第15話
葛木は美咲がどさんこイケメン可愛い女子高生コンテストで一位になれるように歌とダンスのレッスンを体育館で行っていた。その場には井上の姿もあった。
「美咲ちちゃん、これからあなたに歌とダンスをみっちり仕込んであげる。そのために強力な助っ人を用意してきた。井上さんよ。」
「どうも、指野さん」
ゆったりとしたTシャツにスパッツというラフな格好の井上は、指野に深々とお辞儀をしてきたので、思わず美咲も頭を下げた。
「井上さんは、こう見えて新体操部期待のエースなのよ。だからダンスに関しては彼女に一任するわ」
「お役に立てるかどうか分かりませんが、一生懸命教えますので、頑張りましょう」
井上の力強い言葉に促され、美咲は早速ダンスレッスンを始めた。
しかし美咲のダンスはロボットのようにぎこちなく、歌はヒキガエルのひしゃげたあえぎ声にしか聞こえず、葛木と井上は互いに苦悶の表情を浮かべてしまった。
「あなたにはもっとスペシャルな特訓が必要みたいね」
「そっそうですか」
「コンテスト予選までは残り少ないわよ。当日の選考会の課題曲はモーニング娘。の泣いちゃうかも、ダンスはフリー。今から私達が徹底的に鍛えてあげるから、覚悟しなさい、美咲ちちゃん」
「はっ・・・はい」
「指野さん、短期間でのダンスの向上に必要なのは大幹です。今日からコンテスト当日まで日は短いですけど、まずは体幹をみっちり鍛えましょう。」
井上はそう言うと、美咲に大幹を鍛えるトレーニングを始めさせた。
インナーマッスルを鍛えるために、まずは井上がプランクを実践してみせた。
プランクとは腕立て伏せの状態から両肘を地面に付き、つま先を立てて体を支えるトレーニング方法である。
美咲は井上に言われた通り、プランクを行ってみたが、あまりのしんどさに五秒ほどで体勢を崩してしまった。
「何これ、凄いきつい」
「まずはこのプランクを三十秒三セット出来るようになるまで頑張りましょう」
「ひええ、大変なのね」
二人の様子を遠巻きに見ていた葛木は自らの歪んだ性癖が芽吹き始めていた。
「何だか興奮してきちゃったわ。うふふ、鍛えるわよ~~~」
怪しい瞳でレオタード姿の麗しい美咲に迫る葛木に、彼女は怯えた。
「いいですか、指野さん。繰り返しになりますが、ダンスを短期間で上達させるのに重要なのは体の柔らかさと大幹です。次は柔軟体操を入念に行いましょう」
井上に言われるがまま、美咲は足を開いて床に尻をつけた。そして井上が後ろから美咲の背中を力強く押してくる。
「きゃああ、痛い、痛い、痛い、痛いっ」
「耐えてください、指野さん」
「だって凄い痛い、もう無理っ」
「弱音を吐くんじゃない、頑張るのよ、指野美咲っ」
葛木の激が飛ぶ中、美咲は井上の手ほどきを受けてストレッチを行った。
「これを当日まで毎日風呂あがりに行ってくださいね」
「わかったわ。ありがとう、井上さん」
美咲は全身の痛みを堪えつつ、井上に謝辞を伝えた。
続いては葛木が美咲に演技の指導を行った。
発声練習から始まり、自作の脚本を美咲に渡し、演技を行うように求めた。
演技に関しては光るものがあり、初心者とは思えないほどの台詞読みを披露した。
「あなたは歌とダンスは駄目だけど、演技に関しては光るものがあるわね。いいわよ、その調子でもっと技術を学んで頂戴」
「はい、わかりました」
その後終始興奮気味の部長と冷静な井上の献身的な特訓のかいもあって、美咲の歌唱力とダンス力、そして演技力は特に大きく向上したのであった。
「なんまら疲れた~・・・・」
初日のレッスン後、美咲は自宅のベッドに倒れこんでしまった。
美咲が歌とダンスと演技のレッスンに四苦八苦していた頃、室蘭にある、とあるレッスンスタジオで、藤堂は自分が見つけた原石にフリーダンスの振り付けとメイク技術を叩き込んでいた。
その少女には生まれ持った歌心と抜群のリズム感、音感があり、音域も広く、巧みなフェイクを入れた美声を藤堂の前で披露した。
これに関しては藤堂も舌を巻くほどであった。
だがメイクとダンスはイマイチだったので、その弱点を解消すべく藤堂は奔走していたのである。
