王都奪還作戦 情報共有
「まず、俺の持っている情報を二人に共有しよう」
床であぐらをかくイヴァンは、どこから取り出したのか分からないが、王都の地図を広げた。
フィリプは、カウチソファに座ったまま身を乗り出して地図を覗き込み、ディアナは床を膝につけて座る。
「フィリプには昨日話したが、王室は1ヶ月ほど前から王都内に不穏な動きがあることに気づいていた。
過去に国教会を破門された者やその子孫、教会内でその思想から要注意人物として目されている人物が至る所で集会を開いていたんだ。
ヴァーツラフの手下として動いているのが彼らだろうな。
親玉がヴァーツラフであることは予想していたが、その所在が全く掴めずに今日に至ってしまった。
本当はクーデターを未然に防ぎたかったんだ。不甲斐ない」
イヴァンは本当に悔しそうに顔を歪めた。
「そもそもディアナはヴァーツラフについてどれくらい知っている?」
イヴァンに確認されて、ディアナはちょっと考えた。
「旧王朝の末裔で、十数年前に幽閉されていた離宮から脱走してそのまま行方不明になっていたことくらいです」
イヴァンはその通りと頷く。
「正確には12年前。
旧王朝の末裔はずっと現王室の監視下にあるんだ。たとえ本人たちにその気がなくとも、担ぎ上げて国家転覆を狙う輩にとっては絶好の存在だからね。
だから幽閉中に関わる人間は最小限で、召使たちも定期的に全員を入れ替えてきたが、離宮に出入りする聖職者だけは別だった。
神への信仰はたとえ王家であろうと奪えないし奪われてはならない。
国教会はそう主張して旧王家に礼拝を守る機会を与えてきたんだ。
もちろん派遣される聖職者の人選には気を遣っていたが、それでも選定の目を誤魔化した過激派の奴らがいた。
そんな奴らの手引きによって当時14歳だったヴァーツラフは離宮を抜け出したんだ」
「12年前に脱走したのなら…。
それなら、最初からヴラディーミルに成り代わっていたわけではなさそうですね」
「ああ。
何があったかは分からないが、そのヴラディーミルという少年がおそらく王都内に潜伏するのに都合が良かったのかもしれない。
まさかそんなに長期間誰か別人に成り代わっているなんて思いもよらなかったんだ」
ディアナは少し唇を噛む。
王室がしっかりとヴァーツラフを管理してくれていれば、ヴラディーミルも、グスタフたちもこんなことにならなかったのに。
でも、今イヴァンにそれを言ったところでどうにもならない。
何より恨むべきはヴァーツラフだ。
「イヴァン、ヴァーツラフの手下は早朝僕の自宅まで来た。それからすぐにここに連れてこられて、王太子殿下の行方をしつこく聞かれた。
だからほとんど今の状況が分かっていない。
今王都は一体どうなっているの?」
フィリプは軽く手をあげて質問した。
イヴァンはそれに頷いて改めて王都の地図に視線を落とす。
「時系列で行こう。
昨日、俺はフィリプを呼び出して、王都のきな臭い動きについて相談した。
ちょうどフィリプも俺に話すことがあると言って、ディアナからの聖気の丸薬にまつわる一件の話をもってきた。
会ったのはイヴァンとしての姿だったが、ヴァーツラフ一派には見抜かれて、監視されていたんだろうな。
そして今朝の5時前。日の出とともに王宮が襲撃された。昨今の動きを警戒して警備は強めていたが内通者がいたもかもしれない。
国王陛下は拘束され、公爵、つまり俺の弟も拘束された。
そして俺は王宮の宝物庫にあった聖杖を持って逃亡した。ここまでは王室内でも打ち合わせ済み。
おそらくだが、俺の逃亡にすぐに気づいたんだろう。
昨日フィリプに会っていたことは知られていたから、君の家に隠れるのを疑われた。それですぐさま君を拘束した。
時を同じくして、王都を封鎖する行動をしていたようだ。
ディアナが馬車で受けた検問がそうだ。
入って来る流れはある程度の時間まで受け入れていたようだが、その時点で王都を出ることは叶わない状態だったらしい」
あのとき、御者にはビルスレビヴに帰ってもらうべきだったのか。
まさか王都から出られなくなっているなんて思いもよらなくて、ディアナはあの御者に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「それから、市庁舎を襲撃。
幸い朝早いために、職員も市民もおらず、ほぼ無人。
数人の警備員がいるだけだったが、おそらくヴァーツラフ一派の協力者だろう。あまりに市庁舎の占拠が早かったからな。
それから徐々に王都内の道路を占拠したり、軍をはじめさまざまな国の機関を襲撃していった。
朝早い行動だったために、市民に犠牲者はほとんど出ず、国王陛下や弟をはじめ数人が拘束されているだけで済んでいる。
まあ、威嚇の魔法攻撃でかすり傷や捻挫などをした市民はいるようだが…」
イヴァンは話しながら、王都内の地図に次々とばつを書き込んでいった。
制圧されているところを示しているのだろう。
「イヴァン、つまり、ここに助けが来るのぞみはほとんどない状況なんだよね?
