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365個の物語  作者: ひなた
弥生 迷いと別れ
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弥生二十六日

  触れたくて 触れられなくて もどかしい

     ほんとはこんなに 嬉しいのにさ……


 風に吹かれて、一枚の花弁が、僕の掌に落ちた。

 桜。

 まだほとんどが蕾のくせに、どうしてお前だけ、散ってしまったんだい?

 周りより早く咲いて、周りが咲かないうちに、もう散ってしまうなんて、急ぎ過ぎじゃあないかい?

 それに、そんなのって、悲しいだろう?

 まるであの人みたいだ……。

 いつも他の人を置き去りに、一人だけ進んで行ってしまう。

 あの人はいつだって、僕の一歩先を歩いていて、追いついたと思ったら、もういなくなっていた。

 けれどもう帰ってこないと諦めていた頃に、あの人は帰ってきたんだ。

 他のだれでもない、僕のところに、帰ってきてくれたんだ。

 この花弁のせいで、余計なことを想い出してしまったよ。

 今日も僕の家で、僕の帰りを待ち伏せているであろう、あの馬鹿のこと。

 そしてあの馬鹿を待っていた、哀しく寂しい日々のこと。

 いっそいなくなったなら、そのままいなくなってくれたなら、もう諦めだって付いていたのに。

 一度、戻ってきてしまうものだから、その先も信じてしまうじゃないか。

 また近付いたら消えてしまうくせに、僕を悲しませるために、帰ってきたわけじゃあないんだろう?

 あの人は僕が素直になって、帰りを喜ぶことを待っているのだろうけれど、僕がそうしてしまったら、またあの人はいなくなってしまう気がする。

 僕から拒絶していれば、まだ僕の隣にいてくれる。

 見上げた桜の蕾に微笑みを零し、掌の花弁に涙を零した。

「……馬鹿」

 強くて儚いあの人を想って、花弁に唇を落とすと、風に乗って舞い上がってしまった。

 僕のことを置いて行くんじゃなくて、馬鹿みたいに喜んでいる、ただそれだけに見えて嬉しかった。

 お前はあの人の代わりに、僕の気持ちを受け止めてくれるんだね。

 あぁ、ありがとうね。

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