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運命の邂逅 -4-

 夜。

 晶は邸宅の前にいた二人の門番を気絶させて鍵を奪い中に入った。方法は単純である。ちょっと石ころを投げてぶつけて一方の門番の意識を他に向けさせてその内にもう一方の門番を気絶させそれから先程の門番を気絶させた。

 邸宅の中に入るといきなり何かが飛びかかってきた。晶はそれを組み伏せ首元に鍵を当てた。

「ここにスノウという少女が居るはずなんですが、どこに居るか知りませんか?」

 相手は女性のようだった。容姿はわからないが美女である可能性がある限り傷を付けることは避けたい。だからナイフではなく鍵を首元に当てているのであるが彼女はこの鍵をナイフだと思っていることだろう。

 彼女は何も答えなかった。仕方ないのでそのまま首を締め脳への酸素供給を絶ち気絶させた。


 こんなにも早く来たということはもう自分が侵入したことは気付かれていると考えた方がいいだろう。

 何らかの魔法だろうか。まったく、困ったものである。


 晶は邸宅の中をざっと見回した。

 さて、リリィに詰め込まれた知識を発揮する時間だ。

 クレアさんの言葉から推測される領主の性格、そういった性格の人間が大事なものをどこに置いておくか。

 この邸宅の内部がどうなっているか完全にわかっているわけではないが外から見てある程度ならわかっている。晶は推測される場所に向かった。かと思えば一斉に明かりが灯った。


「お前は何者だ?」


 二階の扉から男が現れて言った。

 クレアの言っていた領主の特徴と一致する。

 晶の常識から考えてそのような地位にある者が単身敵の前に自らの身をさらすなどということは信じ難いことであったがこの世界の常識からすればそれは違った。この世界と地球では前提となる条件が大きく異なっているのだ。この世界には魔法がある。その能力には地球では考えられないほど大きな個人差があるのだ。だからこの男は一人で出てきた。それだけの能力を持っているが故のことだろう。


「囚われの姫を助けに来た、と言えばわかりますかね」

「囚われの姫?」彼は大きく顔を歪めた。「……くそっ、やっぱりそういうことか」

 その様子に晶は違和感を覚えた。「どうかしましたか?」

「いや、何でもない。どうせ何を言っても関係ないのだろう?」

「そんなことはありませんが……」

「スノウ姫がこのような策に賛成するはずもないから、また利用されただけなのだろうな。まったく、彼女も困った御方だ。そうは思わないかね?」

「いったい何の話かわからないんですが」


 晶の様子に彼もまた違和感を覚えたようで顔を疑問に染める。


「何だ? もしや君も利用されただけの存在なのか? そうか、そういうことか。君の中では私はスノウ姫を拉致し幽閉する悪、となっているのか。面白いな。ああ、面白い」


 彼は呵々と笑う。口を大きく開けて大きく笑う。


「はっはっは! 良い。良いぞ、帝国! この私に喧嘩を売るか! 自らの寵姫と何も知らぬ者を利用して開戦の大義を得るか! 愚かで稚拙で単純だが確かに有効だ!」


 そして彼は晶を見る。


「無論、成功すればの話だが」


 瞬間、晶はその場から飛び退いた。その行動は正しく、もし動くのが一瞬遅れていたのであれば今頃晶はまた死を確信するような体験をするところだっただろう。


「避けたか」彼は言った。「折角、痛みも恐怖もなく殺してやろうと思ったものを」

「残念ながら」晶は笑みをつくる。「姫を助けるまでは死ねませんよ」

「君は利用されているだけだ。姫を助けても何にもならない」

「助けないで今すぐ帰れば無事に帰すと?」

「そうだ」

「嘘ですね。あなたは絶対に俺を殺す。たとえこの都市から出たとしても、俺を殺そうとするでしょう」

「なぜそう思う?」

「もちろん、俺がその『帝国』とやらの手先である可能性があるからですよ」

「違うのだろう?」

「違いますよ? でも、あなたはそれを信じていない。どうやらあなたは聞いた話とは随分と違う人間のようだ。俺が『帝国』とやらの手先である可能性が塵ほどであったとしても存在する時点であなたはそれを見逃せない。俺にもそういう性格をした知り合いが居ましてね、あなたは彼と非常に似ている」

