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 ミシェルの話を一通り聞いてから、ロウシュはゆっくりと息を吐いた。面倒な話が舞い込んできたものだとしかめ面をしてしまう。ミシェルはそれを見ながら「そうなるよなあ」と苦笑いだ。


「──おれに【不翔鳥(ふしょうちょう)の迷宮】に行け、と?」

「おう。……もちろん、嫌なら断っていいからな? 本命(ミルシェリト)に断られたときのことも考えて……ってあの人は言ってたけどさ、ミルシェリトが断るのなんてわかりきってるだろうから。最初からお前に頼むつもりなんだよ」


 “父親”が願いを断ったら、その息子が罪悪感にかられて仕事してくれるとでも思ってたんじゃねえの、とミシェルは肩をすくめる。お前たちはそんなに簡単なもんじゃないのにな、と。


「とはいえ、いくら冒険者だからってお前があんな危険なところにわざわざ行かなくったっていいだろ……と俺は思ってる」


 あのおっさんも懲りないよなあ、とミシェルは口にして、「今のは内緒だぞ」と唇の前で人差し指をたてる。不敬罪になっちまうし、と悪戯っぽく笑った。相手が相手でも相変わらずざっくばらんなミシェルにロウシュも少しだけ笑う。しかし、とロウシュは翡翠色の瞳を瞬かせた。


「……本来なら冒険者をぞろぞろ引き連れて行くような場所でもないだろう。おれを引っ張り出す建前だとしても、ミルシェリトに協力を求めるくらいだ。相当深い(・・)場所に用があるんだろうが、何が目的なんだ?」


 首をかしげたロウシュに、ミシェルも同じように首をかしげる。何でだろうな、そこまでは聞いていないんだ──と。

 ミシェルもロウシュも、わざわざあのような迷宮に今更(・・)潜るというのが気になった。今となってはあの迷宮に足を運ぶ者もそうはいないのだから。


 比較的浅い層ですら中堅どころの冒険者が手こずるくらいだ。それなのに得られる見返りはあまりない。珍しい鉱石や自然物は確かに存在しているけれど、それだってまともな(・・・)旅支度をして臨んだのだとするなら、収益的には必要経費と相殺で終わる。危険をおかしてまで臨むメリットはない。


 ロウシュがあの迷宮にいっても利益をあげられるのは、ひとえに『慣れている』からこそだし、単独(ソロ)ゆえに準備するものが少ない──まともな旅支度をせずに済む──からである。大人数でいくとなるとその分荷物も費用も膨らむのが迷宮探索、ひいては『冒険者』の悩みだと言っていい。


 しかしながら、あの手の迷宮は基本的には単独で踏み込むものではない。ロウシュがあの迷宮に向かう際は『途中で引き返すこと』を前提としている。つまり、“深追いはしない”のがあの迷宮を探索するときにおける一番の重要な点だ。

 そしてその上で『単独である』こと。それゆえにロウシュはあの迷宮に挑めるというわけだ。


 単独であれば、きちんと組んだパーティーに比べて随分身軽だ。だからこそ、たいした怪我もなく戻ってこられる。すべてが自己責任の世界だからこそ警戒心も働く。


 ──なぜ警戒心が働くのか? 答えは簡単だ。


 誰のせいにも出来ない(・・・・・・・・・・)から。


 だから大人数でいくよりも遥かに緊張感をもって迷宮に挑めるというわけだ。目的の達成率だって高い。


 ──とはいえ、単独(ソロ)で行って帰ってこられる冒険者を、ミシェルはロウシュとミルシェリトくらいしか知らない。そもそもが人の立ち入るような場所じゃない。二人ともが規格外だからこそ成せることなのだ。


「あの迷宮には、何があるんだ?」

「さあ……。何があるんだろうな? 最深部には馬鹿みたいに強い魔物がいるって話を聞いたことはあるが、その他には……。お前みたいに宝石を取りに行くんなら、危険をおかしてまで最深部に行くこともないはずだろうし」


 ミシェルも探りかねているのだ。なぜそんなところに今さらになって人を寄越そうとしているのか。何が目的なのか。単なる迷宮調査であるなら、こうして人目を避けるように冒険者一人一人に打診せずともいいはずだ。大々的に告知でもして、国中から人を集めればいい。集まる人間のレベルには差があるだろうが、実力の無いものは断ればいいだけのはずだ。


「目的がわからない依頼ほど、キナ臭いものはない。それは相手が貴族だろうが王だろうが変わらない。ミルシェリトが断るのも理解できるし、おれも受けたくはない」

「だよなあ。……俺からもおっさんにそれとなーく探りは入れてみるけど。お前とミルシェリトが断れば諦めるんじゃないか?」

「そうとは思えないが……」

「少なくとも先伸ばしにはできる。そうでなくても危ないことに首突っ込まずにすむんだ。それに越したことはない。だろ?」


 ミシェルの話に一応は納得したのか、ロウシュも頷く。危険には深入りしないのが冒険者の鉄則だからだ。危険な稼業だからこそ、自分の身は自分で守る他ない。鉄則を破った先にあるのは、野垂れ死によりひどい結末だ。ロウシュもミシェルも、そういう冒険者を嫌というほど見てきた。


