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感謝!!ついに手に入れた母のレシピ

(1)

 コウリア国に戻る。さあ、イザイラの逆暗示を解こう。

 トワカ師匠の『新薬膳図鑑』によれば、逆催眠を解除するには、かけた本人が逆催眠をした精神状態にすることで、ノーマル状態となり、その状態にすることで精神科医の専門治療を施すとある。

 ノーマル状態にするための生薬は、コーヒーの木からとれる果実。果実に含まれる成分カフェインには、中枢興奮作用・覚醒作用・強心作用を持っている。

 ハイラ医師に相談して治療に立ち会うことにした。何が起こるかわからないことに変わりはないし、何があってもプローリアは受け止める覚悟だから。コーヒーの木の果実を煎じて飲ませる。

 イザイラは、「私でお役に立てることがあるのなら」と快く引き受けてくれた。あとは無事に逆暗示を解けることを祈る。―眠りに入ったかと思われてイザイラは、しばらくして目を開けた。

「君は誰かな?」

 ハイラ医師が呼びかける。

「私はイザイラ」

「イザイラさん。はじめまして。私の名前はハイラ。精神科医をしている」

「精神科医がこの私にいったい何の用がある?」

「実はね、そのことなんだが。君に協力してほしいことがある」

「私に協力だって?」

「ああ。君は今、何をしているところで、これから何をしようとしているのかな?」

「?!なんだと。……そうだ。私は盗賊に捕まってしまったのだ。そうか読めたぞ。お主は、盗賊の仲間だな。ステラ様の大切な品物を奪おうとしているのだろう」

「いや、勘違いしてもらっては困る。私は、盗賊から君を救い出したのだ。現にこの場所を見てみろ。ここが盗賊のアジトに見えるか。それにここにいるのは、誰だ?よく見ろ」

 イザイラがプローリアのことを凝視した。

「……あなたは、まさかプローリア様」

「そうです。イザイラ。母のためによくぞここまで戦ってくれました。私は嬉しく思いますよ」

「はは。ありがたき幸せ」

「しかし、あなたは、盗賊の手に落ちた際、自身に逆催眠をかけたようなのです。盗賊たちの話を盗み聞きしました」

「……そのようです。自分ではわからないのですが……」

「知っての通り、あなたがかけた逆暗示は、母に関することを訊くと、あなた自身が自殺をするという恐ろしい暗示です」

「はい」

「私たちはうかつに手出しできません……しかし私は知りたいのです」

「わかりました。私に今一度、質問してください。そうすれば、私は死ぬでしょう。そうすれば、逆暗示は解けその瞬間 一瞬でも知りたいことにお答えすることができるでしょう」

「答えなさい。ステラのレシピはどこにあるのです」

「……それは、……答えられません」

 そう言ってから、イザイラは自分の言動に自分自身で驚いている。そうしてイザイラは苦しまず、自分を殺そうとはしない。ハイラが続ける。

「安心なさい。あなたはまだ逆暗示をかけてはいません。これは、フェイクです。今、わしらと話をしているイザイラ殿が、どの時点のイザイラ殿かを判断するためにためしたのです。気を悪くなさらないでください。それくらい時は一刻を争うのです。どうか了承してください」

「わかりました。どうかお気になさらずに」

「ありがとう。あなたの潜在意識のその後に話しかけているのです。よく聞きなさい。あなたは盗賊に捕まり、ステラ様のレシピのありかを、はかされまいと、自分の手で逆暗示をかけました」

 イザイラは黙って医師の話を聞いている。

「それは、そのことを聞き出そうとすると、自殺するという暗示です」

「はい。その通りです」

「それが功を奏して、未だ誰にも何も見つかってはおりません」

「ええ。それは良かったです」

「しかし今度は、そのことでプローリア嬢ちゃんが困っておられる。それでわしらは、あんたが盗賊に捕まる前の潜在意識を呼び出して話しかけておるんじゃよ」

「にわかには信じられん」

「そうじゃろうが、現にプローリア嬢ちゃんとは話せているし、

プローリア嬢ちゃんから、ステラさんのレシピを問われても、自殺しようとせんかった」

「そうだ。確かに」

「君が今、盗賊に捕まる前の状態だということが、これでよくわかっただろう」

「……ああ確かにそなたの言う通りだ」

「さあ。イザイラ殿。プローリア嬢さんのためにも、教えてほしい。君が施した逆暗示の内容と解除方法を」

「わかった。私の施した逆暗示は、トランプ。トランプの『9』の数字を4枚、逆さにして『6』と思い込む暗示だ。トランプを持ってきてほしい」

 ハイラ医師がトランプを取りに行っている間に、イザイラがプローリアに話しかける。

「なあ。私は気付いてしまったんだ。これで逆暗示が解ければ、私は、もう二度とこの世界には戻ってこれない」

「えっ?」

 プローリアが戸惑った。

「だってそうだろ。これは、盗賊に捕まりそうになった私が、ステラ様のレシピの場所を喋るまいと作り出した逆暗示から生まれた人格なのだから」

「あっ……」

(そうかもしれない。そしてそう思ったらつい、……)

「そんな悲しそうな顔をしないで。私は逆に満足している。あなたに呼び出されなければ、永遠に、逆暗示の中で、レシピの場所を喋らない、という無限ループの中をさ迷っていたのだろうから」

