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紅蓮ノ華 ✿ 白翠ノ月  作者: 漣 ✾ 黒猫堂
chapter 002 『転』
8/10

『肆ノ柱 ✿ 幽冥界 de 輪舞』

蓮御門はすみかど 緋子ひいこ】 (作画;漣 ✾ 黒猫堂)

挿絵(By みてみん)





 緋子ひいこは、その両腕に抱え込んだ翡翠みどり色に輝く球体を覗き込み、()の様子をうかがっていた。


 何やら 向こう側の家族たちの動きが慌ただしくなってきたかと思えば、蓮御門(はすみかど)家に(つか)える使用人たちまでもが呼ばれ、何かの準備をしているようだ。

 そして、一度部屋を出て行った丹子にいこが、何故(なぜ)か猫の黒揚羽くろあげはを連れて来たりなどしている。


「えーっと… あの人たち、一体何をしているのでしょう…。 まぁ 取り敢えず順当に考えれば、今現在で一番の異常事態は…… やはりこのわたくしですわよねぇ…。 もしかして、此処ここから助け出してくれるのかしら? いえでも… 此処ここってそもそもがわたくしの身体の中な訳ですから、出されちゃっても困りますし…… 」


 … と、緋子があれこれ思考を巡らせていると… 翡翠みどり色の球体の向こう側、儀式の場にいる母 煕子ひろこが急に近寄って来るのが見えた。


 そして この大きな色眼鏡いろめがね越しに、明らかに此方こちら側に向かって何かを語り掛けると… 何故なぜだか満面の笑みを浮かべ、すぐにまた離れて行ってしまう。

 その謎の笑みが、緋子にはただひたすら 不穏当なものに思えてならない。


「い… 一体 何でしたの? 今の怪しげな笑みは…。 でも生まれてから長年 あの人(・・・)と一緒に居りましたから、何となく解る気がしますわ…。 あれは… あの微笑みは、ちょっとやばいやつ(・・・・・)かも知れませんわね… 」


 直感的にそう思い身構えるが… とは言え、りきんだところで今の状況下の緋子には、何が出来る訳でもない。

 … と、ここで緋子は ふとあることに気付く。


「そう言えばこれまで… そう、先程の御母様も… 此方こちらを向いている時は何だか、まるで『会話をしている』ような素振そぶりに見えましたわ…。 え… 誰と? わたくし…? でもわたくし此処ここに居る訳で…… 」


 しかしながら更に思い返してみると、先刻想像した通りに、この翡翠みどり色の球体が『緋子自身の眼の裏側』であったのだとすれば ――


「先程からずっと… この球の先の風景って、彼方(あちら)此方(こちら)に視線を移動させておりましたわよね…。 それに時折、わたくし自身の手振りのようなものも見えていたり…… 」


