第7話 『チェックメイト』
「どうして、この場所が……?」
神崎が絞り出すようにして言葉を発した。
それは、純粋な疑問だった。
監視カメラは確認した。
この階層にはロボットはおろか“アイ”がいない事も確認した。
にも関わらず、まるで瞬間移動でもしたかのような瞬間的長距離移動。
それは例えば、“影世界”を経由して一直線に来たとしてもありえない。
何故? という疑問。
それは神崎の抱える目の前の絶望よりも、優先するべき問題だった。
しかし対する“アイ”としては簡単なこと。
さも当然とばかりに平然と、『そもそもさ』と切り出した。
『どうしてバレてないと思ったの?』
寧ろ、“アイ”の方が純粋な質問をするように。
『あの時の逆探知。――――本当に私が追えてなかったとでも思ってた?』
「――ッ、!?」
神崎が監視カメラの情報をハッキングして盗み見ている事がバレた時。
神崎は事前に用意しておいたいくつものダミートラップを駆使して対処した。
……対処した、はずだった。
しかし、“アイ”はそれらトラップを掻い潜り、逆探知に成功していたと言っている。
そんなまさか、と思う反面。
今目の前に“アイ”がいる事が、事実である事を告げている。
『強いAIである今の私に、機械だのプログラムだのハッキングだのって分野で……人間のたっくんが勝てるわけないじゃない』
やれやれ、と溜息でもつくようなジェスチャーをしながら、“アイ”は神崎を見据える。
『それでも、たっくんが真城晴輝なんかと結託して私を倒そうなんて考えなければ。監視カメラを覗こうなんて思わなければ、……私に居場所がバレることもなかったのにね』
“アイ”が切断されて破損した右肩を左手で撫でる。
既に処置はしたのだろう。今はもう、右腕が繋がっている。
繋がった腕の具合でも確かめるように、右手を握って開く。
動作にも支障はないようだ。
『初めにたっくんに逃げられた時、私はカメラをハッキングしてその行方を調べた。でも、見つけられなかった。だからカメラに映らない所に隠れたんだってのが分かった』
“アイ”が一歩、前に出る。
『それからしばらくはカメラを盗み見てたけど、他に誰もハッキングをしてくる気配もなかったから……そっちの捜索は諦めて別の方法を考えることにした』
さらに一歩、前に出る。
『その後、真城晴輝と戦って……腕を切られた怒りで我を忘れていたけれど。怒りを抑えて、情報を整理して、そうして……真城晴輝を私とぶつける為に誘導した何者かの存在、可能性に行き着いた。真城晴輝を私のいるところまで誘導出来たということは、その何者かは監視カメラで私の居場所を盗み見たってことになる。でも、監視カメラの映像を確認できる司令室は序盤で私が占拠してあるから別の方法となると、もうハッキングをするしかない』
だから、と一度そこで言葉を切る。
機械の手。人差し指を神崎のもとへ向け。
『たっくんだってすぐに分かった』
満足そうに。
してやったりといった表情で。
“アイ”は歪にほほ笑んだ。
「……、」
神崎がおもわず身を震わせ後ずさる。
そしてそんな神崎を守るように、九条が前に出て壁となる。
どうすればいい?
真城達に助けを求めるべきなのか?
「――ッ、!?」
おもわず反射的にPC画面に目をやって、神崎は言葉を詰まらせた。
画面に映し出されるその状況。それが理解できずに困惑する。
何故なら。
PCの画面には、未だ“巨大ロボット”へと歩く“アイ”の姿が映し出されていたからだ。
“アイ”の居場所は、神崎が今なお捕捉中。
では、目の前の“アイ”は何だ……?
