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紅蓮ノ華 ✿ 白翠ノ月  作者: 漣 ✾ 黒猫堂
chapter 002 『転』
6/10

『貳ノ柱 ✿ 己躰内 de 蟄魂』

蓮御門はすみかど 緋子ひいこ】 (作画;漣 ✾ 黒猫堂)

挿絵(By みてみん)





此処ここは… 何処どこなの…… 」


 周囲が、不自然な程に美しく真紅に染め上げられた、天地左右すら何もない異空間の中で、少女はそうつぶやく。


 するとまるで その言に応えたかのように、深紅一色だった空間の中で突如一点、直径2尺程もある球状の物体が、白翠(はくすい)色に輝き始めた。

 少女はそれをすぐに見付け、空間を泳ぐように近付いて行く。


「綺麗… こんな何もないところに、まるで御月様みたい… 」


 そう独りちると、少女は その月のように光輝く透明の丸い何か(・・)を両掌で優しく包み込み… その向こう側の世界をうかがい覗き込むようにして、眼を くっ… と凝らしてみる。

 すると ――


 覗き込んだ向こう側には、少女がつい先程まで寝かされていた、寝座のある部屋と数々の儀式道具…。

 そして、父親である晴親はれちかや、母 煕子ひろこたちの姿が見えた。


「うーん… どうやら音は何も聴こえないようですけれど… でも、この翡翠(みどり)色の大きな水晶玉の奥に皆が見えるということは… 取り敢えず『向こう』がお部屋の中… で、間違いないですわよね…?」


 少女… 蓮御門はすみかど 緋子ひいこは、みずからの置かれた状況がよく判らないことによる不安をまぎらわせるように、まずは誰もいない空間で独り、えて思いをいちいち口に出しては、自分自身とその声を確認してみる。


 そして、現状唯一のしるべとなりそうな眼前の光る玉を 改めて大事そうにしっかりと抱え込むと、更にその奥を ぐっ… と喰い入るように覗き込んだ。


 すると何やら、あの(・・)両親たちが ――

 こそこそと互いをつつき合いながら、滑稽こっけいな動きであたふたし始めたかと思うと、挙句あげく ほうけたような表情を浮かべ…。

 そしてしまいには、まるで途方に暮れたような顔で、こちらに向かってぺこりと頭を下げている姿が見える。


「まったく… 御父様と御母様は、一体何をなさっているのかしら…。 本当に何だか挙動不審で、華族らしさのカケラもありませんわ… 」


 両親の そんな珍妙おかしな動静を、少しくあきれながらも半笑いで見ていると、今度は部屋の外から妹の丹子にいこが、血相を変えた様子で突入してくるのが見える。


「丹子さん、相変わらず行動が大胆で勇ましいですわね…。 わたくしと同じ姿なのに、性格はまるで正反対」


 緋子が そんなことを独り呟いていると、光る翡翠(みどり)色の玉越しに、何やら驚いた表情を見せている丹子と視線が合ったような気がした。

 どうも、外からこちら側を覗き込むようにし、何かに驚いているように見える。


「あら… もしかして、あちら側からもこちらの()が見えるのかしら…… ん? あちら… こちら…… 中?」


 そこで緋子は再び、みずからの『状況』についての把握に思考を引き戻す。


 今現在 自分が居る場所は、ただ延々とひたすらに真っ紅な、地面ですらも何もない異空間…。

 そして そこにぽっかりと浮かぶのは、白翠(はくすい)色に光り輝く球状透明の柔らかな物体…。

 これらのみが 今の緋子にとっては全てであり、唯一の頼り ――


 その不思議な玉を使って『()』の様子を見てみれば、いろいろと突っ込みどころはあるものの、相変わらずの家族たちの姿と、そして変わらぬ室内の様子。

 そして両親も妹も何かを話したり、また何故(なぜ)か こちらに向かって頭を下げたり…。

 あとは室内の位置関係などを勘案すると、もう答えは一つだ。


「皆が話しかけている相手は… いまだ室内に居るままのわたくしの… 身体? そしてこの翡翠(みどり)色の玉は眼… その裏側なのかしら……? でも、『わたくしの身体』が()にあるのだとしたら… 今この()にいるわたくしは一体……?」


 ようやくそこまで考えが及んだところで、緋子はふと あることに気付く。


「そう言えばわたくし… この場所に来てからず~っと、身体の感覚がありませんわ… 」


 ◇


 ちょうどその頃、()では… 丹子がようやく、『緋子の魂はどうなってしまったのか』という疑問に思い至り、それを周囲に告げているところであった。


「姉貴って… 一体どうなっちまったんだ?」


 そんな丹子の至極しごくまとを射た問いに対し、例のあの(・・)両親たちの反応は 予想通り鈍い。


「はぁ? お前さん、何を言うとんのや。 緋子ならさっきからず~っと、目の前に居るやないか」


「あらあらにいちゃん、疲れて ぼぉ~っとしちゃったのかしらねぇ… 」


 目端めはしが利き さとい丹子としては、あの(・・)両親たちのこの反応は、取り敢えず全くもって 想定の範囲内である。


「あー… うん。 いやぁ… ぼぉ~っとしてんのはどっちなんだっつー… まぁいいか。 いやさー、そこにいんのはぁ…『姉貴の身体』と、そん中に憑依はいり込んじまってる『パドっちのたましい』… みたいなもんなんだろ?」