「ほう。その彼はさぞかし素晴らしい人間なんだろうね」

「ええ。小さいことを気にし過ぎて女性に嫌われそうなところ以外は、ね」


 晶と彼は互いに笑う。しかし一切の隙は見せず警戒を解こうとはしない。


「私の名前はフェブライリス。君は?」

「長野晶」

「そうか。ナガノアキラ。覚えておこう。帝国に踊らされた哀れな男として」

「俺は覚えられないですね。そして、覚える意味もない」


 そう言った瞬間、晶は走り出した。晶が先ほどまで居た場所の床が爆発する。

 相手がどのようなことをやってくるのかはわからない。

 魔法の使い方もわからない。

 これではこちらが圧倒的に不利である。

 しかし不利は百も承知。今はただ逃げることを優先しなければならない。


 適当な扉を開けてそこに逃げ込む。

 廊下がある。扉も山ほど。

 晶は判断する。

 ここには居ない。やはり二階か。

 しかし、どうやって二階に行く?

 晶は考えながら走るがそこで扉の一つが開き数人の男がこちらに飛びかかってくる。前衛二人後衛一人、おそらく後衛は魔法を使う。前衛の男が持つ武器は二種類、短剣と槍である。まず槍が晶の領域に入ったが、その瞬間に晶は円を描くように腕を動かして槍に腕を絡ませ強引に向きを変える。向きは剣の軌道上。不自然な体勢で槍を伸ばしたところに上からの剣。それにより彼はさらに不自然な体勢に変わり晶はその隙を逃さず彼の手から槍を離させ男の首を掴んで盾にする。これにより後衛の魔法は使えない。もし使うとしても一瞬怯む。晶は掴んだ男の背を蹴り後衛の男の方へ送る。そして短剣を槍に弾かれ体勢を崩したが戻そうとしていた男に近付き首を手刀で突く。彼は痛みと呼吸困難により咄嗟に手を首に持っていくが晶は上半身に注意が向いた彼の脚を引っ掛けて転ばせる。転ぶ瞬間に力が抜けた手から短剣を奪った晶はそのまま晶に蹴られて後衛に突っ込んだ槍の男に向かって短剣を振りそれに反応した男を見てすぐに「これを使え!」と言って彼に向かって短剣をふわりと放る。理解できない行動に呆けて思わず短剣を受け取る彼を晶は払うように手で叩きその頭を壁にぶつける。晶はそのまま急いでぶつぶつと何かを呟く後衛の顎を殴り意図的に脳震盪を起こさせる。ほんの十数秒のことであったがそれだけの時間が経っても領主の男、フェブライリスが追ってこないことに晶は違和感を覚えた。が、すぐに理解する。そうか、あなたは既に姫のところに居るということか。


 晶は急いでその場を去る。この男たちは気絶させたわけでもなくほんの数秒戦闘不能にしたというだけなのだ。殺すつもりはなく気絶させる時間はない。急いで逃げなければならない。晶は一瞬の思考の結果、元の扉に入ることにした。先ほどフェブライリスと話した場所。そこには既に彼はいない。晶は予想通りだと考えて彼が行ったと思われる場所に向かう。二階に行き耳を澄ませる。微かに音が聞こえる。晶はそこに向かって歩き出す。途中、先ほどの男たちのように晶を襲う者たちも居たが本物の軍人でもない者を相手に晶が手こずるはずもない――いや、それにしても弱すぎではないか?