「いい、天上寺さん。私がメイクの仕方を教えてあげる。それからフリーダンスの振り付けをしたから、それを見て、覚えて」
「はい、解りました」
藤堂の言葉に天上寺は素直に従った。
藤堂のダンスには非凡なる才能があり、手足の指先、足先までも抜かりなく演じていた。軽くボックスステップを踏んだ後、空手の型を取り入れて、左足でのハイキックを少女に見せ付けた。藤堂が少女に見せたその蹴りは、何も無い空間の中で美しい半円を描いていた。そのキレのある蹴りの美しさに、少女は思わず、
「カッコいい・・・」
と口に出してしまった。
しかし振り付けに夢中になっていた藤堂には少女の言葉は耳に入らなかった。
更に両脇を閉めた後、両腕で目の前に円を描き、もう一度両脇を閉めて後ろを振り替えらずに何度もステップしながら後方に下がっていった。
「いい、天上寺さん。歌は才能だけど、ダンスは努力。残り時間は短いけれど、寝る時間を削って心血を注げば、あなたは必ずダンスも上手くなるわ」
「はい、わかりました」
少女は藤堂の振り付けをなぞるように、一パートづつ真似をしてみせた。
生まれつき運動神経が良く、体も柔らかい少女は、藤堂の振り付けを短い時間でみるみる覚え、上達していった。
これには藤堂もご満悦で、少女の努力を賞賛した。
「いい、天上寺さん。一般選考当日は、きっと厳しい戦いになる。でも自分を信じて。最後に勝つのはあなただと、私は信じているから、頑張って頂戴ね」
そう語る藤堂の瞳には悪女の欠片もなく、母親のような慈愛に満ちていた。
その優しい眼差しを、少女は素直に受け止め、感極まりつつ、
「はい、わかりました。私、勝ちます。もう絶対に誰にも負けません。全国に行きます」
と可愛らしい見た目とは反比例するような勇ましい表情でそう言葉を返した。
「そうよ、天上寺さん。その意気よ。その勝気さと負けん気の強さはあなたの武器だから、自信をもって当日に挑みなさい。」
「はい。ありがとうございます、藤堂さん。」
「どう致しまして。私と一緒に頑張りましょう、天上寺さん」
「はいっ」
少女は力強くうなづいた。
天上寺と呼ばれた少女の素直で純粋な性格に、藤堂は癒しと供に多少の畏怖の念を感じ始めていた。
もし彼女が北海道選抜に来たら、きっと私にとって最大のライバルになる。
そんな彼女をここまで熱を上げてダンスまで教えてしまうなんて、私は一体何を考えているのかしら。
自分でも自分の行動が解らなくなった藤堂は、己の性格の微妙な変容を受け入れられずにいた。
駄目、これ以上彼女の傍にいたら、私は変わってしまいそう。
でも、できればもっと傍にいたい。
藤堂は少女を優しい所作で抱きしめた。
その行動に少し驚いた少女だったが、藤堂が自らに見せる愛情を素直に受け入れることにした。
「大丈夫よ、天上寺さん。この私が付いてるから、一般公募オーディション、頑張って」
それから三日後、日本一カッコいい女子高生コンテストに関する驚くべき情報が新聞部に入ってきた。
これは吉報か、凶報か。
全てを判断するのは指野美咲である。
情報を聞いた狩川は、昼休み、大急ぎで美咲と大志と井上のいる教室に向かった。
そして教室内で机を合わせ、仲良く談笑しながら弁当を食べている三人の前まで来ると、彼女お得意の超音波ボイスで捲くし立て始めた。
「美咲ち、大変だよ、ビックニュース。なんと今年のどさんこイケメン女子高生コンテストで、プリクラ選抜の子がシードに選ばれたんだよ。」
「シードって、あれか? なんかの免除みたいなもんか」
卵焼きを頬張りながら、大志は狩川に尋ねる。
「ちょっと違う。プリクラ選抜で一位になると、自動的に北海道選抜に行かずに最終選考に行けるようになるんだよ」
「なんですってー」
美咲は驚きのあまり、つい大声を出してしまった。
「まあほら、室蘭って意外と著名人を多く排出してる土地柄だからね。そういうのもあって今年のシード地区に選ばれちゃったみたいなんだよね」
「著名人? 誰がいるんだ」
大志の質問に、井上がこう答えた。
「それはもう、芸能人なら元モーニング娘。の安部なつみさんとか、スポーツ選手にも沢山いますよ。なんといっても著名人の街の異名を持っているぐらいですから」
