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勇者はチートスキルを破棄しました。

 スミフは震える足を何とか引きずりつつ城の入り口まで向かう。その様子は生まれたての小鹿の様に弱々しい物であるが今回ばかりは獰猛な豹も逃さざるを得ないようだ。



 なぜならその小鹿の前には精錬な獅子が睨みつけているのだから。



 しかし、アーニドはそれでも機を伺い再度スミフに向かって攻撃を仕掛ける……が、先ほどと同じくスキル四倍加速によって剣が弾かれてしまう。



 剣を弾いた勇者は余裕の表情を浮かべ、こう言い放つ。



「すまないがアーニド、君は僕に勝てない」



 非常に余裕を持ったこの発言に少し苛立ちを感じるアーニドだがそんなもの程度が戦いにほんの僅かにでも有効になるのか? という疑問を抱くほど戦場を知らない彼女ではない。


 頭の中の苛立ちは一瞬で消え去り自分なりの固有スキル「四倍加速」の攻略法を頭の中でおさらいしてみる。


 日常の中でも戦いを忘れたことなど一度もなかった彼女は勿論、最愛であり全世界最強のその人、勇者であっても、だからこそ、その攻略法くらいは考えていた。


 正直に言ってしまうと四倍加速には弱点がない。自分の限界をはるかに超えるスピードで無条件で動けるあの技はある類の「極み」にあるものだ。なら狙うものは何か?



「……」



 刹那の無言。彼女は勇者に向かって突進した。



 勇者とアーニドが戦った場合、確かに有利は大きく勇者側にある。だが、それでも彼女に常勝できる程の実力差は実際のところ無い。十回やって一は負けるかもしれない。



 そして、その負ける要素があるとすればそれは「心」の問題だろうと勇者は睨む。この場合の心とは油断や実力差から来る高慢で生まれる隙等による「精神」の事である。



 そもそも勇者は異世界転生により人生が二回目だとしても流石に元の世界では戦闘が本職ではない。



 神から与えられた最強の肉体や、魔王を倒すまでに鍛えられた技そして、チートスキルは確かに勇者の強さの根幹ではあるのだが、唯一他の者とは違って育たないものがある。それが「心」。



 それは人生が二度目とはいえ最初からすべて揃っていた勇者と、才能はあってもその才能に溺れない心と地獄のような鍛錬と血みどろの戦場で培った技を持ったアーニドの決定的な違い。



 戦闘とはかけ離れた暖かな揺り籠の上では龍の卵は孵りはしないのである。



 今回はその差が出たのだろう。



 魔術陣「加速」を使って突進してくるアーニドに勇者は四倍加速で応えた。互いの剣が交わる。女がてら力の劣る彼女の剣はそこで止まった……かに見えた。



「……爆破」



 ……にやりと笑ったアーニドが呟いたその瞬間に彼と彼女の剣を交えた僅かな隙間に爆炎が舞う。



「アーニドの剣が……爆発した……!?」



 驚く勇者の体中に鈍い音が響いた。



「ぐっ……!!」



 アーニドの口に咥えられたナイフが勇者の右足に深く刺さっていた。



 四倍加速。それを最大限有効に使うのは戦闘により鍛えられた”目”。爆風で遮られたその目は適切には使えない。当たらない剣など怖くはないのだ。 



 この戦いの結果は意外にも勇者が膝をついた。



「私の勝ちです」



 跪く勇者の頭のすぐ上に剣を振りかざしアーニドは戦いに勝利した。



 彼女のスピードとこの距離ならいくら勇者が最速で回復魔法を使えたとしても、その十分の一の詠唱も終わらないうちに首を刎ねるのは容易であろう。



「ここより先は進ませない」



「……アーニド」 



「聞きません」



 ……勇者は何かを捨てた時の爽快感を心に残し、下を向いたまま口に笑みを浮かべた。



「……僕は、いや、俺は君の敵と見なしたものにどこまでも冷徹になれるその性格が嫌いだった」



「俺は君たちの言うモンスター。いや、異種族を蹂躙し滅亡させようとする君たち人類を憎んでさえいたのかもしれない」



「でも、俺もその人類の一人だと、その原因を作ってしまった一人だと思った時から俺は囚われていたんだ」



 アーニドは思わず声を出しそうになってしまった。「やはり私が不甲斐なかったせいだったのですね」と涙を貯め応えることを彼女は強く抑える。



「世界を平和にしたいと俺は魔王を倒した、でも人間だけが幸せになって、その他の者が虐げられる世界なんて、自分たちだけが得をするだけの世界なんて本当に全てが平和になったと言えるのだろうか」



「なんでそれをっ……!!!」



 何故自分に言ってくれなかったのか? アーニドは答えてしまっていた。最愛の者がここまで自分を否定し、追い詰め、苦しみ抜いてきた事を互いに分かち合えなかった。


 それが彼女にはとても苦しく、そして何より不甲斐なかった。


「俺はね、アーニド。自分でいうのもなんだけど、馬鹿なんだ。頭が悪いくせに人一倍難しいことを考えるのが好きで、いい年して自分が特別だと思って格好の良いふりする。自分を貫くと心に誓ってもその足跡を見ると後悔だらけだ。好きな人にも僕の考えは解らないだろうと勝手に思って、嫌われるのが怖くて言えない臆病者だ」 