王都外の貴族に派兵要請は?」
フィリプの質問にイヴァンは難しい顔をした。
「できていない。
ヴァーツラフによる情報統制がされているだろうから、王都外にこの状況がどこまで伝わっているかもわからない」
「それならイヴァンは、王都の外に出た方がいいのでは…?
軍も支配されているなら、その方がイヴァン自身安全ではないですか。王太子殿下なんですし…」
ディアナの問いにイヴァンは淡々と首を振って答えた。
「王都の民が危険かもしれない状況で王族がここを離れるわけにはいかない。
離れるとしても、相手の勢力をもっと正確に把握してからだ。
それに王都が封鎖されている今、出るのも一苦労だ。出たとしても、戻ってこられるかもわからない」
そういうものなのか。
当然ディアナはこういう場合の王族がどんな行動をとるべきかについて知見はない。
だから、イヴァンの考え方が一般的な王族なのかどうかは分からない。
でもひとりの国民としては、王太子殿下が王都の民を見捨てないと自然に言ってくれるのが嬉しかった。
「それでさ、イヴァン。
ヴァーツラフ側の勝利条件は、君が隠した聖杖を見つけること、君を見つけて王室メンバー全員を管理下におくこととかなり明確でしょう。
対してこちらは、何をするべきなの?
ヴァーツラフを捕らえても、向こうは赤い服の男たちの数で押す作戦がまだ取れる」
フィリプの懸念はもっともだった。
言い争ったとき、イヴァンの作戦に人手が必要かもしれないと言い放ったが、赤い服の男たちの数に対してディアナひとりいるくらいでは焼け石に水だ。
「そうなんだよ。そこが最大の問題だ。
それに彼らは、元聖職者の集まりで、高度な魔法も使いこなすし、フィジカルもそこそこ強い。
俺が10人いれば勝てるかもしれないが、残念ながら俺は一人しかいない」
逆に10人いれば勝てると思えるのがすごい。
ディアナは、この頼り甲斐のある男が、かなり自信家なのだろうということをやっと認識した。
「それと気になっていたことがもう一つ。イヴァンは煙突で何をしていたの?」
フィリプは指を組んで身を乗り出しているがその指が微妙に震えている。
長時間腕を縛られていたから、その痺れがまだ残っているのだろう。
なんだかその震える指がやけに目についた。
「単純だよ。
この部屋に入ろうとしていたんだ。
聖杖を隠した後、王都内にいた下っ端らしき男を気絶させてこの服を奪った。
それで堂々と王都内を闊歩して、そのまま市庁舎に入ってきた。
俺を探すように指令は出ていたようだが、髪色を変えていたせいか誰にも気づかれなかったね。
それでしばらく市庁舎内で彼らの仲間のふりをしながらいろいろ情報収集をしていたら、ペトラーチェク夫妻が来ているらしいことがわかったんでね。
今度は屋根裏やら床下やらに入って、ヴァーツラフの司令室を探ったり、君らの居場所を探ったりしていた。
そしたらこの服が埃だらけになってしまったんで、市庁舎内を闊歩するには目立ってしまう。
だから屋根に登ってこの部屋の煙突から侵入しようとしたんだ。
そうしたら途中で手が滑って落ちた」
最後以外は非常に行動力のある、いや、ありすぎる王太子殿下のかっこいい話だった。
話ぶりに少し笑ってしまう。
「鼠みたいなことを…」
フィリプは呆れかえって、それだけ言って絶句した。
「まあ、そうだね、俺の話はこれくらいだ。
とにかく状況は絶望的だが、俺はヴァーツラフがヴラディーミルという少年に長い期間成り代わっていたというところに好機を感じている。
ディアナ、ヴァーツラフは王都にいる限り催眠魔法は突破されることはないはずと言っていたんだね?」
イヴァンの切れ長の目がディアナをすっと見据えた。
ディアナは、はい、と頷く。
「ラダイアでヴラディーミルのことを思い出したときに違和感を覚えたんです。
