3-6(鈴木8)
[鈴木]
「死にたい。」
藤井は言った。
それは、僕達が、僕たちクラスメイトが傍観者であった代償だった。
藤井の顔を見ると、胸が苦しい。
自分の為に藤井を犠牲にした。クラスメイトは、その代償をひしひしと感じる。
ここは3階だから、飛び降りても、死ねる高さではない。でも、それでもいいといったように、藤井は、抑えるクラスメイトの手を払いのけ、窓に向かおうとした。僕や武田はそれを必死で阻止する。僕たちは必至に声をかけ、なだめる。段々と藤井は落ち着きはじめ、クラスメイトに誘導されるまま、窓の近くの人の席に座った。窓はクラスメイトによって閉められた。僕と武田は、その座る藤井の横に立ち、いざという時に抑えられるよう構えている。
小田は、笑うでもなく、焦るでもなく、無表情でその様子を見ている。
さすがの僕も、怒り心頭だった。今にも小田をぶん殴ってやろうかとおもった。だけど、今の藤井をほっといて小田のところに行く訳にもいかない。
さすがにこの状況にしびれを切らした人物が、小田の前に歩いていく。
「小田、もう、藤井をいじめるのはやめないか。」
クラスメイトの東が言った。
東は、メガネをかけていて、優等生のおぼっちゃまタイプだった。目立って発言することは今までなかっただけに、クラス中が驚いた。引っ込み思案な性格だが、正義感のあるタイプだから、怒りが収まらなかったのだろう。
「え? なんで? 私、何か悪いことした?」
お得意の小田の挑発が始まった。
東の足は震えていた。相当な勇気を振り絞って、言ったはいいものの、全く効いてない様子に、たじろいでいる。僕は東が何を言っても小田には効かないと知っていた。なんなら、クラス中知っていただろう。けれど、それでも良いというように、東の発言は止まらなかった。
「悪いよ! 藤井を……藤井をいじめているじゃないか! そ、そういうの、よくないと、思う。」
だんだんと声の小さくなる話し方で小田に対抗している。そんなんじゃ小田に勝てっこない。武田すら勝てないんだから。
「悪い? 私が? なんで? 悪い事なんてしてないよ?」
「いじめは悪いじゃないか。」
小田に対して、負けじと東が反論する。
「イジメは悪いことなの? それはあなたのイメージでしょ? まあ、イジメなんてしてないけど。」
「イジメは良くないって習わなかったのか。」
「まあ、イジメはダメって言ってくる人いるよね。東くんとかさ。自分が正しいって思ってる大人とかさ。でも、そんな人が言うこと全部正しいの? そんな事ないでしょ。自分の見えている世界は、本当の世界の一部に過ぎないでしょ。なのに、なんでみんな、自分は正しい事をしていますっていうような態度でいるの? 善だと思う人もいれば、悪だと思う人もいるのに。そういうもんでしょ。世の中には、決められないことだらけなんだよ。決めようとすると苦しい。だから、私の行動は、私が決める。他者にどうこう言われる筋合いは無いよ。」
「でも実際、小田さんが藤井さんをイジメてるじゃないか。それは、イジメを悪い事だと思ってないからじゃないのかい。」
「いや、違うよ。私は、イジメてもいないし、イジメを正しいとも思ってない。間違ってるとも思ってないけどね。決められないことだと思ってる。」
「イジメてないっていう証拠はないじゃないか。」
「じゃあ逆に、私が有紗ちゃんをイジメてるって証拠はあるの? ないでしょ?」
東はそこで、無言になる。そう、小田は直接藤井をイジメていない。だから証拠なんて残していない。正論で勝とうとしても、無駄だ。小田は頭がいいから、尻尾をつかませない。
「仮にさ、私が有紗ちゃんをイジメてたとしても、東くんには、私の行動は止められないよ。だって、東くんは、本気で私を止めようとしてないもん。本気で止めたければ、私を殺せば? それぐらいの覚悟も無しに、よくないなんて言葉、言わないでよ。今までだって、私が有紗ちゃんをいじめてると思ってたのに私に対して何もしなかったんでしょ? 東くんはイジメを良くないと思いながら、有紗ちゃんを見殺しにしてたんでしょ? それって、イジメは悪くないって思ってる人より、タチ悪いと思うよ! あはは!」
小田は大声で無邪気に笑った。
その明るさが、非常に怖かった。
小田は、狂っている。
自分がイジメの主犯だと思われてる(実際そうなのだが)現状で、これほど開き直れる人など見たことがない。そして、何より不思議なのが、小田から罪悪感のカケラも感じないところだ。まさか、本当に、イジメが悪いと認識していないのか? それが、その明るさの原因であり、小田という人物の人間性に直結しているのだろう。
