第四十六話 ワイン
ヘンリーたちは元の衣服の置いてある衣装室へ向かった。
着替えを手早く済ませ、新調の衣装はケースに入れて手に持ち、証書類一式はフィンが背負い袋にしまい、十名は急ぎ足で王宮を離れた。ヘンリーたちへも足止めがかかる可能性がある。
近衛魔術師の宿舎へヘンリーたちは歩いて向かっていた。
「今晩はこのままティナム団長の言った通り宿舎へ行っていいのだろうか」
スミスが疑問符付きでヘンリーに問いかける。
「ルイーズ王女様という王族絡みの事案に首を突っ込まざるを得なくなりましたからね」
「そうだ。先ほどのことから誘拐、人質の件は王女様の自作自演で間違いないだろう」
それには異論がない。事情を聞けば誰もがそう考えるだろう。
「普通の悪漢が国王を弑逆しようとしたのなら阻止した私たちは英雄として感謝される立場ですが、襲撃者は王女様の護衛ですから、闇に葬るしかないでしょうね」
あの場にいた全員に箝口令がしかれるはず。公にはならない。
「王女様自身はあの発言から推測するに襲撃の件は多分知らなかったのだろう。ただ、ブルトゥスが護衛として入ってきた瞬間、ヤバイと思ったよ。奴は教官内で市民派との噂があった」
「中佐の反応のおかげで準備ができたので助かりました」
ブルトゥスが魔力を込めだした時点で不審ではなく危険と認識できたのは、スミスの目配せがあったからだ。
「王女様の国王陛下への直訴問題は、幸いヘンリーの機転で提案となったが、難しい判断だよな」
「ええ、あのままだと王女様は捕縛され、牢獄に近い所へ幽閉。そして二度と出て来られないような気がして、今動かないと何かとんでもないことが起きるように思えてならなかったのです」
「そうだな、即刻幽閉されていたらダスマン一味がどう出るか不気味なところであったと思う。少なくとも後宮にすぐに運んだのは正解だ。いくら宰相でも迂闊には手が出さないところだからな、いくらかの時間稼ぎになる。その間にルイーズ王女様親派が何とか手を回してくれればよいのだが」
親派がいるかどうかは知らないが、他国との交戦中の今、とにかく冷静沈着に対処してくれるだけでも御の字だ。処分を検討するうち市民のことに考えが至る人も出てくるはず。
ヘンリーがうなずくと、ボビーが控えめに口を開いた。
「すみません。私たちにも分かるように教えていただけませんでしょうか」
「すまん、すまん。そうだな、みんなにも話さないといけない」
ヘンリーの謝罪にスミスが応ずる。
「となるとやはり一度宿舎に戻ってみんなに聞いてもらってからどうするか決めるとしようか」
「お偉方は今すぐ私たちをどうするかよりも王女様への対応で頭を悩ませているでしょうからね」
宿舎に着く。当番兵の中に以前手紙の受け渡しの際、散髪後の髪型のあまりの変わりように本人確認のやり取りでヘンリーが感心したローワン・ヒルがいる。
入館手続きを済ませて、先ずは食堂を目指した。
ご馳走を食い損ねた空腹を満たすため晩飯をかっ込み、ヘンリーの部屋に十名が集まった。
今までのダスマンの過去からルイーズ王女の誘拐の顛末までを、中止となった晩餐会での騒動を踏まえた上でスミスとヘンリーが説明した。
「そんな馬鹿な」「あり得ない」と、みんなは驚いた後、「そんなことがあったとは」「そうだったのか」と納得顔をした。
「ルイーズ王女様はもちろん危うい立場であるが、俺たちも巻き添えを食う可能性が無きにしも非ずだ」
スミスの言葉にみんなが息を呑む。
「二階級特進があっという間に暗転するかもしれない」
ボビーが声を低くする。
「そう、だからそうならないようみんなで考えて行動する」
ヘンリーはみんなを見回した。
スミスが目を細めて話す。
「宰相のウォルポールは王家一筋、いや王制死守派、貴族至上主義者のようだ。次代を噂されるウィルミントンは柔軟性がありそうに見えたがはっきりとは分からん」
「最悪のシナリオは?」
ウォーカーが訊く。
「ルイーズ王女様幽閉、俺たちに召喚命令、そして捕縛。つまり、王女様同様俺たちも幽閉され、口封じのため亡き者にされる。あの席での王女の市民派擁護、王制批判はあってはならぬ発言、あった事は全てなかった事にされる」
「それが王家の権威を守ることに繋がると盲信する輩がいるってことでしょうか」
ベーカーが確認する。
「多分な。今の国王や王女という『個』より、『王家』という存在が一番とする考えだ」
ウォーカーが口を挟む。
「最良の場合は?」
「議会での市民の割合が増加し、ルイーズ王女様は普段通りの生活が送れ、ヘンリーは男爵として領地へ一旦向かい、その後、軍隊としての身分をどうするか検討に入るはずだ。俺たちは休暇の後、ティナム団長から次の指示がある」
スミスが説明した。
「最悪の場合、私たちへの召喚命令または捕縛命令は何時下りるでしょうか」
ウォーカーが訊く。
「早くて明日だな。この場所は知られているから、早めにずらかった方がいいかもしれん」
そうスミス答えた時だった。