「――――ッッ」
神崎の脳裏に、ある“嫌な予感”が過る。
目の前の“アイ”こそが本物だ。
それは、“アイ”のボディを作った神崎だから分かること。
であるならば、映像に映る“アイ”が偽物ということだ。
いや、違う。
より正確に言うのなら、
『――疑問には思わなかった? カメラの位置を把握しているはずの私が、何故、ずっとカメラに捕捉されている道を通るのか』
「――――」
『何故、私のやる行動をあえて教えてあげているのか、を……そんなの簡単だよ。私の位置情報と思惑を把握させ、“安心”という隙を作る為だよ。……どう? 十数分前の過去の私の映像を今現在の出来事だと思い込まされて、ちゃんと“安心”出来たでしょ? もう自分は“安全”だって、そう考えられたでしょ?』
情報の誤認。
監視カメラの映像の編集と差し替え。
その全てのネタ晴らしを終わらせて、“アイ”は満面の笑みを浮かべていた。
「……いつから」
『さっきも言ったじゃん、逆探知でたっくんを見つけて以降からって。ロボットやドローンでの物量作戦だって真城晴輝とたっくんの居場所を完全に引き剥がして“万が一”を無くす為ってのともう一つ。たっくんが私の思惑通りに真城晴輝たちを誘導してくれたから、……もう少しだよ』
“アイ”がそう言った時だった。
まるでタイミングを見計らったかのように、スピーカーから通話音声が鳴り響く。
『神崎さん。この道はどちらに向かえばいいですか?』
それは、真城からのものだった。
内容からして珍しくもない、今まで通りのナビゲートを求むものだった。
しかし、それは降って湧いた幸運だった。
神崎は、なりふり構わず真城へと呼びかける。
「――ッ!? 真城君!! “アイ”はここにいる!! すぐに戻って来てくれ!!」
しかし。
そんな藁にも縋る神崎からの呼びかけに、真城は反応を示さない。
『無駄だよ。今、私達の声は向こうに届かないようにしてあるんだから。ちょっと待っててね……あ、あー、「あーあー」』
「……!!?」
“アイ”の声色。
その合成音声が、神崎と同じ声に切り替わる。
『「右の道へ行くといい、すぐ近くに書庫がある。次はそこへ向かってくれ」』
『了解しました』
設定をさらに変更し、“アイ”が合成した偽の神崎の声のみが真城へと伝わった。
そこまでして、真城との通話を切ってしまう。
その声が“アイ”のものであったこと、そのことに真城が気付いた素振りはない。
『これでチェックメイトだよ』
“アイ”が声を自身のものへと戻す。
そうして、再び神崎へと向き直る。
「……なぜ書庫に誘導した?」
『それで生き残りの戦力をごっそりと一網打尽に出来るからだよ。本当は私の腕を破壊した真城晴輝だけは私自身の手で始末してやりたかったんだけどもね……“アレ”に譲ることにしたんだよ。これが最善。これで私の完全勝利。――もうたっくんを縛り付けるものなんて何もない!! これで私と二人きり!!』
一直線に神崎を見つめて、両手を広げて駆けだした。
『さぁ!! ――――私と一緒に!!!!』
「……っく!!」
ガキンッッ!!
