19話
_______五月になると、いよいよ中等部三年の生徒は既に運命を察していた。
六月末の期末の為に、テスト勉強と同時に課題を完成させないといけない。
次元魔法はある程度決められたパターンがあるため筆記と実技のテスト両方で、創造魔法は魔法として完成しているものを一つ以上作り上げるというのが課題だ。
しかし究極のサボり魔、フランシミア・アミュレットは一つ例年とは違う問題を抱えていた。それは……
「ミア、どうして僕の授業なのに学校に来ないんだ?」
「……ルオン。わたしに言うよりまず……あんたがなんでここにいるの!」
週の真ん中、午後二時半。
聖フェイリス学園ではしっかり授業中で、丁度ルオンによる次元魔法の講義があるはずだと言うのにわたしはしっかりとサボって自宅でゴロゴロ、そして何故かわたしの部屋でルオンも窓から入ってくる。
「あぁ、学校か?僕の幻影を置いておいたから平気だ」
「いや…本体があっちいなよ!普通逆でしょ逆!」
「は?僕はミアといる方が優先だろう」
ダメだ、此奴。
話が一切伝わらない……。
何百回も思ったことを改めてルオンに思い、落胆のため息を着く。
ルオン相手にはどう突っ込もうがどう手を出そうが完全無敵、一切無駄だと分かっているのについつい突っ込まざるを得ない。
「じゃあ何の用でここに来たわけ」
開いていた本を閉じ、ベッドに座るとルオンはソファの上で我が家のように寛ぎ始める。
「あぁ、ミア。それは当然お前と話すためだ」
「……はぁ…」
ルオンを言い負かすことが出来る気配は一切ない。わたしは諦めてルオンをぼうっと見つめていた。
「お前はなぜ創造魔法をメインで扱っているんだ?お前はむしろ、次元魔法の方が向いていると思うのだが」
「えぇ……次元魔法を選んだらアドラーには絶対勝てないよ。
わたしが創造魔法を選んだのは、JtoBが創造魔法に属するアーティファクトだからで……。まあ、つまりわたし的にはどっちでも良かったけど競り合いで勝ちたいから創造魔法やってるってこと」
ルオンは不思議そうに首を傾げる。しっぽはくるりと曲がり、耳は垂れた。
「お前の理論や考え方は、創造魔法ではなく次元魔法向きだ。競り合い云々ではなく、挑戦すればいいだけだろう?」
そんなことは、129歳のルオンにしか出来ませんと頭の中で言う。
わたし達は人間の学生で、学べる期間には限界がある。中等部三年生、高等部の進路を決めるタイミングにもなって今更創造魔法から次元魔法に変えてくださいなんて言われても困るのだ。
アドラーは次元魔法、それ以外は創造魔法ともうクラス内で大体察せられて分かれているし。
「しかしミア。お前が前、パラレルワールドの魔法を出しただろう」
「あれは創造魔法を使った上での次元魔法だから、そっちには入らないでしょうが……」
そういうがルオンは一切の表情を変えずこちらを見ている。
彼は何を考えているのか本当に理解できない。
「…?いや、あれを僕が作ったんだ。もう一度出してみるか?」
どうやら、もう次元魔法か創造魔法かみたいな話はどうでも良くなったみたいだ。さすが気まぐれ猫亜人。満足した回答を得られても得られなくても、シームレスに話題が変化する。
しかし。
「それって……わたしが……」
そのパラレルワールドの魔法と言えばモニターに映ったものを今の世界よりほんの少しだけ違うパラレルワールドの世界と繋げて映し直すものだ。
それはわたしが映った時、わたしだけ全く別人の姿が映ったものでもあって。
ルオンはどうやらあの後にわたしの物をパクったらしく、おまけに上手く固定化させたらしい。
あれ一応、期末に出すもののつもりだったのになぁ……と、練り直すことを考えながらも頷いた。
あの時は壊れてしまったものだから。
ルオンは猫亜人故か大きめに作られたフードを被り、わたしを手招く。
なぜフードを被ったのかは分からないが、仕方なくルオンのいるソファに向かうと彼はパチンと指を鳴らした。
そうして、目の前にモニターが現れる。
「……、あ……」
前に一瞬見ただけで壊れた、パラレルワールドのわたしの姿が映る。
_______麦穂のような薄い金色の髪、マゼンタの濃いピンクの瞳。カラーリングは類似しているが顔つきはわたしよりずっと幼く、可愛くて愛らしく、まるで、ガラス細工で出来た花のよう。
そのあまりの可憐さは、太陽のように輝いているような愛らしさなのに、近づけば穢してしまうような近寄りがたさすら覚える。
体はわたしより小さく、ぱっと見た感じ6歳前後ほどのように見える。
服は見たことの無い物で、パッと見た感じの素材的にはわたしの私服と値段帯は変わらなさそうだ。多分、平民の可能性を映しているわけでは無さそう。
「ねぇ、ルオン……覚えてる?」
わたしは、ぼんやりと声を上げた。
わたしはモニターを見つめているけれど、画面の中のわたしらしき何かは、ルオンの方を見つめていた。
目の下には張り付くように隈が覆っており、その光のない瞳は虚ろに、しかし熱を持ってルオンを見ていた。
