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8.バッドエンドの悪役令嬢


気がつくとオフィーリアは、卒業パーティーの会場でレオリックの隣に立って、彼の友人達に囲まれていた。


オフィーリアの腰に、レオリックの手がしっかりと回されている。

これまでにないくらい密着した距離感に、オフィーリアはバクバクバクバクと心臓が悲鳴を上げているところだった。




「おい、結婚式を挙げないって正気か?」

「どういう事だよ。着飾ったオフィーリア嬢を見せないつもりか?」

「レオリック、お前どれだけ狭量なんだよ。そのうちオフィーリア嬢に嫌われるぞ」


目の前に立つ友人達に、レオリックがからかわれていた。

レオリックが友人達に、「式は挙げない」と宣言している記憶が、オフィーリアによみがえる。

その流れからの会話のようだった。



結婚式を挙げない。

その宣言は、オフィーリアとの婚約破棄を意味する。

きっとこの卒業パーティーの終盤で、婚約破棄を告げられるのだ。


『本当にお別れなんだわ』と思うと、レオリックから距離を取ろうと身体が勝手に動こうとしたが、腰に回された手にぎゅっと力が込められるのを感じて、またドキンと心臓が跳ねた。





その時。

ピロン♪と柔らかな電子音が鳴り、また目の前に私しか見えない台本が現れた。


――読むのが怖い。見たくない。

だけど読まなくてはいけない。




“卒業パーティーの会場で、突然にレオリックが友人達に、「式は挙げない」と宣言した。

「おい、結婚式を挙げないって正気か?」「どういう事だよ」とレオリックが友人達に詰め寄られている。


オフィーリアだって初耳だった。

『何を言い出すのよ』という思いを込めて、レオリックの腕を掴んでいた手にぎゅっと力を込めた。


「愛する人と一緒にいられるなら、式なんて必要ないと思ってね。悪いな。もう誰にも俺の最愛を見せるつもりはないんだ」


フッと暗く笑うレオリックに、友人達は「……お前らしいな」呆れたように声をかける。


王都一豪華な結婚式を挙げようと思っていたオフィーリアに、『式を挙げない』なんていう選択肢はない。

だけどレオリックの言葉に気を良くしたオフィーリアは、『式の話は卒業パーティー後にすればいいわ』とここは引く事にした。


どうせこの後は、このままウォルシュ侯爵家に入るのだ。時間はたっぷりあるし、急ぐ話でもない。

オフィーリアに甘い両親には、すでに説得済みだ。『当分帰らないわよ』とも伝えてもいる。


――オフィーリアがもし。

もしこの後に彼女に起こる事を知っていれば、こんなにも悠長にしている事は出来なかっただろう。


ウォルシュ侯爵家に、レオリックに隠されるように入った後のオフィーリアは、そのまま地下牢に押し込められて生涯を終える運命だ。

『溺愛という形で人に会わせず、そのうち不慮の事故で片付けてしまえばいい』とレオリックが計画しているなんて、気づけるはずがなかった。



レオリックは機嫌が良さそうなオフィーリアに、『ここで騒がなかっただけマシな女だったな』と冷たい目で彼女を見ていた。


アイリスはすでに離れの屋敷に囲い込んでいる。

正式に妻という立場に置くには少し時間はかかるが、アイリスなら待ってくれるだろう。


――いや、待たせてみせる。

『オフィーリアとの式を挙げる必要はないが、もちろんアイリスとの式は、いつか挙げるつもりだ。――二人きりで。

もうアイリスを他の誰にも見せるつもりはない。僕だけのアイリスだから』とレオリックは暗く笑った”







