20話
もきゅもきゅと口いっぱいにマカロンを詰めながら、わたしは目の前でフルーツタルトを頬張るロンフェイをチラ見する。
「ねぇ、ロンフェイは何作ってんの?」
「何って?」
「期末の課題」
当たり前だけれど、歯抜けの文なら普通、こうやって返してくる。
ロンフェイはさっきまでおかしかったけど普通の様子を取り戻していて、やっぱりロンフェイは龍だけど普通の人のサンプルとして扱っても大丈夫なみたいだ。
言ってもいないことを事実も虚実も丸ごと混ぜて曲解してくるあのヤバい男は、多分わたしが何を作っているのか聞いたらきっと期末の課題ということも察するだろうし、同時にわたしが想像もできないような変な虚実をくっつけて、ポジティブ精神で話しかけてくるのだろう。
「あぁ、俺は適当にやってるよ。下手に力入れると目立ちすぎちゃうからさ」
「ふぅん」
多分、いつもの通り基本的な魔法を創造魔法でアレンジして組み直したものだろう。
段々高度なものにしてはいるが、パターンは変わらない。
わたしはと言えば、ルオンに作り途中の魔法を完成されてしまった為考え直しだが、創造魔法と次元魔法をミックスするという発想は特に変えるつもりは無い。
それにブラックホールのエネルギーの方は取られていないだろうから、それを活用してまた別のアプローチをかける方向で行けばいい。
その膨大なエネルギーをどうやって上手く排出するかだが、例えばルオンにパクられた魔法だとパラレルワールドを見る為の大規模な演算をするエネルギーに使用していた。
スーパーコンピューターが何千台何万台と用意してもできる怪しいその計算を、ブラックホールの莫大なエネルギーで置換することによって処理負荷を最大限に減らし擬似魔法式の中で用意したプログラムを処理、モニターに投影するというのがあの魔法だけれど……。
(ルオンはブラックホールを挟まなかった……一体それを何で置換したんだろう…?)
気が向いたら聞いてみるか、と頭の中から消し去ってまた考え直す。ブラックホールを使って創造的に活用する。
いや、パラレルワールドに拘らなくてもいいんだ。その演算するところまでは一緒で、映すものを変えればいい。
なら、未来予知とかその辺にでもしよう。
決まったならもう話は早い。
今はロンフェイと遊ぼう。
「ミアちんは、本当に頑張り屋さんだからねぇ。性格に難があるけど」
「はっ、それは個性っていいなよ」
「うん、個性で処理できる程度のものじゃないよ?まあ、それについていけるのは俺だけなんだけどねぇ〜」
ロンフェイは背もたれに体を預けてゆらゆらと揺れながら、わたしの方をじろりと見た。
確かにまあ、ロンフェイとは長い付き合いだ。5年以上は一緒にいるし、その中でわたしが雑にあしらいながらもしっかり着いてきているのは流石というか。
契約しているというのはそれはそれとして。
「それで……ミアちん、ルオン・ヴェ……、コホン。ルオン様のことなんだけどさ」
「ん…?」
「ミアちんが自分のことを大事に思うなら、あまりルオン様に心を許しちゃいけないよ。彼は……見た目通りの人じゃないから」
「許すも何も……好きでもなんでもないけど?」
冷静に告げるわたしにロンフェイは溜息をつきながらも、わたしのネックレスを指さした。
それは、ルオンから貰ったアーティファクト。時空演算の構築鍵だ。
「ミアちんはね、そんなもん貰っておいてなんでもないはないの。それはモノホンの中のモノホン、売ればウン億に化けそうなくらいの性能なんだから」
「えっほんと?じゃあ売りたい」