「笑ってくれ、世界を救った勇者がこんな馬鹿野郎じゃあ、死んでいった者達も救われないだろう?」



 そう言って始めて見せる少し暗いゆがんだ笑顔をアーニドに見せた。アーニドの剣が震えている。目には涙があふれていた。




「そんな馬鹿な俺をずっと好きでいてくれてありがとう。アーニド」


「「四倍加速」」



 既にアーニドは戦闘の意思はなかった。そんな彼女の後ろを簡単にとれた勇者はアーニドの首の後ろを強く、思いを込めて打った。



「さよなら」



 最後の勇者の言葉になにも返すこともできなかった。言いたい事は沢山あったのに、体がそれを許してくれない。アーニドはほんの少しの眠りに就いた。



 刺された足を引きずりながら一人勇者は歩く。



 久しぶりの深い痛みに勇者は少し嬉しさを感じた。あの少女の心の痛みが少しわかった気がしたからだ。それは彼の頭の中で描いた幻想だろうが、それでも嬉しかった。



 勿論自分でその足を治すことなど造作もないことだ「秒間自動回復」のチートスキルを使えば歩くだけで1分もかからず完治しその痛みを味わうこともないだろう。


 アーニドと戦った時だって勇者のチートスキルをすべて使えば彼女は勇者という最強の敵を前に万が一にも勝てない非常に苦しい戦いを強いられる。しかしそれをしたくなかった。


 最後くらいは、誰かから何かを与えてもらいたかった。たとえそれが痛みであっても。勇者はそんな弱い心も持っていたのかもしれない。 





 ……そして願いを叶える願望機。あの水瓶の前に来た




「スミフの言ったとおりの場所にあったか。……あいつも達者にやってくれよ」



 そう、少し笑って水瓶を見る。



「アーニドは、俺の願いそうな事を自分なりに考えて、この結論になって邪魔したんだろうなぁ」



 彼女の事は最後に本当に好きになれた気がして勇者はとても嬉しかった。



 勇者は人を生贄に願いをかなえる禁忌の水瓶に手を伸ばす。




「さて、水瓶。お前の能力の答え合わせだ」



 勇者はスミフの話を繋ぎ合わせてできた一つの回答、恐らくの正解を繋ぎ合わせる。  



「お前の能力は人を溶かす代償に願いをかなえることだが、疑問がある。スミフのトカゲを贄に使った時に一番の願い死者の娘に会うという願いがかなえられず恐らく二番目の願いであった湧水が出たという話の事だ」



「あれは多分、死者に会うという願いの代償がトカゲと「釣り合って」無かったのだろう?」



 この宝物は、水瓶が溶かした生物の”ランク”とも言えるモノによって叶えられる願いの強さ、スケールが変わる。つまり。



「生物の価値を見定め、それを肥やしに願いをかなえる。なんとも狡猾で姑息な願望機め」


 本来生き物。いや、命とは平等なものである。それを根本から覆すそれは正に「純悪の忌子」腐り落ちた世界の価値観の根源。



「だが使いようはある」



 ふふっと乾いた笑いを最後に手を天に掲げ勇者は叫ぶ。そう、彼には願いがあった。この腐れた願望機を使ってまで成し遂げたいことがあった。



「この世に二つとない天を司る神から与えられた肉体と戦場で極められた技、そして同じく天から与えられし数多の最強のチートスキル!!」



「この三つを持つ俺の肉体の価値をかけて願いを問う!!!」



 全てを、神から作られし考えられる限りの最高の能力を持つ自分を天秤に掛けての願い。



「世界を……!!」



 それは、あまりにも愚かな願い。



 それは、命を懸けて戦うものが願う根底にある物。



 それは、まるで何不自由ない小さな子供が父母と一緒に幸せに「おやすみ」を交わす時にふと思う答え。



 命の、最後の言葉を言う勇者の瞳には何が映っていたのだろうか?何も映らなかったのかもしれない。だからこんな願いを叶えようとしたのかもしれない。



 結局彼は独り善がりで、偽善的で、知能の低い愚者の願いなのかもしれない。




 ―――だが自らの命を賭けてまでするその願いはきっと







「世界を、少しでも……僕の大好きな醜くいこの世界を……平和に……!!!!」










 ……それは、とても愚かな願いでした。



 それでも勇者は願いました。つよく、つよく願いました。



 勇者の体はみるみる溶けて小さくなっていきます。




 どこかの国の夜。獣の耳が生えた母親が子供におとぎ話を聞かせている。




 しばらくすると勇者の体と水瓶は消えて無くなってしまいました。



 ですが勇者の願いは残りました。



 この世に本当の平和が訪れてほしい。その一心な願いはお城から離れ、見る見るうちに天を昇っていき青い空を超えました。



 そして雲を超え、星を超え、どこかにあった神様の国へ届きました。



 神様は言いました。



 彼を勇者にしてよかった、彼こそが



 真の勇者だと―――



 勇者の願いはお星様になり世界に降り注ぎました。



 人々は勇者の純粋な声を聞きました。




 みんなが暖かい気持ちになって。人と獣は手を取り合って。




 ―――世界は少しだけ平和になりました。






 母親と同じ耳の生えた子供はそのおとぎ話を聞いて、安心して眠った。



 家の壁には子供の書いた拙い絵が貼ってある。そこには、スコップを持った男と剣を持った女、そして、とても良い笑顔の青年の大きい絵が貼られている。



 そして、幸せそうに寝ている子供とその絵を照らしているランプの淡い光が少し寂しそうに消えた。




 この世界。




 地球よりも遠い遠い別の世界に生まれた。




 少し変わった仲間と。




 この世に二つとない愛を手に入れた。




 幸せな勇者のお話。

ありがとうございました。

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