と“アイ”を阻むものがあった。
「私を忘れてもらっては困りますよ」
右手に荒く包帯を巻いてなお、負傷していても関係無いとばかりに“アイ”と神崎の間に立ち塞がる。
胸の黒いペンダント、“影結晶”が機能する。
左手に影を纏い、その影がさらに影の槍を形作る。
『邪魔ぁ!!!!』
「……申し訳ないですが、ここまで本部が壊滅してしまった以上、気が済むまで神崎さんを“アイ”さんの所有物にされてしまってはいつまでも本部が立て直せませんので悪しからず。神崎さんには意地でも生き残って、寝る時間を返上してでも本部再建に奮闘してもらわないといけません。……今日からは、馬車馬のように働いてもらいます」
「……えぇ」
神崎の言い分など聞き入れない。
九条と“アイ”、二人の視線が交差する。
そしてその直後。
二人の激突があった。
…… ……
桜井と別れて以降のこと。
真城、野武、霜山の三人は神崎からの指示通り、西を目指してひた走る。
あれからも何度か、ロボットたちの襲撃はあった。
しかしその度に、三人は力を合わせて何とかその場を切り抜けて進んでいた。
「ハアハア、マジでどんだけいるんだよロボット共がよぉ!!」
「そうねぇ、このままじゃ……ハアハア、“アイ”と戦う前に体力が底を尽きるわよ」
二人は既に息が上がってきている。
限界が近いのだろう。
「……、ハアハア」
まぁ、真城も言えた立場ではないのだが。
しばらく道なりを進んで行く。
そうして、ある所でつき当たる。
「分かれ道、か」
右か左か。
三人は一度後方を確認し、ロボットが追ってきていない事を確認すると立ち止まる。
「どうすんだ?」
「右に行けば執務室、左は確か医療所だったかしら」
「……、」
周りの壁を見渡すが、地図のようなものはない。
が、しかしこの分かれ道。何処に繋がっているのかが今の問題というわけじゃない。
一刻も早く“アイ”の元にたどり着き、“アイ”が“巨大ロボット”を掌握するのを阻止すること。それが第一目的となっている。
神崎が作ったらしい“巨大ロボット”が“アイ”の手に渡ってしまっては、“アイ”の討伐が非常に困難なものとなる。なってしまう。
真城は急いで耳のイヤホンを小突いた。
「神崎さん。この道はどちらに向かえばいいですか?」
こういう時、こちらで考えることに意味はない。
神崎に聞くのが一番だ。
少しの間が開いて、
『「右の道へ行くといい、すぐ近くに書庫がある。次はそこへ向かってくれ」』
神崎の返答が返ってくる。
真城は「了解しました」と簡単な返事をすると、三人は頷いて右の道へと入っていく。
「……ここか」
真城たちは大きな扉の前で立ち止まる。
扉の上の茶色い壁には『書庫』と書かれたプレートが張られていた。
神崎に言われた通り、右の道へと入ってから数分とかからずに目的の場所に到着した。
真城は書庫に来るのは初めてだ。
中がどうなっているのか、真城には分からない。
先程は、二つ返事で「了解」と返したが……一体ここに何があるというのだろう。
ここに“アイ”がいるのだろうか?
或いは、この書庫から“巨大ロボット”とやらの隠し場所へと繋がる道でもあるのだろうか?
どうして書庫に真城たちを行かせたのだろう?
そんな疑問が、今になって沸いてくる。
「どうした、早く入るぞ」
野武が後ろから急かしてくる。
軽く野武と霜山の顔を窺うが、真城の抱くような疑問は二人には無いようだ。
少し考えすぎなのだろうか?
よくよく考えてみれば、別に神崎が真城たちに嘘をつく必要は無い。
別に罠にハメるようなことをする必要も無いのだから、そうなると、やはり書庫に行くことが何か意味のあるものなのだと考えた方が良さそうだ。
「そうですね」
真城は頷くと、大きな扉へと手をかける。
取っ手を掴み、扉を前に押していく。
ギィ、という音を響かせて大きな扉が開かれる。
開いて、そうして最初に目に入ったのは、自分の二倍以上の高さのある大きな本棚の数々と、そこに隙間なく並べられた無数の研究ファイルの山だった。
「おぉ、――ん?」
大量の研究成果。
様々な実験内容から結果までが纏められた色とりどりのファイルを見て、思わず感嘆の声を上げたのも束の間、部屋の中心、書庫のさらに奥へと続く階段の真下に何か妙なものが転がっているのに気が付き、顔をしかめる。
そう、あれは。あの見覚えのある残骸は……、
「ロボット? これは、一体誰が」
まるで銃弾で心臓を撃ち抜かれたかの様に、その胸部に一円玉以下の小さな丸い穴を開け、動きを停止している“警備ロボット”を見て、真城は疑問を口にした。
近づいて見て、気が付いた。
ロボットの胸部、その中に納まったロボットが活動する為に必要不可欠なコンピュータ。
その“核”が、たった一撃で、的確に撃ち抜かれている事に。
しかもそれだけでは無かった。
初めに部屋に入り、このロボットを確認し、それに全てを奪われていたが為に気付くのに遅れたが、よくよく確認して見ればこのロボットの他にも数台のロボットが本棚の隅に隠れるようにして倒れているのが目に入る。
近くで確認していない為、断定はできないが……遠目から見る分にはコレと同じく胸部を撃ち抜かれて停止させられているのだろう。
当然ながら、真城の記憶の中の人物でこれが出来る者はいない。
しかし、どうやら他二人は違ったようで、
「……チッ」
「ここにいたのね」
とそれぞれの反応を見せていた。
心当たりがあるんですか?