「ルオン様にしばかれたいの?ミアちん、ドMだったなんて知らなかった」
「もう〜ロンフェイったら、ブラックジョークだよ」
といいつつ、売りたいと言った瞬間に恐ろしい寒気がしたからあわてて修正したのだ。
それにしても、そんな性能のアーティファクトなど国宝レベルなのではないだろうか。わたしに易々と渡してきたけれど、もしかして猫亜人の国にあったやつをパクってきたとかそういう話かもしれない。
いや、でもあの見た目だと超大富豪の線もありうる。
ルオンという男は、本当に顔は狂うほど良いから。顔だけだけど。
本当に、見てくれしか良くないけど。
「時空演算の構築鍵……鍵って言うにしては、形状が全然鍵じゃないよね」
太陽の光に当てると、シルバーカラーのフレームがキラリと反射して光る。
宇宙柄の地はレジン細工のようにぷっくりと膨らみがあり、生ぬるい光沢感があった。
しかし細工とは違って、それは確かに動いている。
「そうかな。確かに形は鍵らしくはないけどさ、穴に入れて解くものだけが鍵だなんて、昨今に定義するにはオールドタイプすぎるでしょ?」
「うーん…言われたらそう、かも……?」
最近では指紋認証だの顔認証だの魔力認証だのカードキーだの、確かに穴に入れて回して開ける鍵の方がむしろ少ないまである。
「正直手放して欲しい気持ちもあるけど……まあ、俺は命が惜しいんでね」
ロンフェイはタルトを食べ終えると、チャイティーラテを一口。
ケラケラと笑い、気丈に振舞ってはいるけれど奥底にマイナスな感情が見えるのは……、ロンフェイと契約しているからなのだろうか。
わたしの心はロンフェイに伝わっているのに、わたしがロンフェイの心を分からないのはちょっと悔しい。
「ねぇ、ミアちん。明日は一緒に学校行こうよ。迎えに行くからさ」
ロンフェイはわたしの屋敷の近くにあるアパートで暮らしているらしい。元々放浪者じみていたと言っていたから、多少不便でも野宿よりかはいいから、なんて言いながら安い賃貸で満足しているみたいだ。
有り余っている屋敷の部屋のひとつを契約者であるロンフェイに貸すくらいなら別にいいと思ったのだけれど、ロンフェイは家則に縛られるのが嫌だと言って断った。
束縛を嫌う節がある自由人間なものだから、ある意味付き合いやすいというのはあるのだけれど。
「いいけど、……どうして?」
「たまにはさ、いいでしょ?」
「まあ、嫌とは言ってないけど…」
その言葉にロンフェイは喜び、飲み物までしっかり飲み干せばニマニマと笑ってわたしを見つめている。
雷龍のくせに、本当に俗世に溶け込んでいるものだ。
甘いものを食べてロンフェイと話してたら、なんだか気分が良くなってきた。
ここらで一刺しするのも、ありだろうか。
カフェの座席を見渡して、ターゲットを定め始めると……ロンフェイの手によって目が覆われる。
「ミーアーちーん?」
「ちぇ、バレた」
「殺るならバレないようにやってっていっつも言ってるでしょ〜もう」
ロンフェイはわたしのトレーまで持って返却口に返してくると、わたしの腕を引っ張って歩き出した。
そうしてわたしは、彼に連れられて渋々治安の悪い地区で殺人をしていたのだった。
健常者を殺したい気分だったんだけど。
_______次の日。
身支度を終えて屋敷を出ると、確かに門の所にロンフェイが居た。
「あっミアちん、おーはよっ」
ロンフェイは笑顔で手を振りながらわたしを出迎えるが、ふと塀に目が向くと昨日彼に壁に追い込まれてキスされかけたことをおもいだす。
(ぁぁああ〜ッ……!!)
