13.路傍の石
ララとのささやかなお茶会を終えたあとは、物言いたげな視線をひたすら無視し、まっすぐ図書室へと向かった。
目的は借りている本の返却がまずひとつ。
それから、あわよくば空いている席があったら、一般教養科目の勉強でもしようかなというのがもうひとつだ。
いつも同じ場所で勉強するのは退屈だし、たまには場所を変えて気分も変えたい。
席がなければいつも通り寮に戻るだけの話なので、軽い気持ちで勉強道具を携えて行った。
(なんだこれ)
いざ図書室に入ったら、ちょっとした面白風景が広がっていた。
ほとんどの机が教材とにらめっこする生徒でひしめいているのに、一ヶ所だけ、一人の生徒が独占中とばかりに空いている。
なんというか、明らかに避けられている、というか……。
それが誰なのか気にして見たのは本を返却してからだったけど、ものすごく納得できてしまう人物で内心苦笑した。
いや、うん、当の本人はそんなのまったく気にしない質だから、なんなら有象無象の方から避けてくれることを喜んでいるような気さえするから、却ってこれでいいのかもしれない。そういうヤツなんだ、サイスって子は。
「……?」
(あ、目が合った)
私が見つめすぎたのか、視線に気付いた様子のサイスが顔を上げる。
バチッと音が聞こえそうなくらい、しっかりと互いの視線がかち合った。
ふむ、ちょうどいい。
席が沢山空いているし、実技試験のペアの話もあるし、せっかくだから相席させてもらおう。
なるべく音を立てないよう気をつけつつ、気持ち足早にサイスの元へ向かう。
断りを入れてから向かいの席に腰を下ろし、ついでに周囲へ認識阻害の魔法も展開しておいた。
これ、実は高度な魔法らしいけど、これがあれば会話の内容が当人たち以外の記憶に残ることもないし、使えると結構便利だったりする。
……高度な魔法だから習得は難しいし、夜会のホールみたいな場所で下手に使うと疑われるから、使い時を見極めないといけないのが難点だけど。
「珍しいね? 君から僕に接触してくるなんて」
「そうだっけ?」
「そうだよ。……用件は?」
ぱらぱらと分厚い専門書を流し読みしながら、サイスは控えめの声量で話を促してくる。
用がなければ話しかけないと思われていることになんだかなぁ、と思いつつ、こちらも声量を落として本題を切り出した。
いくら私たち以外の記憶に残らないと言ったって、図書室で大きな声を出すのはマナー違反。それくらいは当然、私たちだって弁えている。
「騎士学科と魔法学科の合同試験のことなんだけど」
「うん」
「私とペアを組んで欲しい」
「──ああ、なるほどね。別にいいよ、君と組んであげても。大変だねぇ、魔法学科のトップともなるとさ」
「その言葉、そっくりそのままお返しする。サイスだって、騎士学科のトップを独走しているでしょ?」
案外すんなり許可がもらえたなと思ったら、案の定こちらの状況を面白がる発言が飛び出した。
でも、それはサイスにも言えることのはず。
ちょっぴりジト目で言い返すと、小馬鹿にするようにハッと笑って。
「青薔薇はともかく、雑草を喜んで引き取ろうとするヤツなんているわけないだろ?」
前触れなく飛び出した自虐──というか、皮肉だろうか? に、思わず眉間に皺が寄る。
サイスが『灸花の君』について何も知らないとは思っていなかったが、かといって自虐に使ってくることまでは流石に予想できなかった。
今の発言に含まれた『雑草』の言葉がサイス自身を示していることくらい、『灸花の君』の由来を知っていれば理解できる人も多いと思う。
灸花とは野生の蔓草で、広くはへクソカズラの名で知られている。
毎年夏ごろになると白くて小ぶりの可愛らしい花を咲かせるのだが、蔓や葉をちぎると名前の通りの異臭を放つため、庭師や使用人たちには嫌われがちな植物だ。
へクソカズラでは直球すぎると思ったのか、認知度の低い呼称の方を使ってサイスを例えたようだけど、まったくもって失礼だと思う。
あと、サイスに聞こえるようにそれを言ってしまった人も、頭の中がスカスカのからっぽなのかな? って考えたりもする。
どちらにしても、あまりにも軽率というかなんというか。
言い出した人も聞こえるように言った人も、どっちも相当の世間知らずには違いない。
ちょっと頑張ればサイスがラヴクラフト家の人間だって情報はすぐに手に入るんだから、それさえ知っていれば思っても口に出さなかったはずだ。
下手を打ってサイス、ひいてはラヴクラフト家の不興を買うことがあってはいけないと思考が働くはずだから。
ちなみに、わたしはまだ誰が言い出したのかを知らない。
でも、知ろうと思えばいつでも知ることができるだけの交友関係は持っているつもりだ。
今まではなんとなく気乗りしなくて動かなかったけど、そろそろ本格的に動いて特定しようかな。
サイスにあんな風に言わせたことが気に入らない。
「……ケイト。君、今なに考えてる?」
「大したことじゃないよ。ただ、『灸花の君』の出処を特定しようかな、と思っただけで」
「うわ」
(うわってなんだ)
黙々と勉強道具を広げ、自学自習の準備を進める中でのサイスの問いかけ。
考えていたことのごく上辺だけをすくって答えると、いかにも嫌そうな声が短く漏れた。
なんとなく引きつったようにも聞こえるが……わたし、そんなにおかしなことを言ったかな?
「何する気かは知らないけど、やめとけよ。君がやると力加減を間違えてぺしゃんこに潰しちゃうかもしれないだろ。それだと僕が面白くない。今は少しずつ締め上げてるところで、面白くなるのはこれからなんだから、余計なことはするなよ」
「……」
「不貞腐れたってだめだぞ。大体ね、君はもっと手加減ってものをおぼえるべきなのさ。徹底的にやるのが悪いって言うつもりはないけど、君が徹底的にやったら普通のヤツらなんてすぐ壊れるに決まってる。……そもそもの話、自分のことはとことん無頓着なくせに、僕らに関することに限って過剰になるのもどうなんだ? 昔から思ってるけどムラありすぎでしょ。シンクもちびたちも結構やきもきしてるみたいだし、この機会にそろそろ改めれば?」
「……そんなにおかしい?」
「当たり前でしょ」
あまりにもスパッと切り捨てられるものだから、流石に少し落ち込んだ。
わたしにとってはそれが当たり前のことだけど、そうか、おかしいのか……。
シンクはもちろん、まだまだ小さなあの子たちまで気にしているのなら、サイスが言うように矯正していくべきなんだろうな。
遠慮しがちな他の子たちと違い、こういうことを遠慮なしに言ってくれるあたり、サイスには感謝しなくちゃいけないなと思う。
「そのためにまず、君はもっと『怒る』ってことをした方がいいんじゃない?」
「怒る?」
「僕らのことだけじゃなくて、自分のことでも怒るべきだ。マイク・ハミルトンの浮気とか、マイク・ハミルトンの母親に言われたこととかね。君は溜め込みがちっていうか、そもそも怒る機会が少ないから、僕らのことで怒った時にそのぶんの負債がドカッと出てくるんでしょ」
「ああ、なるほど……」
わたしにそんな負債があるかは微妙なところだけど、なるほど確かに、『怒ることに慣れる』という意味ではサイスの言った方法が一番手っ取り早い気がする。
……実際にできるかどうかは別として。




