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グスタフ・ノヴァークによる回想2

 ラウラ・シャンデラは実際に会うと変わった女性だった。

 

 古風な喋り方に、清潔感というものを知らなさそうな身なりと部屋。

 目の前の女性が本当にすごい研究者なのか、グスタフは半信半疑だった。


 しかし実際のところを確かめる術はグスタフにはなく、セリヴォーン観測院の研究者であることに賭けて、小瓶を渡した。

 

 朝早くに王都を出たが、ラウラと話し終えるともう夕方だ。

 大司教館に宿泊ができると聞いたので、グスタフはどこかで夕食を食べてから向かおうと考えた。


 父のことを一度人に託すと、グスタフは少しだけ気が楽になり街を見る余裕ができた。

 今回ディアナには、出かけてくるとしか言わなかったが、いつかディアナと旅行をしてみたい。

 王都と全く違うセリヴォーンの街を見たらディアナはどんな顔をするのだろう。

 グスタフはそんなことを考えながら、街を歩いた。


 ふと、土産物屋が目に入った。


 巡礼者向けに修道士たちがおみやげを売っているのだろう。

 預言者の小さな像やセリヴォーン大聖堂が描かれた葉書、保存のきく焼き菓子など、細々としたものが売られている。


 グスタフは、ディアナに何かおみやげを買って行こうと思った。

 元気のないディアナをどうにか元気づけたかった。

 ディアナの好きそうなものがたくさんあってグスタフは悩んだ。


 セリヴォーンで採れた大理石を彫った小さなウサギや、ビーズで作られたキラキラしたリング、花の刺繍が施されたテーブルクロスなど。

 修道院で作られたもののためかあまり高価ではなく、求めやすかったのもあり、一層悩む。


 店先で大男があまりに真剣な顔で悩んでいたせいか、店員の修道士が出てきて、他の店に行くとまた違うものもあるから見てみるといい、と助言してきた。

 グスタフは、そうすると伝えて店を離れる。


 あのフィリプ・ペトラーチェクであれば迷わず選べるのだろうが、グスタフには難しかった。

 でも諦めたくはなかった。

 なぜならここでディアナへの土産を買うのを断念したらフィリプ・ペトラーチェクに負けた気がするから。


 ああ、あの男のことを思い出したらいらいらしてきた。

 グスタフはタバコを口に咥えてライターを取り出そうとして、あっと気づく。


 ライターはセリヴォーンの聖門で預けたのだ。マジックツールが聖気の検知を邪魔しないために。


 グスタフはタバコを戻して、夕食をとることにした。

 ディアナへの土産は、明日の朝、セリヴォーンを発つ前に改めて選ぼう。


 そう思って夕食を摂り、大司教館へと向かった。


♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎


 夜、九時半を過ぎた頃だったろうか。


 一人ですることもなかったグスタフは司教館のベッドで早々に横になっていた。

 司教館に泊まると言っても、巡礼者向けにベッドのある個室が数室用意されているだけだ。

 それに、受付があるわけでもなく、司教館にいる修道士に一声かけるだけで宿泊ができる。

 その分安価でとても助かった。

  

 長時間の馬車移動で疲れていたこともあり、横になってすぐにうとうとしていた。

 

 けれども、個室のドアがノックされ、グスタフはハッと目を覚ました。


 修道士の見回りか何かだろうか。

 そう思いながらグスタフは起き上がってドアを開けた。


「こんばんは」


 そこにいたのは、赤毛の男だった。

 セリヴォーンにいるはずのない、時計工房ノヴァークの職人ヴラディーミル。

 

