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 翌日の日曜日は、むしろ当然と言うべきだろうが鳴海(なるみ)は俺と目も合わせないし口を聞くこともなかった。


 正確には昨日の帰宅後にこれでもかとぶつけ合った罵詈雑言の後からずっとなのだが、その徹底的に存在を否定するみたいな無視には舌を巻いてしまった。


 そしてもちろん、俺はきっちりと罪悪感に苛まれていた。


 ――お前なんかが妹だなんて願い下げだ。


 押し留めることが出来なかったとはいえ最も言ってはならない言葉だった。


 謝罪すべきだ。それは間違いない。


 けれど簡単に謝ってしまうことに躊躇していた。


 許されるかどうかよりも安易に謝罪を口にして、結果はどうあれ自分だけが気持ちを切り替えて済ませようとしているみたいで軽薄な気がした。


 上辺だけ取り繕って、たったそれだけで元通りにしようとすることが最善と思えなかった。


 だったらどうすればいいのだろうか。そんな風に堅苦しく考えを巡らせてはいるが、実のところすでに答えは出ていた。


 当の鳴海本人が言い捨てたのだ「アンタの独りよがりにわたしを巻き込まないで」と。


 謝罪するべきかどうかだのと一人で考え込んでいる、これこそがまさに独りよがりなのだろう。

 だとすれば、俺に出来る行動はそれほど多くはなく、かつ俺にしか出来ないやり方で解決を図るしかない。


 鳴海は結局、昨日の晩ご飯からずっと食事をしていなかった。

 今日の朝も昼も、どんなに声をかけても音沙汰がなかった。


 カレーの鍋を焦がした時に晩飯を抜くと宣言した端からぐーぐー腹を鳴らしていたくらいなのに、頑なに隣の部屋に閉じこもって出てこようとしなかった。


「……なあ、俺はバイト行ってくるから、飯は食べろよ」

 襖に向かって声をかけるが当然ながら返事はない。正しく天岩戸だった。


 天岩戸を開けるために気を引く踊りはさすがに無理だったが、どれだけ固く閉ざされようとも鍵さえない襖を強引に開けることは簡単だ。


 だが、それだけは絶対にやってはいけないと肌で感じていた。


 この襖を強引に開いたが最後、決定的に鳴海の心は閉ざされてしまうだろう。そもそもすでに手遅れかもしれないが、自主的に出て来てくれることを祈るより他ない。


 晩ご飯用にレンジで温めるだけですぐに食べられる炒飯を少し多めに作り、ラップをかけて座卓に置いておいた。


 むしろ俺がいない方がこっそり出て来て食べるかもしれないと、淡い期待を胸に置き時計を仰ぎ見る。


 そろそろ出掛けないとバイトに遅刻してしまう。玄関ドアを閉めながら天岩戸を仰ぎ見たが、ちっとも変化のない襖に溜息を零すことしか出来なかった。


 そして俺の溜息はバイト先でも治まることはなかった。


 自分の足下に散らばった割れた皿の破片に我ながら驚きを隠せなかった。気掛かりなことがあるだけで、考えられないくらいの凡ミスを連発して散々な有様だった。

 注文の聞き間違えからレジの打ち間違え、そしていま本日三枚目となる洗い物のお皿を床に落として割ってしまい自分の至らなさに溜息を零していた。


 自宅に集中力を置き忘れてきてしまったのだ。あの狭い六畳二間のどこにうっかり置き忘れることが出来るのか不思議で仕方なかった。


 部屋といえば、さすがに鳴海は一人になったのだから作り置いてきた炒飯を一口でも食べただろうか? 


 ああ、しまった。電子レンジの使い方を書き置きするのを忘れちまった。温め方はわかるだろうか?


 そして耳障りな音にハッと我に返った。


 手元から滑り落ちた本日四枚目の皿が足下で割れ散らばっていた。いや、五枚目だっただろうか。


 あまりのミスの多さにバイト先の大将から体調が悪いのかと心配されてしまい、申し訳なさと情けなさで平謝りしたのちにさらなる凡ミスをやらかした。

 バイトを終える頃には普段の倍以上に気疲れでやつれ果てていた。


 這々の体でアパートの外階段を昇りそろそろと玄関ドアを開けると、座卓でお茶を啜っている背中が飛び込んできた。


 一瞬、鳴海の後ろ姿かと見間違えそうになったが、間違えるのが失礼なおっさんのくたびれた背中だった。


「おお、真潮(ましお)、おかえり。お疲れさん」

 久しぶりに帰宅していた親父のねぎらいの言葉など右から左へ受け流して座卓の上を確認すると、作り置きしていた炒飯はなくなっていた。流しを見ると洗い物も済んでいた。


「洗い物は幸帆(ゆきほ)ちゃんがやってくれたから済んでるぞ」

 聞けば俺と入れ違いくらいに親父は帰ってきたそうで、鳴海に声をかけて一緒に晩ご飯を済ませたという。


 きっと親父へ余計な心配をさせないために素直に従ったのだろう、いずれにしろ食べてくれたのなら良かった。


 ひとまず気掛かりが晴れてくれて安堵の息が零れたが、あの鳴海が洗い物をしたとは。


 親父がいたからそうせざるを得なかったのか、それとも昨日の俺の暴言を受けて思うところがあってなのかはわからない。鳴海はすでに隣の部屋にこもって天岩戸を再開しているようで確認する術はない。


 するとそこに軽快なテンポで親父のスマホが着信を知らせてきた。


「はい。……はい、……なるほど、了解しました。……ええ、すぐ向かいます」

 手短に電話口で受け答えを済ませ、

「すまんな、クライアントから急な依頼だ。出掛けてくる」

「ああ、わかった」

 俺の返事に振り返ることもなく、まだ着替える前だったワイシャツの肩に背広を引っかけて足早に再び仕事へと出掛けていった。


 不規則にも程があるだろうと思いながらも、鳴海の食事に付き合ってくれたことには感謝しかなかった。


 そしてなにより仕事に出掛けたことで、鳴海と並んで寝る事態を回避出来たのは思いがけない幸運だった。この状況で肩を並べて寝るなど、想像するだけで恐ろしい。


 閉めきられた襖を見つめて思う。食事をしてくれたことで気掛かりはひとまず解消された。


 あとは、俺にしか出来ないやり方で解決を図るだけだ。


 妹のお願いを叶えてやる。


 お兄ちゃんとして、俺がやるべきことはそれだけだ。






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