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「――兄さんのお嫁さんになりたいってお願いしたの」
独り言みたいに淀みなく語る波瑠ちんを見つめ返して、確かにそれは実の兄妹である以上は叶えようがないお願いだと納得してしまった。
「兄妹は結婚出来ないんだよって兄さんに説明されても子供だった私にはわからなかった。最後の最後まで泣きじゃくって困らせて、結局そのまま離ればなれになったの。兄さんはきっとそのことを、妹のお願いを叶えられなかったって後悔し続けているの。だから……、あんな演技をしてまで幸帆ちゃんを助けたのよ。そうでしょ、兄さん?」
「……違う、つっても、信じないだろお前ら」
照れ隠しのつもりなのか、両手で顔を覆って表情を隠した真潮がくぐもった声で呟く。
「ふふっ、兄さんって妹のためだったら頼まれなくても勝手に先回りしてやっちゃうの。そんな兄さんの優しさを、今の妹として与えられている幸帆ちゃんのことが、……私は心の底から憎たらしいわ」
実の妹である余裕なのか、憎たらしいなどと不穏当な色を覗かせた発言とは裏腹に、なぜだか波瑠ちんは今にも泣き出してしまいそうな笑顔を浮かべていた。
「話が脱線しすぎちゃったね。じゃあ、私と円ちゃんの関係についてだけど――」
「ちょい待って! なんか、はるたその良い話を聞かされた直後だと逆に恥ずかしくなってきちゃったじゃん。やっぱりあたしから言わせてー!」
小さく咳払いして説明を再開した波瑠ちんを遮って、円が身悶えしながらわたしの視界に割り込んでくる。
もうこれ以上、何を聞かされても驚かない妙な自信が付いてしまい、別にどっちから説明されようと構わなかった。
「えっとねー、あたしとにぃにぃも兄妹だったんだよー」
絶対に驚かないと達観していた後頭部を引っ叩かれたみたいな衝撃に言葉を失った。
「ねえねえ、びっくりしたー? したでしょー? けどさー、ずっと幸帆の前でも『にぃにぃ』って呼んでたでしょー?」
もちろん、びっくりした。するに決まっている。
まるで勿体付けることもなく、むしろ嘘臭くしか聞こえない軽さでさらりと語った円が、先ほどの波瑠ちんを真似しながらわたしを覗き込んでくる。
円と真潮が兄妹だった、とは、どういう意味なのだろう。
なにか巧みな言葉遊びに巻き込まれているみたいな疑念ばかりが泡のように浮かび上がり、ニヤついた微笑を湛える円の視線を掻い潜って真潮を睨み付けてやった。
これ以上は無理なほどじっとりとした疑惑の眼差しだ。
「はあ……。なあ円、別に言う必要ないだろ? 何と張り合ってんだよ……?」
「えー、何とも張り合ってなんてないよー。あたしだけ仲間はずれにしようとしてるから本当のことを教えただけじゃん?」
急につんと取り澄ますような表情でそっぽを向く円に、真潮は観念したみたいに大きな溜息を吐いて、気が進まないことをありありと態度に出しながら渋々と説明を引き継ぐ。
「小学校に上がる前に両親が離婚した後、小学六年の時に円の母親と親父が再婚したんだ。それで円と兄妹になったんだが中学二年の時にまた離婚することになってな……。その、ほんの三年間だけ円と兄妹だったって話だ。もちろん親同士が離婚したからもう兄妹じゃないのに円がちょっかい出してくるから――」
「ひっど! たった三年間でも兄妹だったじゃん! お互いに家事をお手伝いして協力しようねって一緒に料理作ったり、一緒に洗濯したり、一緒にお風呂にも入ったのにー!」
「最初の数週間だけだっただろ。あとはずっと俺に丸投げしてたじゃねえか……。思春期まっしぐらの多感な時期に、同級生女子の下着を洗濯させられてた俺の身にもなれ……」
「だってにぃにぃ、教えた以上に丁寧に洗ってくれるからさー」
まるでどこかで聞いたみたいな耳の痛くなる話を交わす、勝手知ったる様子の真潮と円のやり取りを半開きの口で眺めることしか出来なかった。
ああ、なるほど。だからあんなにブラの手洗いの仕方に詳しかったのか。
そもそも普通に考えて洗濯の仕方からパッドを含めて細かいブラの構造、さらには女性の下着の丁寧な畳み方に至るまで知っているなんておかしいのだから。
波瑠ちんが実の妹だったと知り、それはまあ立派な胸をしている波瑠ちんのことだから小学校に上がる前からブラをしていたのかもしれないと納得したけれど、そんなわけがあるはずなかった。
中学時代の円の下着を洗濯していたのだ。
知りたくもなかった事実が判明したおかげで、魂ごと抜け落ちそうな大きな溜息が零れてしまった。
すぐ側で聞いていた波瑠ちんはこめかみに手を添えて頭痛を堪えるみたいに眉間に皺を寄せている。なるほど、実の妹と元妹として、波瑠ちんと円は面識があったのだ。
それはともかく勢い余って聞き流してしまうところだったけど、一緒にお風呂に入っていた?
真潮も否定しなかったし、それのどこにお手伝い要素があるのよ?
小学六年で兄妹になったって六年生ともなればお互いにいろいろ問題とかなかったの?
「まあ、そういうわけなんだ。別に――いってぇ!?」
目まぐるしく顔を覗かせてくる新事実に眩暈を覚えながら、よくもそんな大事なことの数々を丸ごと全部秘密にしていてくれたなと恨めしさが込み上げてきた。
気が付いたら言葉より先に真潮のふくらはぎにローキックを繰り出していた。
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