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命運を分けよ -1-

 晶がフェブライリスの邸宅から飛び出したところにはクレアが居た。彼女は晶に「来て。どうやらあなたは私の客のようだから」と言った。晶はスィラのことが気になったが、それよりもまずスノウの身の安全を確保することを優先するべきだろうと考え直しクレアに付いて行くことにした。クレアに連れて行かれる道中、晶はスノウにスィラのことを話した。それを聞いたスノウは晶に「彼女のことは心配要りません」と言った。スィラが何かを隠していることには気付いていたのでそれが原因だろうと考えた。


 クレアに連れて行かれた先は街にある一つの邸宅だった。フェブライリスほどのものではないが大きな邸宅であった。クレア曰く、その邸宅は自分の元家臣の邸宅であり彼女たちは今そこに宿泊しているという話だった。晶は『元家臣』という言い方に違和感を覚えたが何も訊ねることはなかった。


 翌日、スノウは姿を消した。書き置きがあったがこの世界の言語は晶の知る言語ではないようだったので読めなかった。諸事情により晶は先進国の言語を一通り習得していたがそれらに使われている文字とこの世界で使われている文字はまったく別のものだった。が、普通に会話は出来るため魔法で翻訳なんてことをしていない限り音声言語は一致している。そう考えると翻訳出来ないこともないだろう。スノウが書くと思われる内容もある程度は予測出来る。晶はスノウの書き置きを自分で出来る限り訳してその内容を知った。その後、クレアに「こんな書き置きがあった」と言って読んでもらった。どうやらクレアは晶が異世界の人間であるということを知っていたようなので、(この世界の識字率が低いだけという可能性もあるが)、何も訊かずにそれを読んでくれた。結果、晶は自分の翻訳がほとんど合っていたことを確認した。

 スノウの書き置きの内容は次のようなものである。


『巻き込んでしまって申し訳ありません。そして、何も言わずに出て行く無礼をお許し下さい。私は帝国に帰らなければならないことになりました。またいつか会える日を祈って』


 無論それが本当にスノウの書いたものかわからない以上それだけで安心する晶ではないが、昨日のスノウの言葉から考えれば彼女はスィラと一緒に帝国に行った、ということだろう。それ以外にも可能性はあるが、それを保証する理由は他にもある。この邸宅の主がクレアに話していたことを盗み聞きした内容がそれである。曰く、フェブライリスがこの街の領主ではなくなるという話であった。国が彼を帝国に引き渡すためという話であった。フェブライリスの性格(と言うよりは評判)はあまり良くなかったが、(少なくともクレアはひどく嫌っているようだった)、政治能力は非常に優れていたのでその知らせに落胆する者も多いようだった。そしてこの『フェブライリスが帝国に』という話から晶はすべてを理解した。フェブライリスの邸宅から帰った際スィラの姿が見えなかったのはその時スィラが何らかの交渉をしていたと考えるべきだろう。結果としてスィラはフェブライリスを帝国に引き入れることに成功し、目的を達成したためにスノウを連れて帰った、といったところだろう。できれば最後にあの美しい顔を見せて欲しかったものだが、悔やんでも仕方ない。スノウのあの美しさを一度でも見ることが出来ただけで見返りは十分過ぎるほどである。


 結果、晶はクレアのところに居る必要はなくなった。自分を追うフェブライリスが居ないのだから隠れる必要もないということである。クレアほどの美女の元から離れることは筆舌に尽くし難いほど心苦しいがクレアほどの美女を困らせることもまたそれ以上に心苦しい。よって晶はクレアに礼を言ってここから去ろうとしたのだが、「あなたは私の客だと言ったでしょう? 帰らせるわけにはいかないわ」とのことでまだクレアとともに居させてもらえることになった。これは非常に嬉しいことであった。それはクレアのような美女とともに居られるということも無論あるが、それ以外にも非常に重大な理由が存在する。クレアの奴隷はスウ以外にも居て、彼女たちは皆大変な美女であったのだ。あと、本当に些細な理由であるが、この世界の情報を効率的に得られるといった理由やクレアのような人間とともに居られればこの世界で生きる上で非常に有益であるといった理由も一応は存在する。美女とは比べることすら出来ないちっぽけな理由でしかないがまあこの世界で生き抜くためには重要と言って過言ではないだろう。