「まぁ、私は有紗ちゃんをいじめてないけどね。有紗ちゃんをいじめてるのは、クラスメイト全員でしょ?」
小田の言葉に僕は腹が立った。僕たちは藤井をいじめてなんかいない。文房具隠したり、陰口言っている人もいたけど、それは小田がそうさせたことだ。
そう僕らが思っている事も、小田は知っているだろう。そうやって、東や僕たちを煽るんだ。
小田は、人の心をかき乱すのが趣味なんだ。なんて、嫌な奴だ。そう、嫌で憎くて、醜いはずの、小田。でも、それだけではなかった。小田には人を惹きつける魅力がある。見た目ももちろんそうだけれど、本能的な魅力だ。ここまで、小田を止めなかったのは、小田を本気で憎めなかったのもあるだろう。
小田には、他の人にはない、特別感があった。カリスマ性とか、天性のものだと思うが、不気味ながらも美しい、何かを持っている。僕たちに足りないものを持っているのだと思う。本気で僕たちにぶつかってくる感じ。今の冷めた世の中では、会うとこのない、唯一無二の存在。
それでも、やっぱり、小田のやっていることには、賛成出来ない。小田に悪意が無いにしろ、僕はイジメは悪だと思う。でも、小田が一番悪だと思ってるのは、イジメそのものよりも、イジメを悪だと思いながら、見て見ぬ振りする傍観者なのかもしれない。東と小田の会話では、そう感じた。
僕の横に立つ武田は、手をぎゅっと握りしめていた。小田を睨みつけている。今にも、何か言いたそうだが、武田にはそれが出来なかった。藤井は、小田の方を見ることなく、俯いている。
他のクラスメイトも、東と小田のやり取りに耳を傾けているだけであった。
「藤井をいじめているのは、小田だけじゃないか! 他の人達は小田に脅されてやっただけだ!」
「脅してないよ。勝手にやっただけでしょ? やれっていったわけじゃない。やったら、面白いかなって言っただけだよ。それで、勝手にやったんじゃん。私のせいにしないでくれる?」
たしかに、小田は脅したり、命令した訳ではない。ただ、クラスメイト自らがそうするように誘導しただけだ。意思決定をしたのは、クラスメイト自身だ。だから、小田の言っていることは、正しい。僕らは小田を恐れ、小田の機嫌をとるように、空気を察して勝手に動いたのだ。小田がそれを狙っていたとしても、僕らが、空気とやらに動かされたのが、イジメの原因であるのは間違いない。実際、小田が直接、藤井をいじめたことなど、一度もない。
「イジメてないにしろ、藤井の親友だったんだろ! なんで、助けなかったんだよ」
「ふふっ。『なんで助けなかったの?』ねえー。それ、あなたもだよ? 自分の事は棚にあげるんだ?」
小田は子供のようにニヤっと笑う。
「それに、私は有紗ちゃんがイジメられてるって今知ったよ? 今、東くんから聞いてね。東くんは、知ってて助けなかったんでしょ? 私は、知らなかったの。しょうがないじゃん。」
誰が聞いても、明らかな嘘。でも、嘘だと証明することなど出来ない。それを小田は、知ってて言ってるんだから、タチが悪い。
小田は、相手がどんなに攻撃的な発言をしてこようとも、サラッと避ける。そして、普通の人が全く想像しない行動や発言をする。だから相手にしづらいのだ。一般論は通じない。それが、この1年間で嫌というほど分かった。だから誰も相手にしたくない。
東も、小田に負けを認めさせ、イジメを謝らせることなどできないだろう。そしてきっとまた、小田の独裁政治が始まる。誰かが止めなければ、止まらないけど、誰も止めたくない。小田はわざと相手にしたくない自分を作っているんだ。
相手を翻弄させるのが好きで、人の本心を知りたがる。それが人を傷つける行為であろうと、気にせずに、いつでも自分の思うまま、彼女は生きている。自分の残酷ささえ、受け入れ、それを全く隠さない。だから、彼女は強い。「私を止めたければ、私を殺せば?」と彼女は言った。本気で止めようとしてるんだったら、殴るなり、蹴るなりしてみなよ、という僕ら傍観者に対しての煽り。それを本当にやる勇気や意思がなければ……きっと、自分の残酷さを受け入れなければ、彼女を止めることなんてできない。
「知らなかったって……そんなことあるわけないだろ……。」
東は、自分が何を言おうと、小田さゆりに勝てないことを痛感し、うなだれた。戦意喪失した騎士のように、ただ黙ってそこに立ち、相手からのトドメを待つようだった。
小田はニヤリと笑って、また新しいオモチャが手に入ったというように、満足気な表情をした。
イジメの標的は藤井から、東へと変わる。藤井の時のように、自分の手を汚さず、じわじわと追い詰めていくだろう。
【東 優也】
2人目のイジメ対象者