この後に、井上小鈴も新体操の選手として全国にその名を知らしめるのであるが、それはまた別の物語である。
「へー、そうだったのか」
「とにかくこれは大変な事態だよ。本格的に準備しないと、舐めてかかったら痛い目に遭うよ、美咲ち」
「そっそうね。頑張るわ」
美咲は狩川に控えめにガッツポーズをしてみせた。
「念のため、勉強はしっかりしておくんだよ。学力審査は抜き打ちテストが行われた回もあるからね。勉強だよ、勉強、べんきょー」
真面目な調子でそう語る狩川を、美咲は心の中で勉強ババアと毒づいてみた。
「わかった、わかった。ちゃんとやるから、任せて」
「俺が夜に勉強を見てやるよ、クックッ」
最終選抜を目前に控えた頃、どさんこイケメン女子高生コンテスト北海道選抜が札幌市で行われる事になった。
狩川は学校の指示で室蘭西高校を代表して出場する藤堂麗華と三枝香苗の取材に出かけた。
交通の便の関係で少し遅れて会場にやって来た狩川は、あらゆる審査を無双状態で圧倒する藤堂を目撃するに至った。
プリクラ選抜はシードに選ばれたが、学内選抜のメンバーはシードにならず、北海道選抜に回ることになっていた。その事実を知った藤堂は、当初怒りに燃えたが、自分が勝つ事だけを最優先に考えて、必死に歌とダンスの訓練に明け暮れる日々を過ごしていた。
藤堂は歌唱力は人並みより少し上程度だが、ダンスには抜群のキレがある。それは正に天賦の才と呼べるもので、彼女は幼い頃からダンススクールに通っていたのも多分に影響しているであろう。
生まれ持った圧倒的なカリスマ性を誇る藤堂は北海道選抜で得意のフリーダンスを披露し、審査員達や会場の度肝を抜いた。
歌は才能、ダンスは努力と呼ばれる中で、藤堂のダンスは、明らかに見る者に他の勝者達を圧倒するほどの才能と、興奮と、感動、カッコよさを見せつけたのであった。
これには狩川も思わず彼女を賞賛してしまうほどだった。
大志には、良く見ればそんなに可愛くないと罵られたが、藤堂は性格を除けば誰が見ても充分な可愛らしさと美しさと凛凛しさを併せ持った極めて魅力的な女性である。個性も強く、勝気で負けず嫌いな性格をしており、男装姿で行われたランウェイのキャットウォークではそのカリスマ性を遺憾なく発揮して、多くの審査員達を唸らせた。
また彼女は語学にも堪能であり、特技披露では得意の英語でスピーチを披露してみせた。
こうして北海道選抜は藤堂麗華の一人勝ち、圧巻の勝利となり、彼女は美咲よりも先に、見事全国への切符を掴んだ。三枝香苗は残念ながら十六位に終わった。
その様子を見ていた狩川は藤堂に畏怖の念を抱いた。
容姿やスタイルは美咲の方が上回っていると狩川は考えていたが、総合力では藤堂麗華の方が上かもしれないと、少しだけ思ってしまったのである。
大会前から本番までの間に、藤堂の心境も、また大きく変わったのである。
その変化は急激で、激しいものであった。正に悪のカリスマという言葉が相応しい女性に生まれ変わっていた。
学校に戻ってきた狩川は、さっそく藤堂の全国行きの記事を執筆した。藤堂に好意を持っていない狩川であったが、記事に関してはその私怨を捨て、忌憚のない誠実な記事を書く事を心がける事にした。
翌日、学校内の話題は藤堂麗華で一色となった。
「藤堂さん、そんなに凄かったの」
狩川と二人で掲示板に貼られた新聞を読んでいる美咲は、盟友に意見を求めた。
「正直、こんなこと言いたくないけど、藤堂は凄かったよ。くだらない策を使わなくても、正々堂々と全国に行けるだけの地力はあったんだよ、彼女は」
「そう、・・・凄いわね」
「美咲ち、もし全国に行ったら、きっと藤堂とは想像を絶するほどの、まさしくデッドヒートになると思う。油断しないで、自分磨きを怠らないようにするんだよ。ルックスとスタイルは文句ないけど、特に歌とダンスは美咲ちの課題だから、少しでも上達するようにしないと、藤堂にガブッて食われちゃうよ。」
柄にもなく真剣な表情でそう語る狩川に、美咲は少々驚きの表情を浮かべつつ、小さくガッツポーズをしてみせた。
「大丈夫。もう私は絶対誰にも負けないから。必ず全国に行って、藤堂に勝ってみせる」
