第9話 夜会で宰相閣下に渡したメッセージ
「女だてらに、男の真似をして商売?そんな噂が立ったら婚期を逃すとも知らずに」
周りからクスクスと声を抑えた笑い声が漏れる。
好奇心と悪意がない混ぜになった視線が注がれた。
ぐっと、背筋を伸ばす。
ここまで話題になってくれていたら上々だ。
わざと噂は流していた。
『若い女性が主導で商売をしている』と。
――この夜会。
目的はただ一つだ。
宰相閣下が参加すると情報が入った。貴族として、文官として、これ以上の適任はいないだろう。
その相手は目前にいる。
上手くやらなければ――。
そう思うと、緊張してしまう。
私は、使用人からシャンパングラスを受け取り、それをグッと煽る。
空いたグラスと交換に、新しい飲み物を持った。
(よし。いくわよ、マレッタ)
私は覚悟を決め、わざと身体の重心を崩して彼に近づいた。
酔ったふりをして、彼の服を汚す。
「……まあ、うっかり!宰相閣下、すみません。弁償しますわ」
「いえ、気になさらないでください」
彼は、まだ三十代ながらに頭角を現している人物で、実利主義で有名だ。
慌てて手提げから、名刺と万年筆を取り出した。そこに、商会の名前を書き付ける。
彼が気づいてくれるように、ゆっくりとした動作で。
「……万年筆を持ち歩いているのですか。珍しい」
閣下が興味を示してくれた。
ありがたい。
「ええ、お恥ずかしながら。さっきから笑われてしまっていますが……。これが私の事業です」
――書き上がりも完璧だった。ブレも滲みも出ていない。
「……見せてもらっても?」
「いえ。お詫びに差し上げますわ。……失礼しました」
『どうせ、名刺なんて破り捨てられるわね』
『ええ、図々しいわ。田舎の小娘が』
だが、周りの嘲笑とは逆に、宰相閣下は丁寧に畳んで万年筆と名刺を懐にしまっていた。
それを確認し、私は、会釈をして彼の前から立ち去った。
ここからは去り際が肝心だ。
こちらが無理に営業したと思われたら台無しになってしまう。
――今は笑われたとしても。彼らの技術を信じる。
目的を達した私は、早々に退出した。
馬車止めまで行くとノアが待っていた。
「お身体が冷えますよ」
「ありがとう」
自分の上着を肩に掛けてくれる。
「首尾の方は聞かないの?」
「ええ。マレッタ様のお顔だけですぐにわかりますよ」
「そんなにわかりやすいかしら……」
私は思わず、自分の顔を両手で覆う。
フッと笑ったノアは、そのまま手を差し出した。
「いいえ。ただ、私にはわかりやすい、それだけです」
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