↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紅蓮ノ華 ✿ 白翠ノ月  作者: 漣 ✾ 黒猫堂
chapter 002 『転』
PR
7/10

『參ノ柱 ✿ 無理筋 de 狼狽』

【蓮御門(はすみかど) 緋子(ひいこ)】 (作画;漣 ✾ 黒猫堂)

挿絵(By みてみん)





「えと、母さまぁ? 取り敢えずさ… 言われたとおりに黒揚羽(くろあげは)のやつを連れてきたんだけど… 」

「う゛にあゃーーーぁ」


 普段とは随分と掛け離れた機敏な言動を見せている煕子(ひろこ)に若干 狼狽(うろた)え気味の丹子(にいこ)が、離れから猫の黒揚羽を抱き抱えて戻って来る。

 黒揚羽は、この春で2歳になる雑種の黒猫なのであるが、サイベリアンの血でも入っているのか毛足がやや長く、また顎(あご)や胸のあたりに銀毛が混じった体色をしていた。

 これから自分の身に何が起こるのかなど知る由(よし)もない黒揚羽は、丹子に抱えられたまま呑気(のんき)に辺りを見回している。


「ありがとう丹(にい)ちゃん。 それじゃあ、黒ちゃんをそこの寝座に寝かせてちょうだい♪」


 煕子(ひろこ)はそう言うと、その周囲に置かれている式盤(ちょくばん)等の道具類を整えたり、また もう一対の寝座の上で半身を起こしている、緋子(ひいこ)の姿をしたパドマと細かな段取りの確認を行なったりするなど、普段とは全く印象の違う てきぱきとした動きで、着々と儀式の準備を整えつつあった。

 但し、少しは落ち着きも取り戻しつつあるようで、口調は先刻よりも幾分元に戻ってきており柔らかい。


 そしてその間… 今宵(こよい)の儀式一連の本来の主催であり、この家の当主でもある 陰陽頭(おんみょうのかみ)・蓮御門(はすみかど) 晴親(はれちか)はというと ――

 こちらはもう、すっかり蚊帳(かや)の外である。

 煕子を中心に、丹子や使用人たちの手によって見る間に整えられていくこの場の様子を、ただただ呆然と見守るばかりであった。


「なぁ、煕子ぉ…。 儂(わし)は一体、その… 何をすればええのんやろか…?」


 何とも居たたまれず、晴親がそう遠慮がちに問い掛けてみると… 煕子は普段と変わらぬ口調でそれに応え、先程作成を依頼した『形代(かたしろ)』の出来などを確認した後、更にまた幾つかの指示を出してくれた。

 そして ――


「で、あとはぁ…… そぉそ! 晴親さんにはねぇ、あたくしが執(と)り行う儀式とはまた別に、大事(だぁいじ)な術を同時に(・・・)施(ほどこ)してほしいのぉ。 まずはそれを説明しておかなくっちゃねぇ♪」


 そう言うと煕子は、晴親をはじめとした他の皆も集め、これから行う儀式全体の段取りを説明し始める。


 曰(いわ)く、『現魂移体(げんこんいたい)之儀 … 並行貳(に)式 次第(しだい)』――


 其ノ壱(いち) … 緋子の身体から、緋子自身の魂を開放

 其ノ貳(に) … 同時に黒揚羽の身体から、黒揚羽の魂を開放

 其ノ參(さん) … 黒揚羽の身体を依(よ)り代(しろ)とし、緋子の魂を入魂

 其ノ肆(よん) … 晴親が作る形代(かたしろ)に、黒揚羽の魂を入魂


 この次第(しだい)中の『壱と參』は煕子が、そして『貳と肆』は晴親が、それぞれ執り行うこととなる。

 しかしながら恐らく、その難易度は相当に高く困難で… これだけの混んだ行程を踏み、かつ 並行して行われる典儀には、ほんの寸刻のずれも許されない。

 古今(ここん)、これ程までに煩労(はんろう)極まりない儀式は、古(いにしえ)の神道にも陰陽道にも、史上例がないであろう。


 これらの内容を聞いた一同… 特に晴親と丹子は、より一層 緊張の色を濃くし戦慄するが ――

 しかしやらねば、長女である緋子の魂魄(こんぱく)は自身の身体の中で、強大なパドマの魂圧によって押し潰されるか、もしくは体外に押し出されて そのまま終(しま)いとなってしまう筈(はず)である。

 そしてまた、もうそれまでに幾何(いくばく)の猶予(ゆうよ)もない。


「まぁ… やるしかねぇんだよなぁ……。 ん~… よし! んで、姉貴が助かる見込みはどれくらいなんだ?」


 何とか腹を据(す)えた様子の丹子が、そう煕子に向かって問う。


「それがねぇ… 正直、やってみなくちゃ判らないの…。 だってねぇ? まず言えることはぁ… これ程の儀式、本来であれば あたくしたちの持つ呪法や力なんかでは、絶対に不可能なものなのよぉ… 」