 晶は思う。もっと強い者が居てもおかしくはないはずだ。フェブライリスが最も強い人間だとしても、それ以外にもそれなりの戦力は揃えておくものだろう。少なくとも晶の経験ではそうだった。フェブライリスほどの地位に在る者なら一筋縄ではいかない護衛を付けているはずだ。その護衛の役割を自身で担っているにしても、彼の性格を知る今では納得出来ない。彼は用心深い人間だ。しかし他人を信じることが出来ない人間というわけではない。ならば私兵くらいは揃えておくはずだ。しかし、今まで襲ってきた者はとても『兵』とは呼べないような者ばかりだった。おそらくあれはただの召使といったところだろう。では、どうして私兵は襲ってこない? あるいは、『居ない』?


 晶は答えに至った。そう、居ないのだ。『今』、『この邸宅には』、フェブライリスの私兵は居ない。ただそれだけの話なのだ。そして、そんな都合の悪い時に限って、俺のような奴が来た。そんな好機を狙うようにして、スィラは俺をこの邸宅へと向かわせた。


 そういったこととフェブライリスの言葉を考えると今回の黒幕が誰なのかはすぐにわかる。が、そんなことは晶にとって何ら重要なことではない。利用されているだけ? 結構。むしろ嬉しいね。美女のために行動することが出来る。それだけで本望というものだ。


 目的の扉の前に到着。

 晶はノックする。

「入れ」という声。

 その声に従い晶は部屋に。


「まさかノックをしてくるとはな」


「美女の居る部屋に入る時にノックをしないなんて、そんな真似は俺にはできない」


 フェブライリスは笑う。「まったくだな」


「それに」晶は言う。「音でわかりますから」


 部屋の中は随分と豪奢な装いであり人が幽閉されている部屋と言うよりは格別の来客に対し最上級のもてなしをするための部屋と言われた方が納得出来る部屋であった。

 フェブライリスは一人の少女の隣に立ち少女は椅子に座っている。


 腰にまで伸びた夜空を思わせる黒髪が非常に綺麗な美しい少女である。

 女性であることはわかっているがそれでも性別を疑ってしまうほどに、つまりは性別さえ超越するほどに美しく、もっと言えば、本当に人間かと疑ってしまうような容姿であった。

