28.たのしいお茶会
「失礼するよ」
おしゃべりに興じながらお茶会を続けていると、仕事帰りの養父が姿を見せた。
「養父様、おかえりなさい」
「おじさんこんにちは!」
「ご無沙汰しております、閣下」
文字通り三者三様に立ち上がり、それぞれが口々に養父を迎え入れる。
私たちの出迎えに養父は柔らかく目元をゆるめ、にこっと優しげな笑顔を見せた。
「ただいま、ケイト。よく来たね、二人とも。あの頃のようにお茶会をしていたのかな?」
「はい。……あの、養父様」
「?」
「ありがとうございます」
「どうしたんだい、急に?」
とぼけているが、嬉しそうな顔が雄弁に物語っていた。
やはり、シンクを別邸に招いたのは養父であり、サイスを学院から呼び出したのも含め、私が上の空だったことを気遣ってくれたらしい。
頭を撫でる大きな手を享受し、そっと目を細める。
「二人とも、外泊の許可は取っているんだろう? 今日は泊まっていきなさい」
「わーい!」
「すみません、ありがとうございます」
「ケイト。悪いが少しの間、サイスくんを借りるよ」
「わかりました」
「それじゃあ、サイスくんはついておいで」
「はい」
「ごゆっくり〜」
「おいケイト、僕がいないからってシンクを甘やかしすぎるなよ」
「サイスのばーか! 余計なお世話!」
シンクの悪態にふん、と鼻を鳴らして、サイスは養父のあとを追った。
ぱたん。静かに扉が閉まり、二人の気配が遠ざかっていくのを感じながら、残された私たちはお茶会を再開することにした。
「それにしても、あのサイスが! ぼくの目の届かないところでケイトに求婚してたなんてね〜」
「すごくびっくりした」
「えっ、そう? ぼくは当然な気もするけどなぁ。だってサイス、ちっちゃい頃からケイトのこと大好きだったもん! もちろんぼくも、サイスに負けないくらいケイトのこと大好きだけどね!」
えっへん、とシンクがぺたんこの胸を張り、つづけざまにクッキーを口の中へと放り込んだ。
「私もシンクたちが大好きだよ」
「えへへっ、両想いだね!」
無邪気な笑顔に、ほんの少しのはにかみが混ざる。可愛い。
お行儀が悪いとわかっているが、今は人の目もない。
気にせず身を乗り出し、よしよしとシンクの頭を撫でた。
くすぐったそうに笑う幼馴染に、ついつい私の頬もゆるんでしまう。
「あっでも、ぼくもケイトとは違う意味で驚いたかも!」
「どういうこと?」
「ぼく、前にサイスに言ったことがあるんだよ。ケイトに求婚すればいいのにって」
「えっ」
「馬鹿を言うなって怒られちゃったけどね! なのにサイスってば、どうして急に心変わりしたのかなー?」
突然の告白に動揺し、フォークの先からミルフィーユがぽろりと落ちる。
……いつもシンクに驚かされてばかりだが、今のは特に心臓に悪かった。
これはもう、詳しい話を聞くしかないな。
「ええと……シンク? ごめん、もう一回言って」
「ん? サイスにケイトとの結婚をすすめたってこと?」
「そう。それ。なんでそんなことしたの?」
「二人が結婚すれば幸せになれる気がしたから」
シンクらしい淀みのない答え。
けれど声音は、いつもよりほんの少しだけトーンが低い。
「そもそもぼくはね、結婚するかしないかってケイトの自由だと思うんだよ! そりゃあさ、養子に入ったからにはおうちの役に立たなくちゃいけないと思うけど。だからってケイトが幸せになれないんなら、ぼくはそんな結婚を認めない。何がなんでも縁談をぶち壊すつもりだよ!」
「今、さらっとすごい宣言したね?」
「まあね〜!」
底抜けの笑顔でシンクが頷く。
……シンクには有言実行できるだけの頭があるから、今の宣言も本気なんだろうな。
「おじさんは──ソレール家はさ、ケイトのこと大切にしてくれてるみたいだし、本当はケイトの婚約に口を出すのはやめとこーって思ってたんだよ?」
「でも、その結果がこれじゃん。ケイトは馬鹿に婚約破棄されたせいで世間からキズモノだって思われるし、何より、ケイトの心がひどく傷つけられた。……ううん、正確にはちょっと違うか。傷つけられたって言うより、古傷を抉られたって言った方が正しいのかも。まあ、どっちにしたって許せる話じゃないけどねっ!」
「だからぼく、実は結構怒ってるんだよ? 馬鹿に対してもそうだけど、ソレール家に対しても。ケイトが傷つくことがわかってて婚約させたんだ。そんなヤツらにケイトのことを、ケイトの幸せを任せられるもんか!」
語気を荒くするシンクを見つめ、「だからサイスと結婚すればいいって思ったの?」と改めて問う。
幼馴染はその通りだとあっさり頷いた。
「ぼくらはケイトのことが大好きだし、ケイトもぼくらのことが大好きでしょ? だから本当は、ぼくがケイトと結婚するのもアリかなって思ってたんだ」
「そうなの?」
「うん。でもね、サイスはぼくよりも独占欲が強いからさ。ほかの誰よりもケイトのそばにいたくて、大切にしたい。そう思ってる。なら、サイスに任せた方がいいのかな? って。サイスともめるなんてやだよ、勝っても負けてもめんどくさいし」
「まあ、確かに」
「でしょでしょ? それに、ケイトとサイスが結婚したからって、今更ぼくらの関係が変わっちゃうわけでもないし。だったら一番穏やかに丸くおさまるほうがいいかなーって思った」
「なるほど」
サイスの独占欲うんぬんに関してはともかく、それ以外の部分は納得しかない。
相槌が短いのも同意のみなのも、それだけで事足りてしまうから。
反論も何も必要ない、完璧な回答だった。
「ま! そういうわけだからさ、あんまり難しく考えずに、ケイトはしたいようにすればいいと思うよ!」
「それとこれとは話が別かな」
「そうかなぁ? 今回のことを引き合いに出せば、おじさんはケイトのお願いをなんでも聞いてくれるよ、きっと!」
こともなさげに言っているが、それって脅迫では?
いや、まあ、今更気にするようなことでもないと思うのだけど。そうはいっても、というヤツである。
「ケイトはもっと自分の幸せに貪欲になるべきだって、ぼくは思うけどね〜」
「……もし、私の幸せはシンクと結婚することだって言っても?」
「うっ。し、仕方ないなぁ! その時は頑張ってサイスをぶちのめすから、フォローはちゃんと手伝ってよ!?」
意地悪なことを言っても、その時はその時だと答えてくれるシンクの優しさが、とても嬉しい。
その優しさを裏切らないためにも、私は、私の幸せというものにきちんと向き合わなければいけないのだと、思った。
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