【最終話】最後の復讐
このままでは目標にいかないので今回で打ち切ります。短い時間でしたが有り難うございました。
地下室には、椅子に縛られた二人の少女がいた。沙織は二人を見つめ、静かに微笑んだ。
「……久しぶりね。覚えているかしら? あなたたちが、私をトイレに閉じ込めていたことを」
二人の頭上に、文字が浮かぶ。
【困惑】
沙織は首を傾げた。
「あら、忘れてしまったの? 私は、あの日のことを一日だって忘れたことはないのに」
「さて……今日は、あなたたちにゲームをしてもらいますわ」
「……ゲーム?」
少女の一人が、不安そうに聞き返す。
「ええ。協力プレイでゲームしましょう」
沙織は楽しそうに手を叩いた。
「二人は仲良しなのでしょう? だったら、協力するのは得意なはずよね?」
二人の頭上に、文字が浮かんだ。
【困惑】
【恐怖】
沙織は、その文字を眺めながら、満足そうに微笑んだ。
沙織は二人の少女の前に立つと、それぞれの口元にロープを差し出した。
「さあ、あなたたち二人とも、これをくわえてちょうだい」
「な、何なのよ、これ……?」
一人が不安そうに尋ねる。
「ゲームに必要な道具ですわ」
沙織は笑顔で答えた。
二人がロープをくわえると、その先は部屋の奥へと伸びていた。そこには、大きなカーテンが垂れ下がっている。
カーテンの向こう側は、二人からは見えない。
沙織は、ロープをくわえた二人の少女を交互に見つめた。
「それでは、ゲームのルールを説明しますわ」
沙織は、カーテンの向こうを指さした。
「あなたたちがくわえているロープの先には、それぞれ矢が仕掛けてありますの」
二人の目が、大きく見開かれた。
沙織は、楽しそうに微笑みながら続けた。
「ロープを口から離すと、仕掛けが作動する仕組みですわ」
少女たちは、ロープをくわえたまま、必死に沙織を見つめた。
二人の頭上には、文字が浮かんでいる。
【恐怖】
【混乱】
「そして、一番大切なルールがありますの」
沙織は、カーテンに目を向けた。
「どちらのロープが、どちらの矢につながっているのか……それは、分かりませんの」
二人は互いに顔を見合わせた。声を出せないまま、目だけで相手に助けを求める。
沙織は、その様子をじっと眺めていた。
「ふふっ……お二人は、私をトイレに閉じ込めたとき、こんな気持ちになるとは思わなかったのでしょうね」
「ふふっ……それでは、ゲームスタートですわ」
――それから、三十分ほどが経過した。
地下室には、時計の針が進む音だけが響いていた。
二人の少女は、ロープをくわえたまま、身動きもできずに立ち続けていた。
最初は何とか耐えていた二人だったが、時間が経つにつれて、疲労が表情に表れ始める。
やがて、一人の口元から、よだれが一筋、顎を伝って垂れ落ちた。
もう一人も、必死にロープをくわえ直そうとするが、口を動かすことさえままならない。
二人の頭上には、文字が浮かんでいた。
【疲労】
【恐怖】
【限界】
沙織は、少し離れた場所から二人を眺めていた。
「あらあら……ずいぶんお疲れのようね」
沙織は壁の時計に目をやり、それから二人に視線を戻した。
「でも、まだ三十分ですわよ?」
二人の目が、不安そうに揺れた。
沙織は微笑みながら、カーテンのほうへと歩いていった。
「さて……そろそろ、次の展開に進みましょうか」
沙織は、カーテンの前に立つと、二人を振り返った。
「さあ、お待ちかね……」
沙織は両手を広げ、満面の笑みを浮かべた。
「御開帳ーっ!」
バサッ!
勢いよくカーテンが開かれた。
その向こうに現れたのは、壁一面に並んだ、無数の矢だった。
二人の少女は、ロープをくわえたまま目を見開いた。
矢じりが、地下室の明かりを受けて鈍く光っている。
二人の頭上に、文字が浮かんだ。
【驚愕】
【恐怖】
沙織は、二人の反応を確かめると、満足そうに頷いた。
「ふふふ……驚きました?」
彼女は、壁一面の矢を見渡した。
「どの矢が、どちらのロープにつながっているのか……見ただけでは分かりませんわね」
沙織は、二人に向き直った。
「さあ、お二人とも。最後まで仲良く協力してくださいませ」
地下室に、沙織の楽しげな笑い声が響いた。
――そのときだった。
一人の少女が、恐怖に耐えきれず、目を大きく見開いた。
「いやああああっ!」
思わず、口からロープを離してしまった。
カチッ!
小さな作動音が地下室に響いた。
次の瞬間――。
ヒュンッ! ヒュンッ! ヒュンッ!
壁一面に並んでいた矢が、一斉に飛び出した。
その少女の姿が、無数の矢に覆われる。
ほんの一瞬の出来事だった。
そして――静寂。
もう一人の少女は、ロープをくわえたまま、目の前で起きた出来事を見つめていた。
頭上には、文字が浮かんでいた。
【絶望】
沙織は、静かにその光景を見つめた。
「……あら」
**そして、残された少女へと視線を向ける。
「お友達が、先にリタイアしてしまいましたわね」
残された少女は、目の前の光景に凍りついていた。
ロープをくわえたまま、必死に耐えている。
(いや……いや……!)