 顔を見てすぐにヴラディーミルだとわかったが、その顔はヴラディーミルでないような強烈な違和感があった。


 いずれにしても、


「なぜ、ここに……?」


 あまりの驚きに声が掠れた。


「グスタフさんがここに来ていると聞いて」


 飄々と答える様子はいつものヴラディーミルだった。

 グスタフが戸惑っている間にヴラディーミルは部屋の中に入ってきて、一脚だけある小さな椅子に腰かけた。


「グスタフさんこそ、なぜここに? 何をしにセリヴォーンへ?」


 いつも通りな様子のヴラディーミルにグスタフはむしろ警戒心を抱いた。


 このタイミングで、ここへ、ヴラディーミルが来た。


 理由も方法も想像は全くつかないが、その顔に強烈な違和感を抱いたのも踏まえてグスタフはこの男が何かを企んでいる、と思った。


「大した用じゃない」


 グスタフはそれだけ答えて、ヴラディーミルに部屋から出るよう促した。

 他の部屋も空いているのだから、泊るのならそっちへ行けばいい。


「そうはいっても、大した用がなければ、王都からわざわざここまでは来ないでしょう」


「それはこちらのセリフだ」


「だから言ったでしょう、グスタフさんがいると聞いて」


 要領を得ないヴラディーミルの答えにグスタフはいらいらしてきていた。

 自分のことを話さず、グスタフのことばかり聞き出そうとしてくる。


 長年可愛がってきたこの弟分が何を考えているのか、グスタフはさっぱり分からなかった。


「……ディディ。なにが言いたい?」


 部屋のドアを開けたままグスタフがにらみつけると、ヴラディーミルはすぅっと目を細めた。


「私の計画に協力させてやる。グスタフさん」


 これまでに見たことのない、ヴラディーミルの威圧的な態度。

 グスタフは、自分の心臓のばくばくという音が大きくなっているのを感じた。


「どういうことだ?」


 ヴラディーミルは唇の端をにっと笑うように上げた。

 その表情にぞっとして、背筋が凍る。


 突然部屋のドアが閉まり、開けようとしても開かなくなった。


「まあ、どうぞ座ってください。話をしましょう」


 ヴラディーミルは、ベッドを手で示す。

 

 従いたくはなかった。

 けれども、どんな方法かはわからないがドアを閉めたのもヴラディーミルなのだろう。

 

 いや、そもそも、この男は本当にヴラディーミルなのか?


 そんなことを考えながら、グスタフは促されるままベッドに腰かけた。

 冷や汗が止まらなかった。


「さあ、どこから話すかな」


 ヴラディーミルは大きく両腕を広げて見せる。

 グスタフはただヴラディーミルを睨みつけることしかできなかった。


 それからヴラディーミルは、驚くべき犯罪を告白した。


 今目の前にいる男は、本物のヴラディーミルではなく、ヴァーツラフ・ボフミル・ラドスラフ・フォン・クジェルカ=ルミナヴァという男だということ。

 本物のヴラディーミルは5年前に殺されていること。

 ディアナの両親、それからグスタフの父を殺したこととその手口。


 それらを行った目的が、この国の王座を奪還すること。

 その計画に、協力するようグスタフを説得しに来たということ。


 殺人を犯した告白をしたというのに、全く反省も懺悔もしている様子もなく、飄々としている目の前の男をグスタフは軽蔑した。

 そしてそれ以上に、怒りと、悲しみを感じた。


 こんな男の計画のために、家族を奪われ、ディアナもグスタフも、これほど悲しみにくれなければならなかったというのか。


「どうです、グスタフ・ノヴァークさん? ご協力いただけますか?」


 にっこり笑うヴァーツラフに、グスタフはすぐさま首を横に振った。


「するわけがない」


 そう答えながら、グスタフはもう自分が生きてディアナに会うことができないと悟っていた。

 この男はこれだけ殺人を犯してきたのだ。自分の正体を明かしたグスタフを生かしておくとは思えない。


 そして、グスタフはヴァーツラフがここに現れた理由も察しがついていた。

 先ほどラウラに渡してきたあの小瓶の中身がこの男の計画に関わるものだということも正直に吐いたのだ。

 方法は分からないがグスタフがセリヴォーンにいると聞きつけたヴァーツラフは、その中身の正体が露見することを恐れてグスタフを殺しにきたのだろう。


 グスタフはドアの方を見た。

 先ほど開かなかったドアが開くようになっているとは思えない。

 

 仮に大声を出したり暴れたりしても今日はグスタフ以外に宿泊者がいない。助けはこないだろう。

 司教に声が届いたとしても老人だ。彼がここに来るより早くグスタフの命が絶たれるだろう。


「あんたが聞くかはわからないが、一つだけ言っておく。

ディアナには今回のことはなにも言っていない。あいつは何も知らない。手をだすな」


 グスタフの言葉にヴァーツラフは一瞬目を見開いて、それから、もちろん、と頷いた。


「察しが良いな、グスタフさん。あがくこともしないのか?」


 グスタフは、その問いを無視した。


  それから、ヴァーツラフが例の聖気の個体をグスタフの口にねじ込んでこようとした。

 必死に抵抗をするも、なにか魔法を使われたのか、体が動かなくなり、聖気の丸薬を飲みこんでしまい、それから、徐々に、眠いような、苦しいような、意識が遠ざかるような、そんな感じがした。


 王都の家を出る前にディアナの顔をもっとよく見ておけばよかった、とグスタフは後悔しながら、眠るように死んだ。

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