第2話 マドンナに振られた俺は中田さんと出会った
夏休み明けの教室はどこか青春の香りに包まれていた——
春に出会った男女が夏休みというビッグイベントを経て恋人になる。
そんな、いわゆるリア充量産シーズンだ。
……が、その波にまったく乗れていない俺の名は雪村薫。
私立白鳳学園高校に通う高校二年生。
名前は女っぽいけどれっきとした男である。
そんな俺は、残念ながらクラスで完全に浮いていた。
恋愛どころか人間関係すらほぼ詰んでいる。
なぜかって?
それは入学当時、高校デビューを狙って当校初日に全力でオシャレをキメようと金髪で登校して同級生たちをドン引きさせたという過去があるからだ。
それ以来、俺は変なヤツのレッテルを貼られ、名前だけが一人歩きし、なぜか不良に間違われ、不良グループにももちろん馴染めず……
気づけばボッチになっていた。
いちおう髪型や髪色は自由な校風なのだが、進学校ということもあってか実際のところ真面目な生徒が多いのが現実だった。
そんな中で俺はというと金髪のヒョロガリである……そりゃ引かれて当然だ。
まあ、その黒歴史はひとまず置いておいて……
夏の残暑に脳がやられたのか、俺は今日とある決意した。
同学年で有名な美少女のひとりで、モデルもしているという八重樫寧々さんに告白しようと。
他にも学年のマドンナと呼ばれる女子は数人いるけれど、俺にとっては寧々さんが一番眩しい。
ちなみに僅差のライバルは生徒会役員の子だったが、俺とは相性悪そうだったので除外。
そんな、自分でも分かっているほど釣り合わない無謀な決断を俺は素直に実行に移した。
その日のお昼休み——
人気のない校舎間の渡り廊下辺りにひっそりと置かれたベンチ。
俺はそこに寧々さんを呼び出し全力で気持ちをぶつけていた。
「八重樫寧々さん!好きです!付き合ってください!」
彼女の目を真っ直ぐに見つめて俺は想いを口にした。
目の前にいるのは、俺の理想そのものだった。
緩やかに巻かれた長い栗色の髪。鼻筋の通ったキリッとした顔立ちと綺麗な眉。
透き通るような肌とまるで雑誌から飛び出してきたようなプロポーション。
美しくて、気が強そうで、それでいてオシャレ。
俺の目に映る彼女は、まさに手が届かない存在だった。昔の俺の母さんみたいに。
だからこそ……玉砕覚悟で気持ちをぶつけた。
寧々さんならきっといつもみたいに、みんなに向けてる優しい笑顔で断ってくれる。
そう思っていた……
しかし現実は残酷だ。
寧々さんは突然、表情を険しく変えて呆れたように俺に言い放った。
「……ねぇ……雪村君だっけ?まあ誰でもいいけど……あたしに告るとかどこまで自意識過剰なの?アンタなんかをあたしが選ぶと思ったわけ?ひょろガリでしかも金髪とか……マジでキモいんだけど……」
「………へっ?」
現実を受け入れきれず口から漏れたのは情けない声だった。
寧々さんの口から放たれたのは俺が一度も聞いたことのない低く冷たい声色。
その顔には、あの美しさとは対極にある醜い怒りが浮かんでいて、俺は心も体も一瞬で凍りついた。
「なんかメリットがあるかもしれないから来てあげたけど……思った通りの無駄足だったじゃん……マジ最低……あたしの時間返してよ……」
「………」
「なにその目、キモッ……あとさ……」
こんなのが俺の人生初の告白だなんて……情けなさすぎて笑える……
彼女の冷え切った目が突き刺さって俺は反射的に視線を逸らしてしまう。
そんな俺の耳元に届いたのは、さらに心を抉る言葉だった。
「あたし野球部の後藤先輩と付き合ってるから、そもそも付き合うとか無理だから……じゃ……これから個別には話し掛けないでね……」
言い捨てるように背を向けた寧々さんは振り返ることもなく歩き去っていってしまった。
しばらくその場で呆然と立ち尽くす俺の脳裏には、さっきの言葉が残像のようにこびりついている。
『あたし後藤先輩と付き合ってるから………』
後藤先輩……たぶん、後藤雅史先輩だろう。
会ったことはないけれど、野球部の副部長でいろんな意味で有名な三年生。
ワルっぽいイケメンで、女癖が悪いって噂も男子の間ではよく耳にする。
まあ三年生だし俺とは接点がないから真相はよく知らないが。
でも、そんな後藤先輩が最近、俺のクラスの田中さん?いや、中田さんだったっけ?……と放課後に一緒にいるのを何度か見られてるらしく、付き合っていると噂になっている。
じゃあ、さっき寧々さんが言っていたのは?それとも、中田さんとの噂が間違い?いやまさか二股……?
