第16話 私の心の拠り所 栞SIDE——
栞SIDE——
嬉しくて、楽しくて……
雪村くんとお別れした後も、私はスマホを手から離せずにいた——
【薫:うん!似合ってるよ!】
私の眼鏡姿の写真にそんな返信をくれて、顔が熱くなった私は思わずベッドに仰向けにダイブして両手で顔を覆った。
「似合ってるって……ううぅ〜……///」
そう口では言いながらも嬉しくてすぐに指が次の返事を打ってしまう。
そして再度撮った自撮りを添えて送信ボタンに指をかける。
【栞:雪村くんありがと♡】
雪村薫くん。私は彼に救われた。それも昨日のこと。
同じクラスで席も近かったのに、話したのは昨日が初めて……金髪の彼が少し怖くて、話しかけられなかったから。
なのに今では彼からの連絡を待ちわびている自分がいる。
こんなに明るく、前向きになった自分に私自身が一番驚いてる——
————
私は高校に入ってからもずっと目立たず、教室の隅でひっそりと過ごしてきた——
誰かと話したい。友達がほしい……
そんな気持ちはあったのに、心に残るいじめの記憶が怖くて一歩を踏み出せなかった。
そして二年生になって、まわりで色恋の話が増えるたびに私の寂しさは余計に膨らんでいって……つい、後藤先輩の甘い言葉に流されてしまった。
今思えば本当にバカみたい。人生で一番の後悔だ……
たった2週間。
けれどその間、私はただ後藤先輩に身体をベタベタ触られて、下品な言葉を投げつけられるだけで楽しいことなんてひとつもなかった。
でも、それでも一人が怖くて、寂しくて……私は先輩の後をふらふらとついて回ってた。
貞操を守れたのは奇跡みたいなものだったと思う。
でも、あの最低な出来事がなければ私は雪村くんに出会えなかった。
先輩に襲われそうになったあの日、勢いよくドアを開けて私の前に立ちふさがった雪村くんの姿はずっと私の心に焼き付いて離れない。
『栞、お前もういらねぇわ』
先輩の口から吐き出された、心をえぐるような酷い言葉。
私は壊れそうだった。崩れてしまいそうだった。
例えそれが最低な男の言葉だったとしても……
だけど——
そんな私を守ってくれたのはやっぱり雪村くんだった。
悔しくて、情けなくて、悲しくて、でも動けない私の代わりに彼が立ち上がってくれた。
先輩にちゃんと怒ってくれた。
そして、気づけば私は彼の優しさと前向きなまなざしにどっぷりと甘えてしまっていた。
彼の傷の手当てをして、たくさんお話して……話せば話すほどその優しさが私の心に空いた穴を少しずつ埋めてくれるような気がして……
だからつい、彼を引き留めて過去のことや心の奥にしまっていた思いを話してしまった。
会ったばかりの私の話を真剣に聞いてくれた彼。
幻滅もせず、ただそばにいてくれた彼。
こんな地味で背が高いだけの私を可愛いと言ってくれた彼。
彼の温かくて真っ直ぐな言葉が私の心にまっすぐ届いて……私は彼の言葉を信じてみたくなってしまった。
雪村くんと一緒にいれば、私は変われるかもしれない……今の自分を捨てて、ずっと憧れていた自分に……
そう思わせてくれたのは、ほかでもない彼だった。
そして私は彼に提案されたミスコンに出場するという突拍子もない話を受け入れてしまった。
もちろん自信なんてないし、いまだに人前に立つことを想像するだけで手足が震える。
でも、もし変われるチャンスがあるとしたら今かもしれない。
それに……ミスコンに出れば、雪村くんともっと一緒にいられる。寂しくない。
そんなちょっと不純な理由も実はある。
だからこれから、一歩ずつ努力していくつもりだ。
理想の中田栞になれるように——
————
気付けば時計の針はもう11時を回っていた——
でも、全然足りない。もっと話したい……
そんな気持ちが募る中ふと頭をよぎったのは『次、いつ会えるんだろう……』という想い。
なにか、理由がほしい。約束がほしい。
【栞:ねぇ雪村くん、明日は何してるの?暇だったら…】
そこまで打って、全部消す。
「……これじゃ私、ストーカーみたいじゃん……」
情けなくてスマホを抱きしめて悶えていると、不意に小さく振動が走った。
【薫:もうこんな時間だね、ごめんね遅くまでメッセージ送って】
【栞:全然大丈夫だよ!気遣ってくれてありがとう】
【薫:じゃあそろそろ寝よっか?】
寝たくないよぉ……
でもそんな事言えるわけがない。そうじゃなくても私は彼に甘えきってるんだから。
【栞:うん、そうだね】
【薫:じゃあまた!おやすみ!】
【栞:うん!雪村くんおやすみ!また明日!】
そのメッセージを最後に私のスマホは静かに沈黙した。
また明日——それは、せめて明日もメッセージで彼と繋がっていたいと願った私なりの小さな足掻きだった。
ベッドから立ち上がり、机の上にある雪村くんからもらった眼鏡ケースにそっと眼鏡を仕舞う。
仕舞っている間さえ嬉しさでニヤけてしまう自分がいて思わず苦笑してしまう。
「……私の一番大事な宝物」
ぽつりと呟いたその言葉は夜の静けさに溶けていく。
私はそのケースを机の一番目立つ場所に飾るように置くと、ふわりとベッドに身を沈めまどろみの中へと落ちていった——
————
翌日——
朝目覚めた瞬間、私の指は無意識にスマホへと伸びていた。
起き抜けに送った一件のメッセージ。
【栞:おはよ雪村くん!】
たった一言。話題も何もない。
でもなにか言葉を交わしたくて、彼の返事が欲しくて、考えるより先に指が動いてしまっていた。
そのあと彼の返信を心待ちにしながら朝食の支度をしていた私だったが、材料が足りない事に気付き、少しだけ面倒に思いながらもスーパーへと向かうことにした。
そんな道すがら——
鞄の中でスマホが震えた瞬間、私は鼓動が早まるのを感じながら思わず取り出し期待に満ちた眼差しで画面を覗き込んだ。
【薫:おはよう中田さん!そういえば明日の放課後時間ある?よければミスコンの事で打ち合わせしない?】
嬉しさで胸がいっぱいになりながらも、私はなんとか浮き立ちそうな気持ちを抑えその場に立ち止まってすぐに返信した。
その後もまるで直接話しているかのようにテンポよくメッセージが続き、幸せな気分でスキップしそうになりながらいつもの公園の前を通った時——
「……あっ、雪村くん……」
私の心不用意に小さく跳ねた。
公園の中ほど、木々の隙間から見えたのは紛れもなく雪村くんの姿だった。
風に揺れる金髪にスポーティな装い。そんな彼はスマホに目を落とし、何かを見ているようで……その姿に自然と視線が吸い寄せられていく。
わっ!ってやったら雪村くん驚くかな?ふふっ♡
そんな考えが湧いてきて思わず駆け出しそうになる足。
けれど、その勢いをやんわりと止めたのは視界の隅に映ったもう一つの影。
彼の隣にそっと歩み寄っていく、ひとりの女の子の存在だった——




