15:私、今とっても幸せですの
「俺がナタリアに恋したのは、確か十歳くらいの頃だったと思う。
立太子したばかりの俺は、初めてこのスピダパム王国にやって来ていた。そして出席したとあるパーティーで、お前と出会ったんだ。
お前だけだったよ。遠巻きに見つめられるばかりで退屈していた俺に、優しく話しかけてくれたのは。
きっとみんなうっかり揉め事を起こしたらいけないからって俺のことを避けてたんだろうな。俺は確かにまだ子供だったが隣国の皇太子、怒らせたら怖いことには違いない。なのにそんなことを顧みもせず……いや、別に馬鹿だと言っているわけじゃないぞ? 俺が言いたいのは勇敢ってことだ。ともかく、俺の傍に近づいて来て、言ってくれたんだ。
『こちらのお菓子が美味しゅうございますの。殿下も一口、いかがですの?』
お前としては、テーブルに並べられていた菓子を見るからに暇していた俺に勧めただけだったんだろう。
でも俺はそれがすごく嬉しかった。しかもそれだけじゃなく、この国に関して色々な話をして俺を退屈させまいとしてくれたのも……。
さらにお前は美しかった。栗毛に虹色の瞳のお前を見た時、聖女かと思ったものだ。でもまあ聖女はその数年後に降臨したが大して可愛くなかったのはこの目で確認した。だからナタリアは女神か何かだな!
それで俺は恋をした。お前を俺の嫁にしたいと即座に思った。
だがダメだった。お前にはすでに婚約者がいたからな。それを知った時の絶望感と言ったら思い出せない。
さすがに馬鹿な俺でも婚約が大事なことなのは知っている。そう簡単に破れないこともな。
だから諦めた。いや、諦めたつもりだっただけだろうが。
今考えればあの時は酷かった。ナヨナヨして何の力もないくせに、ナタリアを手に入れられない腹いせで周りに威張り散らしていたからな。
そんな俺を変えてくれたのは、一人の女だった。
二年前……俺が十八の時、父上に聖女と婚約するよう言われた。正直聖女なんてちっとも興味がなかったが、適当な女を娶れるならいい。
だがそうはならなかった。詳しい事情は長くなるから省くが、俺たちが聖女だと思ってたのは魔女で、魔女は俺を鼻で笑いながら言いやがったんだ。
『――あんたのような弱っちい奴に、嫁入りする気はないわ。好きな女だって振り向いてくれないに違いないわ、ヒョロガリ男』
言われて俺は、もっともだと思ってな。
ナタリアを諦め切れずに引きずっているだけで、振り向いてもらえるはずもない。
それから俺は、変わろうって決めた。変わって、ナタリアに認めてもらえる男になるって。
ナタリアがムキムキ男が好きだと知っていたから体を鍛えた。おかげでさっきみたいにナイフを刺されたくらいでは平気な体になった!
そんな時、ようやくナタリアの婚約者と対決しようと思っていたんだが、婚約破棄されたと聞いて驚いた。だがむしろ好都合だと思って婚約の打診をした。断られるのも覚悟だった。……なのに受け入れてくれて、なんて優しいんだろうって、泣きそうになったくらいなんだぞ。
そして数年ぶりにお前に会って、話して、抱きしめて、もっと好きになった。もうお前なしじゃ生きていけないくらいにはな。
好きだ。愛してる、ナタリア。
だからお前も――俺のことを好きになってくれると嬉しい」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「長い告白ですのね」
ナック殿下のお話を全て聞き終えた私は、思わずため息を漏らしてしまいましたの。
今までずっと忘れていましたけれど、確かに昔、まだ幼かったナック殿下に声をかけたことを思い出しました。あれは私が八歳の頃だったように思いますの。
そんな頃から恋心を募らせるとは、よほどの馬鹿……ではなく、あまりに一途すぎますの。
――でも、嬉しくないと言っては嘘になってしまいますが。
私はもう、嫌でも気づいてしまいましたの。
ナック殿下のムキムキすぎる腕の中に抱かれる感触がたまらなく心地よく感じてしまっていることに。
そして……いつしかこのとろけるような愛の言葉の数々を、そこまで不快に思わなくなっていることに。
ほんわりと頬に熱を帯びるのを感じながら、私はやっと一言絞り出しましたの。
「ナック殿下。一つだけ、誤解がありますの。
何を勘違いなさっているのかは存じませんが、私、ガチムチな方は嫌いですの」
照れ隠しで言ったつもりでした。
しかし、その私の言葉にナック殿下はかなり仰天したようですの。
「――!? ちょ、ちょっと待て。お前の元婚約者は筋肉の逞しい奴だっただろう。だからこそ俺はこんなムキムキに」
