夕べに明日明くる
「僕が祈ったことによって、不老不死になってしまった姫君の歌が、国をも滅ぼしてしまうなんて、思いませんでした。僕は養父の楽師から、国の現状と呪いのことを聞かされ……贖罪のために、短剣に文字を刻みました。目は見えなかったので、養父の手を借りましたが」
少年は短剣の鞘をきゅっと握った。寂しげな表情で続ける。
「王国が滅んだあの日、僕は貴女を探し回って、城の中で迷子になりました。一人で歩いていたんです。誰にも会えず、途方に暮れていたとき、貴女の歌が広間から聞こえました。その瞬間、目の光が戻って、声も出るようになって……僕は嫌な予感がしました。失ったものが騎士に戻るのは、姫との別れの後でしたから。案の定、広間に貴女はいなかった」
そのときにはもう、姫は西の塔へ出ていってしまっていたのだ。
「広間で、たくさん人が死んでいて、養父の側に、姫に、と預けたはずのこの剣がありました。状況がわからないまま、僕は城を出て、国の中では誰も生きていなくて──僕は貴女を探す旅に出ました」
長い長い旅でした、と少年は語る。少年は百年以上の時をあの"ことのきし"と同じく、姫を探して歩いた。
「そうしてようやく、門番さまから、姫君の手がかりを得て、ここに来たのです。百年経つうち、この辺りも随分変わってしまったので、最初はわかりませんでしたが。……姫君の歌は変わらず美しくて、すぐ、わかりました」
「琴の騎士……」
姫は少年の短剣を握る手に自らの手を重ねた。
「私の歌を聴いても死なない貴方が不思議だった。けれど、嬉しかった。きっと、貴方だから、死ななかったのね」
「ええ。きっと、"ことのきし"の願いを叶えるまで、死ねないようにできているんですよ。それが、僕自身の願いでもあるから」
少年は姫に真っ直ぐ向き直る。数瞬の沈黙の後、おもむろに口を開いた。
「笑い声を聞きたい。他愛のない言葉を交わしたい。王国の話をして懐かしみたい。手を握るだけでいいから触れ合いたい」
少年は"ことのきし"の──自分の願いを暗唱した。
「もう一度歌を、聴きたい──この全ての願いが昇華されれば、呪いは消え、僕も貴女も、自然の理へ戻ることができるでしょう」
そこで少年は背負っていた布袋を下ろす。中から現れたのは、愛用の竪琴。
「だからどうか、僕と一緒に歌ってください」
微笑んで少年が差し伸べた手を
「はい、喜んで」
姫は今度こそ、しっかりと取った。
そのやりとりを聞き、老人は塔の下から静かに去っていく。
やがて、塔の上からろーん、というもの悲しげな音色が流れ始めた。少年と少女の歌声が聞こえてくる。
夕べに沈む夕日が
今日の空と重なる
明日も同じ色だろうか
声 枯らし啼く烏に
静かに問いかけてみる
明けて昇りし日の向こう
今日の空も青しと
明日も同じ色だろうか
知らずに飛び交う白鷺
答え得るはずもなく
明日明くる 明日明くる
貴方の許へ
明日明くる 明日明くる
誰しも夢見る
夕べに沈む夕日は
郷の空と重なる
明日も同じ色だろうか
声 枯らし啼く烏は
静かに遠い過去を見る
西の塔に、夕日が沈む。




