ち付けた。
身体と一緒に頭もぶつけたのだろう。
ゴンッという鈍い音が響いた。
生徒はそのままズルズルと肩を塀に擦りながら地面へと倒れ込む。
起き上がる気力が無いのか。或いは、既に諦めているのか。
生徒はそのまま少しも動かない。
先に痺れを切らしたのは、ガタイの良い生徒だった。
倒れて起き上がらない生徒へと近づくと、乱暴に髪の毛を鷲掴みにして無理やり上半身を引っ張り起こす。
「痛、っつッッ!!」
「……おい、聞いてんのか死神? お前だよなぁ、死神が見えるっつう厄病神は? なぁ!!」
「俺は、……死神でも、厄病神でもない」
「……、」
ガタイの良い生徒が倒れる生徒の横っ腹を蹴り上げる。
「――ゲホッ、ガハッッ!??」
「ナメた口聞いてんじゃねぇぞ、あぁ?」
ガタイの良い生徒は再び生徒の髪の毛を鷲掴むと更に、
「お・ま・え・じゃなきゃ、誰が悪いってんだよ!! あぁ!?」
そう言って、何度も生徒の頭を地面に打ち付ける。
「……ッ!!」
あまりの痛みに生徒は手足をバタつかせて抵抗するが、その手足を他二人の生徒が蹴りつけて、踏みつける。
「何抵抗なんてしてんだよ、オラァ!!」
「騒ぐんじゃねぇよ、うっせえなぁ!!」
一人の人間に三人が寄って集って暴力を浴びせる図。
その姿を遠目より確認し、
「……またいじめ、か」
切矢がそう呟いた。
任務開始前の時点から、学校でいじめや恐喝が増加傾向といった話は聞いていた。
情報収集を行っている最中も、柄の悪い生徒はよくいたものだ。
情報交換の場として集合地点に選んでおいた屋上でも、恐喝は起きていたぐらいである。
……治安の悪化という話は、どうやら間違いではないらしい。
「……なんでいじめなんて起きるんだか」
切矢は溜息まじりに言う。
「まぁやられる方もやられる方だわな。なんでいじめられてるんだか知らないが、ちゃんと抵抗したり殴り返したりでもすりゃ、いじめだって悪化しないだろうに。一方的にやられたままでいるからナメられるんだよ……」
「ははは……。流石にそんな簡単な話じゃないから、いじめが無くならないんじゃないですか? 俺も昔いじめられていたので、いじめられる側の立場も少し分かる気がします。……最初は本当に、ただ言い合っているだけなんですよ、お互いに。立場が拮抗してるから何を言われてもすぐに言い返せる。でも、段々と……立場が低くなる方が現れる。言われた事に何でも言い返せるわけじゃないですから。その人の弱点。それこそ、自分に落ち度があることや、自分でも落ち度があると思っている所を指摘されると、人はそれに反論出来なくなってしまう。……俺も昔、テストで全然良い点が取れなくて……それが元でよくいじめられていましたよ。嫌なのは分かっているけど、それでもテストの点が悪いのは事実だし、自分でも自覚はあったので全然言い返せなくって……ズルズルと」
「ふーん、そういうもんかね。俺はいじめられた事が無いからそこら辺は分からないな。なんかあって殴られても、すぐに殴り返してたし」
いじめに思う所があった真城は立ち上がる。
「どこ行くんだ?」
「ちょっとあのいじめ、止めさせてきます」
「待て待て待て、止めに入った所でどうなるだよ。やめとけって」
「だからって、ただ見てるわけにもいかないでしょ」
「やめとけって!! 今は堪えろ!! ……優先順位を見誤るな」
「なんですか、優先順位って!! あの場を止める以外に優先する事があるんですか!?」
「……お、落ち着いてください。あ、あんまり大きな、声、出しちゃう、と」
話がヒートアップする真城と切矢。
それを止める様に立花が間に割って入る。
「落ち着いて、下さい!!」
いつもはオドオドとしている立花からの一喝に、真城と切矢は言い合いをストップさせた。
一度大きく深呼吸をして、初めに口を開いたのは真城だった。
「……優先順位ってなんですか」
真城は過去にいじめを受けていた。
それは、決して暴力を振るわれるといったものではなかったが、それでも誰かがいじめを受けている現場を見たら放っておけない。
いじめを受けている人間の心境は、同じくいじめを受けた事のある真城には察して余りある。
それに、そういった件を抜きにしても決して気分の良いものではないのである。
過去にあった経験から、少し熱くなってしまったが……。
それでも、今止めるべきという意見自体は変わらない。
「俺達は何の任務でここにいるんだ?」
切矢がそう問いかける。
「何って、この街の影人を倒して、街の治安回復といじめを無くす為の――」
「そうだろ。俺達は“影人を斃す為に”ここにいる。目の前のいじめを今どうにかする事じゃない。それは俺達が影人を斃した後で、水樹が担う仕事だ。……俺達の分野じゃない」
「……なら、いじめは放っておけって言うんですか!?」
「そうだ。俺達は秘密結社、陰の組織だ。……だから、影人を斃す以外の目的で表舞台に極力関わるべきじゃない。俺達がこなすのは“任務”だけでいい」
「…………、」
切矢の言葉に、真城は言葉を無くす。
いじめられている人間を助けるのは、任務じゃないからしなくていい?