 緋子がそこまで思い至るのとほぼ同時、その『緋子自身の手』のこうが玉の向こうに大きく迫ってきたかと思うと、そのまま完全に視界をふさいでしまうのが見えた。


 だがその刹那せつな、目の前に浮いている翡翠みどり色の玉が、それ自体の発光か()からの光かは判然としないものの、突如 膨大な光の渦を内側に流し込み始め ――


「きゃぁ! ま… (まぶ)しぃ!!?」


 その光の奔流ほんりゅうが更に光量を増していくのに合わせ、そこからあふれ出た幾つかの光の束は、まるで意志を持った火の玉のように幾筋かの触手となって伸び始める。

 そしてあろうことか、緋子の身体に次々とまとわり付いてきた。


「えっ!? ちょ… なな、何ですのこれは!!?」


 … と、緋子がみずからに起こりつつあるこの異常な状況を見定めようとするいとまもなく ――

 それら光の触手たちはもの凄い力で、今度はくだんの玉の方へと その身を引きずり込もうとしてきたのである。


 そしてその向かう先のそれ(・・)は、今では更に白翠しろく輝きを増大させており ――

 ()(かく)も あまりの目映(まばゆ)さに、直視することも(まま)ならない程の有り様であった。


「ちょっと、もう… な、何なのこれ……。 一体何なんですの!? この状況はぁぁぁああああ!!?」


  ◇


 気が付くと緋子は ――

 つい先刻まで身を横たえていた部屋の中を、自分自身が何か光のような実体のないものに成り果てた姿形で、ぐるぐると旋回し飛び回っているのを感じた。


 室内には、どうやら自分の他にももう一つの光の玉が飛び回っており… それらを見上げる父 晴親はれちかや母 煕子ひろこ… 妹の丹子にいこと、そしてもう一人 ――


「え… 寝座に座っているのって… わたくし……?」


 緋子には、突然の出来事の累次るいじ続きで思考が全く追い付かず 訳が解らない事ばかりであり… 全くもって、なかなかどうしてな状況である。


「ん~… お部屋の中を… ぐるぐると飛んでいるわたくしが… わたくし自身を上から俯瞰(ふかん)で見下ろして…。 あぁ… これってやっぱり(わたくし)… 死んでしまっているのかしら……?」


 しかし今現在、寝座の八重畳上に座って右手を眼前にかざし… そしてその右眼付近から、如何いかなる仕儀しぎか膨大な光をほとばしらせ続けている『緋子の身体の方』は ――

 どうやら煕子と何かを話しながら、あれこれと動いているように見える。


「でも… あの(・・)わたくしの身体… 何かしっかりと動いてますわよね…。 じゃあ、死んで… ない?」


 あまりに異常な状況とその変化の連続に、一時は『死』をも想起し放心し掛けた緋子であったが、同時にその違和感にも気付き、いろいろと悩み始める。


「え……………? それでは… あの(・・)(わたくし)は一体… 誰なんですの? そして今、此処(ここ)に浮いているこの(・・)わたくしって一体…… 」


 見下ろした先に居る『自分』である(はず)の身体が、どうやら緋子の意思とは無関係に… ひいては恐らく、全くの別人格として行動していることを、ここで(ようや)く認知。


「 …って、ぃやだ! あの(・・)わたくしったら、いまだに裸のままではありませんの! それに… それに何か、全身が蒼白く光ってますしぃぃぃい!!?」


 そう… そしてあまつさえ、その眼や身体が異様に発光している(さま)()の当たりにした途端(とたん)、急速に(ふく)れ上がるそれら奇怪な疑問の数々によって、緋子の意識は再び覚醒し始める。


 いや… それを一気に通り越し、今度は不安と(たかぶ)りの極に達していくのであった。


「いや、そもそも眼から光が出てるとか… あの(・・)わたくしってば、一体どういう状態ですの!? うゎ… それに反対側の眼は()()ですし…。 ひぃっ! 今確かに、何か少し嘲笑わらいましたわよ… (こぉわ)っ!!?」


 … と、ますます狼狽・驚愕・混乱していく様子の緋子。


 しかしそんな中でも気丈きじょうなことに、何とか『おのれ自身』の存在を確認するため、まずはみずからの身体の感覚を確かめようと試みてみる。

 だがしかし… やはり緋子の身体は物質的な実体を失い、光か炎… もしくは気体のようになってしまっているらしく、その身の頼りないこと この上もない。


 また面妖おかしなことに、空中を自由に飛び回ることは出来ても、逆に床の方へと降りたり、または壁を通り抜けて部屋の外へ出るなどのことも、どうやら出来ない状態のようであった。


「あ~ん、もぉっ! どうしましょうどうしたらいいのどうしろっていうのよぉ~!? ねぇちょっと御母様ぁ!? ねぇ丹子さん、わたくし此処ここよ!? ぐすっ…… もぉ何でも良いから早く助けてぇ~! てか、あの光ってるのは一体… 誰なのよぉぉぉお~~~!!?」


 しかしながら、実際にそういった救いを求める声を上げようにも如何いかんともし難い。


 そしてこれは正直、蛇足(だそく)些事(さじ)ではあるのだが ――

 緋子自身も特に意識はしていないものの、自分が飛び回っている下で ただぽかんと口を開けているだけの晴親に対しては、とても助けなど求めようという考え自体、およそ浮かんでこなかったのであった。


