202号室--道士と浮世絵町 4
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タローは愛鈴とも来た万年亀病院の食堂の一角に時子と向かい合って座った。夕暮れを間近に控えた事もあり、食堂は閑散としていた。
表情暗くタローは項垂れ、時子は彼を見ている。
タローの脳裏に呼吸器が取り付けられたコマメの姿が何度も繰り返された。
つい先日まで元気にアズキ堂を営んでいた、小豆洗い。彼女の日常は何故こうも理不尽に奪われたのだ。何処までも善良な住民が、何故不当な暴力を受けなければ成らない。
どうして豆蔵コマメが死にかからねば成らなかったのか。
「……あまり気にするな。コマメを傷つけたのはタローじゃない」
「分かってます」
「分かってない」
返答は即座に否定された。顔を上げて時子を見ると、彼女は馬鹿を見る冷ややかな眼でタローを見ていた。
タローは何か反論しようとした。自分は分かっている。悪いのは道士だ。彼が豆蔵コマメを傷つけたのだ。加害者は分かり切っている。冤罪の余地は無い。
確かに豆蔵コマメが襲われた事は、彼女が愛鈴を知っていたからだ。そして、彼女に愛鈴を会わせたのはタローだ。
ならば、元を辿った原因はタローであろう。
だが、タローは原因ではあるが悪くない。
行き先を教えた相手が死んだとしても、教えた本人には罪は無いのだ。
タローが何か言葉をまとめる前に時子が口を開いた。
「思っている事全部言ってみたまえ。聞くから」
「良いんですか?」
「患者のアフターケアも医者の務めだよ」
青縁のメガネをクイッと上げた後、時子は真っ直ぐにタローを見つめ、彼の言葉を促している。
吐き出してしまえとでも言っているのだろう。
タローはその言葉に甘える事にした。
「………………今の俺にとって、コマメは俺がこの町で、初めて会った奴らの一人なんです」
「……私もその場に居た」
「はい。今の、浮世絵町に居る、俺は一年半前から始まりました。場所はこの万年亀病院の病室。眼が覚めるとユカリさん、サブロー、時子さん、ココノエさん、コマメ、オニロクさんが居ました。あなた達は今の俺の〝特別〟なんです」
その日の事をタローははっきりと覚えている。ベッドに眠る自分を覗き込んでいたコマメにサブロー。彼らはタローの瞳が開いたのを見るや否や壁際に立っていたユカリとココノエへと騒ぎ立てた。程無くして、パタパタと時子が歩いてきて、遅れるようにオニロクが現れた。
目覚めには強烈な出迎えが今の浮世絵町に暮らすタローの始まりだった。
「タロー……」
「俺は、タローは、あなた達に救われました。別にあなた達が居なくても生きて行けたかもしれない。でも、あなた達が居たから俺はこの一年半楽しかった」
入院生活が終わったこの一年と半年、様々な事があった。龍田や朱雀丸と会い、竹虎の爪に宙を舞った鎌鼬三兄弟へ愕然とし、祭りに参加したりした。その何れにも彼らの誰かが居て、タローはとても楽しかったのだ。笑えていたのだ。
「そうか。元担当医からすれば嬉しい言葉だよ」
タローは後頭部を二三掻いた。
「……でも、コマメが傷つけられた。俺が悪くないとしても、俺が原因です」
「……そうだな」
一息入れて、自分以外が静寂を保った食堂を見つめてから、タローは胸に溜まった重い二酸化炭素を吐き出すように聞いた。
二酸化炭素と一緒に抜け出した感情は驚くほど色を持っていない。
それゆえ、タローが最も知りたかった言葉がスッと出てきた。
「何で最善を選べなかったんでしょうか?」
時子の答えは明快である。
「後に成らなければ最善手は分からないからだよ」
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万年亀病院を後にしたタローは、夕日に頬を焼きながら、『チミモウリョウ』へと帰っていた。