 その表情から窺える性格は穏やかで優しいといったところであったが単純に容姿からであれば彼女はまるで悪魔のようであった。

 悪魔的なまでに美しい。

 その姿を見ることが出来たというだけで魂を差し出しても惜しくはないと思えるほどの美。

 それが彼女の容姿であった。


「いや、思った以上に美しい人だ。あなたを見ることが出来たというだけで俺の人生には意味があったと断言出来ますよ」


 その言葉にスノウは頬を淡く染める。「そ、そんな。わたしなんて」


「その謙遜はこの世界の女性に対する皮肉ですよ? そんなところも愛おしいですが」


 晶の言葉にスノウは頬の赤をさらに濃くして縮こまる。そんなスノウを見て晶はくすくすと微笑み、フェブライリスを見る。


「それで、どうするんです?」

 フェブライリスは答える。「どうする、とは?」

「この美姫の前で惨劇を起こしたくはないでしょう?」

「まったくだ。だから、惨劇は起こさない」

「それは見逃してくれるという意味ですか?」

「そう思うか?」

「いやまったく」


 フェブライリスはスノウの方を向き、跪く。


「姫。こやつはあなたを奪いに来た賊です。取り返しに、と言うべきかもしれませんが」

「えっ」スノウは驚きに声を上げる。「それ、って」

「はい」フェブライリスはうなずく。「あなたの思っている通りかと」

「……申し訳ありません」スノウは言う。「わたしの、せいで」

「あなたのせいではありません」

「……これを仕組んだのが誰かはわかりませんが、命は助かるよう頼むことにします」

「あなたのお手を煩わせて心が痛みますが、お願いします。まあ」フェブライリスが晶を見る。「必要があれば、ですが」


 晶は咄嗟にその場を飛び退く。同時、床が晶の居た場所を包み込むように変形した。


「安心しろ。姫の前で人殺しをするわけにはいかないからな。お前は拘束することにした」

「拘束して、どうするんですか?」

「『話を聞く』だけだ」

「そりゃ安心だ」


 フェブライリスはぶつぶつと何かを呟く。先ほどまで彼は呟くことなく魔法を使っていたから、この呟きは魔法を使用するのに必要な動作というわけではないのだろう。しかし、では、どうして? それが判明すれば俺も魔法を使えるようになるのかもしれないが、今考えるには時間が足りない。


 晶は高速で思考を展開する。どうする? ターゲットは目前。しかし同時に魔法を使う敵が居る。それも今までとは違って彼は今の自分が戦闘不能に出来る相手ではなさそうだ。何の武器もなく倒せる相手ではない。相手の持つ雰囲気は武人の持つそれと同じだ。素手同士であっても苦戦する可能性がある。晶は地球に居た頃のことを思い出す。銃器を持つ軍人よりも強い武人。素手で本物の軍隊と渡り合える怪物。あそこまでの武力を持っている可能性はないと信じたいが、それでも魔法を使える時点で無理だ。ならどうする? 別に彼を倒す必要はない。スノウを救出できればそれでいい。しかしそれすら難しいのが現状。ならばどうすればいい? 俺が彼女をここから連れ出すためには、どうすればいい? その答えは既に出ている。簡単だ。魔法を使えばいい。魔法を使えるようになればいい。だが無理だ。今はまだ魔法を使えない。いや、そんなことを考えてはいけない。今使えないならば今使えるようになるしかないのだ。晶は思考する。フェブライリスからの魔法を必死に避けながら考える。魔法を使うためには何が必要だ。そもそもどうして俺は魔法を使えないのか。大気中の魔力を操作するというのが難しい? そうだ、体内の魔力は何となくわかったがそれを外に出して外の魔力に干渉して操作するというのがどうにも上手くいかないのだ。しかし、それ以外にどうやって――


 ――それ以外?


 晶は至る。

 そうか、そういうことか。

 そうだ、そもそも、俺はこの世界の住人とは違うのだ。

 なら、それを利用しない手はないだろう。


 魔王の言葉を思い出す。

 俺はこの世界の人間よりも魔力変換効率とやらが桁外れに優れているらしい。

 そしてこの世界の人間が大気中の魔力に干渉して魔法を発動する理由は何だったか。


 そうだ。


 そもそも俺には、大気中の魔力に干渉する『必要』がない。


 なら、後は簡単だ。


「……フェブライリス。俺、実は異世界から来たんです」

 突然の晶の言葉にフェブライリスは動揺する。「いきなり、何を」

「いえ、単に」晶は笑う。「もうお別れだということです」


 晶は体内の魔力を全身に巡らせる。魔法をどうやって使うかはまだよくわかっていない。だが、『魔力』がどういうものかはわかっているつもりだ。


 全身に魔力が溢れる。魔力が、力が漲る。


 晶は思い切り床を蹴る。それだけで床が崩壊しフェブライリスの顔が驚愕に染まる。


 その一方、晶も非常に驚いていた。身体能力が向上することはわかっていたが、まさか、これほどまでとは……。予想以上に飛び過ぎて天井に突っ込むところだった。咄嗟に体勢を変えて何とかなったが、危ないところだった。


 しかしそれでも天井についた足と手は天井にめり込み、それは天井から離れるまでに数秒もの時間を生んだ。冷静を取り戻すには十分な時間である。今度は天井を蹴り晶は崩壊する床に巻き込まれそうになっているスノウの元へと降り立ちその体躯を抱える。突然のことに驚きながらも咄嗟にスノウの身の安全を危惧しスノウの方へ移動しようとしているフェブライリスに目を向け、晶は微笑み、言う。


