第四十五話 鬼か蛇か女神か
着飾った王女が二名の護衛と共に入ってくる。
首にはネックレス。まさかかな、呪のあの品ってことはないよな。珍しく背筋が冷える。
護衛の一人に見覚えがある。そうだ、幹部候補生学校の魔術実技の教官、スミスの同僚だった方、名前はブルトゥスだ。スミスと目が合う。険しい目付、小刻みに揺らす頭部が警戒しろと告げている。
王女は笑顔を浮かべ国王の前に進む。二人の護衛が付き従う。ヘンリー側の王女の護衛ブルトゥスから魔力を感じる。緑色の淡い光が身体を纏いだした。スミス側の護衛は黒髪、魔法を使えないようで淡い光を発していないが、奥に隠している殺気を微かに感じる。
――まずい、護衛の二人は何かやりそうだ。
国王の御前にて三人は立ち止まる。
「ハイド」
ブルトゥスが小声で隠密の魔術の呪文を唱えた。姿が消え、ヘンリーの目に緑の淡い光だけとなった。いや、殺気も漏れだしてきている。
「消えた」「危ない」叫び声が交錯する。
「サンダー」
ヘンリーは雷光を緑の淡い光目がけて放つ。
パシュ。
ブルトゥスに命中し、隠密の魔術が解除されたのだろう倒れた姿で現れた。手には先の尖った氷を砕くような細い刃物。もう一人の護衛は丸い筒、楽器のようで吹矢にもなりそうなものを握ったまま倒れている。スミスが対応したようだ。
「拘束しろ」
スミスの命令に国王の護衛がようやく我に返ったかのように動き出す。
「お父様、いえ、国王陛下に申し上げます」
ルイーズ王女がこの混乱状況に関わらず透き通った声を上げる。
国王が訝しげに首を傾げる。
「ルイーズ、どうしたというのだ」
「私の最後のお願いです」
自分が護衛と同じ穴の狢と判断され、捕らえられると覚悟したのか。ただ、王女からは殺気も魔力を放つ素振りも感じられない。力ずくで襲ってくることはない。
「市民に貴族と同等の力をお与えください。市民の方々をもっと活用してください。私はどうなってもかまいません。どうか国民の声をお聴きください。お願いします」
市民が力を得たといっても議会における市民の比率は一割、貴族が大多数を占める。よしんば、議会が市民の声を聞いたとしても、その上の宰相がうなずかなければ国王まで届かない。国王まで至り、署名してはじめて効力が発行する。
「王女を捕らえよ」
ウォルポールの声は荒々しい。
「もう王制は限界です。変革しなくてはいけません」
ルイーズ王女は国王の護衛に両腕を拘束されながらも声を張る。
「お父様、お願い……」
これ以上の声は聞けない。護衛に口を押さえられている。
「いったん解散だ」
ウォルポールが宣言した。
晩餐会はなくなろうとしている。
国王は凶刃に倒れることもなく無事であった。
ルイーズ王女の護衛が取った行動は明らかな叛逆行為。王女がどこまで関わっていたのかはヘンリーには分からない。多分全く知らなかったと思う。あのセリフは説得しようと準備していたもの。護衛が犯した罪からとっさに自分の身がどうなるかを察知し、せめて言いたいことだけでも話そうとしたのだと思う。
市民の中でも過激的な急進派がすぐそこまでやってきているのをヘンリーはひしと感じた。このままルイーズ王女が捕らえられ、政権が下手を打つと市民が暴発する可能性があるかもしれない。
――そうなると戦時中の今はまずい。
「ちょっと待った」
ヘンリーは意を決して声を上げた。
「冷静に対処しましょう。敵は拘束され、これ以上いません。いても御覧のように私たちの強力な魔術でみなさまを守ります。陛下には指一本触れさせはしません」
ヘンリーはガタイがいい。大きな体に大きな声は安心感を与える。
「出入り口をロックしろ」
スミスの声にドアのそばの付き人が反応し、内側から鍵をかける。
「これで安全です」
ゆっくりとした口調をヘンリーは心掛けた。
「落ち着きましょう」
スミスが援護をしてくれた。
ヘンリーは倒れている王女の護衛の手足が確実に捕縛されていることを確認した。口と鼻に手を当てると、息をしていることが分かった。
「気絶しているだけだ。二人を端に連れて行け」
王の護衛に命じた。
そしてにこやかな顔を意識してまっすぐ前を見る。
