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屍の王--あるキョンシーの追憶 5

***


 オニロクの元へとこの報告が来たのは、キョンシー達に囲まれて危機に瀕している時だった。


『オニロク、愛鈴さんがそっちに行った!』


「何!?」


 胸ポケットに入れ、スピーカー状態にしていた携帯電話から発せられたハクの言葉に、オニロクは自分を囲むキョンシー達をその剛腕で弾き飛ばしながら聞き返した。


 ユカリがキョンシー達へ炎を放ったのを見計らい、オニロクは森へと逃げていた。すると、先の大きな雷が地上より上がった後、ユカリの炎は止み、森へキョンシー達が侵入し、すぐさまオニロクの姿を見つけ、徒党を組んで彼へと突撃したのだ。


「…………」


 骨を確かに砕いた手ごたえがあると言うのに、キョンシー達はその動きを止めないで、四肢と首を歪めたまま、動きを止めない。


 呪言の札を額につけたキョンシー達は宙を飛び、地面を駆け、炎を発し、雷を放ちながら、オニロクを追い詰めていく。


「せい!」


 裂帛とした気合と共に腕と脚を奮いながら、キョンシー達を牽制していくが、こうも数が多く、攻撃しても動きを止めないのでは分が悪かった。


 オニロクを数にして五十強のキョンシー達が囲んでいて、まだまだその数は増えている。体の丈夫さと力強さならばこの浮世絵町で随一である自覚がオニロクにはあったが、これほど数に対しては無力だ。


 前を殴った時には後ろから電撃を浴びせられ、後ろへ蹴りを放てば前から炎が放たれ、空中からの突撃を回避すれば、這い寄る爪が突き立てられる。


 尽きる事のないキョンシー達の猛攻に疲れが見え始めた時にこの報告が来たのだ。

 オニロクが戦っている事など、ハクには分かりきっており、それでも連絡をしてきたのだから緊急事態である。事実、護衛対象である李愛鈴が戦場たる黄城公園へ来る事など断固としてあってはならない。


『超常現象対策課の窓を突き破って二階から落ちたんだ! しかも、愛鈴さんおかしい! オレが取り押さえようと飛びかかったら黄緑色の炎を出しやがった!』


「窓を突き破って、その上炎だとっ?」


 黄緑色の炎ならばこの短い間に随分見慣れた物だ。キョンシー達が出していたこの不気味な炎を李愛鈴も出せるというのか。


 一回転する回し蹴りで周囲のキョンシー達を蹴り飛ばし、オニロクはハクへと問い掛けた。「超常現象対策課のビルの窓は超強化ガラスだぞっ。本当なのか?」


『そうだよ! だから驚いているんだ! どうするオニロク指示をくれ! オレはあいつを追っている! 正直追いつけない! あいつ滅茶苦茶走るのが速い!』


 ハクの健脚は超常現象対策第一課でトップである。このぬりかべが追いつけないという事は今の第一課では愛鈴を止める手段が無いということだ。


 すぐさまオニロクは指示を出した。


「追跡は止めろ! 龍田か朱雀丸の所へ行け! 彼らに炎や雷を出すキョンシーについて知っている事を教えてもらえ! あわよくば弱点も持ってこい!」


『了解!』


 ハクの報告を聞くまでオニロクは、キョンシー達が炎や電撃を出せるのは、道士が何か術を掛けているからだと思っていた。けれども、浮世絵町に来て三週間ほど経った愛鈴がこの黄緑の炎を出せるという事はこのキョンシー達自体が炎や雷を操れているという可能性が大きい。三週間も効力が持続する術を数百のキョンシーに掛けることなど不可能だからだ。


 道士が掛けた術であるのなら、術毎に破り方が違うのだろうから炎や雷を破る事は不可能だろう。だが、キョンシーそれ自体が操る技ならば話は別。

一般的にオトギ達はどうしようもなく弱点という物が存在する。特に不死者やリビングデッドならば枚挙に暇がない。


 同じリビングデッドたるキョンシーにも何か弱点があるはずだ。


――問題はハクが情報を掴むまで私が生き残れるかどうかか。


 オニロクは丈夫な自分の体に感謝した。この体がなければあっという間にオニロクは死んでいた事だろう。


 鬼の心臓を貫こうと付きだしたキョンシーの指は見事に折れ、オニロクはその顔面を殴り飛ばしながら、黄城公園の中央広場の方を見た。


 天を覆っていた真紅の炎が先ほどから一切見えなくなっている。一体何があったのか。


 様子を見に行きたかったが、今のオニロクにその余裕は無い。


 心臓を抉れないと分かったのか、キョンシー達は狙いをオニロクの眼や耳に絞ったらしく、執拗に鬼の顔へと爪と牙を突き出して来た。


 丈夫な体でも眼は耐える事ができないし、雷撃や炎が着実にオニロクの体力を削っていく。


――あれは心配されるような女では無いか。


 ユカリの実力をオニロクは良く知っている。ユカリはオニロクを真正面から焼き殺せる稀有な人間だ。彼女がどうにも出来なかった問題を自分では解決できない。


 ならば、オニロクがするべき事は何であろうか。


――タロー君も襲われているはずだ。


 こうして自分が襲われているのと同様に、タローもまたキョンシー達から逃げ回っているはずである。タローの身はオニロクと違う脆弱な物だ。キョンシー達の爪や牙に耐えられる物ではない。


 オニロクは何とかして助けに行きたいと思ったが、額を流れる自身の血と、確実に重くなっている両足がその余裕が無いと言っていた。


 気付いたらキョンシー達の数は増え、七十体ほどに成っている。


 今はとにかくこの修羅場を生き残る事が先決だった。


 一先ずのやるべき事を決め、オニロクは再びその赤銅色の剛腕を振り回した。


***


 ばらばらに成ったキョンシーの突撃に身構え、もう避けきれないと覚悟を決めた瞬間、


「タロー君に触らないでくれるかしら?」


 そんな蠱惑的な声と艶やかな息遣いと共にタローは体を山吹色の何やらとてもモフモフとした物に包まれた。


「………………」


 宙を飛び、タローの体を襲撃しようと突き出されたキョンシーの爪や牙がタローの目の前でピタッと止まる。


――何だ?


