屍の王--あるキョンシーの追憶 7
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――■■は何処?
アスファルトで包装された道路を駆け抜けて、第三課と第四課の職員達を飛び越えて、愛鈴は黄城公園内を走っていた。
黄城公園の中には大量のキョンシー達が居て、彼らの姿を見る度に愛鈴は先ほどの疑問が再度浮かび上がってくる。
キョンシー達の姿に愛鈴は見覚えがあった。■■の元で暮らしている間、愛鈴と共に■■へ尽して来た者達だった。
左を見ると、幼少期、愛鈴の家の近くに住んでいた老人がピョンピョンと跳びはね、前方には山菜を売って生活していた家族の一団がスタスタと走っている。
幸いにして、彼らキョンシーは同じキョンシーたる愛鈴の動きを邪魔する事は無かった。彼らはまるで愛鈴の事が見えていない様に振舞い、右から左へ前から後ろへ上から下へ通り過ぎて行くのだ。
何処に■■が居るのか分からなかった愛鈴は、一先ず黄城公園を真っ直ぐに横切る事にした。
額に貼られ、破れた呪言の札が愛鈴の視界の上部でチラチラと揺れる。
――そう言えば、何でこの札が破れたのでしたっけ?
走りながらふと思い返すと、酷くあっけない理由だったと愛鈴は思い出した。
――ああ、姉さんが破いたのでしたね。
愛鈴が彼女の姉である李明鈴と共に■■の服を洗濯していた時の事だった。
愛鈴が明鈴へ洗い終わった■■の服を渡す時、たまたま明鈴が足元にあった石に躓いた。当然、明鈴に巻き込まれる様にして愛鈴は姉の下敷きに成り、道士服を受け取ろうとした明鈴の左手がたまたま愛鈴の札を掴み、そして倒れた拍子でビリッと破いたのだ。
――まったく、姉さんは何時になってもおっちょこちょいなんですから。
森の中を走る事、凡そ二分。黄城公園の中央部に近付いた時、愛鈴の視界にゆらゆらとした明るい物が見えた。
どうやら、その明るい何かを、キョンシー達は囲んでいるようだ。
――?
愛鈴がキョンシー達を掻き分けてそのゆらゆらと明るい場所へ近付くと、そこには炎で出来た狐と大槍を持った騎士、それに一際大きなドレスを着た淑女が居て、それに護られる様に瞳を閉じたユカリが横たわっていた。
彼女は右手で箒を掴んだまま眼を閉じていて、周りに居たキョンシー達は黄緑の炎を纏った彼女を襲おうとしているようだが、狐達がそれを防いでいた。
「……ユカリさ――!?」
声をかけようとして愛鈴は息を飲んだ。
赤。赤。紅。
ユカリの元は白かったのだろうYシャツが赤く染まっていた。
胸と腹に拳大ほどの大穴が開いていて、そこからユカリの全身が真っ赤に真っ赤に染まっている。
タローが言うには、一応ユカリは人間であるらしい。
心臓と腹に穴が開いて人間は生きられるだろうか。
「……ユカリ、さん」
愛鈴はユカリに触れようとしたが、すぐさま近くに居た狐にそれを阻まれた。
炎の狐は彼女の主を護ろうと愛鈴を威嚇する。これ以上近付いたならば、この狐は愛鈴に噛み付いて彼女を燃やすだろう。
――死ん、だ? ユカリさんが? 何で? 誰が?
誰が、など聞く意味も無い。この状況でユカリを殺す者など一人しか居ないでは無いか。
何で、など聞く意味も無い。この状況を引き起こした元凶など一人しか居ないでは無いか。
ユカリは、愛鈴の所為で、■■に殺されたのだ。
愛鈴は眼を見開いた。まだ、愛鈴は信じていたのだ。■■は心優しい者であると。
死に瀕していた愛鈴の村を救った■■。彼が人を、オトギを殺すような者であるはずが無い。
愛鈴はまだ心のどこかでそう信じていたのだ。
では無ければ、全ての前提が崩れてしまうからだ。
■■が優しい人間でなければ、他者を助けようとしてくれる心優しき者でなければ、何故、愛鈴達が救われたというのか。
「……会わなきゃ」
愛鈴は矢の様に再び走り出した。
一刻も早く愛鈴は■■に会わなければならない。
会って聞かなければ成らない。
ご主人様、あなたは優しい人なのですよね? と。
ご主人様、あなたは他者を傷つけようとする人ではありませんよね? と。
そして、何よりもこれを聞かなければならない。
ご主人様、わたしは―――――――――?




