4-2(鈴木9)
[鈴木]
東へのイジメが始まったのが2年の夏。それから、5ヶ月たった冬の季節。この島は雪が降るほど寒い土地ではないが、それでも学校から出ると白い息が出る。
コートや手袋、靴を隠され、凍えながら帰ってゆく東を見るのは胸が痛んだ。それでも、藤井の時と同じように、誰も助けない。
東へと標的が移ったからか、藤井へのイジメはなくなった。
藤井の顔色も、やつれた頬も元に戻り、入学の時の元気さを取り戻しつつある。藤井は、イジメの恐怖があるからか、恩人の東を、見て見ぬ振りをしている。
クラスは、藤井の飛び降りの時以来、目立って動くことはなかった。クラスの空気とやらが、ジメジメと東を追い詰めてゆく。
以前、小田は、自分は藤井をいじめていないと言っていたが、それは事実だ。そして、今回も、東を直接いじめてはいない。操っているのは小田だが、直接いじめているのは、クラスメイト全員だ。それを僕たちは分かっていた。でも、認めたくなかった。そして、小田は、僕たちが罪悪感を感じているのを面白がる。
小田が、一番生き生きしているのは、人が、感情を揺さぶられている時だ。けれど彼女のことをサディストと呼ぶのは、少し違う気がする。彼女は、人を直接殴ったり蹴ったりするような加虐性はない。彼女はただ、人が人に対して何かアクションを起こすのを見るのが楽しみなのだ。
小田さゆりは、1年生の時に、クラスメイトに対して、関わりを持とうとしない僕らに対してつまらないと感じたのだろう。そして、イジメを勃発させるという形で、無理矢理クラスメイトの関係を変えた。そして、僕らは、イジメられる人と、傍観者にさせられた。小田によって何度も、自分たちが傍観者であるということを意識させられた。
彼女は、僕らで実験しているんだ。僕らの人間性を見て、楽しんだり、つまらなそうにしたり。彼女はイジメを止める人を探しているのかと思っていたけど、違う。イジメを止めようとした東さえも標的にしたから。だから彼女は、人が、本性を出す瞬間を待っているのだろう。僕らの本気を。僕らが、どこまで人の為に、何が出来るのかを。実際、僕らが本気を出せば、東のイジメなんて、訳なくとめれる。でも、僕らは止めない。臆病者だから。
だから小田は、僕らをあざ笑う。
僕も、僕の情けなさに、笑えてくる。
どんなに小田が、クラスメイトを煽ろうと、誰も東に手を差し伸べない。自分がイジメられなければそれでいい。東と小田以外全員そう思ってるから、今の現状があるのだ。クラスメイトは、他のクラスメイトが何もしないから、自分だって何もしなくて良いじゃないかと思うのだ。結局人は、自分の事しか考えないんだ。自分を犠牲にしてまで、動くなんていないし、そうみんなが考えていれば、クラスの空気になる。それこそが、小田が嫌うやつなんだろう。
年が明け、寒さに更に拍車がかかった頃、クラスに変化が訪れる。
「今日、新しい転校生が来ます。」
担任の槇原先生は淡々と言った。
この学校に転校生というのは珍しい。
転校生という言葉に不安と期待で、クラスメイトはソワソワし始めた。
「じゃあ、入ってきて。」と、槇原先生が廊下の方を見ながら、転校生に向けて言った。
廊下から、ガタイのいい転校生が入ってきた。
昔のヤンキーのような鋭い目つきをしていて、人を殴るのが得意そうな雰囲気を漂わせる、ガラの悪い生徒だった。
「では、自己紹介をお願いします。」
生徒はポケットに手を突っ込みながら、ボソッと言った。
「西村」
担任の槇原先生は、その自己紹介に付け加える。
「西村和樹くんです。皆さん、仲良くして下さい。」
30人目のクラスメイトは、どう見ても仲良く出来なさそうなタイプだったが、槇原先生は、転校生が来た際のテンプレートのセリフで自己紹介タイムを無理矢理終わらせた。




