5-5(鈴木10)
[鈴木]
「小田、いい加減にしろよ。」
中嶋が、そういった瞬間、クラスの空気がピリッと凍る。
2人目の、反逆者だ、と僕は思った。東に続いて、中嶋が、「傍観者」でなくなった。
東を踏みつけている西村が、振り返り、中嶋の方に目をやる。僕と目があったわけではないが、僕はびくっと身体を強張らせた。西村のその目は、恐ろしいほど冷たい目であった。
僕がもし、あの目で見られたら、僕は怖くて一歩も動けないだろう。でも、中嶋は腹をくくったように、もう一度、発言した。
「東をイジメるのを、やめろよ。」
中嶋は怯えることなく、堂々と言った。
西村は、中嶋を鋭く睨みつけている。小田は、面白いことが起きたというように、嬉しそうな表情を見せる。武田は、驚いたような表情で、黙って今後の行方を見守っている。
小田が中嶋の方へ向かう。自然と、クラスメイトは中嶋から離れる。
中嶋はそれなりに身長が高く、体格が良い。中嶋の前に立つ小田は、小柄で、かわいらしい雰囲気をした女子。中嶋は、近づいてくる小田を見下ろし、今までの怒りを含んだ目で、小田を見る。
小田を知らない人がこの場をみれば、可愛い女の子が、ガタイのよい男から圧をかけられているように見えるだろう。
でも、現実は、まったくの逆なのだ。
追い詰められているのは、中嶋。小田には、勝てっこない。クラス中がそう思っている。
僕たちは小田さゆりと闘っているけれど、彼女は僕らと闘ってなんかいない。
僕らなんて彼女の敵でもなんでもない。本当は、僕らのその先にあるものと闘っているんだ。
僕らに対してではなく、人の本質に対して、恐ろしいほどに執着し、熱く語っているのだ。
でも、人の本質のいうものに直接言うことは出来ないから、僕らに対して言っているに過ぎない。表情、仕草、言葉という手段全てを使って、僕らを通して、訴えるしかないのだ。
「ようやく、東くんを助ける人がでてきたね!」
小田はにこっと笑う。嬉しそうに、楽しそうに。
「すごいよ、中嶋くん! 今までだれも声をあげなかったのに、勇気あるねえ!」
小田はパチパチと手を叩き、中嶋を褒めたたえた。それは、小田のにとっての挑発だ。
「東くん、よかったねー! 今日から東くんは、もう殴られることもなくなるよ。中嶋くんのおかげでね。」
東の代わりに、今日から中嶋が標的になる。そういう意味だった。
「ふふっ。東くんを助けるために、声を上げたのには感心したよ。さすが、中嶋くんだね! でもね、声を上げたからには、これから中嶋くんが、東くんの代わりになってあげなくちゃだめだよ。そうじゃなきゃ、意味がないからね。自分の身体を、東くんの代わりに差し出す勇気をもって、さっきの発言したんだよね? だから、途中で弱音吐いたりしちゃ、だめだよ?」
小田は中嶋を下から見上げ、満面の笑みで言う。発言内容と釣り合わない、曇りのない純粋な笑顔。
中嶋は小田に負けじと言う。
「おい。小田。俺は、殴られるために、言ったんじゃねえ。殴るのよやめろっていってんだ!」
「えー、それは、私に言われたって、知らないよ。殴ってるの、私じゃないもん。」
その通りだ。殴っているのは、西村。このクラスを牛耳っているのは、小田でもあるが、西村でもある。小田が西村に言えば、殴るのをやめるのだろうが、小田がそんなことを西村に言うはずがない。小田は、このクラスの状況を楽しんでいるのだから。
だから、イジメを根本的になくすなら、西村に勝たなきゃいけない。
中嶋も、西村に逆らう勇気はないのだろう。黙り込んでしまった。
「ね。だから。殴られるのがいやなら、西村くんに言ってね。でも、中嶋くんが身代わりになるおかげで、東くんが解放されるんだよ! 中嶋くんのやったことは無駄じゃない。クラスを変えれたんだよ! 立派な英雄だよ!」
小田は、くるっと回り、クラスメイト達を見て言った。
「そんな、勇敢な中嶋くんが、これからイジメられることについて、みんなどう思う?」
クラスメイトは、何も言わないでいた。
「勇敢な中嶋くんが、イジメられるなんて許せないって思う人は、手を挙げて? 許せないっていう人がいるなら、中嶋くんを、イジメるのをやめるよ。……もちろん、手を挙げた人が身代わりになるけどね?」
小田はニコっと笑う。
さあ、手を挙げてみなよ、と挑発をするように。
小田はしばらく様子を見ていたが、クラスのだれも手を挙げなかった。
「ねえ、なんで誰も手を挙げないの? 自分は関係ないって思ってる?」
みんな俯いて黙ったまま立っている。
「みんなに言っているんじゃない。きっとあなたは、今私が話しかけているのが、自分じゃないって思ってるでしょ? みんなに同じこと言ってるからって、自分は関係ないって。そんなことないでしょ? あなたにいってるんだよ。あなたは、今そこにいて、私の話を聞いている。」
まるで小田の言うことなど聞こえていないように、クラスメイトは反応せずにいる。
「ただ、手を挙げる、それだけだよ? それが出来ない人、この場にはいないでしょ?」
中嶋のように、勇気ある行動をする人は出てこない。
「行動できる力はあるのに、あたなはやらないだけ。やめなよって、言えるのに、言わないだけ。」
いつも笑顔で挑発してくる小田が、初めて、僕たちを睨んだ。
小田の初めてみる表情に、僕は背筋が凍る。
「ねえ、なんで? なんで、何もしないの? 自分の意思はないの? 何のために生きてるの?」
小田は僕らを責めてくる。僕たちが何もしないことを。他人を見捨てることを。
「今、この瞬間、貴方だけしか出来ないことをして、生きてみなよ。ああ、あなたは、いっつも、みてるだけ! ……傍観者。傍観者。傍観者。傍観者! 傍観者!!」
小田は叫んでいた。僕らに何か訴えるように。でもそれでも僕らは、動かない。
彼女は狂っている。でも、僕らはそうじゃない。僕らは、自分の事を普通だと思っている。
みんなが何もしないから、自分も何もしない。それが”普通”だから。だから責任も感じないし、罪悪感もない。
僕らは”普通”に囚われている。
”普通”じゃなくなる勇気を、持てないんだ。
「それじゃ、みんな死んでるのと同じだよ! 私だけが、生きてるの! 私だけが、本気で叫んでるの! 本気であなたに言ってるの! これが、生きてるってことなの! 伝われよ!!」
イジメを作り上げた小田が、イジメを見て見ぬふりしている僕たちを、責める。
小田は、僕たちが何も反応しないのをみて、悲しそうな目をしていた。
僕たちが誰も手を挙げなかったから、イジメの対象は東から中嶋へと変わった。
【中嶋 勇】
3人目のイジメ対象者




