↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
森勝蔵長可 転生者は家族を守りたいが為、狂い笑う。  作者: 確かな嘘
第5章 生き残りをかけて
53/87

戦後処理と論功行賞

読者の皆さんにどう取られるかが心配ですが。

その後のこと

朝倉義景、細川藤孝、足利義昭、一乗谷の賢松寺にて死亡した。

景健は義景を救えず、織田に投降。織田の家臣になる。

鳥居は賢松寺に戻るも討たれ、死亡。


加賀一向宗の下間頼廉は寝返って、織田の家臣になった。

赤尾さんらは長政様の懇願により浅井家に復帰した。


浅井家はなくなり、浅井長政様は織田の家臣となり、小谷城主として、今浜にそのまま残る。

家臣になったが、領地はそのままとなった。一門衆である。

俺が上申をしたので、一門衆として残った。俺は信長様に「お屋形様の一門は貧弱すぎる。まともな一門は残す方が良い。」と上申した。


松永さんも家臣に入った。そして俺の配下となった。

甲賀と柳生は領地安堵と褒美を受け俺の配下に入った。


本願寺の石山御坊は取り潰された。加賀一向宗が頼廉により寝返ったが、教如を中心に一門衆が悪巧みをし、明智らに協力したことが原因だ。

隠居していた顕如は自害し、教如以下の一門は処刑された。

加賀一向宗は改宗の後に許された。


伊賀の里は取り潰され甲賀に吸収された。伊賀忍者の領地に柳生が入った。

三好は病気にかかっていた義継が死亡し、三好本家は取り潰しになり、十河家が主家になり四国三好家として残り、織田に臣従した。


延暦寺は焼き討ちの後、従った上人と100名ほどが今の青森県下北半島の奥の方に移された。蝦夷ではなかったが、その地域は後に明治初期に会津藩のものが帝に逆らった罰として封紂された場所で、今の時代では最悪の地域だ。前世の時代では科学が進み、農業も盛んで良いところだが、このプチ氷河期の戦国時代においては飢饉が多く、ほとんどの者が餓死するそんな場所だった。


こうして相手にしたものは全て倒した。

時は、1570年の春の終わり

これから論功行賞だ。


「次の者

此度格段の活躍を持って、恩賞を与える。

森勝蔵長可 宇佐山近辺の坂本ならびに西近江、河内、石山御坊並びに摂津、大和、和泉を所領し、石山本願寺および加賀本願寺並びに延暦寺より奪いし、金品は全て得て良い。

また、森の本家と統合し、当主は森勝蔵長可とする。」

林秀貞が読んだ。


ものすごいことが起こった。

あり得ぬほどの恩賞に、岐阜城は揺れる。

これは織田家の筆頭である。11になるかという子供が。

普通ならば元服もしていない者が筆頭だ。家臣も増え、兵は50000を超えた。

石高は140万石以上に上がった。大名も等しい。いや大名でこのクラスはほぼいない。

そもそもそんな者がトップに立つ。これは功績あるものは誰でも賞与に値する。

そういうメッセージになった。


家老ではないが、その発言権は凄まじい。

新たな家臣に

森可成とその配下

森可隆

松永とその配下

筒井氏とその配下

下間頼廉以下加賀一向宗の武将

柳生一族

甲賀の百地、多羅尾ら。

林一吉

村井貞勝



また、加賀に行った一向宗は石山に戻り、領民となった。京の周りをかなりもらった。

紀州も実質の配下である。

新たに得た領地のほとんどを勝蔵が得たことで驚きは凄まじい。元の領地もそのままだ。


しょうがないので、勝蔵は代官を置くことにした。

代官として

元の領地は森可隆、その後可成と交代

伊賀を柳生と百地ら甲賀勢

西近江を森家と林一吉の親類

大和は松永、河内は竹中重矩、それらの補助に筒井

石山御坊跡と摂津と和泉を下間と藤堂と可児

宇佐山と新坂本を各務と竹中半兵衛


慶次と一太、マッシュとヨーゼと、仙石と明神は宇佐山で勝蔵の護衛やら上記の者たちの補佐やらである。


やることは

石山付近及び摂津の名前を変更して、大阪とし、統治と治水をしっかりとする。そして町と城を作る。

伊賀や大和は統治を強め、発展

西近江は商業の発展と統治

紀州や堺への支配力の増大

京での林秀貞らの協力

畿内の安定のために畿内の大名を臣従させる。なおこれは羽柴や丹羽が中心である。

新坂本と延暦寺と宇佐山を1つにし、大きな街を造る。(この街は畿内でも商業の中心になり、西日本の首都、新坂本などと呼ばれることとなるが勝蔵が死んでから.)



最後に織田家の支配領域

中部

美濃(岐阜)、東近江

東海

尾張、伊勢

畿内

西近江、南近江、大和、山城、摂津、紀州、和泉、河内、伊賀

北陸

越前、加賀、北近江


現代にすると

愛知、三重、岐阜、滋賀、奈良、和歌山、大阪、京都、福井、石川。

そのうち勝蔵の支配地域は

滋賀半分、奈良、大阪、岐阜の一部である。実効支配はしてないが和歌山も入る。織田家の商業の主要地域の半分は勝蔵のものとなった。


本人は頭をかかえている。

金は潤沢にあるがやることが多すぎる。

その他の嫉妬もきつい。

貢ぐかなぁと内政チートを考え始める。しかし、嫌いな内政チートなのだ。

どうしたもんか一人で頭に手をやりひざまづいて、考える人だった。



領地をもらいすぎと言われそうですが、実際の領地は色々とあるところです。

大和、元々は筒井と松永の領地、伊賀は忍者衆を倒したばかり、空いた領地、河内、摂津は、石山本願寺の支配領域、和泉は鈴木孫一の領土、西近江ぐらいしかちゃんと支配領域としてもらえた実質は畿内守護、畿内軍面長です。支配を強める必要があるので、旨味はそうないのです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。