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202号室--道士と浮世絵町 5

 日記を捲るタローの指がハタッと一瞬止まる。


 愛鈴は失言してしまった事を悟った。


 タローが不自然に表情を消して、愛鈴を見た。無表情と言う仮面を着けた顔からは何の感情も意図も読み取れない。


 一瞬にして目の前に居た青年が別物に変わった印象を愛鈴は受けた。


 愛鈴はゾッとした。


「い、いえ、あの、言いたくないのなら言わなくて良いです。ごめんなさい。何かタローの気に障る発言をしてしまいましたか?」


 愛鈴はすぐに謝罪し、頭を下げた。タローの〝何〟に触れたのか分からなかったが、踏み込んでは成らない質問を自分がしてしまったという事だけはありありと分かったのだ。


 愛鈴の耳に小さく笑った声が聞こえて、愛鈴は顔を上げた。


 タローは困った様に小さく笑っていた。


「……人間だよ。事情があるけどね」


「……は、はい。……本当にごめんなさい」


「謝らなくて良いよ。確かに普通聞く事だった。久しぶりに聞かれたからちょっとびっくりしただけだよ」


 タローはアハハと笑いながら答えるが、愛鈴は彼が自分に対して壁を作ったのを感じていた。


 これ以上踏み込むなと言うサインなのだろう。


「じゃあ、今日はもう寝よう」


「……分かりました」


 日記を書いているというノートをタローは閉じて、そのまま部屋の電灯からちゃぶ台へ垂れ下がっている紐を引いた。


 光は三段階かけて消え、タローが自身の布団を被る音が愛鈴へと届く。


「おやすみ、愛鈴」


「……タロー、おやすみなさい」


 気まずさを感じながらタローへ返事をし、愛鈴は布団へ潜り込んで瞳を閉じた。


***


 第一課に帰ったオニロクはすぐさま第五課へと足を向けた。


 第五課は大抵の人員が捜査に出ているのか、第五課のあるビルの五階にはたった一人しか居なかった。


「げっ。ダンナ何のようですか? 赤の女王関連だったらもう勘弁ですよ?」


 突如として第五課を訪れたオニロクの姿にたった一人居た金髪の男が顔をしかめる。


 男は人間としてはやや小柄。赤い皮のジャケットに緑のズボンを着て、色あせたブーツを履いている。そして、額に二本小さな角を生やし、フレームレスメガネを掛けていた。


「赤の女王は私には止められない。諦めてくれ。ジャック、もう一つ仕事を頼みたい」


 この男の名前はジャック・スパンデュール。グレムリンである。


 グレムリンとは機械に悪戯するオトギだ。ありとあらゆる機械へ介入できる彼らは全ての機会のエキスパートである。グレムリンに扱えない電子機器は無く、彼らが本気と成ればありとあらゆる情報社会は破滅するだろう。


 オトギと人間の争いの黎明期、人間社会へ率先して大打撃を与えたのがこのグレムリンと言う種族だった。


 過去にイギリスに暮らしていたジャックは故郷で問題を起こし、色々あって浮世絵町に流れ着いたとオニロクは聞いている。


「赤の女王の依頼をこなすのも大変なんですけど?」


「すまんな。道士の本名は分かりそうか?」


「キョンシーが暮らしていたとか言う村が見つからないんですよ。キョンシーの記憶には確かにあるはずなんですけど。どんなに調べても李愛鈴とやらが暮らしていたとか言う村が見つかりません。よっぽど上手く隠しているんでしょうね。赤の女王の記憶から一応候補は絞れますが、信憑性はありません」


 ジャックの情報収集及び情報分析の腕は折り紙付きであり、僅かで断片的な情報からの分析はお手の物だった。


 そのジャックをして李愛鈴が暮らしていた村の情報が掴めないと言う事にオニロクは違和感を覚えたが自身の依頼を優先する事にした。


「道士が次に来る場所を予測してもらいたい」


「……ああ、またこの道士繋がりですか。断っても駄目なんでしょ?」


「まあな。そろそろ我々も反撃と行きたい」


 メガネの角度を整えながら溜息を付くジャックにオニロクは苦笑した。


「では、これが道士のキョンシーから得た道士の趣向だ。これを元に予測を立ててくれ」


「あいよ」


 オニロクはタローの家で書いたA4サイズのメモ帳をジャックへと渡し、ジャックはやれやれと言いながら自身の特製パソコンがあるデスクへと腰掛けた。


「大体どれくらいで終わりそうだ?」


「明後日にでも来てくれればいくつかパターンを作っておきますよ」


「分かった。頼む」


***


 愛鈴と少々気まずい夜を過ごしてから数日経った大晦日の四日前、夕方オニロクが再び202号室を訪れた。今回はユカリを連れている。


 ユカリは見るからに不機嫌であった。道士が見つからない、言い換えれば、道士と戦えない事に不満が溜まっているのだろう。


 彼女からすればせっかく見つかった遊び相手に会えずにがっかりしているに違いない。


 タローはオニロク達を202号室へ通し、先日と同じ様に愛鈴が人数分の茶をちゃぶ台に置いた。


「で、また何かあったんですか? オニロクさん」


 ちょいちょい202号室へ遊びに来るサブローから未だに浮世絵町の住民達が襲われる事件は続いている事をタローは聞いていた。どうやら道士は亀甲海付近に出没したらしい。とは言っても亀甲海に住む人魚達は時子の言の元、常に集団で行動したため、被害は他の地域に比べて大きくないようだ。


 オニロクがユカリを連れて来たのだから何か状況が変わるのだろうと思っていた。


 はたして、タローの予感は的中である。


「ジャックが次に道士の来る地点の予測を立てた」


「なるほど。で、何処に成ったんです?」


「次に道士が現れるのは浮世絵町の中心部である確率が高いという結論が出た」


 確かに、南の鳳凰山、西の寅縞森林、東の竜神川、北の亀甲海と来て、残った中心部へ手を付けるのは自然だろう。しかし、


「中心部も結構広くないですか?」


 浮世絵町の中心部は住宅地とスーパー等の雑貨店が並ぶこの街の中心地であり、他の四方の地域と比べればやや小振りだが、それでも人一人が隠れるのには十分過ぎるほど大きかった。


 オニロクは頷いて、申し訳無さそうにタローへ問い掛けた。


「タロー君。囮役に成ってくれないだろうか?」


 タローはオニロクが何を言ったのか一瞬理解できずつい聞き直す。


「…………はい?」


 再度質問に答えたのはユカリだった。


「タローに道士を釣るための餌に成って欲しいんだとよ」

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