「晶」クレアが言った。「あなたには聞きたいことが山ほどあるの」

「奇遇ですね、クレアさん」晶はコーヒーを啜り言った。「俺もですよ」


 朝食は皆でとっていた。奴隷であるはずのスウなども含めて、である。それを見て晶はこの世界では奴隷の認識が少し違うのかもしれないと思った。が、それに関してクレアに訊ねるわけにはいかない。晶はクレアのような美女のためなら命を捨てるがだからと言って簡単に信じるような真似はしない。晶を異世界人だと知っているということは嘘を教えられる可能性があるということだ。かと言ってクレアと対立している者に訊ねるわけにはもいかない。奴隷商人の件については絶対的中立の立場に居る者でなければならない。その条件を満たす者を晶は魔王しか知らない。出来る限り早く会いたいものである。


 よって訊く。

「ではまず一つ、いいですか?」

「ええ」

「魔王とはどうしたら会えますか?」


「ここに居る」


 気付くと魔王が隣でコーヒーを啜っていた。それを見てクレアも他の者も心底驚いている様子だった。しかし晶は平然として言った。


「俺に会いに来てくれたのか? 嬉しいなあ」

「ああ、光栄に思え」

「やっぱり君は良い女だなあ。結婚する準備はまだかな」

「まだだな。もう少し待て」

「どれくらい待てばいい」

「短くとも百年はかかるだろう」

「じゃあ長生きしなくちゃいけないな」


 そんなやり取りをクレアたちは驚愕の目で見ていた。あまりのことに驚きを隠せなかったのだろうクレアだが、昔からの知人だという話だからこんな経験も何度かあったのだろう。彼女はいちばん最初にいくらかの冷静を取り戻し言った。


「魔王、あなた、何をしに来たの?」

「先ほど言ったはずだが?」

「先ほど、って」

 晶が言う。「俺に会いに来てくれたんですよ」

「そんなこと」

「ありますよ、クレアさん」晶はクレアを見る。晶のその目を見てクレアはぴくりと身を震わせる。「そろそろ俺がクレアさんと出会う頃だろうとでも思ったんでしょう。まあ、遠視魔法なんてものがあるのなら『それ』を使ったのかもしれませんが」

「残念ながらそういった魔法はない」魔王が言う。「無論、あったら使うがな」

「なんだ、ないのか」

「ああ。今後開発される可能性がないとも言えないが」

「戦争において情報は非常に重要なものだ。今までずっと研究してきたができなかった、じゃあないのか?」

「確かにそうだな。少なくとも我には開発できなかった。できたものと言えば転移魔法くらいなものだな」

「『魔王にしか使えない』という言葉はなくていいのか?」

「もうそこまでわかっているか。さすがだな、長野晶」

「百年は短くなったか?」

「ああ。九十九年になった」

「それは重畳」


 クレアたちは晶の会話を理解しきれていないようだった。クレアたちの理解が必要な会話ではないから晶はそのまま続ける。


「じゃあ、魔王。君に聞きたいことがあるんだけれど」

「話せ」


「この世界の奴隷とは何だ?」


 その言葉にクレアたちがまとう雰囲気が変わった。何人かは警戒している。微かに殺気すら感じる。美女にそんな目で見られると興奮してしまいそうだな、と晶は思う。


「それを聞いてどうするつもりだ?」

「答えによっては『しなくちゃいけないこと』があるからね」

「『しなくちゃいけないこと』とは?」

「奴隷解放のために奴隷商人や奴隷を買っている人たちを『更生』させなければいけないようになる。場合によっては殺さなければいけないかもしれないね」


 そう言った瞬間、スウの髪が変形し刃となって晶を襲った。晶は何もしない。当てる気がないことなんてわかっている。晶の背後にいつの間にか赤髪の少女と青髪の少女が居て、スウの髪が変形した様々な武器の矛先が一メートルも離れない場所でこちらを向いていた。赤髪の少女が言う。

「もしもマスターに手を出せば」


「手を出せば」


 晶は彼女の方を見る。その身に一瞬で魔力を滾らせて言う。


「どうなる?」


 遠くでひっと押し殺したような悲鳴が聞こえた。クレアの元臣下だというこの邸宅の主である。しかしそれ以外の少女たちは動じなかった。驚いている様子ではあったがそれだけだった。なかなかに修羅場を潜り抜けているようだ。悲しむべきか喜ぶべきか、この世界を知らなければ判断できないが、敵に回せば厄介になることは確かだな。


