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生活環境が一変してしまった先週と比べてしまえば、今週は問題らしい問題も、まったく起こらなかったわけではないがひとまずは平穏に過ぎ去っていった。
そう毎度毎度、頭を抱えてしまうハプニングに頻発されても困る。
ほとんど唯一と言える平穏を感じる教室内で、年寄りになったみたいな穏やかさでありがたみを噛み締めたってバチは当たらないはずだ。
花も恥じらう乙女であることを忘れてしまいそうになってしまう。
ダメだダメだ、いまは綿摘くんが側にいるんだから気を引き締めないと。
「ねえ颯馬さー、こないだオープンしたスイーツショップ知ってるー?」
金曜日の昼休憩、円がいつものように綿摘くんの席にお尻を預けながら問い掛けた。
「ああ、前にみんなが話してたテイクアウトパフェのお店だよね、知ってるよ」
くびれを意識させて腰を逸らせる姿勢の円に、チラリとも視線を向けることもなく綿摘くんが柔らかい笑顔を浮かべる。
おそらく普通の男子であれば、煽情的とも取れる円の一挙手一投足にあっさりと視線を奪われてしまうのだろう。
いつもわたしの側を定位置にしている豊原くんと玉野くんでさえ、円がわざとらしく足を組み替えるたびに、短いスカートから覗く太腿を目の端で追っている。
それにしたって円は、そんな男子の欲情をさらに煽り立てるみたいに距離感まで近すぎる。
今だってスイーツショップのサイトをスマホに表示させて、綿摘くんにもたれ掛かりながら限定パフェの話を一方的にしている。
そんなもたれ掛かる必要なくない? そこまでして近付いてスマホの画面を二人で見なくてもいいでしょ? お互いのスマホでそれぞれ見れば事足りるじゃん?
あーっ! なに偶然を装って綿摘くんの腕に胸を押し当ててんのよ! わっざとらしい!
そこまでして意識されたいのかしら? よく見なさいよ、綿摘くんちょっと遠慮気味に身体離そうとして――
「鳴海さん、どうかした?」
「なんか具合悪かったりする?」
無意識に奥歯を噛み締めていたわたしに、豊原くんと玉野くんが覗き込むように腰を屈めて声をかけてきて我に返った。
「あ、ううん、何でもないよ」
慌てて笑顔を貼り付けて取り繕う。
危ない危ない、綿摘くんに全く効果を発揮していない円の誘惑スキルにわたしが気を取られてどうするのよ。
一度、大きく深呼吸して、気を紛らわすために教室前方の真潮を視界の端に捉える。
椅子に浅く腰掛けて前のめりにスマホの画面を見つめる代わり映えのしない後ろ姿だ。きっとまた特売品を比べながらニヤニヤしているに違いない。そんなだから陰キャって思われるのよ。
「じゃあさー、スイーツショップ明日みんなで一緒に行こうよー!」
心の中で真潮を貶して落ち着きを取り戻したところに円の提案が飛び込んできた。
「おー、それ良いじゃん、行こうぜ颯馬! 鳴海さんもどう? 一緒に行こうよ!」
「たまにはみんなで出掛けるのも楽しいよな! ねえ、鳴海さん?」
円の提案に真っ先に乗りかかり、豊原くんと玉野くんが諸手を挙げて賛同しながらわたしに同意を求めてくる。
「え、あー……、んー……」
曖昧にちょっぴり首を傾げて、綿摘くんの反応を横目でこっそりと盗み見る。
盗み見るだなんて我ながらどうかと思うけれど、どうしようか決めかねている態度で時間を稼ぐ。
なぜなら、みんなでお出掛けという誘い出し方で綿摘くんが参加したためしがこれまでほとんどないからだ。
軽はずみの二つ返事で「行くぅ~!」と了承した矢先に、肝心の綿摘くんが不参加を表明してしまっては目も当てられない。
先々週までは、綿摘くんがいるいないにかかわらず、放課後になればハンバーガーショップでポテトを摘まんだり、ショッピングモールのフードコートでお喋りに興じたり、その日その場で変わるメンバーたちとの放課後の寄り道を気ままに楽しんでいた。
けれど先週からわたしは放課後の寄り道に全く参加していなかった。
理由はもちろん、真潮のいる六畳二間のアパートに帰らないといけないからだ。
放課後の教室内で交わされる僅かな時間のお喋りに興じるだけで、毎日まっすぐ帰宅することを強いられているのだ。
正確には自宅が差し押さえら帰る家がなくなってしまったことが原因なので真潮は全く無関係だ。
強いられているなんて言ったものの、別に早く帰ってこいだとか、寄り道するなだとか言われたことだってない。
そして兄妹になったとはいえなりゆき上で仁井谷家に置いてもらっているのだ。となれば真潮の家の生活サイクルにある程度は準ずるのが筋と考えるべきだろう。
わたしにだってそれくらいの良識はある。
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