 … と、煕子の口からは、開口一番で絶望的な状況が語られる。


「ほなら煕子ぉ… そんなん、一体どないするつもりなんや…?」


 晴親は、これから執(と)り行われる儀式の内容そのものについては何とか理解出来ているものの、それを成し遂げるための絵面(えづら)が全く見えてこず ――

 しかも、この一連の次第(しだい)の半分を己(おのれ)自身で遣り遂げねばならないということに とにかく不安を募(つの)らせ、今にも押し潰されそうな顔をしている。


「あらあら晴親さん… そんな顔をしなぁいの♪ 大丈夫よぉ… 不安なのはぁ、あたくしたちだって同(お~んな)じなんだから… ね?」


 … と、煕子は夫である晴親に対し、努めて明るく… と言うより、まるで子供でもあやす時のような優しい笑顔を作り(・・)ながら、出来得る限りの励ましと鼓舞(こぶ)の声を掛ける。

 そう… 何としても、晴親にはここで折れ 挫(くじ)けてもらっては困るのだ。

 その意味で、煕子が今見せている微笑みは多分に作為的であり、かつ非情である。


「晴親さんもみんなも、よぉく聞いて? これからあたくしたちが行おうとしている儀式に、本来 最も足りていない要素… それはね、『魔素(ちから)の量』なの。 でもそこはほらぁ、今はその方面でまさに規格外の(・・・・)パドマさんがいるからぁ… たぶん大丈夫♪ ですからパドマさん… どうかご協力、お願い致します… 」


 煕子はそう言うと、その ふぅわりとした話し口調とは裏腹に真剣な眼差(まなざ)しで、緋子の姿をしたパドマの顔を じっと見遣(みや)り… そして深々と頭を下げた。

 それに対してパドマも ――


「ああ、承知した。 我(わ)れに出来ることがあれば、鋭意(えいい)助力させてもらうとしよう」


 … と、煕子の思いを聢(しか)と汲(く)んで請け合う。


 その言を得た煕子は 大いに安心した様子で頷(うなず)くと、更に顔をパドマに近付け ――


「ねぇ、緋(ひい)ちゃ~ん、聞こえてるぅ? これからぁ… あなたを助け出して、なぁんと黒揚羽ちゃんの身体に移ってもらいますからねぇ~、頑張ってぇ♪」


 … と、パドマのその翡翠(みどり)色に輝く右眼に向かって ――

 ひいては、その奥から事の次第を眺めているであろう緋子に向かって、半ば『形だけ』の声掛けをする。


「 …? 煕子殿、先程も言うたがのぅ…。 中(・)に居(お)る緋子殿に、この光景までは見えておろうが… 恐らく話の方は全く聴こえておらんと思うぞ?」


 そうパドマが念を押すが、煕子の方は事も無げに返す。


「ええ、いいのいいの。 一応は本人にちゃ~んと声を掛けておかないとぉ… あとで言い訳が立たないでしょぉ? それだ~け♪」


「あっははは! いゃいや母さま、『それだ~け♪』って。 姉貴のやつ、出てきたらすんげぇー怒るぞぉ? だって、よりにもよって猫に… ぶふぅ!」


 … と、どうやらこの二人は もうすっかり腹を括(くく)った様子で、その喋(しゃべ)り口調や行動にも 少しく余裕が出てきている。

 パドマはそんな彼らを見て ――


「ふふ… 人間族(ヒューマン)どもと言うても、なかなかどうして大したものじゃ」


 などと独り言(ご)ち、そして思わず苦笑する。


「うむ、分かった。 では、緋子殿の魂魄(こんぱく)を無事 この身体より一度開放し、その猫… 黒揚羽とやらの中に入魂(おく)り出すところまでは、我(わ)れの力で必ずや何とかすると約束しよう。 あとはじゃ… 晴親殿よ、その際には黒揚羽の魂が確(しか)と抜けた状態になっておるよう、宜しく頼むぞ」


 パドマはそのように助力を請け合うと、部屋の隅で急ぎ形代(かたしろ)の用意をしている晴親に向かって声を掛けた。

 それを受けて漸(ようや)く晴親も ――


「やれやれ… 此処(ここ)に居(お)る女子(おなご)衆(し)方の性根は、一体どないになっとるのや…。 はぁ~あ… しゃあないのぅ! こんなん、儂(わし)の力量でどうにか出来る気ぃが全くせんのやが… ま、気張るしかないわ!」


 … と、何とか吹っ切れた様子を見せる。


 そうして時は満ち、先程まで儀式の設(しつら)えを手伝わされていた使用人たちが室外へと下げられ、いよいよ この稀代の儀式が開始されたのであった。


  ◇


 まずは煕子が、実家である吉幡多(よしはた)家に伝わる呪法を基(もと)にして組んだ祝詞(のりと)を唱え始めると同時、パドマが緋子の身体の右手を一度目線の高さにまで すぅっと上げ ――

 そのまま、その手の甲を白翠(はくすい)色に輝く右眼の前に翳(かざ)すと その刹那(せつな)… 鮮やかな翡翠(みどり)色の閃光が、まるで勢いよく湧き上がる泉のように、四方へと攪乱(みだ)れ迸(ほとばし)った。

 そして ――


「皆、良いか! 緋子殿の魂魄(こんぱく)が、この右の眼より躰外へと出るぞ!」






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。