「この世界の奴隷が貴様の思う通りだったとして、それを解放するとしたらそれ以外の問題が表れると思われるが?」


 隣で矛先を向けられている者が居るというのにまったく動じないまま魔王は言う。晶はそれに笑顔で答える。


「ああ、わかっているさ。だが、そういった問題もすべて踏み潰すだけだ」

「茨の道だぞ」

「もう慣れた」


 そんな晶に魔王は笑う。


「すまんな。興が過ぎた。この惑星の奴隷制度はお前が思っているものとは違うよ。この世界にも人権家は存在しているからな。少なくともクレアのように奴隷商人を公言している者はお前が思っているような奴隷は売らない」

「しかし売った後のことを考えると」

「前提として」魔王は晶の言葉を遮る。「奴隷は非常に高価だ。お前の世界の高級車と同じかそれ以上の値段はする。そのようなものを粗末に扱うと思うか?」

「見る限り、この世界は貧富の差もけっこうなものだが」

「貴様の惑星ほどではない。それに、この惑星で認められている奴隷は完全に魔法で管理されているし、魔法で管理されている奴隷以外は売ってはならないことになっている。この世界の奴隷は貴様の惑星で言う『ペット』のようなものだ。だからこの惑星の奴隷商人は、そうだな、ヒューマン・ペットショップとでも言おうか。そんな存在だ」

「魔法で管理されているっていうのはどういうことだ」

「虐待されているかどうかなどがわかるということだ。もしそういったことが判明すると大きな罪となる。扱っているものは『人間』だからな。おそらく貴様の惑星での『ペット』よりもよほど厳しい法規制がなされているだろう」

「それでも『平和を愛し差別を嫌う御方たち』は反対しそうだが」

「反対しているよ。と言っても、魔法が存在し『個人』の武力が『軍』に匹敵する可能性のあるこの世界において奴隷制度をなくすことは非常に難しい。実際、魔族はすべての者たちが魔法を扱えるから、力なき者は奴隷に、力ある者はその主になることが多かった。まあ我が魔王になってからはそういった制度もなくしたがな。ちなみに、その頃の『奴隷』は貴様の惑星での『奴隷』と同じかそれ以下の扱いだった。基本的に生活する上で魔力以外何も必要とすることのない魔族には経済というものが存在しなかったから、そもそも奴隷に値段などなかった」

「それを言ったら奴隷すら不要なんじゃないか」

「ああ。特別必要というわけではない。だからなくした」

「反対は?」

「あった。だが、我は単独でここらの星系を一瞬で塵にできる程度の戦力を有しているからな。他の魔族が束になっても我にとっては蟻に等しい」

「蟻か。なら危ないんじゃあないか?」


 その言葉に魔王は一度目を丸くしてすぐに笑う。


「そう受け取ったか。しかし違う。貴様らにとっての蟻ではなく我にとっての蟻だ。貴様は種によっては数によっては蟻は強いだのと言うつもりだったんだろうが、戦車に乗っていたらそうは思わないだろう。どの蟻も等しく踏み潰す対象に見えるだろう。それと同じだ。我にとって、すべては『蟻』と同じなのだ。我とすべての魔族との力の差は我と蟻との力の差にほとんど等しい。そんなものは無視できる誤差でしかない。それほどまでに、我と他の魔族は違うのだ。故に、我に反抗する魔族は居ない」

「核保有国に対する非保有国、みたいなものか。いや、もっとひどいな。地球では核保有国は一つではない。それらが抑止力となって核が実際に使われるなんて状況にはなかなかならないことは明白だった。だから非保有国も、少なくとも表面上は、対等に接することができた。だが、魔王、君には抑止力がない。だから、君には誰も逆らえない。そういうことか」

「そういうことだな。まあ、我自身がこの世界における何よりの抑止力になっているとは思うがな」

「そりゃそうだ。君が居るのに魔族に手を出そうという人間が居るか」

「極稀に」

「そいつは今どうしてる?」

「貴様が考えている通りだよ」

「あはは。じゃあ俺も危ないかもな」

「何故だ?」

「だって俺は他でもない魔族の王に『手を出そう』としているじゃあないか」

「それなら許す」

「じゃあそこのスウにも」

「死にたいのか?」

「君に殺されるなら悪くない」


 その会話に晶と魔王以外のすべての者たちはずっと冷や汗をかいていた。最後、魔王が『死にたいのか?』と言った時、彼女は本当に殺気を出していたからそれが原因だろう。晶は軽口を叩けたがそれ以外の者たちは皆死を確信したはずだ。一つの星系を難なく消滅させられると豪語する相手に平然と対応できる晶が異常なのである。無論、その魔王と知人というクレアたちも十分過ぎるほどに異常だが。