『ディディはこんな顔だったかしら。間違いなく見覚えはあるのに、ディディだと思うと変な感じがする』と思って」
「催眠魔法が解けたときの典型的な症状だね。
そう言われて僕も思い返してみたんだ。
僕の知っているヴラディーミルは、確かにヴァーツラフの顔と同じなんだ。
あの特徴的な赤毛も確かに見覚えがあるけれど、これまで一度もヴラディーミルを赤毛だと思ったことはなかった」
ふむ、とイヴァンは考え込む。
「おそらくフィリプがヴラディーミルと知り合ったときにはすでに成り代わっていたんだろうな。
それにしてもこれだけ長い期間、対象を絞らずに催眠魔法をかけるとは、ただ事じゃない」
やはりそうよね、とディアナは頷いた。
「対象人数も多くて期間も長い。
魔法の内容も自分をヴラディーミルだと周りに思わせるっていうのはなかなか複雑だよ。
正確なところは内容を直に確認しないとわからないけれど、オーケストラ並みの演奏を常に続ける必要がある魔法だと思う。
ああ、でももしかしたら対象は王都にいる人間として設定しているのかもしれないね」
フィリプは、ひとりごとのように呟いた。
それに対してイヴァンも頷く。
「フィリプもそう思うか。
ディアナがラダイアにいたときに催眠魔法を破ったというのを聞いて、ヴァーツラフが納得したのを踏まえると、それが一番可能性が高いよな。
ひとりひとりピックアップして催眠魔法をかけるより、王都にいる人間全員にかける方が、多少長くはなるが、簡潔で間違いのない魔法陣になる。
そこで、だ」
イヴァンは人差し指を一本立てた。
「フィリプ、覚えているか、夏にあった魔法技術展示会」
「うん?あー、うん、覚えているよ」
ディアナは、首を傾げた。
なんだかどこかで聞いたことのあるフレーズだ。
魔法技術展示会。
最近どこかでその話を聞いた。
「夏にこの隣の博物館で、魔法技術展示会が開催されたんだ。
国内外の研究者を集めて、魔法に関する最先端研究の発表会みたいなものでね」
ディアナが首を傾げたのを見てフィリプが説明を入れてくれた。
そこまで聞いてディアナは思い出した。
「ああ!
確か、セリヴォーンで、その話を聞きました!
マティアシュ先生が参加されたっておっしゃっていました」
「マティアシュ?
マティアシュ・セリスカ・ヴァーヴラか。セリヴォーン観測院の。確かに参加していたな。
じゃあ、ディアナ、市庁舎の時計塔の話は聞いたか?」
ディアナは少し考えて、頷く。
「確か、時計塔全体が大きなマジックツールなのかもしれない、と聞いた気がします」
マティアシュの話はほとんど分からなかったが、まだヘレナが興味を持って聞いていたときにその話をしていた気がする。
市庁舎の時計塔はディアナにも馴染み深いものだったから、記憶に残っていた。
「確かにそんな話もあったね。それがどうしたの、イヴァン?」
「ああ。
気になって、その後も研究を追っていたんだが、あの時計塔は王都全域に催眠魔法をかける装置として使われていた可能性が高いことがわかったんだ」
「なっ…。そ、それがわかっているなら、もっと早く言ってよ!」
フィリプは驚きのためか一度立ち上がりかけ、バランスを崩したのかまた倒れ込むように座った。
イヴァンは飄々と手を振る。
「可能性が高いというだけだ。
ただ、もしヴァーツラフが自身をヴラディーミルだと思わせる催眠魔法を使っていたんだとしたら、時計塔を利用していたんだろうな。
時計塔に組み込まれている魔法陣は、対象範囲を王都全域と指定する部分は残っているが、ところどころ欠損しているんだ。
だが、ディアナの話を聞いて気づいたが、おそらく欠損しているのではなく、元々ないんだろうな」
「どういうことですか?」
「旧王朝は、そのときどき必要な魔法を王都全域にかけられるよう、時計塔を利用していたんだろう。
些細なことであれば、国王の代替わりのとき新しい国王を歓迎するような催眠魔法を。