「それでは、ゆっくりと話しをしましょうか。先ずは王女様の政策への提案内容の件です」
巧みに、話を直訴ではなく提案にすり替えた。
「宰相様、市民の活用方法への回答やいかに」
市民が一割の議会では、彼らの意見を最終決定者の国王に奏上されるのは至難の業。
「議会の構成を貴族から市民へもっと開放するか、王女様の提案を無視して今まで通りとするか。もし構成を変更する場合、その比率と時期をどうするか。または、王女様の提案そのものを十分検討するか。いずれでしょうか」
答えは『持ち帰って王女の提案を十分検討する』と言わしめたい為の方便だ。こうすれば王女の傷は少ない。
宰相に目を向けたが、違う方向から声がかかった。
「ヘンリー・クラレンドン男爵、旧姓はハロードか。さすが王立学院研究科卒の逸材と謳われただけのことはあるな。知識といい腕っぷしといい見事だ。ここの護衛と異なり実戦経験の豊富さが違うようだな」
答えたのは国王の右手側の人物。左手側の宰相ではなく行政府の上卿ウィルミントン、次期宰相と噂されている人物である。
「ありがとうございます」
「上級試験トップ合格、十年に一人の俊英と聞いた君を待っていたのに。軍にもっていかれて、不意をつかれた気分だったのだよ」
――合格したが、トップだったとは知らなかった。ただ褒め言葉が度を過ぎている。
オホン。
軍のトップ、大本営総長のオークニーが満更でもない顔をする。
ウィルミントンが続ける。
「それはいいとして、宰相殿、提案は持ち帰ってはいかがでしょうか」
「うむ。持ち帰って十分検討しよう」
「ありがとうございます」
ヘンリーは即答する。
「ルイーズ王女様よろしゅうございますね」
口を押させている護衛にヘンリーは目で外すよう促す。
「分かりました。ご配慮いただきありがとうございます」
ヘンリーは王女の返答に満足した顔を見せる。
「陛下、ルイーズ王女様は私どもが責任もって後宮まで護衛させていただきます」
ヘンリーは真摯な表情を装い国王の顔を見た。
「任せたぞ」
「承りました」
「そ、それは」
ウォルポールがまた焦った声を出している。
「ルイーズ王女様、まいりましょう」
まごついている護衛を払いのけ、ヘンリーは王女の手を取った。
「みんな行くぞ。しっかりルイーズ王女様をお守りする」
「はい」
威勢のよい部下たちとスミスたちを連れて、ヘンリーは王女と共に宴会場を素早く出た。
――あとはどうなっていようと知ったこっちゃない。思わず、成り行きで啖呵を切ってしまった。なるようになれだ。
「少しゆっくりと歩いてもらえませんでしょうか」
か細い女性の声。手を取るルイーズ王女がヘンリーに遠慮がちに話しかけた。
「これは申し訳ない。ですが、ゆっくりしていられないのです。気が変わって追手が来るやもしれません。とにかく後宮の入り口まで突っ走ります」
「そうですわね」
ルイーズ王女は限界の様子。仕方がない。
「失礼しますね」
もうこうなれば自棄だ。
「エッ」小さな驚きの声。
ヘンリーはルイーズ王女抱え上げて走り出した。この方はとても軽い、いや女性とはこんなものなのだろうか。爽やかな香りをうっすらと感じながら先を急ぐ。
「こっちだ」
スミスが指示してくれる。
適切な案内のおかげで無事後宮までたどり着いた。
「ルイーズ王女様の到着です」
スミスが声を張る。
女官が駆けつけてくる気配がある。
「いつまでこうやっていれば、よろしいのでしょうか?」
胸の中から囁かれた。腕にまだ王女を抱えているヘンリーの目に朱い頬があざやかに映り込む。若く健やかな白い肌が仄かに火照っている。
「すみません」
王女を降ろすと、丁度女官たちが現れた。俯いている王女を任せて、ヘンリーたちは後宮から離れようと踵を返した。
「ありがとうございます」
背後から先ほど囁かれた声音が追いかけてくる。
立ち止まり振り返るヘンリーとルイーズ王女の目が合った。泣き笑いのような顔を見せながら綺麗なお辞儀を賜った。その仕種には儀礼ではない精いっぱいの感謝の気持ちが籠っているように思えた。
小さな笑みと小さな会釈をしてその場を後にした。




