エピローグ
「お嬢さん、一生のお願いです」
その日、いきなりフィンに頭を下げられた。
私とノアは顔を見合わせる。
「どうしたの?工房で問題が?」
少し不穏な想像をしてしまい、ゆっくりと聞いた。
「いいえ……。でも、俺、字に自信なくて……。でも、この万年筆をあげたい女の子がいて……」
「……ああ、あの時の!」
その言葉にピンときた。
フィンが以前、万年筆を『言葉を作ってあげている』と自覚した、あの、言葉が話せない少女の事だ。
「普段はすぐに行動するのに。怖気づいたの?」
「……!違います……。でも。いや、そうなのかな……」
ぎこちない返事に、彼の誠意が伝わる。
きっと色々と葛藤もあるのだろう。
――言葉が伝えられない少女が、さらに文字まで書けない可能性が、フィンを躊躇わせている。
「文字が書けないかもしれないと、心配しているの?ふふ。大丈夫。私の補佐官はとても綺麗な字よ。ついでにあなたも習い直したら?」
茶化してから、少しだけ真面目に言ってみる。
「きっと無駄にならない。ここに、無駄なものなんて一つもないのよ」
◇◇◇
フィンは少し照れくさそうに、万年筆を差し出した。
女の子は戸惑いながら、それを両手で受け取る。
ノアが静かに紙を置き、椅子を引いた。
「まずは、この線からです」
女の子の手が震えながら、紙の上をなぞる。
ぎこちない線だったが、確かに『文字』だった。
フィンは息を呑んで、それを見つめている。
私は少し離れた場所で、その光景を眺めていた。
――これでいい。
誰かの声が、また一つ、世界に生まれたのだから。
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