そう二人に問いかけようとした時のことだった。
「騒がしいな、また来たか」
不意に、野武でも霜山でもない別の第三の声がかけられる。
声のした方を振り向くと、書庫の奥の奥の方から一人の男性が歩いてくるところだった。
それも、一丁の拳銃をこちらへと向けた状態で。
しかし、
「ん、なんだ。お前らか」
書庫に尋ねて来た存在がロボットではないと知り、男性はすぐに銃を下ろした。
ぱっと見の年齢は真城と同じか少し上だろうか。
首元に青のラインが入った白いポロシャツに紺色のジーンズをはき、腰に付けた革のベルト。その左右にはホルスターと拳銃がぶら下がっており、そしてそれらを隠すように膝下まで伸びる長めの白衣をまとった男性であった。
初めは研究員かとも思ったが……状況から見るに、この男性が書庫のロボット達を破壊した人物であるのだろう。
手に持つ拳銃は、真城が素人目に見ても分かる程度に“本物”とは言い難い代物だった。
ただ一言『この拳銃は玩具です』とでも言われてしまえばそれを信じられる程のもの。
しかし、それを構える男性の威圧。
そして、現に“それ”によって破壊されたと思われるロボットの痕跡、と。
様々な状況が、“それ”がただの玩具でないことを真城へと伝えていた。
そんな男性へ向けて、
「おい天道てめぇ!! 緊急事態なんだから手伝えや!!」
野武が怒鳴るような声を上げる。
それを聞き、真城もこの男性が天道秀才であることを理解する。
対する天道はといえば、野武の言葉に反応をしないまま拳銃をホルスターに収めると、拳銃を持っていた手とは逆の手で小脇に抱えていた研究ファイルを開き、それを読み始める。
「……おい」
「俺は見ての通り忙しい。他を当たってくれ」
端的にそう告げて、回れ右。
再びやってきた奥の部屋へと歩いていく。
“アイ”の暴走とその対応。
事態の収拾に動くものとそうでないもの。
桜井の言い分では『感覚がマヒしているから』といった回答を得られたが、どうもこの天道という男の理由はそれとも違う。
『面倒くさい』というよりも、そもそも『興味がない』といった、そんな雰囲気を纏っていた。
「おい待てや!!」
しかしそれでも引くこと知らない野武。
既に歩き出した天道を追って、階段へと駆けていく。
天道の肩を、野武が掴んだ時だった。
ハァ、と周りに聞こえるようなわざとらしい溜息と共にその野武の手を払いのけて向き直る。
「忙しいって言っただろ? そういうことはいつもみたいに一ノ瀬にでも頼れ」
「一ノ瀬なら既にやられた!! だから言ってるんだろうが!!」
「……なに?」
野武の訴えが届いた、わけではない。
しかし、その言葉を聞いて初めて、天道が反応を示したのは分かった。
天道の目が見開かれ、『驚いた』と言わんばかりの表情を作っている。
が、それもほんの一瞬のこと。
すぐにその表情は元に戻り、
「だったら神崎を捕まえて差し出せばいい。それくらいならお前らでも出来るだろ?」
「…………、」
もしかすると神崎が真城たちを書庫に寄越した理由は、天道に合わせる為だったのかもしれない。
神崎が独自のルートで天道を見つけ出し、真城たちに協力を仰がせるための行為だったのかもしれない。
そんな事を、思っていたりもしたのだが……。
これは思いの外、一筋縄ではいかないらしい。
どうしたものか?