「パドっち… え、れのことか?」


 この反応も想定内であり黙殺。


「だったらよー、姉貴のたましい… ってか、心ってぇのかさー。 そのー… 中身? 『本体』はさ、一体どうなっちまったんだっていう話なんだけど… 」


 そこでようやく、両親たちも思考が追い付いた。


「あ~~~、そうかそうか… 『緋子』なぁ~! そぉやった そぉやった」


「あらあらまぁまぁ、すっかり忘れてたわぁ♪」


 この反応も、当然ながら丹子の想定内である。

 それはそうだ、ここで慌てふためかれても困るではないか。


「じゃあさ、どうすれば姉貴は戻ってこられるんだ?」


「それはねぇ、パドマさんによる憑依ひょういが解けたらぁ… すぐにまた、ひいちゃんの意識が戻ってくるのよぉ♪」


 煕子がそう言うと、隣にいる晴親も『うんうん』と頷いている。


「だってぇ、元々が『口寄くちよせ之儀』なわけなのだからぁ… 神様か精霊様が出て行かれたあとはぁ、ひいちゃんが『ただいまぁ~』って帰って来るに、決まってるじゃな~い? うふふ♪」


 そして晴親は相変わらず、『そうやそうや』と隣で相槌を打つのみである。


「そっかぁ… じゃあもう少ししたら、パドのやつとはお別れなんだなぁ… 」


 丹子がそう言うと両親たちも、パドマ… 緋子の身体の方を見て、少し名残惜しそうな表情になる。

 するとパドマは、その視線を受けて一言… 衝撃的な言葉を発した。


「ん… なんじゃ? れはの身体から、自力で抜け出ることなど出来ぬぞ?」


 ◇


 パドマからの衝撃発言の後、室内は混乱の極みにあった。


「ぁぁあ… あの、パド… パドマさん? 自力で出られないってぇ… いったい、どういうことなのぉ!?」


 普段であれば、何事があってもほとんど動じるところなど見せない煕子が、この時ばかりは動揺を全くもって隠すことなく、声ばかりか手先や足先までもが わなわなと震えている。


「ふむ… れはのぅ、先程も少し話した通り、『吸血魔族ヴァンパイア真祖おさ』であり、その力は… そうじゃのぅ、其方そなた人間族ヒューマンどもと比した場合、魔素量だけでも相当な… それこそ、天と地程の差があると言えよう。 そうした魂魄こんぱくがじゃ、人間族ヒューマンの… それも斯様かように小さくて脆弱な身体に無理やり押し込められたのじゃから…… 」


 それは当然、そのまま何もせず 引き寄せられるがままに憑依はいり込んでしまっていた場合… 恐らく緋子の身体は、跡形もなく弾け跳んでしまっていたであろう。


 ゆえにパドマは、術にばれて魂魄こんぱくが置換されていくと同時、緋子の身体組成を根本から作り替えながら、みずからを入魂・定着させていくしかなかったというのである。


「しかしそうなるとのぅ… これはもう、れの身体になってしまったも同然。 生き物は普通、おのが身から魂魄を自由に出し入れしたりなど、容易に出来はすまい? じゃからのぅ… れが出たいと思うたとしても、今更それは出来ぬのじゃよ… 」


 パドマのその言葉を、晴親… は ただ理解があまりよく追い付かずにほうけて聞いていたのであるが ――

 煕子の方は、その内容と状況をしっかりと理解し… だがそれであるがゆえに、より確信に近い絶望の淵で、同じく呆けたような状態に心をとし込んでいたのであった。


「え… じゃあ、姉貴は… 姉貴の魂は、一体どこに行っちまったんだよ… 」


 丹子のその問いに対し、パドマは心苦しそうに答える。


「緋子殿の魂は、まだれの… いや、すまぬ…… この緋子殿の身体の中にるよ」


 その言葉に、煕子は はっと我に返って顔を上げる。


「では 緋ちゃんは、まだちゃんとそこにいるのね!?」


「ぁ… ああ、随分とその身を小さくして… いや、少し違うのぅ。 れが入魂はいり込んだことにより、この身の内に拡がる空間が拡張・増大し… 結果、比して小さくなった緋子殿の魂は、その中をあちこち彷徨さまようこととなってしまっておる。 そして今はちょうど… ふむ、この右眼の奥からのぅ、今のこの様子も覗いておるようじゃぞ?」


 それを聞いた煕子は 瞬時に判断し思考を巡らせると、これまでに家族ですらも見たことがないような機敏な動きと力強い言葉で、晴親と丹子、そしてパドマに対し、まるで厳命するかのように言った。


「丹子、離れから急いで 黒揚羽くろあげはを連れてきなさい! そしてパドマさん、あなたは出来得る限り魔素量を内に抑え込んで、かつ その右眼の奥にいるという緋子の魂に道を開けてあげてちょうだい!」


「は… はい、母さま!」

「へ!? ぉ…おぅ、解ったぞ!」


 いつにない煕子の剣幕に押され、丹子のみならずパドマまでもが、有無を考える(いとま)もなくその言に従い、()く行動に移る。

 煕子はそれを見届けると ――


「さぁ、晴親さん! あたくしたちは急ぎ、『現魂(げんこん)移体いたい之儀』の(しつら)えを整えて…… あと、もうひとつ形代(かたしろ)の用意を!」


「 ………… な、何やと…!? 煕子ぉ、まさかお前…… 」


 狼狽(うろた)える晴親の様子を尻目に、煕子は気にも留めず きっぱりと言う。


「まずは緋子の魂を開放し、現況から救うことを第一義とします。 黒揚羽の身体を、一時いっときの器とするわよ!」





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