水が飲みたい!!
――風呂はボウフラの養殖場と化していた、そうだ。
「このフロのせいで病気が蔓延して大変だったんだぜ」
風呂から離れるために街ごと移動させたと言う。
「⋯⋯そんなことある?」
連れてこられたのは、寂れた廃村。草だらけの廃村。
このひとつの村に日本人が住み着いて、水を溜めた風呂を残し、日本人が消えたことで気付いた時には、ボウフラ湧き出る地獄絵図と化していたという。
病気を媒介する蚊が寄り付かないとこまで引っ越し、一から開拓。
大変な目にあったのだそう。
今はそこに植物など生えて、カピカピに乾いているが、雨を溜めるので、近々破壊するという。
「それは、あの⋯申し訳ございませんでした」
「この謝り方⋯正真正銘、日本人だな」
「はあ、保護かよ⋯」
――心底迷惑がる姿に、私は風呂の夢は、涙を飲んで諦めるのだった。
美形兄弟は一緒に暮らしていた。
というより、実家暮らしだった。
ご両親は、ボウフラが蚊に成長して、その蚊が媒介した病気で亡くなったという。
(⋯⋯なんという業の深さ)
絶対に風呂のふの字も希望に出すまい、と心に誓う。
郷に入っては郷に従え、風呂に入らないならどうしているのか聞いてみた。
⋯⋯蒸し風呂だった。
(風呂じゃん!)
垢を浮かして、擦り倒すのか?
「この際どうでも良いわ。頭は?髪はどうするのよ」
「なにもしないぞ」
「そのまま、蒸されろ」
「ちょっと!なにか今聞き捨てならないこと言ったわね!?」
(二つの意味で!!)
美形の兄が溜息を吐いて、「帰ったら渡す」と言われた。
(なぁーんだ、あるんじゃない、シャンプー!)
渡されたのは謎の粉だった。あと、櫛。
「どう使うのよ⋯」
(なんか、粉のシャンプーって売ってたわよね?あんな感じ?)
「使う時に教える」そっけなく言われた。
「ねぇ、私、喉乾いちゃった。飲み物無いの?」
「⋯⋯あるけど、文句言うなよ」と美形弟。
渡されたのは、ワインだった。
(いや、酒って⋯。未成年なんだけど)
文句は言わないが、心の中でぶち撒けた。
「えー⋯と」ワインを持ったまま固まる私に、美形弟が舌打ちをして渡されたのは、麦芽酒だった。
(いや、アルコールじゃねえか)
「あの、こんな、上等なの要らなくて⋯ただの水で十分なんだけど⋯」
「ただの水⋯?」美形兄が反応した。
「お前、変わった女だな。やっぱ日本人て変なのばっか」
「⋯ちょっと!なんでそこで一括りすんのよ!差別発言よ!」
「うっせーなぁ!」と言うと美形弟はどこかに行ってしまった。
再度現れた時には手には、食器。多分コップ。
「おら」と渡されたのは、食器に汲まれた濁った水。
「なにこれ?」濁り水を見ながら言う私の言葉に
「水が良いんだろ、水が」
「はあ!?誰がドブ水とか所望したのよ!?水って言ったら水に決まってんじゃない!?」
「だーから、水って言ったら水なんだよ!」
睨み合う私と美形弟に、美形兄が割って入った。
「馬が出す尿やら糞にギャーギャー言っていたではないか。あんなのが垂れ流されてるし、用を足したら、川で洗う者もいる」
⋯⋯聞きたくなかった。
テーブルに並ぶ、コップ類。それを睨みつけて、視線は何もない空間に身体ごと反転。
深く、深呼吸。
(⋯⋯今よ!!)
「出でよ!!水!!!!」
両手をかざして地面に叩きつけるような動作をするが、なにも起きなかった。
「なーんかそれ、来る日本人、みんなするけどなにそれ?意味あんの?」
「うっさいわね!必死なのよ!」
どうしよ、どうしよ、と頭の中をテストでもここまで考えたか?というぐらい絞り出した。
(そうだ!!)
「ねえ!過去の日本人は、どうやって飲水、確保してたのよ!」
「これ飲んでた」指すのは先程のアルコール。それ、大人転移者!
「ああ、そういえば」
美形弟に連れられたのは、とある木の前。
「ここにナイフ刺して、へばり付いてたぞ」
「なにそれ?カブトムシ?その人、頭おかしくなってたんじゃないの?」
弟は、ナイフを取り出すと、グサ!と幹に突き刺してぐりっと捻りナイフを抜き取ると、出てきたのは水!!!!
「みず!!!」
私は、カブトムシよろしく木の幹にベタリ!!と張り付いた。