そんな理由で、そんな都合で、目の前で苦しんでいる人を見逃せと?
助けなくてもいい? ……そんな考えに至れだと?
確かに“影狩り”は影人を斃す為にある組織だ。
決して人助け自体が目的の組織じゃない。
人助けはその結果として起こるもの。起こす事自体が目的にあらず。
目的はあくまでも、影人の駆除にある。
“影狩り”は影人を斃す為の、復讐者達が立ち上げた組織。
そこに、人助けを目的として入った真城には相いれない壁がある。
……それを、真城は分かっていたつもりだった。
しかしそれでも目の前で苦しむ人がいたのなら、手を差し伸べるくらいはするのだろうと、そう勝手に解釈していた。
自分の都合のいいように考えて、それ以上は考えないようにしていた。
しかし、その結果が今ここで浮き彫りになった。
浮き彫りになってしまった。
真城が考えていたよりも、この壁は厚く高い。
声を発さず押し黙る真城へ、切矢は再び問いかける。
「……なぁ真城。お前は、自分が助けた人間がいつか罪を犯したとしたらどうする? 人を殺したらどうする? その責任をお前は取る事が出来るのか?」
「何を、言ってるんです?」
「これはあくまでも例え話だ。……どうだ? 出来るか?」
「……そんな事、考えたことも無いですよ。考えようと思った事も無い!! 第一それは、“人を助けなくていい理由”になるんですか!? ……そうやって考えている内に間に合わなくなる事だってあるかもしれないのに?」
「俺は“責任”の話をしてんだよ。俺も、お前も、未来で俺らが“無責任に助けた人間”の所為で不幸になるかもしれない人間も、……誰もが『助けなければよかった』『助からなければよかった』なんて事を思わないようにする為に。……俺は自分の意思で人を助けたりなんてしない。あくまでも任務として、結果的に助けるだけだ。そいつらが勝手に助かるだけと言い換えたっていい。そこに俺個人の意思は介在しないしさせない。任務が絶対なんだから、任務にある事以外はやらなくていい。それで困る人、助からない人が出るんなら、それは任務の所為なんだ。……そう考えて、自分に圧し掛かる“責任”を何処かに転換する道を作っとかなきゃ、“もしも”の時に辛くなるぞ。……どの道全員は救えないんだ」
「それでも!! 助けられる機会があるなら、助けるべきだ!!」
「まぁ、これはあくまでも俺の考えだからお前もそうしろなんておこがましい事を言うつもりは無い。だがな、……忠告はしといたぞ? 一応な。もしもそれでも自分の意思で人を助けようとするってんなら……少なくとも俺は、そいつを助けた“責任”を最後の最後まで果たす覚悟でやるつもりだ。それが例え自分の命と引き換えになるような事になってもな。生半可な覚悟で人を助けるな、助けるのだって遊びじゃねぇ、それが俺の考えだ」
「……そんな事言ってたら、一生誰も救えないじゃないですか」
「救うなとは言ってないだろ? “覚悟”さえ決めたんなら別に救っても良いんだよ。“覚悟”がねぇなら止めとけって話でな。後、任務で不特定多数の人間が勝手に救われる分には良いんだよ別に。そう言うんじゃなくて個人の話な? ……俺は自分で責任を取れるのなんて精々二人、右手と左手分くらいまでだと思ってる。ひなたは俺の意志で救った。だからそれで一人。そんでもう一人も既に決めている。だからそれで手一杯。それ以上は手に余る」
一体何の話をしているのやら。
“覚悟”が無ければ、人を救うなだの何だのと。
そもそもの話、真城は既に覚悟が出来ている。
そんな事を言われずとも最初から。
この“力”を手に入れて、自分にしか出来ない人助けをするのだと決めた“あの日”から。
既に完了を終えている。
――真城が動き出そうとした、その時だった。
「じゃあ私が助ける。その覚悟ももう決めた」
立花の力強い声が遮った。
