12.路傍の石
生徒会主催の夜会が終わると、次に私たち生徒を待ち受けているのは一斉試験である。
試験は大きくわけて二科目、教養と実技が行われ、前者では学年共通の授業で教わる内容──一般教養を問う問題が出題される。
対する実技試験は学科ごと専門科目からの出題となるため、問題にも特徴があるらしい。
例えば淑女学科ではテーマにそぐう刺繍作品の提出が、医薬学科では指定された薬品の作成及びレポートの提出が求められる……といった具合に。
さて、肝心な魔法学科の実技試験についてだが、話によれば騎士学科と合同で行われるようだ。
噂だと魔法学科の生徒と騎士学科の生徒でペアを作り、学院の近くにある洞窟に潜って再奥にある修了の証を回収するのが慣例になっているのだとか。
慣例が突然変わるとも思えないし、私たちの代も当然そうなるのだろう。
それらしい発言も担任から既に聞いており、魔法学科も騎士学科もずいぶん浮き足立っている。
「はあ……」
「どうしたんですか?」
「ペアのことを考えていたのです。……一体どうして、騎士学科の方とペアにならなければいけないのでしょう? 同じ学科の人だったら、迷わずケイト様とペアを組みますのに……」
頬に手を当て、ララが物憂げにため息を吐いた。
正直言って彼女の疑問ももっともだと思う。
合同実技試験での目的は各個人の身につけた基礎力と応用力を測ること──いわゆる実戦形式で力を発揮させることと聞いている。
けれど目的がそれだけなら、何も試験を合同で行う必要はないはずなのだ。
ララの言う通り同じ学科の人と組ませて潜らせるなり、単騎で潜らせるなりすればそれでいい。
むしろ各個人の能力を見定めるなら単騎の方が都合がいいのではなかろうか。
「ケイト様はもうペアの方を決めましたか?」
「いえ、私はまだ。……正直、ペアなんて誰でもいいというか。誰と組むことになっても、結局やることに変わりはありませんから」
「……ふふ。ケイト様らしいですね」
眉を八の字にしてララは笑い、ティーカップに口をつける。
そうして淡く柔らかな色合いの唇を湿らせながら、僅かに伏せた瞳をサッと周囲に走らせた。
「まったく」
「ララ様……?」
彼女のぱっちりとした大きな瞳が鋭く細められる。
静かにカップをソーサーに戻し、ため息とともにこぼした呟きの声音は重く低く、それでいてどこか刺々しい響きを感じた。
「ねぇ、ケイト様。サイス様をお誘いしてはいかがですか?」
「サイス様を?」
「はい。気心知れた仲の方がいらっしゃるなら、やはりそういった相手とペアを組んだ方が立ち回りや連携をしやすいと思いますし」
「なるほど。確かに、ララ様のおっしゃる通りですね」
研いだばかりのナイフのような雰囲気から一転、ころりといつもの砂糖菓子のような笑みがララの顔に浮かぶ。
そちらに関してあれこれ問いつめる必要性は感じないが、はて、声のトーンと大きさを上げ、周囲に敢えて聞こえるように話を振ってきたのは何故だろう?
まあ、彼女が意図するものは読めないけれど、言っていることは正論だし、ここはひとまず乗ってみるとしようか。
ララに合わせてほんの少し声を大きくすれば、何やら意味ありげな笑みが返された。
「流石です」
「……今のやり取りにはどんな目的が?」
こそりと囁くララへ、同じように囁きで問いを投げかける。
おいでおいでと招くような手振りに応じて上半身を傾け、テーブルの中央に顔を寄せてみる。
そうすればララも顔を寄せてきて、自然と内緒話をする時の姿勢になった。
「ケイト様は視線に気付いていらっしゃいますか?」
「? はい。やけに多いですよね」
「この視線、どれもこれも騎士学科の生徒のものなんです。……皆さん、ケイト様と組もうと機を狙っているんですよ」
「はあ」
口をついたのは気の抜けた返事。
首を傾げ、それからほんの少しだけ思考を巡らせて。
「成績にまつわる情報が漏れましたか」
「恐らくは」
深々とため息がふたつ。なんだか面倒なことになりそうだ。
「そういうことなら、なおさらララ様の言う通りにした方が良さそうですね。過度の期待をされても困りますし」
正直に言えば、期待されることよりもお守りを強いられることの方が困るのだが。
流石に衆目のある場所でそこまで素直に言うのは如何なものかと、当たり障りのなさそうな言葉を選んでみた。
「ふふ」
「……」
何故だろう。
不思議とララには見抜かれている気しかしない。
「ララ様」
「はい?」
「教えてくださってありがとうございます」
何はともあれ、きちんとララにお礼を言わなければ。
悪意や害意といったものならまだしも、私はそれ以外の感情に区別をつけるのがすこぶる苦手である。
私にとって最大の欠点と言っても過言ではない。
けれど、学院に入ってからこの欠点のせいで困った試しはなかった。
言うまでもなく、今回のようにハッキリと言葉にしてフォローしてくれるララのお陰だ。
嫌な顔ひとつせず、代償を求めることもなく、当たり前のように手を差し伸べて助けてくれる。到底信じがたいことではあるけれど、本当に、そんな聖者に等しい真似を施してくれるララ。
どろどろと濁った汚泥の如き欲に満ちた世界で、それが一体どれほど稀有でありがたいことなのか。わからないほど無知ではない。
「そんな、とんでもございません! ケイト様の義妹として当然のことをしたまでです! ……そ、それに」
「それに?」
「ユーリ様にも、ケイト様をよろしくと言われていますから」
「……ユーリくんが?」
パタパタと手を振ったかと思えば、ララは頬を薄紅に染めてはにかんだ。
ユーリ。ユーリ・ソレール。
年齢は私たちの一つ下で、ソレール辺境伯家の嫡男。
私の義弟にしてララの婚約者。
突然ユーリの名前が出てきたことには驚いたが、考えてみれば有り得ない話ではない。
次期辺境伯として辺境伯家の厄介者を気にするのは当然だろうし。
ともあれ、ユーリとララは相変わらず仲良くしているようで何よりである。
貴族の婚約、結婚というと家同士の契約の面が強く、いわゆる政略結婚になりがちだ。
……私の場合は養父の仕事をつつがなく進めるための足がかりとして、なので政略結婚云々とは微妙に違うのだが、そこはひとまず置いておく。
ユーリとララの婚約も例に漏れず政略結婚が下地にあった。
けれど二人の真面目さや誠実さゆえか、あるいはそういう運命にあったのか。文通や逢瀬を重ねることで少しずつ心的距離を縮め、やがて互いを想い合う仲に発展した──らしい。
当然私は二人の関係の変化についてわかっておらず、あとから養母にこっそり教えてもらった。
愛とか恋とか、私にはてんでわからない未知のものだけど。
でも、特別な表情を浮かべる二人を見ていると、そう悪いものではないのかなって。
(……思っていたんだけどなぁ)
二ヶ月も更新が空く遅筆ですみません…。
このお話を含め、幕間まで五話ほど更新します。