「流石美咲ち。期待してるよ~」
真面目な表情でそう言いつつ、狩川は美咲の両肩を揉み解し始めた。
「やだ、こしょばい、止めてよ」
「やめないよ~だ」
狩川は美咲の言葉に安堵しつつ、意地悪い笑みを浮かべて美咲の肩を揉み続け、しまいには両腹部もくすぐり始めた。
「いや、そこは駄目っこしょばいってばっ」
「いいじゃん、いいじゃん。おっほっほ。お主、意外と敏感ですの~」
「もう! 亜美奈、嫌い」
明るくじゃれ合う二人の前に、唐突な電閃が轟いた。
ゆっくりとした動作で藤堂麗華がやってきたのである。
その体の内から放たれる他を圧倒する強烈なカリスマ性は、指野にも天上寺にも無い生まれ持った藤堂の才能であり、北海道選抜一位を受けて益々磨きがかかっていた。
「とっ藤堂さん」
「ごきげんよう、指野さん、狩川さん。あなた達、随分とお盛んなのね」
ゆるやかだが多少の狂気も感じさせる藤堂の微笑に、狩川は戦慄し、思わず美咲から体を離してしまった。
「狩川さん、素敵な記事を書いてくれてありがとう。感謝するわ」
これまでの藤堂からは想像もつかないその言葉に、狩川は言葉を失ってしまった。
「指野さん」
「はっはい」
「最終選考、良い勝負をしましょう」
これが王者の余裕という代物か、藤堂は、にこやかな笑みを浮かべて美咲を激励したのである。
「あっありがとうございます。頑張ります」
藤堂が全身から放つカリスマ的なオーラは、美咲を思わず敬語で喋らせるほどだった。そしてかすかな色気を漂わせた歩き方で、藤堂は二人を横切り、歩いていった。
「一体、なんなの? あれ」
狩川が少し怯えた調子で言葉を放つ。
「わかんない。きっと一位になれてご機嫌なんじゃないかしら」
否、悪のカリスマである藤堂は、天上寺と出会い、鍛え上げる過程で、少女の影響を受け、少しだけ内面が変わったのである。しかし、その事実を二人は知る由もなかった。
運命の最終選考を一週間後に控えた土曜日。
北海道選抜が行われる数日前。
札幌市でどさんこイケメン女子高生コンテスト一般応募の選考会が、一日がかりで行われた。
一般公募の応募者は二百名を超え、大会は大いに盛り上がった。
その立役者は藤堂麗華に鍛え上げられた天上寺という苗字の高校二年生の少女だった。天上寺はキラキラと色づいたオーラを身にまとい、藤堂仕込の華麗なるダンスと圧倒的な歌唱力で他の追随を許さない実力を審査員達に見せ付けたのである。
天上寺は美咲とも藤堂とも違う可愛い女の子タイプで、典型的なアイドル顔をしていた。そのルックスの素晴らしさは審査員達の度肝を抜き、同時に未だ未完成と想起させる素材の美しさに、会場は稲光でも降ったのかと想起させるほどの大歓声に包まれた。
そして天上寺には、二百名を超える応募者の中から審査員全員に唯一全ての審査で十点満点が与えられた。
満場一致で天上寺は選ばれたのである。
これはコンテスト史上初の出来事であり、大偉業であった。
室蘭にとんでもなく可愛くてカッコいい子がいた。
天上寺、恐ろしいぐらいの素質だ。
彼女はきっとスーパースターになる。
将来の芸能界入りは間違いないだろう。
審査員も会場も、そして敗れ去った公募者達も、誰もが天上寺の勝利を激賞した。
しかしそれでも彼女は北海道選抜を経て最終選考に挑むことになる。
始めはその厳しい現実を受け止められなかった少女だったが、その事実を理解し、持ち前の勝気さと理性で少女は頭を即切り替えた。そして最終選考に全てを賭けることに集中し始めたのである。
最終選抜を直前に控えた放課後、狩川は美咲を新聞部の部室に呼び出した。
理由は当日の審査項目である面接審査を磐石にするためである。
狩川は、過去の大会から面接の質問傾向を割り出し、美咲に熱のある指導を行った。
「いい? 美咲ち。面接ではあまり強気にならずに、謙虚に答えていくんだよ。特に今年は室蘭がシードに選ばれたから、室蘭の歴史や魅力について聞かれる可能性が高いと思う。独自に勉強して、回答を考えておいてね」
「わかったわ、亜美奈」
狩川の助言と指導を素直に受け、美咲は面接の予習も怠らないことにした。。




