美形の垢(あか)と、バキバキの髪と、私の絶望
スウェットは、脱げと言われ布一枚。巻いた状態で入ることになった。
中は、石造り、ベンチは木製。
「あったかーい⋯臭いは⋯まあ、大丈夫そうね」
どこでも臭いチェックをするようになってしまった。
何故か美形弟まで入ってきた。腰布のみ!!
「ちょっと、なんでアンタまで入ってくんのよ⋯」
私は、後ろにいる美形弟を睨みつけた。
「薪が勿体ねぇのと、お前がここの使い方知らねぇからだろ」
美形弟は、ドカリと木製のベンチに腰掛けた。
「サウナぐらい知ってるわよ!ここの水をかけるんでしょ」
私は、杓子で桶から掬った水を、真っ赤になった石にぶっかけた。
バシャ!ジュワ!!と、ぶっかけた瞬間、白い湯気が一気に噴き出す。
「わ!バカ!お前!アッツ!!」「アチチ!!なに!?見えない!熱い!」
美形弟に腕を掴まれ、慌てて外に出た。
「狭い空間に、いきなりあんなに水をかけるバカいるか!」
「うるさいわね!ちょっと間違えただけじゃない!」
(そういえば、あの水って何の水!?川の水!?ちゃんと見てなかった!)
戻ったら臭くなってるんじゃないでしょうねえ!?しばらく経って、恐る恐る戻った。
そんな事なかった。不思議。どこの水なのよ。
サウナに戻ってジリジリと汗を出す。
(しまった。水の出る木から汲んでくるの忘れてた。うう⋯)
なにか良い匂いがする⋯、と顔を上げると、美形弟が謎の器具で身体を擦っていた。
「なに、その、凶器⋯なにしてんの?」
鎌みたいなので、肌擦ってるけど、まさかそれが垢すりなの?
(何世界なのよ⋯ここ)
ゲームは?アニメは?小説は?そんな世界じゃないの?
(なんで、美形に垢が出てんのよ〜⋯!!)
「ちょっと背中に塗ってくれねぇ?」
謎の壺を渡され、手に取ると油だった。なんか良い匂い?
背中に素早く、塗り伸ばす。
この背中が垢だらけだと思うと背中がゾワゾワしてくる。
塗り終わったことを告げると、ひぃ、ゴリゴリやってる。
そのゴリゴリやった後、布で軽く拭って「ほれ」と渡された。
「ほれ」て⋯。大体こんなところで、油なんか使ってカビだらけになるんじゃないの?
やだやだ。意味わかんない。
戸惑っていると、使い方が分からないと思われて、出ている肌を油まみれにされた。⋯何プレイ!?
「こうやって使うんだよ」と、削がれたが、「あんま出ねーな」と、一言。
そりゃそうだ!こちとら毎日風呂に浸かって、肌磨いてんだよ!
でも、この香油はちょっと良い匂い。
まあ、使ってやっても良いかな?
「出てって!布の部分が擦れないじゃない!」
「へいへい」
と、弟が出ていった。
真っ裸で鼻歌交じりに垢すり。
なかなか良い感じゃないの?
――ガチャ。
聞きたくなかった音がする方向に、顔を向いた。
「お湯を持ってきたぞ。髪を洗うのだろう?」
「きゃ⋯きゃ⋯」
「このお湯の中に粉を入れるんだ。よく混ぜて」
人が真っ裸で立ち尽くしているというのに、美形の兄はどこ吹く風。粉を入れた盥のお湯を混ぜている。
「ここに髪を付けて櫛を濡らして⋯で、何回も梳かせば良い。では邪魔したな」
そう言って、美形兄は出ていった。
(⋯⋯もう少し意識しても良くない!?)
女としてなにかに負けた気がした。
髪なんて洗うんじゃなかった。
櫛で梳かせば梳かすほど、ギッシギシのバッキバキになっていく我が髪。
(て、すすぐお湯がないじゃない!!)
しかも、美形兄の名前知らない!聞くの忘れてた!弟も!
「ちょっとー!!あにー!あにー!おにいちゃーん!おにいちゃーん!一郎ー!!」
適当な日本語名で読んでみる。
「なんだ!うるさい!」
「アンタじゃないわよ!」
なんで、次男の二郎が来るのよ!!
「まあ、この際アンタでも良いわ!お湯!お湯ちょうだい!髪をすすぎたいのよ!」
「ああ、もう、うるせぇな!」
なんだかんだ面倒見の良い二郎は、ちゃんとお湯を持ってきてくれた。
「⋯って熱湯じゃない!!皮膚がズル剥けるでしょ!!」
空の桶を持ってきた二郎に文句を言うと、
「そこの水入りゃいいだろう!ほら!これで二杯分!もう呼ぶなよ!鬱陶しい!」
と、床に空の桶を置いて去っていってしまった。
(優しいんだか優しくないんだか、どっちかにしなさいよ!)
バキバキになった髪の怒りから、乱暴に熱湯を水で薄めて、髪をすすぐのだった。
て、ああっ!!熱湯薄める前に臭いチェック忘れてたじゃない!これもそれもこのバキバキの髪のせいよ!
腹立つ!!
「だから、洗わないと言っただろう」
ギシギシになった髪のことで美形兄に文句を言ったら、そう返された。
解決策は、三日洗わなかったら、頭の皮脂で改善していくという。
⋯それって改善ていうの!?
ムカついたので、本名聞いたら二人の名前が長過ぎたのもあって、『一郎』『二郎』と呼ぶことにする、と宣言したら「勝手にしろ」と言われた。⋯勝手にするわよ!
髪が乾くまで暖炉の前で、ウトウト。
亡き母の物だと渡されたネグリジェを着て、ウトウト。
今日は疲れた。てか私、何時間起きてんのよ。
たしか、この世界に来る前に就寝しようと思ってたのよ。
徹夜も良いとこだわ!と頭の中は、烈火の如し!でも、暖炉暖かさにウトウト。
「おい、ここで寝たら風邪引くぞ」
と、一郎なのか二郎なのか、声が似てるからどっちか分かんない。
「⋯ねてない〜⋯」と、抗議をしながらウトウト。
ふと、仰向けで揺れてる自分に気が付いた。
この浮遊感。回された手の位置。小さい頃、父親にベッドまで運ばれてた感覚だ。懐かしい〜⋯
「おと⋯さ⋯ん、ありが⋯」
あーあ、今頃私は、自分家の布団でぬくぬく寝ていたはずなのに⋯、と心の声で悪態つく。
いや、もう起きてる頃か?まあ、細かいことは良いや。
大体、なんなの。このゴワついた感触⋯けっこう良いじゃない。
私、マットレスは少し硬めが好きなの〜⋯。
はぁ、夢なら早く覚めて欲しい。なんで、味もあってにおいもあるのよ。ううう⋯それを自覚する度に、絶望しか感じないわ⋯!
「ふぇええ⋯帰りたいよ〜⋯」
と、寝ながら言う私の頭を、誰かが撫でてくれた。
優しい手つき。
――⋯⋯誰?
「よしよし」
胸に抱かれて頭を撫でられる。
優しい声音。
誰だっけ?
お父さんではないような。
私、お兄ちゃんいたっけ?
なんかいた気がする。
「おに⋯いちゃん⋯」
懐にスリスリおでこを擦りつけて私は、深く深く眠りについた。
起きたら、日本に帰っていますように。
目が覚めたら⋯⋯自宅の天井―――ではなかった。
「⋯うそでしょ。まだ続くの?」
見慣れない天井に、呆然となる。
そして、私には“お兄ちゃん”なんて実兄がいなかったのを思い出す。