モヤモヤした考えが頭の中をぐるぐると回る中、校内に予鈴が大きく鳴り響いた。
「やばっ……お昼ご飯食べ損ねた……」
心が折れるってこういうことを言うんだろう。
立て続けのショックに打ちのめされた俺は、ただ項垂れたまま気力の抜けた足取りで教室へと引き返す。
せめてもの救いは、寧々さんと同じクラスじゃないことだけだった——
————
そして、その日の放課後──
いまだに寧々さんにフラれたショック……というより彼女の裏の顔を知ってしまったショックから立ち直れないままの俺は、自分の席でぼんやりとオシャレ情報を垂れ流す動画をスマホで眺めながら無意味な時間を過ごしていた。
俺の癒やしはオシャレ情報だから……
「あ〜この子可愛いしオシャレだなぁ〜……」
宙に投げたつぶやきは虚空に吸い込まれていった。
遠くからは部活の活気が聞こえてくる。
その喧騒だけが俺の孤独をかろうじて押し返してくれるようだった。
家には誰もいない。両親は出張中。音もない部屋にいると心に沁みる静けさが怖いから帰りたくない。
「はぁぁ〜〜」
そんな時、再び吐き出したため息に重なるように誰かの影が視界をかすめた。
「あれっ?……あれは中田さん?」
俺の席は廊下に一番近い最後列。だからその光景がしっかりと目に入った。
中田さんはぱっと見、地味な子で、正直容姿を細かく思い出せるほどではない。
でも、身長がやたら高いことだけは印象に残ってる……俺よりも……
だから歩いている姿は目立つ。
その中田さんの肩を抱いて歩くガタイのいい短髪ツーブロックの男。
たぶんあれが後藤先輩だろう。会ったことはないが噂の通りの見た目だ。
……となると、やっぱり中田さんと付き合ってる……?
じゃあ、寧々さんは遊ばれてるってことかよ……?
そんな思いと一緒に、小さな怒りと妙な正義感が胸の奥に湧き上がってくる。
俺に何ができるわけじゃない。でも、気づいたら身体が勝手に動いていた。
あわよくば二人の関係の証拠を掴んで、寧々さんに教えてヒーローに……なんて都合のいい妄想も頭をよぎっていた。
俺は物音を立てぬようにふたりの背を追った——
たどり着いたのは今は使われていない部室棟の一番奥の部屋だ。
外からもほとんど人が来ない、そんな場所。
扉の前に立った瞬間、空気の重さと埃っぽい匂いが胸をざらつかせる。
息を呑んで扉にそっと耳を寄せると、微かに、低く張りのある男の声が中から聞こえてきた。
「栞……お前いつになったらヤらせてくれんの?さっきキスしようとしたら顔背けやがって……おまえ俺の女なんだよな?」
「………それは……先輩が強引なので……」
「別にいいだろ?俺の女なんだから」
「………でも……」
あいつ……何言ってんだ!?
あまりにもゲスで反吐が出そうな男の言葉。
目の前で交わされるその会話に俺は思わず目を見開いた。
咄嗟にスマホを取り出して録音を試みるが、声が小さすぎるのかうまく音を拾っていないようだった。
「あ〜めんどくせ……もういいからとりあえずここで脱げよ。お前のそのデカい乳みせてくれよ」
「ちょっ………そんな言い方……」
「せっかく誰も来ない場所選んでやったんだから、早く脱げって」
「……さすがに、それは…………」
次に発せられた後藤であろう男の言葉が、空気を切り裂くように耳に刺さる。
その瞬間、俺の足は床を蹴っていた。
「栞……ここで俺にヤらせないなら、もうお前いらないわ。これからは寧々とよろしくやるわ……あいついい女だし」
「………寧々……さん……」
馬鹿な行動だったと思う。
接点もない見知らぬ男女の痴話など本来なら関わる必要なんてない。
でも……その時の俺にはそれが、正しいことに思えた。
もちろん寧々さんの名前が絡んでいたのもあったが。
けれど……
目の前で女の子が嫌がって無理やり襲われそうになっている。
それを見て黙ってるなんて男として最低だ。
そう思った。ただ、それだけだった。
ガララッ!!
震える手で引き戸を勢いよく開け放つと、そこには窓際に立って怯えて縮こまる中田さんと、椅子に座りふんぞり返りながら彼女を見下ろしている後藤の姿があった。
「なにしてんだあんた!彼女嫌がってるだろ!!」
「……!?」
「うおっ!?……なんだぁ?いきなりてめぇ……さっさとここから出てけ!いま取り込み中なんだよ!」
声を張り上げた俺に二人が反応し、後藤はゆっくりと椅子から立ち上がりこちらを睨みつけてくる。
その動きに合わせるように俺は思わず駆け出していた。
中田さんと後藤の間に割って入ると両手を大きく広げて立ちはだかり、そして叫んだ。
「これのどこが取り込み中なんだよ!彼女、怖がってるじゃないか!」
「てめぇ……栞のなんなんだよ?」
「何でもいいだろ!困ってる女の子がいたら助けるのが普通だろ!!このゲス野郎!!」
その一言がきっかけだった。
次の瞬間、俺の身体に重たい衝撃が叩き込まれた。
バキッと何かが壊れる音と骨が軋む嫌な音が混じり、世界が揺れる。
そんな無茶な一歩が、中田さんと俺の運命を交差させた。
物語は、ここから始まったんだ——