「…………」


オフィーリアは『なんか思っていたエンドと違うわね……』と、台本を眺めた。

少し怖いレオリックになっていた。


元々の小説のレオリックは、執着溺愛系ヒーローだったらしい。


だけどオフィーリアが知っているレオリックは、いつだって爽やかな紳士だった。

これが真のヒロインのアイリスと、代理悪役令嬢のオフィーリアとの温度の違いだったんだろう。


それでも『そんなに深く愛されるアイリスさんが羨ましい』とオフィーリアはアイリスに嫉妬する。



モヤモヤした気持ちは残るが、オフィーリアがこれから辿る運命は理解できた。

ここからは黙ってレオリックについて行けば、地下牢に入れられて、そのうち消される運命を迎えるのだろう。


『思ったよりマシなバッドエンドだった』とオフィーリアはホッとする。

暴漢に襲われるよりも、国外に追放されて知らない街を彷徨うよりも、娼館に送り込まれるよりもマシだ。

最後に会えるのがレオリックなら、ある意味ハッピーなバッドエンドとも言えるだろう。


オフィーリアはやっと安心する事が出来た。

バッドエンドの未来を知れて、先が見えない不安から解放された事で気持ちが落ち着いた。


たとえ偽りの微笑みでも、レオリックは優しい笑顔でオフィーリアを見つめていてくれる。

今はただこの残された時間に浸る事にした。







「ここは……?」


不安な声で尋ねるオフィーリアに、レオリックは蕩けるような笑顔を向けた。



確かに台本通りに、オフィーリアはウォルシュ侯爵家に、レオリックに隠されるように入った。

向かった先は、ウォルシュ侯爵家の本邸ではなく離れの屋敷だった。


それはいい。

その運命は知っている。

この離れに地下牢があるなら、それが正解だ。


だけど通された部屋は、明らかにオフィーリアのために用意された部屋だった。


オフィーリアの好きな色――レオリックカラーの青と金の調度品で統一された部屋だ。しかもオフィーリアカラーの黒もしっかり効かせていて、組み合わされたカラーが『二人の部屋』を主張していた。





『ここが貴族の地下牢……って事はないよね?』と不安になっていると、レオリックが壊れ物を扱うかのような優しい手つきで、そっとオフィーリアの頬に触れた。


オフィーリアの心臓がまたドキンと跳ねる。


「ごめんねフィー。もうここからフィーを出してあげる事は出来ないんだ。………僕の運命の人じゃないなんて言うフィーが悪いんだよ。

ねえ安心して?お義父さんにもお義母さんにも、今日フィーをウォルシュ邸に迎える事は伝えているから。

……それに僕達の邪魔をする者も、もう地下牢に閉じ込めているし、そのうち不慮の事故として消すつもりだよ。

良かったよ。卒業パーティーで、僕が「式を挙げない」って言った時に、フィーが黙っていてくれて。

――ああ。もちろん式は挙げるよ。二人きりでね。

もうフィーを他の誰にも見せるつもりはないだけだ。僕だけのフィーだからね」


レオリックが暗い瞳で笑っている。




レオリックのセリフは、向ける相手は違っていても、台本通りのセリフだった。

いつもならばここで周りの景色がフェードアウトしていくはずだ。


―――だけど何も起こらない。


卒業パーティーから今に至るまでも、シーンが飛ばされる事はなかった。

パーティーでの華やかな時間が長く流れていて、レオリックにエスコートされて乗った馬車でも、移動時間を経て静かにウォルシュ家に入っていった。


『今、地下牢に閉じ込められているのは誰?』


分かり切った答えだが、オフィーリアの頭が考える事を拒否している。


スッと頬を撫でるレオリックが、蕩けるような笑顔でオフィーリアを見つめていた。






「―――あ」


ふと気がついた。

現実世界の私の名前は何だっただろう?


目の前の世界が、オフィーリアの現実に変わっていた。





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― 新着の感想 ―
オーノー(^_^;)ヒロインもかわいそう(^_^;)
最初の方の説明で戻れなくなる・バッドエンドで「あ、これヤンデレなのでは?」で主人公監禁エンドは読めてたけど、バッドエンドの内容を知っても動じない主人公が普通にヤンデレ耐性高くて安心した。 合意ならギリ…
すっとぼけ主人公がどうにか持ち直すとか、じゃーんあれは脅すための嘘でしたー!みたいにネタバラシがあるかと思ってたけどそのまま……! 5話目辺りからずっと世にも奇妙な物語のあの曲が流れてましたが最後のシ…
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