カブトムシ女子、次は木の枝を噛む
木と水の有り難みを知った今日。
(あ〜⋯水なんて気にせず飲んでたけど、こんなに有り難いものだったのね⋯)
現代日本人として暮らしていたことが、とても贅沢なことだったのだと知る。
喉の渇きを潤したら、今度はお腹が空いてきた。
「ねぇ、お腹空いちゃった。なんか食べ物無い?」
「⋯てめ、次から次へと」
美形兄弟の家に帰ると、兄がエプロンをして、台所に立っていた。
「さむ⋯。あんた達の家、寒くない⋯?」
「お前、いちいちうっせーな!だったら薪割ってこい!ちったぁ働け!」
美形弟からそう言われたが、そんなものやったことない。
「なによ、薪割りってどうすんのよ」
「ああ!?⋯ったく!マジで日本人てつっかえねー!」
「⋯っ!分からないものは、しょうがないじゃない!教えてくれたって良いでしょ!?」
「だったら、教えてください、お願いします、のひと言ぐらい言えよな!水の礼もねぇしよぉ!」
美形の弟から真っ当なことを言われた。
(⋯たしかに、お礼言ってない⋯)
「そんなに、カリカリするな。相手はイカれ女だ。まともに相手にするな」
美形兄のフォローが酷すぎる!!
(フリルのエプロン可愛い!て思ったのは撤回するわ!!)
「薪割り教えてください!お願いします!」
とりあえず、両手を組んで見上げてみた。
「⋯ちっ!来いよ!」美形弟は舌打ちをして身を翻した。
(ふふん、男ってチョロ)
私は、後を付いていくことにした。
ついて行ったのは、家の裏手。木々の丸太がそこかしこ。
その一本を持ってきたと思うと切り株の上に乗せて、片手で持ち上げた斧をザク!!と突き刺した。
「おら、これで割ってくんだよ」
「いや、何当たり前に言ってんの、出来るわけないじゃない?」
「ああ!?やってもねぇ内から出来ないとか言ってんじゃねーよ!やらなきゃ生きてけねーぞ!やれ!!」
(くそっ!コイツ!クッソ!)
突き刺した斧を持ち上げようとしたが、まず持ち上がらない。
「なにこれ?くっついてんの?重すぎるの?」
「ああ!もう!!」
美形弟がバリバリ!!と苛立たしげに頭をかくと、髪の毛からパラパラと、なにかが舞い出した。
「なんか、白いの出てるんですけど!!何その粉!!」
(まさかのフケ!?)
美形弟の頭皮から剥がれ落ちたフケが、木漏れ日に照らされキラキラと舞う。
(⋯やだ、幻想的⋯⋯――なわけないじゃない!!)
「ひぃ!!やだやだ!!こっちに来ないで!!」
私は、スウェットの袖に手を隠すと、パタパタ袖を振った。
(ダメだ!なんの威力もない!)
むしろ舞って、私に更に近付いてくるフケ共。
(なにこれ、嫌がらせ!?)
ヒィヒィ逃げ惑ってると「タロタロ!!」と不名誉な名で呼ばれた。
「早くしねぇか!日が暮れちまうぞ!」
気付けば少し、小ぶりになっていた丸太。
私が、フケに逃げ惑ってる間に、どうやら丸太を何等分かに割ってくれたようだ。
「え⋯ありがとう」教えられたので、今度は素直に礼を言う。
「ん」と差し出されたのは、小ぶりの斧。
しかし、持つと十分重い。
両手を持って振り下ろすが、スカ、と。
「あぶねぇ!!足持ってかれるぞ!!なんだそのやり方!」
と、即座に美形弟の怒声が飛んできた。
「こうやんだよ!」
と、後ろから私の持ってる斧を掴み直す。
持ち方までレクチャーされる。
「で、こうで、足はこう、そう!で、そのまま振り落とすんだよ。お前は素人だから、先に刃をこうやって、⋯そうそうコンコンするんだ、コンコン」
(⋯⋯子供かよ)
「⋯あとは、これを振り下ろせば良いのね、ありが⋯」
(顔、近!!!)
お礼を言おうと振り向くと、めちゃめちゃ近い所に美形弟の顔があった。
(危うく、口が頬にくっ付くとこだったじゃない!てか、これって、バックハグ!?キャーーーっ!!あーーーッ!!コイツ、フケ持ちだった!!!)
トキメキとヤバさが同時に来て、心臓がもたん!!
サッと、美形弟の髪から逃れようと、頭を離した。
(てか、備蓄の薪がこんなにあるのに⋯なんで、割る必要があるのよ)
嫌がらせだわ!とパキパキ薪を割っていく。
なんだか、ちょっと楽しくなってきた。
「⋯ッ!いた!」
調子に乗って割った薪を拾ってたら、手に小さな棘が刺さった。
(全然!楽しくない!痛い!)
私は、即へそを曲げた。
「あー?小枝が刺さったのかよ、オラ、家入んぞ」
離れたところで、美形弟は爆速で薪を割っていた。
ポイポイポイと、薪を備蓄庫に置くと、残りを抱えてさっさと家に戻っていく。
私は、指先をジンジンさせながら、後をついていった。
「オラ、指かせ」
「⋯なにその針。え?針で取るの?」
「当たり前だろ、他に何があんだよ」と、言いながら暖炉の火で針の先を炙ると、赤々とした針先を持って、私に近付いてきた。
(この世界、ピンセットすら無いのか⋯!?いや、あるのに出さないだけか!?)
