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円がにまにまと口の端に笑みを浮かべ、対照的なくらい心配そうな表情の波瑠ちんの二人がこちらを見上げていた。
まるで貧血で倒れてしまう時のように全身の血の気が引いていくのがわかった。
――どうしてここに円が? 波瑠ちんまで一緒に?
やっと振り返った真潮の微笑みを見て不覚にも安心してしまい、同時にだんだんと腹立たしい気持ちがわき上がってきた矢先だった。
けれどひとまず、こんなひどい泣き顔を見られるわけにいかない。
いやそんなことよりも、いつからそこにいて、どこから話を聞いていたの?
あらゆる疑問が頭の中を引っ切りなしに駆け巡るが、ひとまず俯いて泣き顔だけは見られないよう立ち尽くしたままの真潮の陰に身を隠す。
「もー、勘弁してよー。さっきのさー、幸帆とにぃにぃが兄妹になったーって叫んだ部分、みんな意味わかってなかったんだよー? だからさー、これ以上ややこしくなる前に親の再婚なんじゃない? って補足しといたからねー? 幸帆がいきなり暴走するから勝手にシナリオ変更しちゃったけど、べつにいいっしょー?」
「仁井さん、うちのクラスまで騒ぎ聞こえてたのよ? そしたら二人が揃って廊下を走っていくから大混乱だったんだから」
階段を昇ってきながら円が間延びした口調で説明し、後に続く波瑠ちんは溜息交じりに呆れた視線を投げかけてくる。
あれだけの大騒ぎだったのだから波瑠ちんのクラスまで騒ぎが届いていても不思議はない。
しかし、そもそもわたしにはさっぱり理解が追いつかない。
波瑠ちんが真潮の指示に従って演技をしていたことは二人の話を立ち聞きして知っていたが、どうして円までがそんな訳知り顔なのだろう。
「ああ、そうか。悪いな、円」
そんな円の登場に取り立てて驚いた様子もなく真潮までが訳知り顔で返事をする。
しかもあろうことか『まどか』と呼び捨てにしている。
いったい何がどうなっているのよ……?
「……ねえ、にぃにぃ? 幸帆ってどこまで知ってるの? ていうか、あたしのことってちゃんと説明してくれてるー?」
真潮の背中に隠れたまま三人に向かって順番に疑いの眼差しを向けるわたしを見て、円は子供みたいに唇を尖らせながら首をかしげる。
「いや、説明もなにも必要じゃなかったから……、まあ……、してないな」
露骨に歯切れ悪くぼそぼそと答える真潮に歩み寄り、
「必要じゃないって、にぃにぃひどくなーい? 幸帆の噂を上書きするために手を貸してくれってLINEしてきたじゃん! 幸帆は全部知ってるのかと思ってたんだけどー?」
そんな必要ないだろうにわざわざ前屈みになってブラウスの胸元をチラつかせ、真潮の顔を覗き込みつつ円が頬を膨らませる。
「ねえ仁井さん、昨日は口止めされたけど、もう意味なくなったよね。きちんと説明しないと幸帆ちゃん困ってるし……」
まるで状況が飲み込めずに瞬きだけをやたら繰り返すわたしに、不憫そうな視線を波瑠ちんが投げかけてくる。
「ちょ、ちょっと、ごめん。本当に何が何だかぜんぜんわかんないんだけど……」
わたし一人だけが蚊帳の外から三人を眺めている疎外感に、たまらず振り絞って出した声は思った以上に掠れてしまった。
「んー、まずさー、昨日のにぃにぃの脅迫がそもそも全部演技だったのは知ってるー?」
「……うん。昨日、波瑠ちんが話してるの、立ち聞きしたから」
場を取り仕切り始めた円の質問に答えると、波瑠ちんは一瞬だけ驚いた表情を浮かべて真潮に視線を送った。
諦めたみたいに無言で小さく頷いて返した真潮にそれ以上言及するでもなく、波瑠ちんは納得したみたいに肩を竦めた。
「じゃあ、ほら幸帆、手っ取り早いからこれ見せてあげるー」
唯一この状況を面白がっているみたいな円がスマホを操作して、表示させたLINEのトーク画面をわたしに示してくる。
そこには『明日のホームルーム前、鳴海に秘密をばらすって脅してみせる。すぐに波瑠が庇いに入って「弱みを握られて脅迫されているのか?」って言うから、脅迫って部分がクラス中に広がるように大袈裟に繰り返してくれ』と、真潮からの指示が残されていた。
それは昨日の非常階段で、波瑠ちんが真潮からLINEでお願いされたと口にしていた内容と酷使していた。
「要するにー、はるたそと一緒にあたしもにぃにぃの指示で演技してたってことー」
――円の行動も演技だったのか。
あの時、わたしを抱き締めてきた波瑠ちんが脅迫だなんて物々しい言い回しをしてくると知った上で、わざわざ誇張して繰り返して騒ぎがより大きくなるように立ち回っていたのだ。
「……はるたそ?」
真潮の手の込んだ作戦はもちろんだが、それ以上に円と波瑠ちんの二人に接点があったことに驚いてしまった。
わたしが知る限りで二人が特別仲良く接している姿を見たことはなかったし、間違っても『はるたそ』だなんて愛称で呼ぶような関係に見えたことは一度もない。
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