未だ万年亀病院へと後ろ髪を引かれるが、タローがあそこに居て何か出来る事は無い。タローに出来る事は一刻も早く道士を見つける事ではなく、李愛鈴を守り抜くことである。
逆に言えばそれしかタローには出来ないのだ。
タローにはユカリの様に道士と戦う事も、オニロクの様に町を警備する事も出来ない。ココノエの様に千里眼は扱えないし、時子の様な医者では無いし、サブローの様に薬を持っていない。
無い物ねだりをしたくなる気分だったが、それで事態は好転しないのだ。
愛鈴を、あのキョンシーを守る為に自分に何が出来るのか。夕日へ眼を細めながらタローは考えた。
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タローが202号室へ帰宅すると、丁度オニロクとココミが愛鈴への質問を終えた所だった。
「オニロクさん。もう大丈夫なんですか?」
「ああ。協力感謝する。この結果を元に道士が次に何処に行くかを検討しよう」
居間からココミが伸びをしながら歩いてきた。
「疲れた」
「お疲れ」
ココミはボーっとヘッドフォンを付け直し、そのままタローを見つめた。
「……何?」
「タロー。無理はダメ」
どうやら、彼女はタローの心境を見抜いているようだ。流石サトリと言ったところだろう。
タローは何でも無いように笑ってこれに答える。
「分かってるさ」
「ん」
ココミはそれで興味を失ったのかタローをどけて玄関を出て行った。
「待て、ココミ。私を置いて行くな。……では、タロー君、愛鈴さん、私達はこれで。また何かあったら来よう」
何時の間にか隣に来ていた愛鈴と共にタローは鬼とサトリへ軽く頭を下げて返事をした。
*
愛鈴が作った回鍋肉をやや遅めの夕食として食しながら、タローは今日何を聞かれたのかを愛鈴へ聞いていた。
「他愛の無いことばかりでしたよ。ご主人様の好きな色とか好きな時間。影と日向どちらを好むか。右利きか左利きか。川と山どちらを好むか。などなど。正直、何故、こんな事を聞くのか分かりませんでした。タローは何かこの質問たちからご主人様が次に何処に行きそうか分かりますか?」
「まったく分からない。ただ、第五課にそう言うどうでも良い情報から推理する専門家が居たはずだよ。多分そこへ持って行くんでしょ」
「なるほど。そう言えば聞いていませんでしたが、タローが所属している第六課は何をしている課なんですか?」
ふと愛鈴がした質問にタローは咄嗟に答えられなかった。自分でも第六課がどの様な課なのか分からないからだ。
「他の課にはできない仕事をやる課って考えてくれれば良いよ。普段は人手が足りない他の課の手伝いをしてる。愛鈴が来た時、俺の机の上に色々書類あったでしょ?」
あの時タローがしていた仕事は雑務担当の第三課から頼まれたデータ整理である。
納得したように愛鈴は頷くが、また疑問が生まれたようである。
「はい。でも今回のわたしの様に護衛などの荒事もやっているのですよね? ユカリさんは大丈夫だそうですが、タローは平気なのですか?」
「どういう意味?」
「ご主人様がわたしを取り返そうと襲ってきた時に、タローが怪我をしそうで心配なのです。依頼したわたしが言うべきではないのですが、わたしの所為で誰かが傷ついて欲しくありません」
「ああー」
タローは再び言いよどんだ。愛鈴の不安は既に的中しており、コマメ達が入院中である。
けれど、それを愛鈴に伝えるなど愚の骨頂であった。
伝えればこのキョンシーは速やかにタローの元から去るだろう。
「もし、タローがわたしを護る事で傷つく様なら言ってください。すぐにここから離れます」
「心配しないで。愛鈴。確かに俺はユカリさんみたいに戦えないけど、そこはまあ何とかするから」
「本当ですか?」
「本当本当。何が有っても愛鈴を護るよ。俺は護衛係りだからね。戦闘とかの荒事はユカリさん達に任せるさ」
しばらくタロー達は見つめ合い、愛鈴が根負けした。
「分かりました。変な事を言ってすいません」