美形弟は、ぎゅむと私の指の先を摘むと赤くなったポッチに針の先端を⋯
「ヒィ!!」これ以上見れなくて、私は目をギュッと閉じた。
「取れたぞ」
「え?ありがとう⋯?」
⋯思ったより痛くなかった。というより、摘まれた指先が痛すぎて分からなかった。
フリルエプロンの美形兄貴が「飯出来たぞ」とテーブルにコトリ、と皿を置く音で私は、即座にギュン!!とした速さでテーブルに近付いた。
「御飯、御飯⋯ん?」
ルンルンと覗いた私の見たテーブルは、皿に乗った豆だらけ、だけ。濁ったスープにはなんか野菜らしき具が浮いてる。そして、パン。終わり。
(お肉無いの!?海外なのに!?)
しかも豆だらけなのに、箸がない!!
(そこだけは西洋かよ!)
テーブルに着いて、さて食べようとしたら、なにか二人が祈りだした。
「え?え?え?なに?宗教⋯?」
祈りが終わるまで、気まずく待ってると祈りを終えた二人が私を見てきた。
「な、なに?」
二人を交互に見て聞き返すと
「君は、神に感謝の祈りを捧げないのか?」と二人から聞かれた。
「えー?別にそんな宗教無いし、入ってないし。興味無いし」
「⋯興味無い?」
(⋯⋯あれ?なんか地雷踏んだ⋯?)
「ままま、せっかくの御飯が冷めちゃう!早くいただきましょ!いただきまーす!」
「そういえば、聞きたかったんだが、日本人は皆、食べる前にそれを言うが、なにかの儀式なのか?」
「儀式っていうか、癖?なんだっけー?前にテレビかネットで見たけど『命いただきます』だっけ?作ってくれた人とかに感謝するとか」
「あるじゃねーか!」「あるではないか!」
クワッ!と、目を剥いて美形二人から詰め寄られた。
「え!?これって宗教!?感謝の祈り的な意味なの!?」
知らずに私は、なにかの宗教の信者になっていたようだ。
「祈りを捧げているなら、良い」と、美形兄はにっこりと微笑んだ。
(⋯⋯これ、いただきます、しないで食べたら飯抜きとかだっったのかしら⋯こわ)
⋯豆が、豆が、刺さらない。
皿にカツカツカツカツ、音を鳴らしている私に視線を感じる。
顔を上げると、美形兄弟が私を呆れたような目で見ていた。
「⋯⋯なによ」
「なんで、躍起になって刺してんだよ。刺さるわけねぇだろ。掬えよ、アイテ!」
フォークから逃れた豆が弟の眉間に飛び込んでいった。
「だあ!!なんだこいつは!飯の食べ方も知らねぇのかよ!」
「仕方ないじゃない!豆は箸で掴んできた人生だったんだから!!」
「なんだよ、ハシって!おら食え!」
まさかの美形からの給餌!!これはアーンの姿勢!?
「あ、あーん⋯⋯モガッモガッモガっ!」
(でっかいスプーン、全部口の中に突っ込むってどういう嫌がらせよ!!)
「ちょっと!!殺す気!?」
「食べ方知らねぇから教えてやってんだろ!?フォークで刺さずに掬って食え!フォークも使いこなせねぇお前は、補助のスプーンを使え!」
(ひどい⋯っ!ひどすぎる!!)
しかも豆が豆の味!何の変哲もない純度百%の豆味だった!
それから美形弟は、パンはちぎってスープに浸せだ、とちぎる大きさまで指図してきて、あれこれ煩かった。
あとちぎる時のパンの硬さは尋常じゃなかった。
純度百%ただの茹でた豆と違い、スープは意外に、香草なのか、いろんな野菜が煮られていたからか、そんなに不味いとは思わなかった。塩味は、ほとんどしなかった。てか、これ水、何?
先程のドブ色の水が浮かんで、ブルブルと首を振った。
(そういえば、歯磨きどうするんだろう?意外に口臭キツくないから歯は磨いているのよね?)
「ねぇ、歯ブラシってあるの?」
「ハブラシ?なんだそれ?」美形弟、使えねー。
「歯を磨く道具よ!なにかあるでしょ!」
私は、美形弟の歯を指さして言ってやった。
「キャンキャン、うるせぇなぁ。ちょっと待ってろ」
なんだかんだと面倒見の良い弟。兄は、食器の片付けに行っている。
「おら」と渡されたのは、木の枝だった。
「⋯⋯うそでしょ」
「なんで嘘になんだよ。こうやって使うんだよ」
と、枝を噛みだした。
その光景を見て、頭がくらくらする。文化が違いすぎるせいだわ。
でも、美形弟の歯は意外に白かった。
背に腹は代えれんと木の枝を噛むことにする。
ガジガジ噛みながら樹皮の渋みに耐えながら
(⋯蒸し風呂はまともなのかしら⋯不安しかないわ)
と、涙をぐっと堪える私だった。