顔を赤くしてバツが悪そうに目を逸らしながら、ロンフェイの制服の裾をちょいと引っ張ると、彼はさらに上機嫌になり笑いだした。
「なーにミアちん、あんなことだけで照れちゃったの?ウブだねぇ」
「うっ……うるさい!あんたのせいなんだから!」
「龍の国ではちゅーくらい普通のことなんだからね?……嘘だけど」
「ややこしい嘘つくな!」
ロンフェイは龍の国の生まれだから、そんなことを言うと勘違いしてしまいそうになる。
彼は遠い遠い龍の国である島からやって来て、今スタデルクス・マルクスピサンツ君主国に居るらしいのだが、彼の長い旅路の話は滅多に聞かない。
そもそも、わたしは確か八歳だかの時に、研究所から逃げるロンフェイと半ば詐欺のように契約させられてここにいるのだ。
そして、そんなわたしの記憶だけれど……実は、六歳より前がない。
それは姉であるフォルフォニアも同じことで、わたし達は揃って両親に拾われてあの家にいるものの、両親から拾われたという結果の記憶からスタートした人生で、それより前を一切知らないのだ。
わたしがどこで生まれて、本当の親は誰で、六歳までどうやって生きてきたのか。
それを知ろうとしても、どれだけ市役所を駆け回ったり戸籍を見ても全て不明で埋め尽くされたわたし達双子は、誰も本当の正体を知らぬまま生きてきた。
「ミアちん、俺が迎えに行ったら素直に学校通ってくれるの?」
「は?気分に決まってんでしょ」
「そうだよねぇ、そういうとこがミアちんだ」
そうして平凡にロンフェイと歩いていると、目の前に黒猫が通る。
その目は真っ赤に光っており、わたしは思わず身構えた。
そう、瞬間影が真っ黒に覆い、現れたのだ。
猫亜人、ルオンが。
「おはよう……ミア。不躾な男を連れて反抗期は続行中だな」
「不躾って……ロンフェイはバディだから良いでしょうが!」
「は、人の物に手を出すやつはどんな素性があろうが関係ない。躾がなっていないと言って何が悪い?」
ルオンはにんまりと微笑み、わたしの頬をするりと撫でれば目を細める。
「それとも、かの龍王の前に引きずり出して、直接保護者にしつけて貰う方が好みか?雷龍、ロンフェイよ」
(えっバレてる?!)
わたしは慌ててロンフェイを見ると、表情を和らげないままルオンをじっと見つめていた。
「貴方の寛大な配慮には感謝します。しかし、私とミアは契約しているのです。易々と変えられるようなことでは無いことを、存じて頂きたい」
「は、……どこまでも意地を張るか、小僧」
「もーー分かった分かった!喧嘩しないの!」
わたしは片手でロンフェイと、そしてもう片手でルオンと手を繋ぐとぷっくりと頬を膨らませ二人を睨んだ。
「蹴落とし合いとかしてないでこれで満足して!」
ルオンはわたしと少し目を合わせたあと、溜息をつくと繋いだ手を絡め合わせ、にぎにぎと触れながら怪しく微笑む。
「仕方ないな。今日はお前のこの手に免じて、多少の狼藉は許してやろう」
「はぁ……」
「ミアちん、モテるってつらいね」
「どこから目線なのあんたは」
そうしてなぜか長身のイケメン二人を左右に添えて歩き出す謎の光景が始まっていると、学園が見えてきた頃にふと異様な人だかりが見えわたしは首を傾げた。
ロンフェイとルオンは先に何があるのか見えたらしく、口を開く。
「ミアちん、聖女二人がいるみたいだよ」
「はぁあ…?」
「邪魔ならば、聖女とやらもまとめて吹き飛ばしてくるがどうする?」
「いいよめんどいから…」
そうして裏門から入るかと二人を連れて迂回し、無属性学科の転送魔法陣の前までくる。
それにしても、聖女周りの喧騒が移動したのにここまで来ても小さくならない。
門に居るのにここまでご拝謁の列が伸びているのだろうかと振り向くと、ふわりと花のいい香りがして目を見開く。
「……は」
振り返った前には、騒動の中心である聖女ふたりが、わたしをじっと見つめながら立っていた。
「こんにちは、君は……ええと、無属性学科の子かな?」
思わず二人から手を離し、そのオレンジがかった金色の髪と、青い瞳を凝視する。
彼女は、ルビィ・キルスト・シュナイデン。
光来の聖女と呼ばれる、今話題の女性らしい。
「聖フェイリス学園では学科ごとに制服の色が違うみたいです。この子はピンクの色なので、無属性学科で間違いないでしょう」
淡々と声を上げるシルバーの髪に青い瞳の女性は、リーン・ネプチューン・リオラ。
風読みの聖女と呼ばれ、ルビィのバディみたいだ。
「わお、今話題の聖女サマが揃っちゃってるぞ?ギャラリーまでしっかり着いてきてて超煩いけど」
「耳障りだな。やはりひとつ黙らせるかミア?……ミア?」
___あぁ、なんでだろう。
すっごく、殺さなきゃいけない気がする。




