元彼
「……あ、雫川さん。」
私がお手洗いから出ると、横からそんな声が聞こえてきた。
「……仲坂くん。」
そこには小学校からの知り合いの仲坂守斗君がいた。昔は仲が良かったのだが、過去にこの人と色々あり出来れば会いたくない人物だ。
「最近は順調?」
「……うん。まあ、そこそこ。」
ただ、この人はずっと私の心配をしてくれている。会うたびに私の近況を聞いてきて、少しだけ鬱陶しく感じてしまう時もある。
だが、ありがたいなとは思う。こんなに私のことを気にかけてくれる人は他にいない。ただ、だからこそ、会うのが申し訳なくなってしまう気持ちもある。私はもう、あなたとは一緒に居られないのだから。
「今のパートナーの人はどんな人?」
「良い人だよ、ものすごく。私の要求になんでも応えてくれるし、本当に優しい。……守斗君以来かな、こんな優しい人。」
私の中で泰輔君は守斗君の次に信頼できる人になっている。
……比較してしまう自分が嫌になってしまうけど。
「……そっか。じゃあ、良かった。」
守斗君は昔と変わらない優しい笑顔を浮かべる。
……この人には自分の弱い部分を見せてしまいそうになる。最近、考えていることも悩んでいることも全て口から出そうになってしまう。……いや、いっそ言ってしまおうか。
「……悩み事でもあるの?」
守斗君は先回りしてそんなことを言ってくる。もしかしたら、表情に出ていたのかもしれない。
……本当、この人はどこまで行っても優しい人だ。
「何だかとても不安なの。私はこういう身の上で、わがままばかり言って。本当に私と一緒で良いのかなって。結局のところ付き合わせてるだけなんじゃないかって。」
「……。」
守斗君は私のほうを見つめじっと聞いてくれる。……本当、昔と変わらない。
「それに、彼は良い人なんだけど、あまり感情が表に出てこない人で、何を考えているかイマイチ掴めないところがあるんだよね。だから、ほんとは嫌々付き合ってるだけなんじゃないかってたまに思ってしまうんだ。」
今、私の思っていることをすべて吐き出した。
別に泰輔君と一緒にいるのが楽しくないわけじゃない。楽しいことも面白いことも嬉しくなることもある。
でも、それと同時に不安になることもある。私の言うことを何でも聞いてくれるが、泰輔君からわがままを言われたことはほぼない。私提案したことを拒否しないが、泰輔君から提案してくれたことはほぼない。私の欲求に応えてくれるが、泰輔君から要求されたことはほぼないのだ。
私が楽しいか聞いたときは楽しいと言ってくれるが、本当に私と居て楽しいのかなと思ってしまう。私を生かすために仕方なく付き合っているのではないかと考えてしまう。
「……それ、彼とは話したの?」
守斗君は私の話を聞いた後、じっくりと考えてくれて、そう呟いた。
「……軽くは話したけど真剣にはまだ。」
話すことに怖さがある。本当にそうだったらどうしようと思うし、最悪離れていってしまうんじゃないだろうか。
「じゃあ、ちゃんと話したほういいよ。じゃないと、お互いに不幸になるだけだし。……雫川さんのそんな表情僕も見てられない。」
「……そうだね、きちんと話してみるよ。」
このままずるずる行くのも良くないだろう。話さなければ、不安は大きくなるばかりだから。
「……君にしては珍しく、かなり彼氏のことが好きなんだね。」
その言葉に私はハッとした。
確かに、私が生きながらえるためだけじゃなく、純粋に泰輔君のことが好きだから付き合っているのかもしれない。彼とこの関係を続けたいと思っているのかもしれない。
だからこそ、怖いんだ。この関係が終わってしまうかもしれないから。……そういえば、こんな感情久しく思ってなかったな。
「……そうかも。」
私がそう答えると、仲坂君は微笑んだ表情で返してくれる。
私のなかで整理がついた。守斗君のおかげかな。
私は軽くうなずき、決心を固める。お礼を言おうと、再び守斗君のほうを見た。
……ただ、それを見た私はお礼どころか何の言葉も出てこず、代わりに胸が締め付けられる思いがしてしまった。
――なぜなら、彼の目が悲しんでいるように見えたからだ。
ショッピングモールの外は冷たい風が吹いており、曇天の雲たちが今にも雨を降り落とそうとしていた。
「……ほんとは僕が付き合えたらいいんだけどね。」
彼のその呟きは誰の耳にも届くことなく、風に流され灰色の雲へと吸収されていった。
「お待たせ!」
「いや、待つにはちょうど良い時間だったよ。」
「どういうこと?それ。」
眩しい彼女の笑顔はさきほどより輝きを増していた。




