第22話 ありがとう
「すごい……!」
『痛みが嘘みたいに急に引いて、体が楽になった……!』
蕾が巻いた包帯をそっと撫でる。つい先程まで鋭い痛みが箸っていた腹の打ち身が嘘のようにスッと消えた。
「ど、どうかな?少しは痛みは引いた?」
「ううんッ!!少しどころか、すっごい効き目だよ!このツボミちゃんが調合してくれた薬!」
驚いた目でアルバはさっきから何度も手当てされた包帯を見返す。
「ありがとう!ツボミちゃん!!」
「どういたしまして~」
アルバは立ち上がると共に捲っていた上着を直す。
「さて怪我の手当てもしてもらったことだし、今度は僕がツボミちゃんを送るよ」
「うん!」
差し出されたアルバの手の平にすっぽりと収まるよう蕾は乗った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ルアは自室を飛び出した後、部屋の窓からすぐ下にある茂みを探したが蕾の姿は見つからなかった。
「何処だ……ッ!」
「ひっ……!」
「ル、ルア隊長、今日なんか一段と顔恐くない……!?」
ルアの顔はいつもより眉の皺が深く刻まれている。いつものしかめっ面も中々の迫力が、今はより一段と近寄りがたい雰囲気を放っていた。
勿論、当の本人は気づいてなんておらず無意識なのだが深刻そうな顔をして城の中を奔走するルアの姿は、なんとも言葉に形容しづらく、誰かと城の中をすれ違う度にぎょっとした顔で相手に振り返られる。
「でも、どうして俺はそもそもこんなに必死になって、アイツの事を探しているんだ?」
あんなに急いでいた足取りが徐々に速度を落とし、ふとその場に立ち止まる。
『確かにアイツは希少な種族で俺の命の恩人には変わりはしないが、もし敵国側の人間に捕まって利用されると厄介だと判断し、保護しただけのこと……』
あの体ならそう簡単に国外に逃亡なんて出来もしないし、もしかして部屋暮らしに嫌になって勝手に一人で出てって行ったのかもしれない……。
そう一人で考えているとルアは、どんどんと体の奥の体温が冷たくなるのを感じた。
「部屋に……戻るか」
ぽつりと呟く。
そうだ。これ以上、情が変に移って傷付くぐらいなここで終わらせた方がいいのかもしれない……。
一歩手前に出てた足を下げ、元のまた一人部屋と戻った自分の部屋に引き返そうと、ルアが背を背けた次の瞬間。
「ルア隊長ー!」
「隊長さん~!」
「お前ら……!どうして一緒に……?」
名を呼ばれ、ルアは後ろを振り返るとそこには先程まで探していた探し人と部下であるアルバがいた。
「それが色々とありまして……」
「アルバさんは2階から落ちちゃった私を助けてくれたんですよ~」
自分の部下と居候のコンビという異様な組み合わせにルアは目を大きく見開く。
「あっ、先にツボミちゃんをどうぞ」
「む、す、すまないな……」
そう言うと、ルアはアルバから蕾を受け取る。
「この馬鹿者!なんで部屋でじっとしていなかったんだ!」
蕾を受け取るとルアはすかさず部屋から勝手に出ようと、軽率な行動を取った蕾を責めた。
「ご、ごめんなさい!これ、隊長さんに届けようとしたら、間違って落ちちゃって……」
「それは……」
蕾が手に持っていたのはいつもルアが肌身離さず持ち歩いているペンダントだった。
「まったく……それでお前が怪我をしたら元も子もないじゃないか」
「えへへ、ご心配おかけしました~」
善意で起きた事故にこれ以上無闇に責めることはできず、ルアは深いため息をついた。蕾は相変わらずルアの手の平の上で、呑気そうな笑顔で笑っていた。
「アルバ……その、ツボミが世話になったな」
「い、いえ!自分は当然の事をしたまでですので」
アルバは普段あまり訓練以外に会話を交わしたことのないルアに緊張しているのか声が変に上擦る。
「それで、ツボミの事なんだが……」
「大丈夫です。分かってます、他言無用……ってことですよね?」
アルバの琥珀色の瞳がルアの姿を映し出す。
「ツボミちゃんにはお世話になりまし、それ以前に僕はルア隊長の『部下』で隊長のことは信頼してますので」
「!……」
アルバの真っ直ぐとした純粋な瞳がルアを見つめた。
「あっ……!す、すいません!!勝手にベラベラと喋って、ふ、不愉快でしたよね!」
先程から一言も喋らないルアにアルバは怒っていると思ったのか頭を下げた。
「あっ、いやすまない……。怒っているわけではないのだ。ただ、そんなこと、そんな真っ直ぐとした瞳で言われたことがなかったのでな」
影では幾度か自分の悪口について話す輩は腐る程いた。若くして五番隊長を任され、同期などの嫉みや敵意……。時には根も葉もない噂をたてられたりもした。
ルア自身も耳に挟んだことがあった。だが、それを今更聞いてた所でどうするつもりなど微塵もなかった。
いや、正しく言い換えると“興味”がなかった。
ただここでの自分のやるべきことは変わらず、自分は愛するこの国の為に我が身を捧げ、優秀な兵士を育てあげる。それだけであった。
だから、他人にどう恨まれようが評価されようとルアにとってはどうでもよい事であった。
だが、こんな純粋な言葉をかけられたのはルアにとって久しぶりなものであった。
「ありがとう……」
「い、いえ……」
『ルア隊長って、こんな優しい顔出来たんだ……』
今まで訓練や仕事では見たことない、人間らしい穏やかなルアの表情にアルバはつい見とれてしまった。