「では、またいつか。会うことがあれば」


 晶は飛ぶためではなく純粋な破壊を目的に床を蹴った。その反動で飛び上がった先は壁。晶はスノウを片手で抱えて、もう一方の手で壁を殴りつける。そしてそれだけで壁は巨大な穴を空け亀裂を刻み邸宅を崩壊へと導いていく。晶は意図的に壁の残骸を邸宅の柱に当たるよう調整して蹴って邸宅から飛び出していく。


 かくして、晶はスノウをフェブライリスの手から奪ったのであった。



      *



 無論、簡単にそれを許すフェブライリスではない。壁に大穴を空け逃げていく晶に対しフェブライリスは魔法を使おうとしていた。スノウにまで危害が及ぶことは彼の望むところではなかったが、彼にはある確信があった。『ナガノアキラ』もまたそれを絶対に許しはしないという確信である。『ナガノアキラ』は自らの身を差し出してでもスノウを守る。そういった確信があったのである。


 だからフェブライリスは魔法を使おうとしていた。とにかく動きを止めることを優先する。そのために彼は『詠唱』を使った。


「魔の鎖よ、我が命に従いて――」


 詠唱。


 それは魔法を使うための便利な方法。魔法とは結局のところ想像力の強さが要である。人間の場合、魔力を操作しているものは一種の司令体である脳である。脳の命令に魔力は従う。その命令のためには想像が不可欠なのである。


 そしてその想像を確たるものとするための一つの方法が『詠唱』だ。実際に口に出すことにより想像しやすくなるというだけの単純な方法。単純だが途轍もない効力を示す方法である。


 無論、これにもデメリットはある。その一つは声に出すことにより相手が魔法の内容を読みやすくなるということである。戦闘の場合、これは致命的な欠点となる。それだから出来る限り相手に聞こえぬよう小声で呟くのだが、それで完全に防ぐことができるとも限らない。だが、そのデメリットを覆すほどの大きなメリットがあることもまた確かである。ただ、どのような魔法であっても詠唱をすれば良いというわけでもない。複雑な魔法を扱う場合は詠唱を使う方が構成速度も効力も高いものになるだろうが単純な魔法であればむしろ詠唱をする時間がもったいないことも多い。結果、ある程度の練度に達した魔法使いであればフェブライリスのように使い分けることが多い。


 つまり、結局は使いどころの問題である。そして、今がその『使いどころ』なのである。


「――彼を捕らえろ!」


 詠唱は成った。

 そして、魔法が完成し、発動する――


「残念だったな、愚民」


 ――はずだった。


 が、魔法を発動しようとした瞬間に、『魔法が消えた』。これは信じられないことだった。少なくともフェブライリスは今まで一度も経験したことがない。


 だが、それよりも優先するべきことがあった。


「……君は、誰だ」


 いつの間にか、フェブライリスの背後に一人の少女が座っていた。その椅子は先ほどまでスノウが座っていた椅子であった。崩壊した邸宅。その瓦礫が積み重なり少し高くなった場所に、その少女は座っていた。


 彼女はそばかすが特徴的な少女であり、長野晶の前では『スィラ』と名乗っていた少女であった。


「誰?」彼女はくすくすと微笑んだ。「見当くらいは付いているだろう?」

「帝国の刺客か」

「刺客? この私を前に『刺客』か。私も安く見られたものだな」


 くっくっと彼女は笑う。そんな彼女に向かってフェブライリスは何度も魔法を放とうとしていたが、そのすべてが発動する瞬間に消えていた。わけがわからなかった。動揺していた。


 そんな彼とは対照的に、彼女は悠然と笑っていた。玉座に座るように椅子に座って笑っていた。


「刺客で安いならどういう人間だ? 私にはまったくわからないね」


 虚勢を張ってフェブライリスは言った。とにかく時間稼ぎをしなければこのカラクリを見破らなければ勝機は万に一つもない。


 そんな彼の思惑を、しかし彼女はすべて見抜いているようだった。すべて見抜いた上で見逃している。子供とかくれんぼをしている時、尻が明らかに隠れていないにも関わらず、どこだどこだと懸命に探すフリをする父親のような調子で、微笑みを浮かべる。