それは、今までのオドオドとしたか細く弱いものでなく、よく通る声でハッキリと。
「「……!?」」
驚いた真城と切矢は、声のした方を見やる。
すると、そこに立っていたのは“猫の面”を顔に被った立花の姿だった。
「ひなた!? 何で、お前がそこまでしなくても!??」
「祐は言った。『影人を斃す以外の目的で表舞台に極力関わるべきじゃない』って。……さっきの会話聞いてた? あの人、さっき“死神”って呼ばれてた。きっとあの人は何かを知ってる」
「その話はまだ俺らの任務と関係あるかも分かってないだろ!?」
「うん、かもしれない。……でも、もう決めたから」
「おい、――ひなたッ!!」
立花は切矢の制止を振り切ると、話を聞かずにいじめの現場へ向かっていく。
「私が一人で行く、二人はここで待っていて。影人達が隠れて見てるかもしれないから。三人で一緒にバレる必要も無いしね」
…… ……
「何とか言ったらどォなんだ、おぉ!?」
「ゴフッ……」
「とっとと立てよ、オラァ!!」
「お前の所為でなぁ!! ――こちとらッッ」
「そこまで」
三人で寄って集って一人の生徒を痛めつける。
そんないじめの現場へと到着した立花が、三人を制止する。
「はぁ? 子供??」
「なんだよ、ふざけたお面なんか付けやがって」
「なんか用なの? え??」
立花の姿を見て、三人はそれぞれの反応を示して手を止める。
三人も驚いた事だろう。
波嵐高の制服を着ているとはいえ、背丈は小学生並である。
そしておまけに“猫の面”。
脳内が疑問符だらけでも仕方がない。
「何々? 俺達に話でもあるの?」
「それ以上、その人に暴力を振るうなら、先生に言い付けるよ?」
「はぁ?」
立花は“先生”といった単語を口に出し、軽く脅しをかけてはみるものの三人はまるで動じない。
それどころか、溜息をつく者、嘲る者、不機嫌になる者と様々だ。
「……何? もしかして正義マンか何かなの? それでお面なんか付けてるの? ……ヒーローの真似事かよ」
「何々、ヒーローとかカッコイイじゃん。そういう番組でも見て憧れちゃったのかな? 自分もなりたいとか思っちゃったのかな?」
「マジかよ、絶滅危惧種じゃん。高校生にもなってそれとか、どんだけ頭足んないの?」
じりじりと、立花へ向かって歩み寄る。
首を鳴らし、或いは指をポキポキと鳴らしながら、
「そろそろ現実見た方がいいんでねぇの?」
「痛めつければ、嬢ちゃんも目が覚めるでしょ。どぉ? 泣いて土下座するってんなら許してやらないでもないけど、……痛い目見ちゃう?」
「つぅか、まずはその面取れよ。随分と小せぇけど顔が可愛かったら程々に痛めつけるぐらいで勘弁してやるよ。まぁ、その後やる事ヤッてもらうんだけどさ」
「やめといた方が良いよ? 痛い目を見るのはそっちだから」
「……先に引き金引いたのはそっちだぜ? 言っても分からねぇんだったら分かるまで身体で覚えるしかねぇよなぁ!!!!」
ガタイの良い生徒が動く。
小さな少女の腹部へ目掛けて、横薙ぎの蹴りが炸裂する。
ドスッとした鈍い音と共に立花の身体がその勢いに乗せて宙へ浮く。
その立花の身体が地面へと着地すると同時、更に追撃とばかりに面を付けた立花の脳天へと拳が突き刺さる。
体格差からしてまず勝てるはずのない戦い。
それは戦いというよりも一方的な暴力であった。
男達の認識では、少女は既に意識無く、或いは、次の瞬間には泣き出して……。
などといった未来予想図。イメージが浮かんでいた。
しかし。
それもすぐに改められる事となる。
「それで終わり?」
まるで何事もなかったかのような声のトーンで、少女は言う。
その顔を与り知る事は出来ないが、痩せ我慢をしている風でもない。
「あぁ!?」
確かに手応えはあった。
蹴った時。殴った時。共に躱されたような感じはしなかった。