「でも、良かった。これでクレアさんには何もしなくてもいいようだ。クレアさんほどの美女が死ぬことはこの世界にとって大きな損失となるからね。本当に良かったよ」


 まるでこの矛先を向けられている状況からそれが可能だったとでも言うように晶は言った。無論、そんなことは不可能に近いということを晶は理解していた。ただのハッタリである。そもそも相手の戦力もわからないのだ。そんな情報不足で戦うなんて間違っている。しかしそれは相手にとっても同じだ。だからこそハッタリが通じる。


 と言っても、クレアが敵でないということがわかった今からすればハッタリなんて必要ではないのだが、それにも関わらず晶がハッタリを言った理由は単純で、要するにただの『保険』である。たとえ相手が絶対に信頼できると確信しているような相手であっても、手の内をすべてさらしてはいけない。晶はそれをよく知っていた。何より、それが原因で、晶は地球で死んだのだから。


「で、これからどうするつもりなのかな」

 その言葉に魔王は言う。「他に聞きたいことはないのか?」

「答えてくれるならいくらでも」

「自分で知れ」

「やっぱりね」

「貴様は面倒でなくて良いな。心でも読めるのか?」

「相思相愛の相手のことなら何でもわかるものなのさ」

「ということはやはり読心能力を持っているのか」

「つれないなあ」晶は笑う。「で、どうするんだ?」

「我は言ったはずだが」

「『好きなように』、か?」

「そうだ」

「ならどうして君はここに来たんだ?」

「貴様の性格を考えると、クレアの誤解を解消できるのは我だけだと思ってな」

「なら最初に言えば良かったのに」

「最初にそう言って信じるか?」

「信じないね。確実に。でも今信じるって保証はあるかな」

「貴様は信じるよ」

「やっぱり相思相愛なんじゃないかな」


 そう言って晶はクレアへと目を向ける。


「じゃあ、クレアさんに聞いた方がいいですかね。これから、どうするんですか?」


 突然自分に会話が振られて一瞬反応が遅れたが、クレアはすぐに答えた。


「商売よ」

「商売」晶はそう言えば気になっていることがあったので探ることにした。「どうして?」

 その言葉にクレアは怪訝に顔を歪める。「どうして、とは」

「どうして商売をしなければいけないのですか」

「商人にとって金を稼ぐことは当然のことだと思うけれど」

「だってあなた、商売人じゃあないでしょう?」

 その言葉にクレアは息を呑んだ。それを晶は見逃さない。そしてその晶の目を見てクレアはハメられたことに気付く。

「カマをかけられた、ってわけね」

「お気に召しませんでしたか?」

「残念ながら」

「あはは。でも、これで俺のことはわかったでしょう?」

「ええ。非常に厄介な奴だということは、ね」

「これは手厳しい。で、あなたはどこの亡国の王女なんですか?」

 その言葉にこそクレアは驚き息を呑む。「どう、して」

「あれ?」しかし晶は逆に拍子抜けとばかりに声を上げる。「わざとじゃなかったんですか」

 クレアは慎重に訊ねる。「わざと、って?」

「ここを思い切り『元家臣のもの』って言ってたじゃないですか。そこから明らかですよ」

「あ」クレアがうっかりと口を開ける。「しまった」

「あはは。うっかりさんですね」晶は笑う。軽蔑を込めて。「とても王族とは思えない」


 その言葉にクレアは晶を睨む。「……どういうこと?」

「あなたは『うっかり』で国家機密を漏らすのですか? そのような人間に国を任せられるはずもない」

「あんな情報は」

「べつに知られてもいい情報だって? それは違うな。だって」


 晶はその身に魔力を滾らせ持っていたナイフをひょいと投げる。そしてそれだけでそのナイフは銃弾をすら超える速度でクレアのすぐ脇を通り過ぎ壁に当たり壁に突き刺さるのではなく壁を破壊する。