 疑問を口に出す暇も無く、タローの全身を山吹色で包んだ誰かが、タローの体を後ろから白魚の如く透き通った腕で抱き、そのままパチンと指を鳴らした。


 瞬間、キョンシー達の体が後ろへと弾き飛ばされる。


 弾き飛ばされたキョンシー達は距離を取ったまま体勢を立て直し、タローを護った山吹色の主を警戒する様に、彼女から距離を保った。


 この沈黙の中、タローは自分を包んでいた山吹色の何かがとても大きな狐の尻尾であると分かった。


 タローの知り合いにこの見事な山吹色の尾を持っている者は一人しかない。


 彼が後ろを振り向いて自分を抱きすくめる相手を見ると、そこには妖艶に微笑む、チミモウリョウ101号室の住人、ココノエが居た。


「こんばんは、タロー君。助けに来たわよ」


「……ココノエさん?」


「ええ、そうよ。このお礼はデートしてくれれば良いわ」


 少女のような明るさで三角の両耳をピコピコと動かしながら紡がれるココノエの言葉にタローは眼をパチクリさせる。


 ココノエはタローにとって予想だにしない助っ人だった。タローはこの二年弱幾度と無くココノエと邂逅し、彼女が持つ千里眼の力を良く知っていた。何度も何度もココノエの千里眼はタロー達の助けとなり、彼女が居なければ解決できなかった事件もある。


 しかし、タローはココノエが戦う姿を見た事が無かった。


「ココノエさん。大丈夫なんですか? 結構な数のキョンシーが居るんですけど?」


「本当にタロー君は嬉しい事を言ってくれるだから。私を心配してくれるのね。大丈夫よ。任せて」


 ニッコリと頬を上げて、ココノエはタローを抱く腕の力を強くし、タローを包む彼女の九本の尾達を振るわせた後、彼女達を見つめるキョンシー達へ眼を向けた。


 ココノエに弾き飛ばされた、ばらばらのキョンシー達は浮遊したまま、未だココノエとタローへ沈黙を保っている。突然の闖入者に死した頭で何かを考えているのかもしれない。


「飛行が出来て、〝陰火〟に〝天雷〟を使えるって事は、〝飛僵〟に、姿を消さないって事は不完全だけれど〝遊屍〟と〝伏屍〟。時代遅れもここまで作り上げると天晴れね。これでも色々と知っているつもりだったけれど、ここまで階級が高いキョンシーを初めて見たわ。この調子なら〝不化骨〟に達したキョンシーも居るのかしら?」


 タローにはココノエが何を言っているのか理解できなかったが、どうやらココノエはあの火やら雷やらを出せるキョンシー達のことを良く知っている様である。


「……ユカリの言う通りね。確かにここまで見事なキョンシーを作り上げたとか言う道士に会ってみたくなるわ。まあ、今の私はそんな事よりタロー君と触れ合えている事の方が大事なのだけれど」


 そう言いながらココノエはタローから両腕を外し、彼女の山吹色の着物の袖口へ右手を入れ、山吹色の巾着袋を取り出した。巾着袋はパンパンであり、何かがみっちりと詰っている様である。


「タロー君。少しだけ待っていてね。すぐにここのキョンシー達を片付けるから」


 ココノエは後ろから左手でタローの頬を一撫でした後、硬く閉じられていた巾着袋の紐を緩め、その中身を盛大に宙へとぶちまけた。


 シャアアアアアアアァァァァァァァ。


 と小さな小さな白い無数の塊が宙を舞い、ココノエとタローを囲むようにして彼らの周囲を囲むように高速で回り始めた。


 それは、米であった。


 巾着袋に入っていたであろう筈の見た目からの量を遥かに逸脱した、俵三つ分はある米が、ドーム状にタローとココノエを囲んで回っているのである。


「……あなた達が出来の良いキョンシーであるからこそ、これはきついわよ」


 ココノエは右手でタローを抱き、尻尾でタローを包みながら、左手を掲げ、パチンと指を鳴らした。


 するとタロー達の周りを囲っていた米達の半分ほどがドーム状から形を変え、長い蛇となり、濁流のようにばらばらと成っていたキョンシー達を襲い始めた。


「………………」


「………………」


「………………」


「………………」


「………………」


「………………」


 キョンシー達は彼らを飲み込まんとする白い濁流に黄緑の炎や紫電を放つ。


 しかし、それらは濁流に触れた瞬間、色を失い、掻き消される。


「無駄よ。あなた達がキョンシーである時点で、キョンシーの技じゃこれを破れない」


 ココノエが何か言っているが、距離と米の濁流が発するシャアアアアアアアアアアという音の所為で、キョンシー達には聞こえていない。


 白の濁流はキョンシー達の抵抗ごと、彼ら全身をあっけなく飲み込んだ。

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