「そうだな、仕方ないから見せてやろう。私が、誰か」


 彼女が言うや否や、その姿が一瞬闇に包まれた。

 そして闇が晴れた時、彼女の姿はまったく別のものへと変わっていた。

 それはつい先ほどまでこの部屋に居た者と非常に似ていた。

 夜を思わせる髪に悪魔的な美貌。

 ただ違うところを挙げるならば、その性別が男であり、その表情はまさしく『悪魔的』であったというところくらいのものであった。


 そして、その姿を見た瞬間、フェブライリスは理解した。


 理解し、そして、驚愕とともに言った。


「……帝国第四皇子、レイン、か」


 それにレインは悪魔的に微笑み言った。


「そうだ。愚民でも私のことくらいは知っているらしいな」


 知らないはずがなかった。レインの悪名はこの世界に轟いている。悪名高い帝国の中でも群を抜いて悪名高い人間。それが帝国第四皇子レインである。


「で、この私がわざわざお前に会いに来た理由はわかるか?」

「私を殺すため、だろう?」

「愚民、質問の意味が違う」レインは悠然として言う。「『お前』の理由だ」

 心当たりがないわけではなかった。「私が帝国に対抗し得る」

「違う」フェブライリスの言葉を遮って言った。「お前如きが帝国に対抗できるわけがない」

「なら」

「いいか、愚民」レインはフェブライリスが動揺するタイミングを狙うようにして言葉を放つ。「確かにお前は優秀だ。この私に比べれば塵にも満たないほどにちっぽけではあるが、愚兄の何人かに匹敵する程度には優秀だ」ゆっくりとレインは言葉を紡ぐ。それは優しげですらある調子だったが優しげであるからこその威圧を有していた。その調子こそが人に最も効率良く威圧を与えることが出来ると知っている者の調子であった。「だが、それでも帝国には遠く及ばない。帝国からこの私を抜いたとしてもそれは変わらない」

「なら」

「ああ、教えてやろう。私がお前に会いに来た理由を」


 レインは椅子から立ち上がり、フェブライリスに近付く。それにフェブライリスは恐怖を覚える。その悪魔的な色香にカリスマに自ら跪きそうになっている事実に対して恐怖を覚える。


「フェブライリス」


 レインはフェブライリスの名を呼んだ。神の慈悲の如く優しさに溢れる言葉であった。それまでの調子とは一線を画した、相手に威圧を与えるためではなく安心を与えるための言葉であった。


「フェブライリス、お前、私に降れ。帝国にではなく、私に」


 その言葉にフェブライリスは咄嗟にうなずいてしまいそうだった。しかしすぐにそれを変えた。違う。考えろ。冷静になれ。どうして私は彼に降ろうとしている? 彼のカリスマが凄まじいから? そんなわけがない。魔法と考えるのが普通だ。だから、断れ。断れ。断れ。


「断るッ!」フェブライリスは体内の魔力を操作し魔法を発動する。迅速に強力な魔法を。


「許すわけがないだろう?」


 レインはフェブライリスの頭に触れた。その瞬間、フェブライリスはレインに跪いた。何が起こっているのか理解できなかった。いつの間にかレインに向かって跪いていた。魔力すら使えなくなっていた。魔法ではなく魔力だ。魔力を操作することができない。自分の意志で何をすることもできない。息すらも自分の意志ではできない。思考以外のすべての自由を奪われている。


「さて、もう一度質問だ。今度は訊き方を変えよう」


 レインはフェブライリスの顎を持ち、凶暴な笑みを浮かべた。


「生きたいか、死にたいか。お前はどちらだ?」


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