トントントン。
ドアがノックされた。一瞬緊張が走る。
「当番兵のローワン・ヒルです。ワインのお届け物です」
ドアを開けてワインを受取る。半ダースもあった。
「ご苦労。誰からの贈り物だ?」
「ウォルポール宰相様と行政府の上卿ウィルミントン様の連名です」
「分かった。今晩はヒルが当番か?」
「いえ、これで上がりです」
スミスが近づいて来る。
「ヒルや、今日ヘンリーは男爵になった」
スミスとヒルは顔見知りのようだ。
「男爵様」驚いたのか口を開けたまま言葉が切れ、笑顔を作って
「おめでとうございます」と頭を下げた。
「ありがとう。スミス中佐とは知り合いか?」
「ええ、はい」
ヒルが答えた後、中佐の階級に反応したのか目を見開き、
「スミス大尉も中佐、二階級特進になったのですか?」
と驚いた声を上げる。
「まあな」
「おめでとうございます」
スミスは「ありがとう」と言ってから顔をヘンリーに向ける。
「ヘンリー、ヒルはクーツ家の出だ。此奴が子供のから知っている。一緒に飲ませていいか?」
スミスとアナベル嬢は同級生、相当仲もよかったのだろうか? 昇進を単純に喜べない事態の時に一緒に飲ませるとは……、何か裏があるような気がする。
「ええ、構いません。みんなもいいだろう」
ヘンリーは後ろを向いて目配せしながら確認する。
「いいすよ」
ボビーが察してくれたようだ。
「ごちそうさまです。では、その前に着替えてきます」
「ついでに、ヘンリーが貴族様になった以上、口にする物は毒見が必要だから、毒見マウスを調達して来い。ただし訳ありだ。誰にも知られないようにしろ」
交戦中の今は軍の施設ではどこでも毒見用の生き物を飼っている。特にマウスは扱いが楽なので毒見用に特化した小型種が汎用的に利用されている。
「分かりました」
ヒルがドアを閉めて去っていく。
「毒見マウスのためにヒルを誘ったのですね?」
「それもあるが、もしここを出るとすると足を用意してもらう必要がある」
自分たちで手配するとどうしても跡が残り容易に辿られてしまう。
「しかし、毒見とは大袈裟すぎやしませんか? 単なる晩餐会が中止になった埋め合わせでは?」
「念を入れるのに越したことはない。あの二人の連名となるとますます胡散臭い」
「たしかに言えてますね。でも一日目で実行しますかね。顎ツン令嬢のノーザン城では二日目に毒を盛られたのですよね」
「たしかに、そうだがな。慎重を期そう」
しばらくしてヒルが着替えて戻ってきた。手にはマウスが二匹入った籠をぶら下げている。そしてワイン二本も。
「おかしいです。ウィルミントン様からまた届きました」
全員が目を合わせる。
「あやしい」「そんな馬鹿な」「マジかよ」「何かをたくらんでいますね」「決まりだな」
みんなが口々に訝しさを表し、最後にスミスがしめた。
「とにかく最初のものと今のものを毒見させよう」
最初のワインを試す。毒見マウスは正常のようだ。新しいものを試すがこちらも正常のようだ。
「今日は普通でも明日のワインが危ない。もしくは油断させておいて深夜から早朝にかけて動く可能性もある」
ヘンリーの言葉にうなずきながら慎重にスミスが口を開く。
「万が一を考えてこの宿舎から早急に出た方がいいと思う」
ヘンリーも嫌な予感がする。
「そうしましょう」
「ヒル、馬車の手配を頼めるか? この十人全員が移動したいから二台必要だ。駄賃は、この問題のないワインを全部やる」
「承知しました」
「これはルイーズ王女様が絡む微妙な問題だ。他言は絶対するな」
「はい」
ヒルが部屋を出て行く。ヒルはやはり有能だ、こちらの雰囲気を読み、余計なことを詮索せずに動きを優先してくれる。
部屋に緊迫した空気が漂う。
フーっと大息を吐く。ヘンリーも肩に力が入っていた。
「落ち着こう。少しはのんびりしよう」
深呼吸をすると少しは気分が和んできたが、まだみんなの顔には硬さが見える。
重苦しさが残る中、フィンが何やらニコニコして口を開く。
「隊長といると、訳ありな女性と縁が生まれますねェ」
場を変えるのは自分の役目だとばかりに陽気な口調で語尾が上がっている。
オーリーがフィンの軽口に合わせる。
「隊長が抱っこして走ると王女様は羽が生えたかのようにどこかへ飛んでいきそうでしたよ」
確かに王女は自分の胸の中で跳ねていたような気がする。
「ルイーズ王女様ってお姫様ですよね。そんな方を抱っこするって」
エズラまでもが茶化仕合に参戦しだした。
「本当の意味でのお姫様抱っこを初めて見ました」
エズラの言葉に、スミスを含めた九人はうなずきながら目を三日月にしてヘンリーを見ている。先ほどの強張った表情は微塵も感じられない。
「あらぬ誤解だ。わざとじゃない」
ヘンリーは否定するが、あの格好は俗にいうお姫様抱っこなことは確かだ。あの場では、そんなことを考えもしなかったが、ルイーズ王女はどう思ったのだろうか。
ヘンリーの手に柔肌の感触がよみがえってきた。