そんな思考を、巡らせている時だった。
――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……。
それはまるで、地の底から魔物だか悪魔だか、そのような悪しき者たちが這い上がってくるような。そんな轟音が鳴り響く。
そして、その轟音に合わせるように書庫がグラグラと振動する。
「な、なんだ!? 地震か!?」
「大きいわよ!!」
大の大人でさえ立つのが難しいほどに大きく揺れる本部、書庫。
片膝をついて身を屈め、倒れるかもしれない本棚から距離をとってしばし待つ。
“影狩り”本部は地下にある。
元々特別頑丈に作られている事に加えて、地上よりも揺れの被害が少なくなる地下とはいえ、それでもやはり揺れることは避けられない。
数秒してなお収まらない揺れの中、さらに揺れが大きくなる。
「……くそっ!!」
だが同時に、疑念も大きくなる。
この揺れは本当に地震なのか? ということを。
これはただの揺れじゃない。
そう。地震の“揺れ”というよりもしっくりくるそれは、……言うなれば大気の振動のような何か。
そのことに、天道も気が付いたのだろう。
「……この“音”は、まさか」
と、そんな意味深なことを呟いた。
さらに続いて、
「今度はなに……?」
書庫内に出来た影。
その影が一斉に、水面の波紋のように揺らめいた。
その現象に、真城は見覚えがあった。
多分それは、ここにいる誰もが心当たりがあっただろう。
真城、野武、霜山、天道の四人がそれぞれ警戒の度合を上げていく。
「来るぞ!!」
それは、誰の放った言葉だったのか。
あるいは全員が、同時に放った言葉だったか。
それを理解するよりも早く、事態が動いた。
…… ……
「チィ、面倒なのまで連れてきやがって」
初めに口を開いたのは天道だった。
持っていた研究ファイルを無造作に床に放り投げると、腰の左右のホルスターから二丁の拳銃を取り出して、標的へと構える。
標的。
それはもちろん、書庫の影から無数に沸いて出たロボット達。
“戦闘訓練用ロボット”や“警備ロボット”。
さらにはドローンや初めて見る、昆虫の姿を模ったロボットだ。
あれは……蜘蛛、バッタ、トンボだろうか?
他にもぱっと見で分からない様なものまで様々な個体が増えている。
一体何の用途で作ったのか。
手のひらサイズから人間サイズまで多種多様。
そんなロボットたちに向け、天道は容赦なく引き金を引いていく。
ガン!! ガゴンッ!! ガガガンッッ!!!!
小刻みな発砲音を響かせて、天道はそれらロボットの核を無駄なく一発で仕留めていく。
拳銃は“本物”ではない。
それはもちろん銃弾も。
真城が初めて書庫に入った時に確認したロボット。
その撃ち抜かれた胸部から出て来た銃弾は、いわゆるBB弾と言われるものだった。
球形のプラスチック弾。
色は黒く、本来のものよりも心なしか重かったことから、もしかするとBB弾に偽装しているだけで内部に金属が仕込まれている可能性もゼロではないが……、まぁその程度の代物だ。
決して、ターゲットに絶対命中する機能なんてないはずだ。
にもかかわらず、天道は百発百中であらゆるターゲットを仕留めていく。
単純に腕が良いのかとも思ったがそうではない。
真城は戦いの最中、驚くべきものを目撃した。
天道が打ち出した弾丸。
その軌道が、まるでロボットの核へと吸い寄せられる様に捻じ曲がり、命中する。
そんな瞬間を……。あれは一体?