  ◇


 室内をあまりにも激しくほとばしり行き交う、恐らくは緋子や黒揚羽たちの魂なのであろう光の渦の狂乱…。


 そして最早もはや、儀式をり行なっていた煕子たちの側も あまりの光景にあわて狼狽し、秩序も律令も完全に崩壊してしまっているこの混沌こんとん…。


「なぁおい、パドっちぃ! 今のこれって、本当に大丈夫なのかぁ!? 予定通りの… ちゃんとした想定内の状況なんだろうなぁ!?」


 丹子は思わず、パドマにこの現況の正否を問い(ただ)すべく詰め寄る。


「パ… パドマさん!? ぁあ、あの飛んでいるふたぁつの火の玉…。 あれらがひいちゃんと黒ちゃんということで、間違いないのかしらぁ!?」


 煕子は、すでに不要と判断して祝詞のりとを唱えるのはめているものの、舞いの動きはそのまま継続しつつパドマに問い掛ける。


 この世ならざる光の、斯様かようなまでに荒乱(こうらん)過度(かど)無茶(むちゃ)出鱈目(でたらめ)超越的溢流オーバーフロー最中さなかにあってなお、儀式を継続させようと狂奔きょうほんする彼女らの真剣な問いに対してパドマは ――


「あぁ… これはちと流石さすがに、場が荒れ過ぎのようじゃのぅ。 二体とも、突然の事で随分と(おそ)(あわ)てておるようじゃ。 ふむ… 此処ここはもう、れが出張(でば)るしかないかも知れん」


 パドマはそう言うと、右眼の前にかざしてあったその手を物憂ものうげに頭上へと上げる。

 すると、白翠はくすい色に輝く直径五尺程の魔法陣が、その手の先の空中に突如出現した。


「うゎ!? なんだそれすっげ… 時計の針み…… 」


「あらぁ綺麗… パドマさん、それは一体な…… 」


「はぁ… これはもうわしなんぞの手には負え…… 」


 相も変わらず騒がしい蓮御門はすみかど家の者たちが、時計盤の文様を(ほどこ)された美しい魔方陣の出現に驚き、手前勝手に何やら銘々(めいめい) 口走っていたようであったが ――


 それらに(こた)えていると、またぞろ面倒なことになると悟ったパドマは… 賢明にも一切いっさいを無視し、そして ぱちりと音高くその指を鳴らした。


 すると、その瞬間 ――

 まさに狂気乱舞のていであった室内の動き一切いっさいが ぴたりと止まり、同時にその中の色彩全ても、灰茶白黒モノクロームの世界へと(いざな)われた。


 それまで壮絶な状況であった部屋の中は、突如訪れた静寂に包まれ… 急に動きを止めた人間たちと、そして乱れ飛んでいた光の玉までもが、まるで石膏か砂の像のように白翠しろく 生気の抜けきった無機的な姿をさらしている。


 但し、そんな不思議なこの光景を視認出来ていた者は、渦中(かちゅう)にある緋子と黒揚羽… そしてこの状況を創り出した、パドマ本人だけであったろう。


 そしてパドマは 寝座の上で手を上げ座ったままの体勢で、眠そうに細めていた両瞳の内の左側 ――

 紅く輝いている方のまなこを、今よりも少しく大きめに開く。


 すると、その紅眼ひとみは これまで以上に輝きを増していき… そこからはなんと三つめの光の渦が、(しず)やかにほとばしでたのであった。


 パドマの左眼からあふれ出たその光が天井付近にまで上がっていくと、ときの静止と共に宙で止まっていた二つの光の玉も再び輝きを取り戻して動き出し ――


 そしてそれら三つの魂たちはともえのようにくるくると、まるで脈打つ丸い心波形のような輪舞ロンドを舞い遊び始める。


 そしてこの先は異界……。

 黄泉(よみ)(うつ)()との狭間(はざま) ――

 互いに手を取り、動き始めた二つの魂たちに向かって、三つめの魂として宙に踊り()でたパドマが 静かに声を掛ける。


「驚かせてすまぬ。 そして緋子殿、其方(そなた)とは()れが(ようや)くの『初めまして』じゃのぅ。 れは、パドマ・バティ・ヴリコラカスと申す者。 所謂(いわゆる)吸血魔族(ヴァンパイア)じゃ」


「 ………………… えーっと… はい?」

「 ………………… にゃー… にゃにゃ?」






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