声には出せない。口を開くこともできない。
少女の額から汗が流れ落ちる。
最初は、しっかりとロープをくわえていた。けれど、時間が経つにつれて、顎が疲れ、唇の力が少しずつ弱まっていく。
口元が、わずかに緩んだ。
少女はハッとして、もう一度ロープをくわえ直そうとする。
しかし、恐怖と疲労で、思うように力が入らない。
その様子を見ていた沙織は、ゆっくりと首を傾げた。
「あら……大丈夫ですの?」
少女の頭上に、文字が浮かぶ。
【恐怖】
【疲労】
【限界】
沙織は微笑みながら、壁の時計に目を向けた。
「まだ頑張れるでしょう?」
少女の口元が、またわずかに緩んだ。
ロープが、かすかに揺れた。
沙織は、その様子をじっと見つめていた。
少女の口元は、すでに限界まで緩んでいる。
沙織は小さくため息をついた。
「……もう、飽きましたわ」
そう言うと、沙織はそばのテーブルに置かれていたカップを手に取った。
そして――
「それっ!」
少女に向かって、カップを投げつけた。
カツンッ!
カップが少女に当たった衝撃で、少女の口からロープが離れた。
カチッ!
次の瞬間、無数の矢が一斉に飛び出した。
ヒュンッ! ヒュンッ! ヒュンッ!
すべては、一瞬だった。
少女の身体が崩れ落ちる。
頭上に浮かんでいた文字が、ゆっくりと消えていった。
地下室に、静寂が戻った。
沙織は空になった手を見つめ、それから小さく肩をすくめた。
「あら……意外と根性が無いですわね。」
沙織は二人の少女を残し、満足そうに出口へと向かった。
「さて……今日は、なかなか楽しいゲームでしたわね」
扉の前に立ち、取っ手に手をかける。
ガチャッ。
……開かない。
「あら?」
もう一度、取っ手を回す。
ガチャガチャッ!
「ちょっと……どういうことですの?」
扉を押しても、引いても、びくともしない。
沙織の顔から、笑みが消えた。
「おかしいですわね……。さっきまで、普通に開いていたのに」
何度も取っ手を回す。
ガチャッ、ガチャッ!
「開きなさい! 開きなさいったら!」
そのときだった。
――背後で、かすかな物音がした。
コツ……。
沙織の手が止まる。
誰もいないはずの地下室。
ゆっくりと振り返ろうとした、その瞬間。
背後に、人の気配がした。
「……誰?」
沙織が振り返ると、目の前に一人の男が立っていた。
見覚えのない男だった。
年齢も、身分も分からない。ただ、男は沙織をじっと見つめていた。
沙織は、反射的に男の頭上へと目を向けた。
そこには、たった一言。
【哀れ】
「……哀れ?」
沙織は眉をひそめた。
そのとき、男が腰の剣を抜いた。
キンッ……。
地下室の明かりを受け、刃が鈍く光る。
沙織は、その武器を見て目を細めた。
「剣……?」
いや、違う。
まっすぐな西洋の剣とは形が違う。反りのある細長い刃。
沙織は、思わず呟いた。
「……刀?」
なぜ、この世界に刀があるのだろう。
男は何も答えなかった。ただ刀を構え、静かに沙織を見据えている。
沙織は初めて、目の前の男に得体の知れない恐怖を感じた。
男が刀を構えたまま、一歩踏み出した。
沙織は壁際まで後ずさった。
「ま、待ってくださいませ!」
さっきまでの余裕は、もうなかった。沙織は両手を上げ、必死に男へ訴えた。
「この子たちは、今まで私をいじめていたんですの! 学校では、私をトイレに閉じ込めたり、ひどいことをしたり……!」
声が震える。
「だから復讐したんですわ! 私は被害者なんです! 復讐して何が悪いんですの!?」
男は答えなかった。
ただ、刀を構えたまま沙織を見つめている。
沙織は男の頭上に目を向けた。
そこには、まだ【哀れ】という文字が浮かんでいた。
「わ、分かってくださいますわよね? 私だって、好きでこんなことをしたわけでは……!」
男は静かに口を開いた。
「いじめられたことは、気の毒だと思う」
沙織の表情に、かすかな希望が戻る。
しかし、男の次の言葉が、その希望を打ち砕いた。
「だが、お前がしたことまで許されるわけじゃない」
沙織の顔が凍りついた。
「……罪は、世界を選ばねえ」
「え……?」
次の瞬間、男が踏み込んだ。
閃く刃。
沙織が息を呑んだ、その一瞬――刀が彼女の胸を貫いた。
「……あ……」
沙織の目が大きく見開かれる。
男は無言で刀を引き抜いた。
沙織は、男の胸にもたれ掛かったまま、動かなくなっていた。
止めを刺した。そう思った、そのときだった。
沙織の唇が、かすかに動いた。
「……あ……」
男は眉をひそめ、耳を近づけた。
沙織は、最後の力を振り絞るように、男の耳元で何かを囁いた。
「…………」
男は、沙織の最後の言葉を聞くと、しばらく黙っていた。
そして、彼女の身体をそっと床に横たえた。
男は刀を鞘に収めると、地下室の出口へと歩き始めた。
一歩、また一歩。
その姿が、部屋の奥に広がる暗闇へと溶け込んでいく。
やがて、男の姿は完全に見えなくなった。
地下室には、誰もいなくなった。
ただ、静寂だけが残されていた。
――そして、沙織が最後に何を伝えたのか。
それを知る者は、もう男しかいなかった。
ラストはあの男に閉めてもらいました。