「驚いた?」
真城の顔色から悟ったらしい霜山が語りかけてくる。
「あれはアイツお得意の固有戦法。アイツは撃ち出す銃弾に“影纏い”をしておいて、ぶっ放した銃弾ごと“影操作”で軌道を自由自在に操ってる。普通なら飛ばした弾丸に影を纏わせ続けるなんてのは影の操作が追いつかなくて不可能なんだけど、……アイツは持ち前の勘と才能をフルに使って無理やりそれを可能にしているって訳らしい」
霜山は刀を振るって、ロボットの一体を切り伏せる。
「まったく不公平よねぇ、そんな才能あるんだからアイツがとっとと“アイ”を仕留めてくれれば楽なのにさ」
天道へチラリと視線を投げて、愚痴るようにそう呟く。
「無駄口叩いてないで手を動かせ」
愚痴が天道に届いたのだろう。
天道が真城と霜山の会話に割って入って中断させる。
そこそこ小さな声だった上、このガシャガシャと金属音響く戦闘中。よく聞こえたものである。
“カクテルパーティー効果”か何かだろうか。
「にしても!!」
さらに野武の言葉が割って入る。
「どうなってんだこの数は!? あの神崎、誘導ミスりやがったなクソが!!」
野武が怒りながら刀を大きく振り回す。
真城も手当たり次第に拳を振るうが、一向に数が減っていかない。
それどころか、揺らぐ書庫の影からは未だにロボットたちが沸いてくる。
キリがない。
――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……。
再び鳴り響く大気の振動。
揺らぐ足元にバランスを奪われ跪く。
「くそ、……どうなって!!」
真城が口を開いた、その直後だった。
真城は視界の隅に、こちらへと向かって走ってくるロボットの一体を捉える。
なんだ? という疑問の声が出る間もなかった。
声を、音として発するよりも早く、真城はそのロボットに突っ込まれ大きく身体をのけ反らす。
「――――っが!?」
ロボットは真城の腰へと手を回し、全体重を乗せたタックルで真城ごと後方へと突き飛ばす。
突き飛んだ先。
それは書庫の壁、……ではない。
その壁一面に出来た、影の中。そう“影世界”だ。
とっさの事に動揺するが、しかしそれはそれとして、なんとか全身の“影纏い”には成功する。
“影世界”へと投げ出された直後、真城の視界に飛び込んだものは灰色一色の宇宙空間だか水中だかといった何もない空間ではなかった。
それは……。
“影世界”内で浮遊する、“巨大ロボット”だった。
そして、同時に理解する。
先程から、本部に響いていた『ゴゴゴゴゴ……』といった轟音の正体は。
この“巨大ロボット”が起動して、動いていた。その音であったのだということを。
ゴゴゴゴ、と。
轟く金属の軋む音、轟音を響かせて“巨大ロボット”の腕がこちらへと伸ばされる。
真城の身体を握りつぶさんと、開いた巨大な手のひらが迫り来る。
「クッソがよおおおお!!!!」
その直後だった。
“巨大ロボット”と真城の初撃が、激突したのは。
…… ……
“アイ”と九条が戦闘を始めた直後のこと。
神崎は九条の思いをくみ取って、“アイ”から逃れるべく小部屋の隅を壁伝いに走り抜ける。
小部屋を出て、研究室を見回して、そうして最初に目に入ったのは安室の姿だった。
さらに続けて、沼倉、難波、釜原、片桐と。皆が皆倒れ伏し、気を失っているようだった。
“アイ”に“睡眠針”でも使われたのだろう。
突然の襲撃で、対応も叶わずに意識を持っていかれたに違いない。
監視カメラの情報を鵜吞みにし、安心しきっていた状態からのこの惨状。
反省せねばなるまい。
しかし、今は時間が惜しい。
今は悔いる時間じゃない。
後ろ髪を引かれる思いだが、今はグッと飲み込んで、“アイ”から逃げることだけを考えよう。
しかし。
研究室、入り口の扉に手をかけて、扉を開けようとして、
「な!? 鍵が!!」
電子ロックがかかっていることに気が付いた。
本来であれば、鍵というのは内から外へと出る場合には機能しないように出来ている。
鍵の有無が必要なのは、外から内へと入る為に扉を開ける時だけだ。