旧王朝時代、たびたび起こっていた飢饉に対して、王都では反乱が起こらなかったが、それはきっとそういう催眠魔法をかけていたんだろうな。
そのときどきでかけたい魔法が変わるから、完成した魔法陣ではなく、一部欠けているように見えたんだろう。
時計塔であれば歯車が常に動き続けるから、長い演奏の代わりにもなるし、複雑な機構も歯車の数で補える。
全く、便利な道具だ」
イヴァンは、ほとんどひとりごとのように言った。
フィリプはイヴァンの発言に被せるようにして手を挙げた。
「なかなか面白い話だね。
仮にそうだとして、イヴァンはその時計塔をどう使おうと考えているの?」
「そうだな。
王都内にいるヴァーツラフ一派の戦意を催眠魔法で喪失させる。
そうしたらヴァーツラフを捕らえて終わりにする」
あっさりとイヴァンが言い切った。
フィリプはそれに対して、ぱんっと景気良く手を叩く。
「よし、じゃあそうしよう。
イヴァンはその魔法陣の書き変え方、分かっているの?」
イヴァンが、思い出すように額に手を当てて、そうだ、と人差し指を立てた。
「確実ではないが、時計塔の一番上にその機構があるはずだ。
元々ヴァーツラフをヴラディーミルと認識するような催眠魔法をかけていたようだが、自力で破ったディアナはともかく、フィリプの様子を見るにその効果はもう切れているんだろう。
ということは、ヴァーツラフが市庁舎を占領してからフィリプがここに連れて来られるまでの間に、書き換えたはずだ。
魔法陣の書き変え方自体はそう時間がかかるものじゃないと考えられる」
「それならこうしよう。
僕が時計塔の上に行って、催眠魔法を書き換える。
それが完成するまで、ヴァーツラフ一派の気を逸らすためにイヴァンは市庁舎内で大騒ぎする。
僕とイヴァンは逆でもいい。
大騒ぎに乗じてディアナは外へ脱出する」
フィリプは真剣な顔で言い切った。
なんとなく普段より早口なような気がして、顔を見る。
顔色が悪い。
薄暗い中で見ていたからこれまで気づかなかったけれど尋常じゃなく青白い。
ディアナは焦って、彼の隣に座ってその額に手を伸ばす。
やめて、とフィリプが手を払ってくるが、負けずにその額に手を当てた。
「ディアナ、どうした?」
ディアナの挙動にイヴァンがきょとんとして声をかけてくる。
「…フィリプ様、熱があるじゃない!」
フィリプの額は熱い、というより燃えているかのようだった。
それに、触って気がついたが、じっとりと汗をかいている。
11月の夜だ。
寒すぎてどうにもならないほどではないが、こんなに汗をかくわけがない。
「ねつ、ないから。だいじょうぶ、だから」
自身の体調不良がバレたせいか、言っている内容とは裏腹に呂律が回らなくなっているフィリプ。
ディアナは、まともに看病もできる状況じゃないのに、どうしようと焦る。
ひとまずカウチソファにフィリプを強引に寝かせた。
フィリプが嫌がって起きあがろうとするけれど、それを抑えつける。
抑えつけるために触れたフィリプの指が痙攣していることに気づいた。
そういえばさっきも話しながら、指が震えていた。
それに一度立ちあがろうとして、倒れ込むようにすぐ座っていた。
やたらと話を前に進める、焦ったような雰囲気もあった。
そもそも、フィリプは作戦会議が始まってから一人だけソファに座っていたのだ。
普段だったら絶対にディアナをソファに座らせるだろうに!
ずっと体調が悪いのを無理していたんだ、と気づいてディアナはたまらなく泣きそうになった。
イヴァンが立ち上がって、フィリプを見ながら、ふむ、と考え込んだ。
それからすぐに目を細めて、問いかける。
「もしかして、フィリプ。自白剤を飲まされたのか?」
フィリプは、ふいっと顔を背けて何も返事をしなかった。
それが答えみたいなものだった。