「吸血鬼騒ぎのあとにこんな話を持ってきたくはなかったんだけどよ。まあ、俺から断っておくよ。悪いな」

「……いや。一応話だけは本人から聞こうと思う。……変にあの迷宮に人を招かれるのも怖い」

「ああ──それもあるか。わかった。おっさんには『とりあえず話だけは聞く』って伝えておくよ」

「頼む」


 ロウシュにとってあの場所は、【星のかけら(プティ・エトワール)】とはまた違った意味で大事な場所だ。ミシェルもそれを知っているからこそ、こうしてロウシュの話を聞いてくれる。

 ミシェルとロウシュが声を落としてぽつぽつと話していれば、ソファで眠っていた紫が目を覚ました。おはよう、とミシェルがにっこりして話しかける。起きたばかりの紫はぼんやりとした顔で、「おはようございます」とだけ返した。


「──さ、ユカリちゃんも起きたことだし、俺はミルシェリトを呼んでこようかな」


 部屋を出ていくミシェルの背中をロウシュと紫は見送って、あくびを噛み殺している紫に「顔を洗ってきたらどうだ」とロウシュは声をかけた。今の今まで全く気づかなかったが、紫の頬には涙の乾いたあとが残っている。可哀想に、と思ったが口には出さなかった。


 かけられていた毛布をたたみ、紫は顔を洗いに部屋を出ていく。ロウシュは三人が戻ってくるのを待つことにした。




***




 ──『星のかけら』。


 その言葉が指すものをミルシェリトは知っている。もちろん、この店というわけじゃない。

 『それ』は、魔術や歴史に詳しいものなら一度は耳にしたことのあるものだ。


 『星のかけら』。それは、世界の全てを書き換えてしまうことができる『宝石』なのだという。

 春に咲く花の色をしたその石は、持ち主の望みを聞き、その願いを叶えるのだと。古くには“星詠”と呼ばれた者がその力を有し、行使していたのだという話が残っている。


 ──けれど、今は。


「『星のかけら』なんておとぎ話だよ。何百年以上も前に失われたことを知らないのかい」

「あるって……ここにならあるって言われたんだよ!」


 『星のかけら』は随分前に喪われたはずだ。最後の『星のかけら』は、一人の青年の手によって、もう誰の目にも届かぬところに隠されたはずだ。それが『彼女』の願いであったから。ミルシェリトはそう『彼』から聞いている。


「……ここ(・・)にはないよ。……ううん、もう──何処にも(・・・・)にもない」

あいつ(・・・)はあると言っていた……! 宝石を扱う店ならば……、エルフのあんたがいるこの店なら、隠し持っている可能性があると! 奇妙な(・・・)宝飾品を扱うここならば、きっとあるに違いな──」


 男はそこで口をつぐんだ。まるで、見えない糸に縫い閉じられたかのように。

 どうしたの、とミルシェリトが声をかけるより早く、男は床へ転がってのたうちまわり苦しみ出す。ひゅうひゅうと声のでない叫びばかりを繰り返し、涎で口許を濡らしながらミルシェリトへ取りすがろうと這ってくる。その異様さにミルシェリトは一歩下がってしまった。


「ほ、星だ……星なんだよ。ライオンの、あいつだ、あいつの……」

「ちょっと、しっかり──」


 それでもミルシェリトが近寄り、手を伸ばし支えようとしたところで、男の体がぶくぶくと膨れ上がる。ミルシェリトは思わず男から距離をとってしまう。

 そしてミルシェリトの目の前で歪な藪苺のように膨らんだ男は、針でつついたかのように萎んだ。空気が抜けたように縮まり続ける男は、ついに消え去ってしまった。あとに残ったのは縄と男の着ていた服、それから禍々しく煌めく──


「……ルビー?」


 フランボワーズによく似た色の、小さな小さな宝石の欠片。

 見た目の美しさに反してなんとも嫌な煌めきを持つそれを、ミルシェリトは拾い上げようとした。素手で触れるのは躊躇われて、服の袖口を少し引っ張ることにして。

 袖口でルビーを包むようにして、ちょうどその紅玉の小片に触れたとき。ジュッと音がして布の焦げた匂いが広がる。手を退けたとき、そこにはもうルビーはなかった。床とミルシェリトの服の袖に焦げたあとだけを残し、その悪意の欠片ともいうべき小片は消えてしまったのだ。


「──『アンブロシアの悪意』……?」


 『星のかけら』に負けず劣らずのおとぎ話を思い出す。


 まさかそんなはずは、と言いかけてミルシェリトは深くため息をつく。あんな毒を手に入れられるものも、自由に扱えるものも、もういないはず(・・・・・)だ。


「ミシェルにはどう言ったものか……はあ……」

 

 自分がこうしていようといまいと、結局はこうなったのだろうけれど。けれど気分は最悪だった。先程のルビーが何であろうと、おそらくは『口封じ』のために施されたモノであり、ミルシェリトは『口封じ』が発動するきっかけを作ってしまったのだろう。例えば、依頼主の名を男が語ろうとしたとか。あるいは彼らが企てていた計画の内容を少しでも語ればこうなるだとか。


 きちんと調べる前にこうしてしまったのは迂闊だったとミルシェリトは唇を噛む。これではどこの誰がこんなことを仕掛けたのか、全くわからなくなってしまう。


 床に散らばっている男の衣服をかき集め、ミルシェリトは「ああ、もう」と珍しく眉間に皺をよせてぼやいた。


「……どこの誰が『星のかけら』の話を聞き付けてきたんだろう」


 あんなもの、もう信じてる人もいないと思ってたのに。


 ひとりぼっちになってしまった部屋のなか、ミルシェリトはしばし立ち尽くす。諦めたように男の服と縄を拾い上げ、部屋を出ていった。


 


 

 

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