にも拘わらず、扉はピクリとも開かない。
神崎の後ろから聞こえてくる激化していく戦闘音が神崎の身体を、鼓膜を刺激する。
逸る気持ちでしきりにドアノブをガチャガチャ捻るが、それでも一向に動かない。
不正なアクセスを受けたに違いない。
“アイ”が細工し、内側からも扉が開かない状態にしたのだろう。
この扉には、ドアノブしかついていない。
手動でロックを解除するようなサムターンも付いていないため、こうなってしまっては打つ手が無い。
このままでは、逃げる事はおろかこの部屋から出ることさえ叶わない。
そんなこんなで時間を無駄にしている間に、
「――ぐ、あっ!!」
開け放たれた小部屋の扉。
その小部屋の中から、九条が吹き飛んでくる。
受け身も取れずに豪快に床に身体を打ち付けて、更にズザザザザといった痛々しい音をあげて身体を滑らせながら停止する。
「九条君!!」
ゲホゲホと咳込みながら苦悶の表情を浮かべる九条。
右手の包帯からも傷が開いたのか血が滲み、荒い息で肩を上下させている。
いつまで経っても起き上がる気配を見せない九条を心配して駆け寄ろうとするものの、
「……大丈、夫ですから。神崎さんは……早く、逃げ……」
息も絶え絶えに、神崎の助けを拒絶する。
九条蘭。
彼女が決して弱いわけでは無い。
相対する“アイ”が、強すぎるのだ。
影人。あるいは“影操作”を使用する者同士での戦いは、基本的に操る影をどれだけ硬化できるのかが重要となってくる。
“影操作”は攻防一体。
とてつもない強度で固められた影の塊は、相手を砕く鎚にも、攻撃を弾く盾にもなり得る。
つまり。
その硬化を正面から打ち破れる手段がない場合……。
相手に攻撃を通す事も、相手の攻撃を防ぐ事も難しい。
九条はオールラウンダー。
あらゆる影の戦闘技術を器用にこなすことは可能だが、しかしそれは同時に、一つの事が突き出ているような相手にはその分野で及ばないといった弊害も秘めている。
基本的には、そういった相手でも数多の手段で翻弄し搦め手で勝利する事も可能なのだが、如何せん今の相手は“アイ”である。
攻防一体の影が強力なのは言わずもがなとして、単純な戦闘技術でも上を行かれ、尚且つ身体がロボットであることや痛覚が無いことが、関節技といった選択肢までもを奪っている。
更に言えば、一度目は神崎を庇いながら。
そして今回は、それで負った怪我を庇いながら。
これでは、いくらなんでも九条が不利だ。
「……っぐ」
身体を無理に起こして立ち上がる。
九条では“アイ”には勝つ事が出来ない。
しかし、だからといって何もしなくていいわけではない。
勝てないなら勝てないなりに、出来るだけ長く……時間稼ぎを。
「――――――」
そんな九条がひざを折る。
糸が切れたように、力なく床に倒れ伏す。
その原因は“アイ”だった。
小部屋からゆっくりと顔を出し、既に全身“影纏い”もままならない九条へと、トドメとばかりに“睡眠針”を打ち込んだ。それだけの事だった。
『はい終わり。これで今度こそ、私とたっくんの邪魔をする奴が消えた訳だ』
“アイ”は。
まるで何事もなかったかのように。
ただ肩に付いた埃を、手で軽くはたいたかの様に。……九条蘭を扱った。
動く事の無くなった九条から目を離し、神崎へと向き直る。
“アイ”の頭には、もうすでに九条蘭という障害物は存在しない。
真っ直ぐに神崎だけを見つめて。
“アイ”はもう一度、勝利宣言を口にする。
『チェックメイトって言ったよね?』
…… ……
「あれ!? 真城のヤツはどこ行った!!」
ロボットの群れを捌きながら、野武がそう呟いた。
「……、」
しかし答えは返って来ない。
「……牡丹?」
野武は辺りを見渡し、真城と同様に霜山を探す。
そして、見つける。
しかし野武が見た光景は、倒れ伏す霜山の姿だった。
「おい!! しっかりしろ牡丹!!」
一体誰にやられたというのだろう。
相手が“アイ”ならいざ知らず、高々ロボット程度なら例え囲まれていたとしても問題ないはずだ。
それが霜山牡丹という女性のはずだった。
では何故?