いわゆる、殴られるのと同じ方向へと身体を逃がして勢いを殺すといった技。“スリッピング・アウェー”等といった類の技術を使われた気配さえしなかった。
手加減はしていない。
本気の本気で蹴って、殴った。
それなのに少女は倒れない。
ツーッ、と生徒の頬に嫌な汗が伝う。
背筋がスッと寒くなる。
少女は、正面から攻撃を全て受けきった。
そして何事もなく、今も正面に立っている。
その現実が、まごう事無き事実として突き刺さる。
「い、一斉にやるぞ!! この人数だ、多少動けなくなるまでボコっちまっても構わねぇ!!」
ガタイの良い生徒の掛け声で、今まで静観していた残り二人の生徒も動き出す。
三人で立花を取り囲み、逃げ道を塞ぐようにした後一斉に飛び掛かる。
「……ハァ、無駄なのに」
これは当然ではあるのだが。
立花が影を纏って身体を守っている事など、彼らは知る由もない事だ。
“影耐性”を持たない彼らには、影が動こうが影を纏おうが、それを認識する事が出来ないのだから仕方がないと言えばそれまでなのだが、最初に何発か当ててそれが立花に意味が無いと分かった時点で、すぐに諦めてもらいたいものである。
「仕方ない」
一般人へ向けての“影操作”は、“影狩り”本部より禁止されている。
攻撃には不可能だ。が、防御に使う分には問題無い。
のだが、それはそれとして、
「ふん」
「いでででででででで!!??」
殴りかかってきたガタイの良い生徒の腕を立花は掴み取る。
そのまま腕を捻って体勢を崩させると、その生徒を盾替わりにして残る二人の拳をやり過ごす。
「うぐ!? ごほ!?」
「あ、輪縞さん!?」
「しまっ、大丈夫ですか!?」
殴り、蹴られてうずくまるガタイの良い生徒。輪縞。
そんな輪縞を見て取って、或いは殴ってしまった事に動揺し、残る二人は手を止める。
思った通り、この男がこのグループのリーダーだったらしい。
倒れる輪縞を放り出し、
「まだやるの?」
と言って視線を送る。(面の所為で、果たして視線に気づくのかは知らないが)
それは暗に、『次にこうなるのは君らだぞ』と告げている。
立花も“影狩り”の一員だ。
いつもはオドオドとした態度ではいるものの、しっかりと戦闘訓練を受けた兵である。
“影操作”で攻撃出来ずとも、そう簡単に一般人には負けはしない。
「クソが……」
「くっ……」
「……、」
三人は力なく項垂れる。
戦意を無くし、それが勝敗の合図となる。
立花は三人にも意識を払いつつも背を向けて、未だに倒れて蹲る生徒へと駆け寄った。
「大丈夫?」
「……き、君は?」
自身の身体に体重を預けさせ、立花は生徒を助け起こす。
「立てる?」
「えぇと、うん」
されるがまま、生徒は立花の力を借りて立ち上がる。
立花は生徒がしっかりと自分の足で立ったのを確認すると、生徒の汚れた衣服を優しく叩いて土を取る。
「君の名前は何て言うの?」
ある程度の土を払い終えると立花はそう生徒へと質問する。
いつまでも、名前が分からないままでは呼びにくい。
「俺は、――ヒッ」
生徒が口を開いた時だった。
生徒の話始めた声が突然怯え、その表情が引きつった。
「……?」
立花は疑問符を浮かべる。
生徒が顔を引きつらせたのは、決して立花の顔を覆う“猫の面”を目撃したからではなかった。
生徒の視線は、立花の背後。その更に奥へと向けられていたからだ。
「――ッ!?」
瞬間、立花もその理由を理解する。
「ねぇ、何こんな所で油売ってんの?」
何故この瞬間、この距離になってまで気が付かなかったのか。
立花の背後、その十数m後ろに控える三人の生徒へと向かってやって来る、一人の気配。
それは間違いなく、一般人のものではない。
ただ平凡に、時を過ごす人間が発せるようなものではない。
「……ねぇ、聞いてんだけど?」
まず間違いなく、影人のものだった。




