反撃②
前回の話の続きです。
連日の投稿です。今回の連休は少し時間取れるので頑張ります。
このペースで投稿できれば、いいんですが。
そんな折に、遠江を攻めていたはずの徳川家が武田家を攻めたという一報がきた。
俺は比叡山との交渉を終え、北大和に向かう予定だった。
ただし、比叡山の監視は残し。
池田様の軍に合流する予定だった
そんな時に徳川が武田攻めだ。
困った。京への上洛が遅れる。
いらんことを三方が原と同じだろう。悔しい顔をするだけだ。
武田は、上杉と戦中だった。
しかも、織田と同盟をし、後方に怖さはない。今川は潰れる真近で、徳川は織田の従属とも言える。
だから、信濃の防衛後に駿河に行き、一気に領土拡大と思った。
そんなところに裏切りとも言える行為だ。
信玄はもちろん怒った。
信濃の戦は既に膠着状態となり、上杉と和議を結び、停戦した。
そして、武田騎馬隊と呼ばれる最悪の軍を一気に遠江、南信濃に向けた。
戦いは飯田城の先にて行われた。
これで、徳川が負けると思った。
織田家の全員が対策しなければと準備に走った。
しかし、その結果はなんとお互いに壮絶な被害を出し、停戦となった。
徳川家康様は長篠の戦いを模したようだ。
木の柵を作り、その後ろに鉄砲を用意したとのこと。かなりの金が必要だし、相手を止めるのが難しいし、動く馬に乗った人間に当てるのは火縄銃では至難技で、明神さん並みの練度がいるからな。練度の代わりに相当な数を揃えなければ無理というのが、一般的に言われる長篠の戦いの戦術だと思う。
俺は前世では、殺し間と呼ばれる囲いによって殺したというのが正しいと考えている。
まず、相手が出てきたところを鉄砲で馬を怯えさせた後に、斜陣にてある一定のところに進ませる。そこに堀と木の柵で囲いを作っておき、おびき出して、そこで足を止めた後に鉄砲の一斉射撃をする。これが殺し間だ。これなら、鉄砲を外すこともなければな、陣を突破されることもない。
そこまでしなければ、当時の武田騎馬隊は止められない。俺はそう思う。
しかし、ある一定の効果があったのか徳川は引き分けに持ち込んだ。まぁ攻め入って引き分けは負けだけどね。
それに、徳川には誰か転生者がいると思う。それを理解できただけで、こっちの儲けだ。
なお、お屋形様の命にて、叔父上が調停役として伺った。そして停戦に何とか持ち込んだのだ。
そして、織田からも多額の見舞金を出し、停戦となった。
これには、お屋形様が大激怒した。
徳川家康様は、岐阜城にきて、謝罪した。
その内容は、大量の金を今後、織田に返していくこと、
他所へ攻める場合は多くの兵と武将を出すことで、
謝罪としてほしいとした。
それに対して、お屋形様は武田と北条とは戦をしないこと、
必要な時は相談することを条件に加えた。
従属に近い。
これを徳川家は受けいれた。
武田家への見舞金により、戦費がかさみ、北大和を一時的に撤退したことで、西大和の戦いは終了した。
しょうがなく、一から北大和を攻略開始だ。
柳生と筒井を調略することにした。
柳生は三好に協力しており、織田とは、まだ、それほど敵対はしていない。
しかも所領は小さい。その辺を突けば、あまり難しくないだろう。大和守護の興福寺とはあまり上手くいってないから、小さな領土の国人という感じだが、秘めたる力は大きい。
彼らを上手く調略しよう。
そして、筒井だ。今のトップは筒井順慶だ。松永様と関係が悪化して、決別し、筒井城を奪ったが、大和の支配はなかなか上手くいかず、もともと出身である興福寺の力を借りるしかない状況で、興福寺の勢力が強いというのが状況だ。
「柳生石舟斎殿、筒井陽舜房様、此度はお会い頂け、幸いにございます。」
「うむ、石舟斎殿もご一緒とはどのような用件かな?」
「えぇ、陽舜房様、この宗厳も筒井様と同席とは驚いております。」
「先日の北大和進行では、ご迷惑をおかけしたこと、まずは謝罪申し上げます。」
「ふむ。柴田殿の対応は実に横柄であったからの。儂ら大和の者らは反発してもうた。」
「ええ。筒井様のいう通り、興福寺より要請があり、我らも敵対しました。」
「左様で。それにも関わらずお会いしていただいたこと、誠に感謝申し上げます。」
「うむ。それはわかった。で用件はなんであろう?」
「はっ、此度は比叡山と本願寺がこの大和にてのさばる結果となり、大和も荒れる気配が充満しておりましょう?」
「それは、織田家が攻めてきたが所以であろう。」
「えぇ、ですので此度は本願寺とそれに与する興福寺らの寺勢力を一掃し、筒井順慶様と柳生家の皆様で大和と伊賀を治めていただくために、織田と共に大和の平定をしていただけないかと」
「儂に興福寺を裏切れというのか?」
「まぁまぁ、筒井様、森殿のお話をもう少しお聞きしましょう」
「石舟斎殿、興福寺を裏切るおつもりか?」
「陽舜房様、興福寺は潰しませぬ。あくまで本願寺勢に与する勢力を一掃するのです。興福寺の中にも本願寺とは相容れぬ者らもいらっしゃるでしょう?」
「うむ。森長可殿、それは興福寺を本願寺から切り離すということか?」
「ええ、同時に興福寺の宗主に陽舜房様がなっていただくのです。」
石舟斎殿が同意する。
「ほう、陽舜房様がなって頂ければ!柳生家も助かります。」
「ふむ。そうか。」
「2年前の松永様と縁切り以降、興福寺の意見が強まり、ご面倒も多いかと?」
「ふむ、そうだ。確かにお主の言う通りした方が良いかもしれぬ。」
もうひと押しだな。
「こちらを使い、興福寺の中を分断せしめてください。本願寺に与するなど間違いであると囁くのです。」
「そして、お主らが侵攻してきた際に其奴らを追い出し、他の国人らと共に大和侵攻を助け、大和の平定というわけか。わかった。協力しよう。」
その3ヶ月後に、再度、俺が佐々様らと共に、北大和を攻め、居続けていた本願寺を制圧して、石山御坊に帰らせた。そして、本願寺勢に協力した北大和の寺及びそれに与する勢力の拠点は壊し、その寺などにためていた金で戦費や京上洛の経費に当てた。
織田側の被害は佐久間盛政の死亡と、盛次の怪我、柴田様の評判が下がったこと。
良くも悪くもと言ったところ。
そして、お屋形様に呼ばれた
「勝蔵よ、此度の大和平定、見事であった。お主は比叡山の監視のため、宇佐山に城を作り、守るように」
「はっ」
こうして、京上洛への準備は終わった。
なお、呼び出しの後に信長様と密談もあった。叔父上と父上と半兵衛さんも同伴だ。
「林よ、柴田らはこれから静かになろう。」
「ええ、お屋形様」
「勝蔵、お前も動きやすくなろう、三佐よ助けてやれ。」
「はっ」
「勝蔵、お主も宇佐山をしっかり守り、比叡山、大和や紀州にも目を光らせ。まぁ動きやすくはなるだろう。」
「はっ。柴田様らの嫉妬は大変でしたので、楽になります。」
「うむ。」
そして上洛に。
これから、投稿を早めてしっかり最後までいきたいです。