「俺があなたに、あなたの国に恨みを持つ者であったのならば、あなたはもう死んでいる」

「だけどあなたは」

「異世界の人間だって? そんな保証はどこにもない」

「魔王が」

「一国の主が他国の者を安易に信じるなんてありえない。国家の主は決して感情で物事を判断してはならないのです。すべてを理性において思考し、ただ『国益』のみを考えなければならない。人を信頼することは構わない。だが、信頼するのなら、まず疑わなければならない。常に疑うことでこそ、信頼というものは生まれるんですよ」


 その言葉にクレアは悲痛に顔を歪める。彼女を傷付けてしまっているという自覚はある。しかしこんな当然のことすら知らず一国の主になったとすれば多くの悲劇を生むことになる。『あなたの気持ちはわかる』なんてことを言うのは優しい人間ではない。真に優しい人間とは論理で相手にとって必要なものを与える人間のことだ。


 無論、晶は優しい人間ではなく完全に利己的な人間である。晶が先ほどのようなことを言ったのは『クレアのため』ではなく『自分のため』だ。クレアによって多くの悲劇が生まれ、それにより多くの美女が悲劇に巻き込まれる。晶にとってはそれこそが最も避けるべき事態なのだ。晶の行動原理は美女のため、美女に好かれるためである。要するに彼は完全な下心で動いているのだ。そしてそれほどまでに意志が明確であるからこそ、晶はここまで生きることができたのだ。すべてにおいて迷うことなく決断できる。自分の中に絶対的な基準を持っている。その判断基準にのみ基づいて行動している。だからこそ、晶はこれほどまでに強いのだ。


「クレアさん、あなたが奴隷商人として金を稼いでいる理由もわかりますよ。あなたのことをよく知らない俺ですらわかる」

「そんなこと」

「あなたは国を買い戻す気なんでしょう? あなたは『正義』を抱いている人間だ。そんなあなたがそれほどまでに金を欲する理由はそれくらいしか思いつかない」

「ちが」

「違わない。クレアさん、あなたに一つ、助言しておきましょう。今のあなたが国を買い戻したところでまたすぐに亡びますよ。そして、きっと、あなたの国は亡ぶべくして亡んだのでしょう。そんな甘ったれた思考を抱いている人間が王の国家が亡ばないわけがない」


 その言葉にクレアは自らの感情を抑えることができなかった。「我が契約において――」


「それがダメだと言っているのがわからないのか」


 晶は言った。その言葉にクレアは固まった。そんなクレアを見ることもなく晶は魔王の方を見る。


「魔王、察するに、君とクレアさんの仲は長いのだろう? 今まで何も言わなかったのか」

 魔王はふっと笑い言う。「クレアとは私的な関係だったからな。公的なことに口を出そうとは思いもしなかった。それに、契約もあったからな」

「契約とは?」

「クレアの祖先との契約だよ。あいつに言われたのだ。『もしも私の子孫が間違いを犯していたとしても助言する必要はないわ。それで国が亡びそうになっても同じ。私の子孫であったとしても、そんな人間が一国の主になるなんてことは許せないから』とな」

「いつもの喋り方もかわいいけれどその喋り方もかわいいね。もう一回してくれないか?」

「断る」


 朗らかとも思える調子で晶と魔王は会話する。先程のクレアと話している時の調子とはまったく違う調子で魔王と会話する晶を異常だと思うかも知れないが、これは何もおかしいことではないし、もっと言えば特別なことでもない。晶に限らずほとんどの人間がこのように一瞬で態度を変える。人によって話す内容によって態度を変える。それは人間なら誰でも経験したことがあることだろう。しかし、ここまで『あからさま』にそれをするというところが晶の異常性である。相手がそれをされて何を感じ何を思い何を考えるかまで想像できるのにそれをするというのが晶という人間の異常性である。それすらも利用することこそが、晶の『術』である。


「あはは。でも君はそれでこそ君なのかもね。そんな君はとても魅力的だよ。そして」晶はクレアの方を見る。「クレアさん。あなたも非常に魅力的な女性だ」

「それは」どこか憔悴した表情のクレアが弱々しく言う。「私に王の資格はないから、『女』として生きろ、ってこと?」

「ああ、そう誤解してしまいますか。まあ仕方ないかもしれませんね。先ほどまでの言葉は完全にあなたを否定する言葉だったことでしょう。はっきり言ってあれはただの事実でしかなく知っていて当然のことですが、あなたにとっては衝撃的な言葉だったのでしょう」