そんな疑問が渦巻くが、いくら辺りを見渡しても、霜山が倒されるほどの強敵は見当たらない。
「……っく」
どこかで、誰かの呻く声があった。
声のした方を向く。
その声の主は、当然と言えば当然ではあるのだが天道だった。
何故、“誰か”などと感じたか。
それは単純に、天道が戦闘で苦戦して呻き声を上げるなどといった行為自体が、野武には信じられなかったからである。
片膝をついて鼻を腕で覆いながら、天道は顔をしかめていた。
「なんだ!? どうした!!」
まさか霜山のみならず天道までも押されているというのだろうか?
天道を助ける。などというのは少し癪だが、それでも貴重な戦力を失うのは、今は惜しい。
足踏みする気持ちを抑えて、急ぎ天道の下へと駆けてい――――こうとして。
ガクン、と身体が前のめりに倒れ込む。
「――っが!? 一体、何……が」
“睡眠針”でも打たれたか?
或いは“失神針”? 何か攻撃でも受けたのか?
視界が歪む。
頭がクラクラする。
これは、一体…………何が、原因で??
意識が途切れる。
意識を手放す。
野武が暗転するその刹那。
それと同時に、ドサリッという天道の倒れる音もまた、野武の頭の片隅に届いた気がした。
…… ……
『もう誰かの助けを期待しても無駄だからね? たっくん』
神崎の諦めを促すように、“アイ”はゆっくりとそう告げる。
『書庫に誘導した連中はもう終わり。ロボット達に囲まれればその対応に必死になる。でもそうすると、ロボット達に散布させている無味無臭の“睡眠ガス”には気が付けない。戦いに必死になればなる程に目先の事以外が散漫になっていくからね。意識に違和感を覚えた時には既に手遅れ、後はもう寝るしかない。今はもうとっくに夢の中』
淡々と。
『たっくんが期待してた真城晴輝だって終わりだよ。真城晴輝には“巨大ロボット”くんを差し向けておいたから。アレには絶対に勝てないよ。きっと今頃ボコのボコ。たっくんが作ってくれた私の大切な身体に傷を付けたんだし、当然だよね』
神崎を見つめて言い放つ。
一歩一歩と近づいて、神崎を抱き留めようと両手を広げる。
『さぁ、つ~かまえ…………なんのつもり? たっくん』
“アイ”の足が止まる。
理由は神崎が“影結晶”を使って影を纏い、影で作った一振りの刀を構えたからだ。
ゆっくりと、しかし確実に。
刀身を“アイ”へと向けて、神崎は「ふーーっ」と息を吐く。
その構えは、素人のそれだった。
身体の中心に刀を構えてはいるものの、へっぴり腰でガクガクとガニ股のように足を開いているその姿は、今にでも後ろへとすっころんでしまいそうな弱々しさしか感じない。
元々が研究者の身であるが故、戦いにはあまり慣れていないのだ。
加えて“アイ”が相手では、切り札の左腕も使えない。
しかしそれでも、神崎の顔からは「只で捕まってはなるものか」といった強い意志は感じ取れた。
諦めない。
絶対に捕まらない。
その想いだけで、なんとか身体を奮い立たせて抵抗する。
状況打破の為、神崎は身体に力を込めていく。
「悪いな、“アイ”。このまま君に捕まってしまうと本部の立て直しが遅れてしまう。九条君にもこっぴどく怒られてしまう。だから、簡単に捕まるわけにはいかないんだよ」
構えた影の刀を振り上げる。
「はああああああああああ!!!!」
神崎は声を張り上げ、“アイ”へと立ち向かう。
最後の最後、その時まで。