顔をほんのり赤らめている様子は、まるでわたしとは思えないくらいに、ルオンに対して好意的なように見える。
わたしもどきにしては趣味が悪いぞ。
モニターの中のルオンは、フードを被ったままであまり変化はない。恐らく、前と同じ人である可能性を映しているのではないだろうか。それにしては、フードの猫耳型の膨らみが萎れていないが、もしかしたら元々フードに形状を保つためのワイヤーでも入っているのかもしれない。
「みんながここに映った。あんたも、ここに映った。その中で、わたしだけが違う姿を……、ルオン?」
ルオンが何も話していないことに訝しんで、わたしはモニターに居るわたしもどきと合わせるように横を見た。
ルオンは、無言でモニターの中にいるわたしもどきを見続けている。
惚けたような、しかし少し赤らめた顔をしているルオンは、ニタニタといやらしい表情というより、まるで切なく恋焦がれる顔のようだ。
「ルオン……あんた、どうしたの?ルオン?」
ゆさゆさと揺らしても暫く反応がなく、改めてモニターを見るとわたしもどきはずっとルオンを見つめ、モニターの中のルオンもわたしもどきを見ている。
これはなんなのだろうか。
このモニターの中のわたしもどきは、わたしのなんの可能性を映しているのだろう。
「……、あ」
ルオンが声を出すと、わたしの方をじろりと見た。
「あぁ、ミア。どうしたんだ」
「なんか、……あんたが黙ってるのが気持ち悪くて」
「……、いや、……なんでもない」
ルオンはモニターを閉じてから、わたしとじっと目を合わせた。
そうしてまたいやらしく微笑むと、わたしの頬に触れる。
「楽しみだな」
それだけ言うと、ルオンはまたソファで寛ぎ出した。
なんなんだコイツ、なんて思いながら……。
わたしはベッドに寝転んで、目を閉じた。
ルオンは、そんなわたしを見つめてから、彼もまた目を閉じる。
_____そうして数時間後。
コンコンと扉のノックがかかり目が覚めると、ルオンはもういなかった。
話すって、あんなに短くて良かったのだろうか。
一応体をまさぐって変なことをされていないか確かめてみるけれど、多分ない。
部屋が荒らされている様子もないし、適当にカフェでおやつタイムとでも行くか__と身支度をして玄関を出ると、門の所に見慣れた浅蘇芳の髪。
「ロンフェイ?」
「あっミアちん!ルオン様ったら授業に分身置くとか超ヤバいよね」
(なんで様付け?)
なんて思いながら、門を開いてロンフェイに近づくと、彼はわたしをジロジロと見る。
ロンフェイの紅の入った猫目は少し鋭く、細くなり首を傾げ不思議そうにロンフェイを見ていた。
ついでにロンフェイを連れてカフェに行くか、と歩き出そうとしたその時、彼はわたしの腕を掴んで塀に押し付ける。
「えっ……」
「なぁんか……苛つくんだよなぁ」
ロンフェイはわたしを壁に押付けてもなお腕を掴んだまま、じっと見下ろした。
顔をじっと近づけ、細まっていた目はぎょろりと開いた。
ルオンは眉目秀麗の極地とも言えるが、ロンフェイも普通に顔がいい。
いや、面食いという訳では無いが…見慣れすぎた故にそう思うだけで、そう、もともとロンフェイだってかっこいいんだから。
「ねぇ、ミア。俺よりルオンの方がいいの?」
「えっ……ルオンは……結構ドン引きしてるけど…」
家を教えたつもりも鍵を渡したつもりもないのに堂々と入ってきたり押し倒して匂いを嗅いできたり……、並大抵のメンタリティを持つ人間であれほどの"キモイ"行為は到底できない。
でも、何故だか拒みきれない所がある。
「そうだよね?ミアは俺の、相棒だもんね…?」
ロンフェイの顔はなぜかどんどん近づいてくる。
名前も知らない香水の匂いと、美しい顔が近づいて。
顔が真っ赤になりあわあわと慌て始めると、彼はわたしの鼻にキスをした。
「ろっ、ろろ、ろんふぇ……ッ?!あんた、何のつもり?!」
「あ〜あミアちん、こんなので真っ赤になっちゃうの?ウブだなぁ」
ロンフェイは片手をわたしの太腿に触れさせると、ゆっくりと撫でる。
ヤバい、今のロンフェイはおかしい。
龍に発情期ってあるのだろうか。いやはやもしくはロンフェイが何か根回ししているところで媚薬でも盛られたのだろうか。
とにかくおかしい。
「普通の女の子はさ、もっとこうやってすると善くなって、……求めちゃうんだよ?」
「知らない知らない!変態増殖しないでっ!ルオンもあんたもダブル変態になったら良心があのユングだけになっちゃうから!」
「だーかーらー……」
ロンフェイは鼻と鼻が触れる位まで顔を近づけると、唇が軽く触れる。
それはキス未満の事故のように思えるが、相手は10割故意だ。
「俺の前で俺以外の男の話しないでよ、フランシミア」
「……もう、わかったから離して!おやつ食べたいの!」
ロンフェイの耳元でギャンギャンと吠えると彼はようやくわたしを離し、そうしてぴったりと隣に着いた。
やっぱりロンフェイが変だ。
「ねぇねぇミアちん、俺も一緒に行っていい?」
「まあ、もともと連れてくつもりだったし」
「やったぁ〜、俺ね俺ね、タルト食べたい」
「好きにして…」




