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屍の王--あるキョンシーの追憶 6


 しばらくの間、静寂が広がり、タローはココノエに抱き締められながら、米の濁流に押し流されたキョンシー達の姿を見た。


「………………」


 米の海に埋まったキョンシー達の口は変わらず沈黙を保っていたが、その体は動作を止めていた。


「……タロー君。もう大丈夫よ。キョンシー達はただの死体に戻ったわ」


 ココノエがにっこりと笑いながら、その三角耳をピコピコと動かし、またパチンと指を鳴らす。


 すると、シャアアアアアアアアアアと、至る所に塗れた米が、ココノエの右手に持たれていた巾着袋へと戻っていく。


 時間を巻き戻した様に、白の濁流は逆流し、程無くして全ての米が巾着袋の中へと収まった。


 残るのはココノエの腕と尻尾に抱き締められたタローと動かなくなったばらばらのキョンシー達のみ。


 タローをあれ程までしつこく追まわし、庶民派陰陽師お手製の護法札でさえ耐え切ったキョンシー達が、ただ米を浴びただけで死体に戻ってしまった。


「何したんですか?」


「キョンシーの弱点を浴びせただけよ。キョンシーと言うものはもち米が弱点なの」


 事も無げにココノエは言うが、あの巾着袋から飛び出した三俵はあろうかという量のもち米を何処からかき集めたというのか。


 タローの疑問を見抜いたのか、ココノエはフフッと笑った。


「今日は大晦日で明日は元旦、もち米なんてそこらじゅうにあるわ。さっきの巾着袋は私物。幾らでも物が入る結構な名品なのよ」


「はあ、なるほど。とりあえず助けてくれてありがとうございます。ココノエさんが来なければやばかったです。ベストタイミングでした」


「ええ、私は、何時でも、何処でも、タロー君を助けに行くわ。このお礼はさっきも言ったけれど今度デートをしてね」


 ココノエの含み笑いにタローは首を傾げたが、深く考えない事にした。


「分かりました。一段落付いたらデートします」


「楽しみにしているわ。素敵なエスコートをよろしく」


「……ところで、そろそろ放してくれませんか?」


「もう少し堪能したいけど、まあ良いわ。タロー君を困らせたくないし」


 ココノエは少しばかり残念そうにタローから尻尾と両腕を放した。


 体を包んでいたモフモフとした感触が無くなった事をやや残念に思ったが、あのまま官能的なココノエに抱きすくめられたままではタローも色々と恥かしい。


 タローは数十歩先まで押し流されたキョンシーへと近付き、それらを見た。


 彼が放ったドーマンの札によって体中がばらばらとなったキョンシー達。その額には未だ呪言の札が貼られている。


「…………ココノエさん。もうこのキョンシー達には危険が無いんですよね?」


「ただの死体だから大丈夫よ」


 ココノエに改めて確認を取り、タローは膝を折って手近に居たキョンシーの額から呪言の札を剥がした。


 札に隠されていたキョンシーの素顔。それはとても穏やかな壮年の男の顔だった。胸から先が切断されてさえいなければ、挨拶の一つでも交わしてしまえそうなほど、ただの瞳を閉じた男の顔。