「そうだけど、私は嬉しいけどあなたは大丈夫なの?」

 そう言ったところで、ハイラがドアを開けて入ってきた。

「それじゃいくぞい」

 そう言って、トランプの『9』の数字を4枚、イザイラに向けて並べた。そして、「それじゃ、向きを変えるぞ」と意気込む。

「ちょっと待って」「いや、いいんだ。早く始めてください。時間がないでしょう。ハイラ医師」

 プローリアの投げかけにイザイラが言葉と手を制して先をうながした。

「おお、そうじゃった。カフェインの効果が切れればノーマル状態ではなくなってしまう。善は急げじゃ」

 ハイラがトランプの向きを変えた。それを凝視するイザイラ。

「イザイラ……」

 イザイラはプローリアの顔を見て、ニコリと笑った。そしてそのままゆっくりと目を閉じた。


(2)

「あれ、私は……」

「もう大丈夫じゃ」

 目を開けたイザイラにハイラが言った。

「プローリアお嬢様!いったいどうなされたのでございます?」

 逆暗示が解けたイザイラの言葉でプローリアは、自分が涙を流していることに気付いた。あおいで涙をぬぐった。

「ううん。何でもない。さあイザイラ。母のレシピの場所、教えてよ!」

「はい。かしこまりましてございます」

 イザイラはそう言って、利き手を胸に添え、プローリアに向かって礼をする。それを見て、プローリアは、

(おかあさん。娘は元気に頑張っております)

と思う。


(3)

 リオンは、お城で相変わらずの経過報告と今後の対応に追われているのだろう。まったくプローリアたちの泊まっている宿には顔を出さない。プローリアは、仲間たちに言伝ことづてを頼んで、ひとりで行くことに決めた。それはそう、母のレシピのありかに……。

 寂しくないなんていったら嘘になる。正直心細いと思う。でも私が行って、私が見つけて、私が読む。それが私に示された義務だとも思う。

 だからプローリアはひとりで来たのだ。

 イザイラから教えてもらった場所は、小さい頃によく遊んだ大木の下だった。

 母ステラは、レシピの隠し場所にここを選んだ。小さな子どもが、落雷にあって命を失いかけた場所だ。たたりだ怨念おんねんだと誰も近寄らないいわくつきの場所。

 ―そんな場所をあえて選んだのは母なりの、娘を独りぼっちにさせてしまった申し訳ない気持ちと、避雷針ひらいしんとなってくれた大木への感謝の気持ちであろうか。

 でもね、おかあさん。私、独りぼっちであの森で遊んでいたこと。決して辛くなんてなかったよ。

 プローリアはそう思って、昔、よく一緒に遊んだ鹿しかやリスのことを今更ながらに思い出す。


 母のレシピをその手に取った。感慨にひたる。いったいここに来るまでどれだけの時間と労力を費やしたろう。……やっと、……やっと。おかあさん。私やっとレシピをこの手におさめたよ。それを考えてまた感慨にひたる。

 最初にぱらぱらっと最後のページまで開いてから、また最初のページに戻る。

 1枚1枚ページをめくる。母の手書き。母の字。まるで授業のノートをとるように、イラストと料理の手順と解説がある。ところどころ、注意事項※印があって、

「ここをですぎると味が台無しになってしまう」とか。

「ここでこの調味料を入れる。このタイミングを間違えると、味が変わるから、絶対に間違えないように」とか。

 料理の数。それは考えている以上にいろいろあった。

 サムゲタン、カクテキ、キムチ、スープ、カレー、茶、鍋、粥、卵焼き、ジャム、ゼリー……最初の目次で、それぞれ種類分けしてあり、焼き、煮物、鍋、発酵、デザート、飲料、デザート、etえと ceteraせとらとある。

 その数、165品。そして、驚いたことに目的の場所にいつでも辿り着けるように、下部にページ番号がふってあった。嬉しいし、ほんと、母らしいと思うとともに、これだったら本として出版されたらきっと幅広い世代に愛されたのだろうな、とさえ考える。

 ……いや、でも、と自分のあさはかな考えを消し去るかのように首を左右に振る。そうじゃない。そんなことはしない。少なくとも母は、そんなことを求めてはいない。これだけの内容だもの。しようとすればできたはず。

 でもそうしなかったのは、やはり、秘伝なのだからなのだろう、とプローリアは考えを改めた。

 私に伝えたかったのだ。私に受け継いでほしかったのだ。

 母の意志をそまつにはできない。そしてそれは母の生きてきた財産なのだとプローリアは感じる。

 このレシピに書かれている文章がまるで手紙のように私に伝えられている、語りかけている、

と、プローリアは錯覚を感じてしまう。そう感じて思う。これは手紙ではない。レシピなのだ。

 そうしてめくっていくと、オムライスのページになる。

(あった。おかあさんの味。あのオムライスだ)



プローリアがもっと大きくなったら、教えてあげてもいいかな。


 あのときの母の言葉がプローリアの耳に懐かしい匂いとともに入ってくる。

「プローリア。おいしい?」

「うん」

「そうよかった」

「おかあさん。このソースおいしいね。友だちに話したらね、まーくん家は、ケチャップなんだって。家は特別なんだね」

「そう。私が編み出した特製ソースなの。プローリアがもっと大きくなったら、教えてあげてもいいかな」

「ほんと?おかあさん、約束、ぜったい約束だからね」

「はいはい。残さず全部食べるのよ」

「はーい」



 おかあさん。私は今ようやくあなたが編み出したオムライスのソースを教えてもらうことができます。

 プローリアは、レシピを胸で、ギュッと抱き締めた。





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