「逆にどうして私がガチムチな殿方を好むと思っていらっしゃったかが不思議ですの。私は元婚約者のことが嫌いですの。ほら、そこに転がっているのが当人ですの。今はガリガリですが」
「……なんと!? こいつがお前の!?」
顎が外れるほど口をあんぐりと開けるナック殿下。
私は思わず、そんな彼を見てくすくすと笑ってしまいましたの。
でも、
「――私ずっと、脳筋男は嫌いでしたの。ですが……あなたのような方であれば、許せるような気がしますの」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――あの後、扉の外で一部始終を聞いていたらしい友人たちに「お熱いですわね」やら「感動しました」やらと、散々恥ずかしいことを言われましたの。
どうやらナック殿下と一緒に私の救出に来てくださっていたようですの。ならどうしてあんな場所で告白しましたの!?とナック殿下を睨みつければ、「忘れていた」とのこと。本当に脳筋もいいところですの。
ちなみに私をあの場所――マブ男爵家の別邸だったらしいですの――へ誘拐したマブ男爵令嬢は相当に重い罰を受け、危害を加えようとした平民のヒューゴ様は処刑されることになったそうですの。まあ、別に関心はございませんが。
ともあれ私は傷一つ負うことなく侯爵邸に帰り着くことができましたの。
父も母も殿下方にたいへん感謝し、今まではどちらかといえば反対だったナック殿下との結婚に一転して積極的に。
私としてもまんざらでもなかったので、少し名残惜しいものの文官の道を諦めることを決め、皇太子妃として生きることになるはず……だったのですが。
「おお、ナタリアは文官になりたいのか! なら俺がジュラー侯爵家に婿入りするからお前は存分に働いてくれ!」
「は、はい、よろしくお願いしますの。………………って、えぇ――!?」
「皇太子なら優秀な弟がやるだろう。そもそも俺には荷が重いと思っていたんだ」
ナック殿下の思いつきのような発言によって、私はナック殿下を婿として迎え入れることになってしまったのです。
確かに私自身は文官としては働けるかも知れませんが、そう簡単に皇太子を降りることができるものなのでしょうか? 不安しかございませんの。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「本当に、ナタリア様は振り回されっぱなしですわね」
「でもラブラブならいいと思います」
「くっつけて良かったね!」
「羨ましいですわ……!」
「夢も恋も叶ってハッピーエンド。さすがナタリア嬢ですね」
友人たちに相談しても、なんともいえない甘い視線で見つめられるだけ。
実は彼女たち、最初こそ私の嫌われ作戦に乗り気だったものの、私とナック殿下の仲がいいのではないかと考え始め、『わざと』ナック殿下に見せ場を作ったらしいんですの。
「それでも心が揺れなければナタリア様の勝ちでしたけれど……ナタリア様、まんざらでもなさそうでしたものね?」
くすくすと笑うセルロッティ様。痛いところを突いて来ますの。
「ということはマブ男爵令嬢の件は皆様の仕込みということですの?」
「いや、あれは完全に予想外。ナタリアの元婚約者がまだ生きてるとは思ってもみなかったよ」ジュリエラ様がやれやれとばかりに肩をすくめます。「でも無事に処刑されるわけだし、見事『ざまぁ』って感じなんじゃない?」
――ちなみに『ざまぁ』とは復讐みたいな意味らしいですの。これも聖女ヒジリ様が口にしたことで広まった言葉ですの。
ともかく。
「ナタリア様があの脳筋男を受け入れる気になったようで何よりですわ。アタクシ、ホッといたしました」
「おめでとうございます」
「おめでとう! しっかり幸せになってね」
「改めましてご婚約おめでとうございます」
「困った時はいつでも私に言ってくださいね」
かくして私は皆様に祝福されたんですの。
こうなるはずではありませんでしたのに……。私は思わず苦笑してしまいましたの。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『アクヤクレイジョウ』作戦は失敗に終わってしまいましたけれど、結果として私は幸せになれましたの。
文官になる夢も叶えることができ、ナック殿下……ナック様を入婿として迎えることができた。
未だにデロデロに溺愛されるのは少し困り物ですが、悪い気はしませんの。
「愛してるぞ、ナタリア」
「はい。ナック様」
〜完〜
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