「…………」


 何となしにタローは目に付いたキョンシー達の額の札を全て剥がしてみた。どのキョンシーも年齢性別の差はあるが、優しげな風貌であり、眠るように瞳を閉じている。


 十数秒、キョンシー達の顔を見つめた後、タローは剥がした呪言の札をスーツの左胸ポケットに入れ、ココノエに向き直った。


「ココノエさん。手伝ってください」


「ええ、良いわよ。タロー君の頼みなら聞いてあげる。この公園に蔓延ってるキョンシー達をどうにかすれば良いのね?」


「はい」


 ココノエが持つもち米がキョンシー達の弱点と分かったのだ。オニロクとユカリに伝えるべきだろう。


「じゃあ、タロー君、私に捕まって。ちょっと飛ぶから」


 ココノエはさあ来いと言わんばかりに両手を広げた。タローにそこへ飛び込めと言うのだろう。


「……お願いします」


 女性の胸へ飛び込む事はタローにとって中々ハードルが高かったが、言葉に甘える事にした。四の五の言う時間は無い。


 タローの体を再びココノエの九本の尻尾がモフモフと包み、山吹色の袖と共にタローの方へ彼女の腕が回された。


「行くわよ」


 九本の尻尾が発光し、ギュッと強く苦しくない程度にタローの体を締め付け、ココノエは彼と共に空へと飛んだ。


 黄城公園を囲う木々の枝葉程度にココノエに抱えられたタローは上がる。


「道士とか言うのに見つからない様に低空で飛ぶから、枝とかに気を付けてね」


「はい。お願いします」


 耳元すぐ近くで感じられるココノエの息遣いにタローはくすぐったさを覚えながらも返事をした。


***


 十一時半を過ぎた頃、ハクは祭りの喧騒の中を駆けていた。超常現象対策第一課のリーダーたるオニロクの指示通り、朱雀丸か龍田を探しているのである。


 熱を帯びた祭りの中、住民達は皆、あと少しで始まる新年を告げる除夜の鐘と大花火を今か今かと待っていた。


 白い毛並みを波打ちながら空を見上げながら、朱雀丸と龍田を探していると、祭りの中で一層騒がしい集団の声がハクの耳に届いた。


――あそこか。


 この喧騒塗れる雰囲気の中、屋台を三つか五つ挟んだそこだけが妙に華やかに騒がしい。


 ハクは屋台達を跳び跨ぎ祭りの中央部の騒がしい集団のところへと降りた。


「朱雀丸!」


 予想通り、ハクが見越したその場所には朱雀丸が居た。


 朱雀丸は彼と同じ赤い法被を着た天狗とスノーマーメイドの一団に囲まれて何やら酒宴を開いていたようである。


 お盆ほどの大きさがある杯を持ったまま、朱雀丸は突然現れたハクへと豪快に笑いながら声をかけた。


「カッカッカ。どうしたハクよ。お前も飲むか? 取って置きの酒があるぞ」


 朱雀丸はその頬を真っ赤にして、杯を揺らした。明らかに酔っている。


 ハクは大天狗の誘いを無視した。


「聞きたい事がある! 黄緑色の炎と紫色の雷を出せるキョンシーの事を知っているかっ?」


「何だいきなり騒々しい。せっかくなのだ。酒を酌み交わそうではないか。せっかく我らが開いた宴なのだ。この年を振り返りながら、来たる新年を待とう」


「良いから知っている事を教えてくれ! 酒なら後で飲みに来るから! 今のオレ達にゆっくりしている暇は無いんだよ!」


 酔っ払いの相手と言うのは誰が相手であれ面倒な物で、ハクは声を張り上げた。


 それに朱雀丸は杯を茣蓙に置き、腕を組む。


「何なのだ、お前達はさっきから。まあ良い。我は今とても気分が良い。教えてやろう。炎と雷を出せるキョンシーの事だったな? 確か、キョンシーと呼ばれる者は位が上がると、法力を使え、空を飛ぶ事ができるようになるのだ。そして、その中でも特に位が高くなったキョンシーは、天雷と呼ばれる雷と陰火と呼ばれる炎を出す事が出来る。更に最高位に達したキョンシーならば贔風と言う風を操れるのだ」


「じゃあ、キョンシー達の弱点は何だっ?」


「色々あるが、身近にあるのは、もち米だ。もち米を浴びせれば、ただの死体に戻るだろう」


「ありがとう朱雀丸! 助かった!」


朱雀丸の言葉にハクはすぐさま踵を返したが、それを大天狗は杯を持ち直しながら止めた。


「もち米なら先ほどココノエのやつが持って行ったぞ。明日の餅突き大会用に米蔵に取って置いた物を全てだ。我が思うにココノエはもう黄城公園に行っているのではないか?」


「はあっ? なん……タロー君か」


 ハクは朱雀丸に聞き返そうとしたがそれが愚問であると分かった。なるほど、確かに妖狐のそれも九尾たるココノエならば、キョンシーの事を良く知っていてもおかしくは無い。


 いつも通り千里眼でタローを観察していたあの妖狐が想い人の危機と知ったならばすぐさま彼を助けに飛んで行くだろう。ココノエがタローに惚れてかれこれ五年、今までもタローの危機にココノエは駆け付けて来た。ココノエはタローにとって最悪のストーカーではあるが、それと同時に完璧なボディガードでもあったのだ。


 ハクはすぐさま首を左右に振って首輪型の通信機器を起動した。


「オニロク、速報だ! 雷の正体は天雷、炎の正体は陰火、キョンシー達の弱点はもち米で、今そっちにココノエが行ったはずだ! 何とかしてココノエと合流しろ!」

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