「気にするな。変な奴らばっかりが暮らしてる町だから」
***
夕食も終わり、風呂と歯磨きも終え、日を跨ぐまで後一時間となった。
愛鈴は布団に座りながらテレビでお天気ニュースを見ていた。明日晴れのち雨、昼頃から天気が崩れ夜には雨が降る様だ。
冷蔵庫の中身を思い出し、明日やる家事のプランを考え、明日は青椒肉絲を作ろうと決めた時、ふと愛鈴は隣へ眼を向けた。
ちゃぶ台を挟んで愛鈴から一メートル程の場所にタローは居て、彼は布団に座り壁に背を預けながら何かノートを読んでいた。
ノートを捲るタローの指の動きが何処かゆっくりとしている事が愛鈴は気に成り、そのまま問い掛けた。
「タローは何を読んでいるんですか?」
「日記」
「書いていたんですか?」
「まあね」
タローはそう言うが、202号室に匿われ十日弱、愛鈴は一度も彼が日記を書いている姿を見た事が無かった。
この気持ちが出たのだろう。愛鈴の視線にタローがばつが悪い顔をした。
「愛鈴には隠れて書いてたんだよ。ほら日記書いている所見られると、何か恥かしいじゃん?」
「何故今日に成ってわたしの前で日記を出したんですか?」
「ちょっと久しぶりに読み返したいと思ったのと、愛鈴なら別に日記を覗こうとはしないでしょ?」
「はい。人の日記を覗く様な無粋な真似はしません」
「なら、別に隠れて読まなくても良いと思った。それだけかな」
タローの言っている事は筋の通っていると思えたけれど、愛鈴にはそれ以外の理由がタローにあるようにも思えてならなかった。
だが、そこを追求する事は愛鈴には出来ず、仮にしたとしてもタローは答えない事は明らかだった。
自分とタローにはまだそこまで親しい関係を築かれていない。信頼と言う橋無しに互いの心は行き来出来ないのだ。
だから、愛鈴はタローの言葉に納得する事にした。
「はあ、なるほど」
どれほど疑問を覚えようが、愛鈴が踏み込める領域では無い。
所詮自分は依頼したキョンシーであり、タローは護衛係りなのだ。
お天気キャスターである日和坊と雨女の今週一週間の天気を見終わり、愛鈴はタローに断ってテレビを消した。どうやら今日まで日和坊が優勢らしく、明日以降は雨となるらしい。そして、大晦日は快晴になるそうだ。
しかしながら、いくらテレビ内で晴れだ雨だ霰だ雪だと言っても、浮世絵町のその日の天気は予測不可能だ。
晴れなのに雪が降ったり雷が落ちる事があるし、大雨にも関わらず日が差す事も多々あった。
■■の元から浮世絵町に来て愛鈴が最も驚いた事がこれである。
浮世絵町の空は女心より気紛れで一貫性も無く、場所によって天気が変わっていたのだ。タローが言うには一年も暮らしていると法則性が何となく掴めるらしいが、愛鈴には全く信じられない。
愛鈴はふと気に成り始めた。浮世絵町の天気の傾向を掴んでいるタローはどれくらいこの町に住んでいるのだろうか。彼の口ぶりからして一年以上は暮らしているのは確かだが。
思えば愛鈴はタローの事を何も知らないでいた。この十日弱彼と寝食を共にしているが、彼の名前ぐらいしか知っている事は無い。
別に依頼人である愛鈴がタローの事を詳しく知る必要は無いのだが、一度気にすると聞きたくなってしまう。
愛鈴はしばし考えた。果たして質問をして良いのかどうか。また質問するならどの程度の質問なら許されるか。
視線はカーテンの合間に見える202号室からの夜空。自分が居た村と同じく暗黒の空。
行き過ぎた質問はしては成らない。タローは愛鈴の家族でも友人でもなんでもない。
なるべく簡単で、そして踏み込みすぎない質問は一体なんだろうか。
熟考した結果、この質問ぐらいならばしても大丈夫だろうという結論を愛鈴は出した。
昨今のオトギ社会、初対面の相手に聞いても何らおかしくない質問である。
「そう言えば、聞いていませんでしたが、タローはどの様な種族なのですか?」
愛鈴は今自分がした質問がどれほどの意味を持つのか理解していなかった。




