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帰り道は目的の卵が手に入ってホクホクそうな真潮のすぐ隣を並んで歩いた。
スーパーでのやり取りで気が緩んだわけではないけれど、見渡す限り主婦や老夫婦ばかりの客層の中でクラスの誰かに出会うことなどないだろう。
「はぁ……。わたしって本当にかわいそう。現代のシンデレラみたいな酷さじゃない」
「シンデレラは甲斐甲斐しく働いていたはずだが、お前の読んでたシンデレラのお話はいじわるなお姉さんが主役だったのか……?」
「うるさいわね、毒リンゴ食わせるわよ?」
「いじわるなお姉さんどころか悪い魔女じゃねえか。しかもそれシンデレラじゃねえよ」
「いちいち細かいのよ! あ、そういえば牛乳は買ってくれた?」
「牛乳? もうなくなったのか?」
視線をぐるりと動かしながら唇に触れる。
スマホで特売品を探しているときや晩ご飯を決めかねているときなど、考え事をしている時の真潮の癖だ。
「いちいち細かいくせに、どうして牛乳なくなったことには気付かないのよ?」
「いや、すまん。俺が飲まないし、そんなすぐになくなると思わなかった」
「朝は牛乳飲まないとやる気スイッチが入らないんだから切らさないようにしてよね!」
「お前のやる気がオンになることあるのか? そもそもやる気スイッチ存在してたのか?」
「あるに決まってるでしょ! 必要に駆られた時にだけオンになるのよ!」
「牛乳関係ねえじゃねえか……」
歩きながらそんな取り留めのない会話を交わし、スーパーの敷地から広い通りに出たところで不意に腕を掴まれて引っ張られた。
えっ、と思った時には腕を離され、真潮は無言でわたしと立ち位置を入れ替わっていた。
いきなりすぎたその行動の意味は、すぐに気が付いた。あのまま二人並んで歩道に出るとわたしが車道側を歩くことになっていた。真潮は自分が車道側へと立ち位置を入れ替わったのだ。
立ち位置が変わっても歩調を緩めることなく歩く真潮にこっそり視線を移すと、
「牛乳のついでになにか……、お、醤油が安いな。これも買っとくか」
いつの間にかスマホを取り出して特売品を確認しながら、わたしのことなど毛ほども気に留めていない様子でブツブツ独り言を呟いていた。
「歩きスマホすんなっ!!」
「いってぇ!?」
渾身のローキックを膝裏に炸裂させる。
立ち位置を変わる気遣いに感心したことが悔しくて放ったローキックは小気味好い音が響いてちょっとだけスカッとした。
「歩きスマホしながら特売品チェックとか、その情熱の出所どこなのよ?」
「タイムセールは一期一会なんだ。……だからまた頭数が必要な時は付き合ってくれよ」
スマホをポケットにねじ込みながら真潮は照れ顔で頭を掻きながらそんなことを言ってきた。
その照れた様子は歩きスマホを指摘されたばつの悪さからなのか。それとも、わたしをまた誘い出すための口実だからなのか。
……コイツに限ってそんなことあるわけないか。
「……べつに買い物くらい、いいわよ。暇な時ならね」
「ご褒美を徐々に増やそうとしてもダメだからな? お前の欲望、底が無さそうだからな」
「ほんとにわたしのこと何だと思ってんのよ!? やっぱりもう付き合ってやんない!」
「ああ悪い悪い、ほら飴ちゃんやるから機嫌直せ」
「大阪のおばちゃんみたいにナチュラルにポケットから飴出さないでっ!?」
「あー、わりぃ。ハッカ味しかねえわ」
「逆にどうしてハッカ味しかないの!? 大阪のおばちゃんを見習って豊富なバラエティーにしときなさいよ!」
「いや、大阪のおばちゃんがやたらめったら飴をくれるのって幻想らしいぞ?」
「どうでもいいわよそんなこと!? ……それよりもアンタってさ、どうしてそんなにいちいち細かいっていうか、……過干渉っていうか、……鬱陶しいっていうか」
「お、なんだ? 悪口か? 切れが悪いな」
「違くて! ……面倒見がいい? っていうか、……ほんとムカつくからこういう言い方したくないんだけど、アンタってどうしてそんなにお兄ちゃんっぽい振る舞いなのよ?」
言葉を選びながらそれとなく聞き出したかったのだが、どうしてもたどたどしくなってしまって上手くいかず、結局そっぽを向いて赤面しそうな顔を見られないよう問い質した。
先ほどの車道側と位置を入れ替わるのもそうだ。
真潮は紳士的にそれを行ったわけでもなければ、格好付けようとしたのでもない。
わたしのことを妹として自然に取った行動に思えた。
昨日のママからの電話で、家事を手伝っているか、きちんと自分のことはやっているかと、耳の痛くなることを立て続けに訊ねられ、一番最後に問い掛けられた。
『幸帆、あなたちゃんと妹らしく出来てる?』と。
その質問の意図がさっぱりわからなかった。
おそらく再婚相手の家で一人娘がわがまま放題やらかして迷惑をかけていないかを気にしてだろう。
もちろん、手伝ったことさえない家事全般をやっていると見栄を張ったわたしは、「うん、してるよ」と流れるように返事をした。
質問の意図はわからなくともママを安心させるためにはそう答える以外になかった。そして電話を終えてから『妹らしく』なんてフレーズが頭に残ってしまい、そこで初めて気が付いたことがあった。
真潮が事あるごとに、わたしに対して接してくる態度というか細かな仕草、ひとつひとつの行動の全てがどういうわけか、すごく自然にお兄ちゃんっぽいのだ。
そのうえ、お兄ちゃんらしさが熟れているようにさえ感じる。
一人っ子のわたしには本来、それが熟れているかどうかなんてわかるはずがない。
親の再婚でわたしたちは兄妹となってしまったわけだが、だからといって一朝一夕でそんなに突然、お兄ちゃんらしく振る舞うことなど出来るのだろうか?
さっぱり妹らしく出来ている気がしないわたしにとっては真潮の態度に疑問を抱いてしまう。
「お兄ちゃんっぽい、か……。そんな風に見えるか?」
嫌味を返されるだろうと身構えていたのに、予想に反して返ってきたのは、どこか遠い目をした独り言みたいな呟きだった。
「うん……。そう見えるから聞いてるんだけど」
ぜんぜん似合わない物憂げな横顔で何をもったいつけてるのだろう。
こっちが質問してるんだから質問で返すのは止めてほしい。
なんだか聞いてはいけないことをうっかり聞いてしまって責められているみたいな気持ちになってしまう。
「……俺には、妹がいたんだ」
わたしの耳に届けられた、そのたった一言で全ての疑問が解決した。
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