「バカにしてるの」

「バカだったんだから仕方ないでしょう。しかし、あなたは今も『バカ』ですか?」


 その言葉にクレアは顔を上げる。「それって、どういう」


「俺はある人にこんなことを言われたことがあります。『この世界には二種類の人間が居る。成長できる人間と成長できない人間だ。人の言葉を聞いてそれを自らの肉とできる人間、血にできる人間と、人の言葉を聞くことすらできない人間だ。そしてお前が前者なら、まだ救いようがある』と」


 そこで晶は一息吐いた。


「クレアさん、あなたはどちらですか?」


 その言葉は本心からのものであったが、同時にクレアの心を掴むための晶の策略であった。人心を掴むための策略。先ほどまできついことを言っていたにも関わらずいきなり手を差し伸べる。これは非常に『効く』のである。晶はすべて理解した上でそれを使っていた。まるで悪人のように思えるかもしれないが晶という人間のことを考えればむしろこれは至極当然のことである。

 絶対的な前提として、晶には『努力しなければ人の心は手に入らない』という思想があった。何の努力もせず人に好きになってもらえるなんていう考えはただの甘えでしかなく、晶からして見れば『チャラチャラしてナンパしまくりで女性に好かれるためなら何でもするような男』と『真面目で硬派で寡黙で優しくナンパなんてことは絶対にしない男』では前者の方が女性に好かれるということは当然のことであった。そして事実、より多くの女性と関係を持つのは前者のような男である。そのことを晶ははっきりと理解していたので、そのためだけに生きると言って憚らない晶にとって、女性に好かれるために話術を駆使するなんてことは何も悪いことではなく、むしろ義務とさえ言えるものであった。

 また、余談だが、晶の個人的な好みでは前者と後者であれば後者の男の方が好きである。その理由は明白であり、前者のような男は晶にとっては敵なのである。自分が欲する美女を奪い合うかもしれない敵。そのような男を好きになれるはずもない。

『All is fair in love and war.』

 恋と戦争においてはすべてがフェアなのだ。晶は恋を戦争と同様に見ていた。あるいは、戦争を恋と同様に見ていたのである。

 つまり、晶の行動原理とも言える『恋』とは『戦争』でもある。

 晶の行動原理は『戦争』だ。そのような冷徹とも言える『基準』を持っている晶は、だからこそ、強い。この世のすべての人間に卑怯だと蔑まれようとも構わない。それが晶の思想なのだ。

 無論、美女は例外だが。


「……少なくとも、前者でありたいと考えている」


 クレアが言った。その眼には意志の光が灯っていた。


「だから、そのために、私に色々と教えてほしい」


 クレアは言った。王族であるにも関わらず躊躇なく人に教えを乞うた。この時点で晶はクレアのことを見直していた。正確には『期待通りだ』と考えていた。

 そんなクレアに対して晶は言う。


「無理ですね」


「は?」


 晶の拒絶にクレアはぽかんと口を開けていた。無理もない。先ほどまで自分に様々なことを説いていたにも関わらず、自分で手を差し伸べたにも関わらず、その手を取ろうとした瞬間に払われたのだ。これに動揺しない人間は非常に少ないだろう。


「ああ、誤解しないで下さいよ、クレアさん。これは俺があなたに教えたくないというわけではなく、単純に教える能力がないから無理と言ったのです。俺が知っていること、先ほど言ったことは、はっきり言って『当然』のことでしかありません。そんな誰でも知っているようなことしか俺には言えないんですよ。クレアさん、俺が知っていることは当然のことでしかなく、俺には政治なんてとてもできない。ただ、クレアさんよりはマシなだけです。『政治家』とは政治の専門家のことだ。そんな専門家に比べれば俺なんてゴミみたいなものです。だから、あなたは『政治家』に教えを乞うべきだ。『自称』ではなく、本物の『政治家』に」


「そんなの、どこに」


「俺の隣に」


 晶は自らの隣を示した。そこにはコーヒーに山盛りの砂糖を入れようとしている魔王が居た。


「……先ほど、『契約』のことを話したはずだが」

「助言ではなく『教え』だよ、魔王。クレアさんが一国の主としてふさわしくないのならクレアさんを一国の主としてふさわしい人間にすればいいんだ。君もクレアさんの素質はわかっているはずだ」


 魔王は嘆息した。


「わかった、我も暇だからな、教えてやろう。しかし、その前に国を取り戻さなければならないぞ。国を取り戻せるという確信なしでは」

「確信していないのか?」

「……貴様、やはり心を読めるのではないか?」

「愛ゆえに、さ」


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